壺の中にはご馳走を

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山奥のレストラン

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 真也は一週間前の出来事を未だに引きずっていた。

 それを隠すためか、挨拶一つとってもカラ元気である。

「こんにちは、茉美さん!! 今日も暑いですね~」


「今日は来ないと思っていたが、なかなか根性があるねぇ」

 茉美の挑発めいた返事が、真也にとっては褒め言葉だった。


「ヘヘッ! 今日も美味しいスイーツ買って来ましたよー!」

 作り笑いをしなくなった真也を見て、茉美はフンッと笑った。


 げっそりとやせ細った男が入店した。

 男の名は吉田恭介。


 力なく座ると、目の前に出された羊羹を一口食べる。

「……ひどい味だ」

 慌てた真也に吉田恭介が謝罪する。

「いや、すまない。君のせいじゃないよ。失礼なことを言ったね」


 一口分だけ欠けた羊羹を前に、吉田恭介は話し始めた。

「会社の先輩、若本さんは食通で、よく俺も美味しい店に連れて行ってもらっている。

 口コミサイトに登録されていない店も知ってるから、知る人ぞ知る名店に出会うこともしばしば。

 そういう店って優越感に浸れて、味とは別の楽しみ方があるんだよ。


 あの日も、若本さんが誘ってくれた。

 車で小一時間、若本さんの運転で着いたのは、山奥にひっそりと佇む洋食店。

『また若本さんお得意の隠れた名店シリーズっすか?』

『グルグルマップの衛星写真見てたらさ、こんな場所にレストランがあるとは思わなかったよ』


 店の雰囲気は、まぁ今風を目指してるんだけど、若者ウケは悪い感じ。

 壁紙や椅子とか、所々古臭いんだよ。

 シェフが顔を出したんだけど、案の定おじいちゃんで。

 老後に趣味でやってる店だと思った。


 若本さんはシェフにおすすめを聞いた。

『それでしたら、ウチはステーキが一番人気です』

 他に客がいないのに一番? って笑いそうになった。

『じゃあステーキセットを2つ』


 料理を待っている間、今回は不発かな~と思った。

 知る人ぞ知る名店ってのは、ネットで簡単に情報を仕入れるのが難しいってだけで、店外まで行列ができるのが珍しくないからね。

 スカスカな店内からは、あまり期待できなかったんだよ。


 でも、シェフが持ってきたステーキは予想をはるかに超えるものだった。

『ハハッすごいっすね! 5cm、いや7cmくらいありそうですよ!!』

 鉄板でジュージューと焼かれた肉は厚切りで、800円のステーキセットから出てくるものとは思えない贅沢さだった。


 中は半レアで、ナイフがスーっと入る。

 肉の柔らかさと肉汁感が口の中に広がって、俺たちは舌鼓を打った。

『先輩、上手いっす! ……これ牛? なんの肉だ? 俺舌バカかもしれないっすね~』

『うーん、牛じゃないな。クマ? それか猪? でもジビエ肉でレアはダメだろ』


 俺たちは初めて食べる味のステーキに、戸惑いつつも魅了されていった。

『まぁ、美味しいからいいですけどね~。シェフー! この肉何ですかー?』

 大きな声で厨房に話しかけたけど、返事はなかった。

『おじいちゃんシェフだから、耳が遠いのかもな』

 若本さんにはゆっくり食べて欲しかったから、俺が席を立つことにした。

『ちょっと厨房まで行って来ますね』
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