壺の中にはご馳走を

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あっきぃ様③

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「目が覚めた時、僕は体中を固定され動けませんでした。

 両腕両脚を骨折していたそうです。

『良かった。心配したわ』

 母はポロポロと涙を流し、父も叱るどころか涙を拭っていました。

 つられて泣いた僕に、あの夜何があったのか教えてくれたのは、ヒサエさんでした。


 ヒサエさんは物知りのお婆さんで、僕が目を覚ますまでずっと見守ってくれたそうです。

『お前さんたちは、あっきぃ様を何だと思っとる?』

 僕はあっきぃ様ごっこをして、あっきぃ様を怒らせたんだと思いました。


『この村はな、神や仏に守られてるんやない。この村を支えてきたんは鬼や。

 
 ずっとずっと前の時代、村はひどい飢饉に襲われた。食べる物は無くなり、人が人を食う始末。

 そんな折、ある僧侶が村を訪ねた。僧侶は食べ物を恵んで欲しいと言うたが、あげられるもんは持ってない。むしろ村人たちにとって食われてしまった。

 僧侶は腰から瓢箪を提げておってな。村人に襲われた時に栓が抜けてしまった。中に入っていたのは鬼。鬼は近くの村を日照りにして水を干上がらせていた厄介者で、僧侶が瓢箪の中で封じていた。村人たちの愚かな行為で、鬼は再び放たれた。

 例に違わずこの村も干上がり、村人はさらなる苦しみを抱えることになる。この原因を僧侶に見出した彼らは、あの祠を建てた。運良くと言えば良いもんか、鬼は悪さをしなくなった。食糧事情も緩やかに改善し、村には平穏が戻ったように思えた。

 だが問題なのは、正しく葬られることのなかった僧侶の方。僧侶の無念は、やがて村人たちに不可解な死をもたらした。ある者は三日三晩食べ続け、4日目に喉を掻きむしって死んだ。家畜を生きたまま食い、謎の病気にかかった者もおった。

 村人たちは頭のおかしな人間が出るたびに、祠へ祈りを捧げた。鬼は僧侶を鎮めることができるほど、強大な力を持つようになった。鬼も祀れば神様になるんや。今や村の守り神としてなくなはならない。


 あっきぃ様と呼ばれるようになったのが、ワシが小学生の頃だよ。その頃はそういった話を信じる者が少なくなって、鬼でも神様でも祀れば良いって考えたんだろう。


 お前を祠に押し込んだんは、狭い瓢箪に封じられた復讐か、あるいは守り神という重い責任を押し付けて解放されたかったのかもしれん。あっきぃ様ごっこだ何だと笑顔の絶えないお前さんたちが羨ましかったと思うんは、人間の浅はかさかもしれんなぁ』


 その後もヒサエさんは、この話は後世に伝えるべきだとか色々言っていたけど、今ではうろ覚えになってしまいましたよ。

 でも未だに鮮明に覚えていることがあります。

『あっきぃ様は’悪鬼’とも’熱鬼’とも書く。でも無闇に怖がってはいかん。恐れれば鬼が出る。お前は恐れず情けをかけず、村にいて当たり前の存在だと思わないかん』


 僕たちは二度とあっきぃ様ごっこをしませんでした。

 僕は中心街にある寮制の高校に通って、大学に入ってからは一度も里帰りをしていません。


 だって怖いじゃないですか。

 アイツ、僕たちの名前、知ってたんですよ?」


 北条信吾はヘラッと笑って店を出た。


「安心して里帰りができるといいですね」

「それは無理だろう。恐怖と畏怖は違う。だが、どちらも一度覚えてしまえば、拭うことはできない」


 ゴチソウサマ、ゴチソウサマ。
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