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顔半分②
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「友人は続けた。
『それから女は俺に付き纏うようになった。
いつも顔半分だけ出して現れる。
腹をかっ捌いたからかな。
足音とかは全くしないんだ。
風呂に入っている時は浴槽から顔半分を出しているし、寝ている時も天井から顔半分。
ご丁寧に俺と目が合う角度で、あの日みたいに睨みつける。
最初は鬱になりかけるほど思いつめたけど、高校に入る頃には慣れたよ。
ハハハ……。
今だってダッシュボードから顔が出てる。
……でももうダメだな。
逸らせなかった』
友人の思いつめた声色に
『どうした? おい、大丈夫か!?』
と声をかけたが、友人は真っ直ぐ前を見ていた。
『こんな話してごめんなあ。俺――』
友人は思い切りアクセルペダルを踏んだのだろう。
車が猛スピードで中央分離帯にぶつかった。
俺はサイドガラスで頭を打ち血を流し、朦朧とした意識の中で友人の名を呼んだ。
返事は返ってこなかった。
ぼんやりとする視界の中、エアバッグの隙間から顔が上半分だけ生えている女を見た。
女は血の涙を流しながら、三白眼で俺を睨んでいた。
そして気を失った。
この事故で友人は死んだ。
頑丈なボディの車だったし、エアバッグも作動していたが、友人はひどい損傷を受けていたと警察から知った。
俺も薬物などを疑われたが、当然何も出なかった。
ブレーキの踏み間違いによる事故として処理された。
あんな場所でブレーキなんて踏まないよ。
友人を殺したのは、顔半分の女だ。
そして、ソイツを俺が引き継いだ。
友人の葬式で、遺影から顔半分を覗かせていたのが始まりだった。
坊さんが経をあげている時も、俺を睨んでいた。
それからは家でも外出先でもお構いなしに出てくる。
友人の『慣れた』ってのは妙に納得させられた。
最初は背筋が凍って目を逸らしていたが、段々またかと呆れるようになった。
だが慣れる慣れないの話ではなくなった。
1ヶ月前、女は俺に話しかけてきた。
『見たな。見たなお前。お前は私の顔を見た時死ぬよ』
テーブルから顔がゆっくりとせり上がってきた。
今まで地面や壁にめり込んでいた鼻先が露わになり、上唇が見えそうになった時――。
母親からの着信。
すぐに反応して、スマホの画面を見た。
『もしもし』
『拓也~元気にしてる? なんか心配になったのよ~』
母が電話をかけてこなければ、俺は女の顔を見ていただろう。
そして冷静になって、女の言葉の意味を理解した。
女の顔全体を見たら、俺は死ぬんだって。
友人がダッシュボードで見たのは女の顔全体だったんだ。
女は事あるごとに顔全体を見せようと、ゆっくりせり上がる。
俺はここ1ヶ月、10秒以上同じ場所を見ることができなかったんだ。
電車の窓、テレビ、信号機。
どこにでも現れる女から逃げる生活は、差し迫った死から逃げることと同義だ。
でも不思議だな。
ここに来てから、この壺をずっと見ているのに、女は顔半分すら出してこない。
顔全体を見る前に来られて良かったよ。
ありがとう」
馬場拓也は、視線をキョロキョロ動かす必要がなくなった。
『それから女は俺に付き纏うようになった。
いつも顔半分だけ出して現れる。
腹をかっ捌いたからかな。
足音とかは全くしないんだ。
風呂に入っている時は浴槽から顔半分を出しているし、寝ている時も天井から顔半分。
ご丁寧に俺と目が合う角度で、あの日みたいに睨みつける。
最初は鬱になりかけるほど思いつめたけど、高校に入る頃には慣れたよ。
ハハハ……。
今だってダッシュボードから顔が出てる。
……でももうダメだな。
逸らせなかった』
友人の思いつめた声色に
『どうした? おい、大丈夫か!?』
と声をかけたが、友人は真っ直ぐ前を見ていた。
『こんな話してごめんなあ。俺――』
友人は思い切りアクセルペダルを踏んだのだろう。
車が猛スピードで中央分離帯にぶつかった。
俺はサイドガラスで頭を打ち血を流し、朦朧とした意識の中で友人の名を呼んだ。
返事は返ってこなかった。
ぼんやりとする視界の中、エアバッグの隙間から顔が上半分だけ生えている女を見た。
女は血の涙を流しながら、三白眼で俺を睨んでいた。
そして気を失った。
この事故で友人は死んだ。
頑丈なボディの車だったし、エアバッグも作動していたが、友人はひどい損傷を受けていたと警察から知った。
俺も薬物などを疑われたが、当然何も出なかった。
ブレーキの踏み間違いによる事故として処理された。
あんな場所でブレーキなんて踏まないよ。
友人を殺したのは、顔半分の女だ。
そして、ソイツを俺が引き継いだ。
友人の葬式で、遺影から顔半分を覗かせていたのが始まりだった。
坊さんが経をあげている時も、俺を睨んでいた。
それからは家でも外出先でもお構いなしに出てくる。
友人の『慣れた』ってのは妙に納得させられた。
最初は背筋が凍って目を逸らしていたが、段々またかと呆れるようになった。
だが慣れる慣れないの話ではなくなった。
1ヶ月前、女は俺に話しかけてきた。
『見たな。見たなお前。お前は私の顔を見た時死ぬよ』
テーブルから顔がゆっくりとせり上がってきた。
今まで地面や壁にめり込んでいた鼻先が露わになり、上唇が見えそうになった時――。
母親からの着信。
すぐに反応して、スマホの画面を見た。
『もしもし』
『拓也~元気にしてる? なんか心配になったのよ~』
母が電話をかけてこなければ、俺は女の顔を見ていただろう。
そして冷静になって、女の言葉の意味を理解した。
女の顔全体を見たら、俺は死ぬんだって。
友人がダッシュボードで見たのは女の顔全体だったんだ。
女は事あるごとに顔全体を見せようと、ゆっくりせり上がる。
俺はここ1ヶ月、10秒以上同じ場所を見ることができなかったんだ。
電車の窓、テレビ、信号機。
どこにでも現れる女から逃げる生活は、差し迫った死から逃げることと同義だ。
でも不思議だな。
ここに来てから、この壺をずっと見ているのに、女は顔半分すら出してこない。
顔全体を見る前に来られて良かったよ。
ありがとう」
馬場拓也は、視線をキョロキョロ動かす必要がなくなった。
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