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選ばれた
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珍しく真也が遅刻した。
いつもは12時30分には来ているのだが、現在の時刻12時47分。
およそ20分の遅刻である。
「お菓子を選んでいたら遅くなってしまって……。すみませんっ!」
平謝りの真也を、茉美は不思議そうに見ている。
「なぜ謝る? たった数十分の遅れで何か変わるのか?」
茉美は時間にルーズ、もとい大らかなところがある。
ティサの営業時間になり、扉が開いた。
古谷雅人、中年男性。
真也は早速厳選したお菓子を出した。
古谷雅人はブラックコーヒーを飲むと、皿の上のロールケーキに手を付けようとしない。
不思議そうに見つめる真也。
結局ロールケーキは原型を留めたまま、古谷雅人の話が始まった。
「俺が6歳の時だ。
年々幼い頃の記憶は薄れていくが、はっきりと覚えていることがある。
俺の故郷はかなり田舎でな、今で言う限界集落だ。
吐く息が白くなった頃、知らない婆さんが家を訪れた。
婆さんを見た両親は表情を硬くした。
そして婆さんは玄関先で、3つ年上の兄の横にいた俺を指差し
『この子にやってもらう』
と言って踵を返した。
すぐさま母が泣き崩れた。
父は
『しっかりせんか! 子供たちが不安になるやろが!』
と怒鳴った。
母は俺を抱きしめ
『ごめんね、ごめんね』
と震えながら繰り返した。
『お母さん寒いの?』
と聞いたが、きっと寒さのせいではなかっただろう。
父の部屋に呼び出された。
部屋では父が正座をして待っており、俺は真正面に正座し言葉を待った。
いつもあぐらをかいていた父が、こじんまりと正座している。
妙に不安を煽られたものだ。
『お前は賢い子だ。今から言うことはお父さんとの約束だ』
父親の顔は真剣だった。
『明日の夜、お前は1人で小屋に入れられる。外からお父さんやお母さんの声がしても、絶対に戸を開けるな。絶対にだ。朝になったらさっきの婆さんが戸を開けてくれるから、それまで待て。お父さんとお母さん、お兄ちゃんは3人でお前を待っているから』
俺は要領を得なかったが、小屋にいることが父との約束だ、ということだけは分かった。
絶対に戸を開けるな。
厳しかった父だったが、幼い俺に請うような声色だった。
そしてその日は来た。
母は俺を抱きしめ
『大丈夫、大丈夫』
と言った。
半分は自分に言い聞かせていたのだろう。
俺は婆さんに手を引かれ、村外れの小屋へとたどり着いた。
小屋の中には白装束が用意され、俺が着るものだった。
婆さんは水を含んだタオルで俺の体を拭ってから、白装束を着させた。
空が暗くなり始めた頃、婆さんは小屋を後にした。
その際、
『腹が減れば』
婆さんの目線の先には竹の皮に包まれたおむすびがあった。
『小便をしたけりゃ』
食事とトイレを同じ場所でするのは初めてで、それだけで不快感が一気に増した。
必要最低限のことのみ伝えると、引き戸がピシャリと閉められた。
小屋の中で一人、『絶対に戸を開けるな』という言葉を心の中で復唱した。
おむすびを食べて満腹になると、眠くなった。
毛布に硬い床という最悪の環境だったが、子供の頃の習慣は恐ろしいものだ。
夜8時くらいだったのだろう。
早々に眠りに就いた」
いつもは12時30分には来ているのだが、現在の時刻12時47分。
およそ20分の遅刻である。
「お菓子を選んでいたら遅くなってしまって……。すみませんっ!」
平謝りの真也を、茉美は不思議そうに見ている。
「なぜ謝る? たった数十分の遅れで何か変わるのか?」
茉美は時間にルーズ、もとい大らかなところがある。
ティサの営業時間になり、扉が開いた。
古谷雅人、中年男性。
真也は早速厳選したお菓子を出した。
古谷雅人はブラックコーヒーを飲むと、皿の上のロールケーキに手を付けようとしない。
不思議そうに見つめる真也。
結局ロールケーキは原型を留めたまま、古谷雅人の話が始まった。
「俺が6歳の時だ。
年々幼い頃の記憶は薄れていくが、はっきりと覚えていることがある。
俺の故郷はかなり田舎でな、今で言う限界集落だ。
吐く息が白くなった頃、知らない婆さんが家を訪れた。
婆さんを見た両親は表情を硬くした。
そして婆さんは玄関先で、3つ年上の兄の横にいた俺を指差し
『この子にやってもらう』
と言って踵を返した。
すぐさま母が泣き崩れた。
父は
『しっかりせんか! 子供たちが不安になるやろが!』
と怒鳴った。
母は俺を抱きしめ
『ごめんね、ごめんね』
と震えながら繰り返した。
『お母さん寒いの?』
と聞いたが、きっと寒さのせいではなかっただろう。
父の部屋に呼び出された。
部屋では父が正座をして待っており、俺は真正面に正座し言葉を待った。
いつもあぐらをかいていた父が、こじんまりと正座している。
妙に不安を煽られたものだ。
『お前は賢い子だ。今から言うことはお父さんとの約束だ』
父親の顔は真剣だった。
『明日の夜、お前は1人で小屋に入れられる。外からお父さんやお母さんの声がしても、絶対に戸を開けるな。絶対にだ。朝になったらさっきの婆さんが戸を開けてくれるから、それまで待て。お父さんとお母さん、お兄ちゃんは3人でお前を待っているから』
俺は要領を得なかったが、小屋にいることが父との約束だ、ということだけは分かった。
絶対に戸を開けるな。
厳しかった父だったが、幼い俺に請うような声色だった。
そしてその日は来た。
母は俺を抱きしめ
『大丈夫、大丈夫』
と言った。
半分は自分に言い聞かせていたのだろう。
俺は婆さんに手を引かれ、村外れの小屋へとたどり着いた。
小屋の中には白装束が用意され、俺が着るものだった。
婆さんは水を含んだタオルで俺の体を拭ってから、白装束を着させた。
空が暗くなり始めた頃、婆さんは小屋を後にした。
その際、
『腹が減れば』
婆さんの目線の先には竹の皮に包まれたおむすびがあった。
『小便をしたけりゃ』
食事とトイレを同じ場所でするのは初めてで、それだけで不快感が一気に増した。
必要最低限のことのみ伝えると、引き戸がピシャリと閉められた。
小屋の中で一人、『絶対に戸を開けるな』という言葉を心の中で復唱した。
おむすびを食べて満腹になると、眠くなった。
毛布に硬い床という最悪の環境だったが、子供の頃の習慣は恐ろしいものだ。
夜8時くらいだったのだろう。
早々に眠りに就いた」
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