壺の中にはご馳走を

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顔半分③

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 茉美が席を外している間、真也は壺を覗き込み、顔半分の女を探した。

 女の顔を確認できぬまま、茉美が戻った。

 
「どれだけ探しても見つからないぞ。もう壺が食べてしまったのさ。

 人間の執着とは計り知れないねぇ。これだけ様々な物に囲まれていれば、何か一つくらい依存してしまうのは当然ではあるが、それは時として負のエネルギーになる。

 特に男は野心に、女は恋慕に、それぞれ人生を狂わされやすいものだよ。

 恋人に裏切れたり捨てられたりした女の怒りは、凄まじい。それを馬場の友人は蔑んだのだから、女の怒りはますます増幅した。自分を捨てた男から、この世の男全てに執着の対象が拡大するくらいにな。

 
 強い執着を持った女は、死後『トゼツ』という妖怪になる。

 トゼツはその舌に災いをもたらす力がある。馬場はああ言っていたが、顔の全体を見るのが駄目なのではない。見てはいけないのは舌だ。トゼツは舌を大きく出した姿で描かれる。唇よりも真っ赤な舌を見た者は、数日以内に死んでしまう。

 こんな昔話がある。

 中国の皇帝は正妻と何十人もの妾を擁していた。最も長く連れ添ったのは、正妻だ。

 だが皇帝は正妻の低くしゃがれた声が大嫌いだった。正妻は子供を出産した際に、あまりの激痛に叫び声を上げ、喉を潰してしまったのだという。その子供は兄弟の中で最も体が丈夫で賢い人間に育つ資質を持っていた。世継ぎとして適任だったんだ。

 それを知る由もない皇帝は、いつしか綺麗な声の若い妾を優遇するようになった。

 家臣たちは多くの世継ぎ候補を生んだ正妻を蔑ろにした皇帝を諌めたが、全く聞く耳を持たない。挙句、皇帝に苦言を呈す者は反逆だと処刑された。

 皇帝の暴走を止める者がいなくなり、皇帝はいよいよ用済みとなった正妻を標的に選んだ。正妻は、家臣と不貞を働いたというでっち上げの罪を否定したが、相手とされる家臣は認めた。家臣は皇帝と口裏を合わせ、側近になることを条件に正妻の処刑に手を貸したのだ。

 正妻は王宮の全員が見ている前で、八つ裂きの刑に処された。正妻の体に硬く括りつけられた縄を持った家臣たちが、各々好きな方へ歩く。首や肩、手足に激痛が走り、正妻は絶叫した。

 寵愛する妾を傍に置いた皇帝は、醜い声が耳に障ると、家臣に命じて正妻の舌を引き抜かせた。舌を引き抜かれた正妻はぐったりとし、体のあらゆる関節が外された。

 処刑が終わったと皇帝が手を叩いて笑った時、王宮全体をあのしゃがれ声が包んだ。

 声は王宮を滅ぼすまで、ありとあらゆる厄災を引き起こすと告げた。

 これを恐れた妾たちは皇帝に、正妻を丁重に葬るように進言した。皇帝の許可を得て立派な墓に埋葬したが、どうしても引き抜いた舌だけは見つからなかった。正妻の血で染まる真っ赤な舌――。

 王宮には疫病が広まり、天候悪化による不作も重なり多くの人間が命を落とした。最終的には遊牧民に攻め込まれ、歴史から消えてしまった。

 正妻は最初のトゼツだ。トゼツは海を渡り、真っ赤な舌を持つ妖怪となった。この国でも哀れな女がトゼツになっているのさ」


 茉美は真也の目を見つめた。

「真也、お前も女には気を付けろ」

 そう言って、べえと出した茉美の舌は真っ赤だった。


「わぁっ!!」

 真也は驚いて、尻もちをついた。

 その様子を見て、茉美は大笑いした。

「アハハハハ!」



 茉美はポケットからある物を取り出し真也に見せる。

「くっ口紅!? もしかしてさっき奥に行ったのって」

「ハハッ! お前は本当にバカだねぇ~。アタシがトゼツなわけないだろ。あー笑い過ぎてお腹が痛い。アハハハハ」

 茉美の爆笑はしばらく治まらなかった。


 ゴチソウサマ、ゴチソウサマ。 
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