壺の中にはご馳走を

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温泉宿の夜③

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「扉の先に立っていたのは、頭部が蛇の女だった。

 いや、着物に隠れていただけで、体も蛇だったのかもな。

 俺たちはまさに蛇に睨まれた蛙で、すぐには状況を理解できなかった。

 
 女はペロペロと蛇の舌を出し

『おかえりはあちらです』

 と言った。


 俺たちはパニックになり、荷物が入った鞄を持って、浴衣姿のまま客室を飛び出した!

 蛇女はそんな俺たちを舌をペロペロさせながら見ているだけだ。

 まるで見送りをしているようで、不気味だった。

 いつ襲ってくるか分からない。

 寝不足で痛む頭と重い手足を叩き起こして、全速力で車に乗り込んだ。


 運転手の篤史が叫ぶ。

『オイ! 道が消えた!!』

 昨日通ってきたはずの道がなく、断崖絶壁になっていた。

 篤史は元来た方とは正反対の道に車を発進させた。

 道など全く分からなかったが、留まるよりマシだ。


 車を走らせている途中、裕一郎は後ろが気になっているようだった。

『見ろよ……。車が通った後、蛇の死骸だらけだ』

 振り向くと、道路にベチャッと轢かれた蛇の死骸がたくさんある。


『振り向くな!! 前だけ見てろ!!』

 篤史の怒鳴り声で、俺と裕一郎は二度と振り返ることはなかった。


 車をぶっ飛ばした甲斐あって、10分もしないうちに市街地に出た。

 恐ろしい物を見た後だってのに、車が行き交う道路に出ると不思議と安心した。

 今度こそ俺たちは助かったと安堵した。


 コンビニに車を停めて、各々鞄から普段着を取り出し浴衣を脱ぐ。

『これ気持ち悪いから捨てよう』

 俺は3人分の浴衣を集めて、コンビニの可燃ごみに突っ込むことにした。


 車から出て驚いたよ。

 車内に残った篤史と裕一郎の首に、昨夜の蛇が巻きついていた。

 1匹だった蛇は2匹になっていた。


『車から出ろ!!』

 車から出た2人の首には蛇はいなかった。

『どうした?』

 怯える裕一郎に言い出すのをためらっていたが、篤史は

『お前も見たのか? 首に巻き付いてた……』

 と答えた。

 篤史は車を走らせている時、バックミラーで裕一郎に巻き付く蛇を見たようだ。


 篤史は続けた。

『考えたんだけどさ、あの細い山道を通った先に宿があって、その先に細い山道が続いていた。まるで蛇みたいじゃないか? 俺たちは昨日、蛇の腹の中にいたんだよ』


 俺たちはその後、神社でお祓いを受けた。

 しかしあの時の恐怖を思い出さないように、段々と疎遠になった。

 連絡先も変わっているようだ。


 けどな、これから大学の同窓会があるんだ。

 あいつらが来てたら、昔話にくらいにはなるんじゃないかと思ってる。

 その前にちょっと話したかっただけだ。

 すまないな。

 聞いてくれてありがとう」


 深田哲郎は旧友に会いに行った。


「哲郎は運が良い」

 茉美は右肩を回しながらリラックスした姿勢をとった。

「不思議な宿から逃げられて本当に良かったですね」


「あの男は友人に蛇が憑いたと思っているが、入って来た時からずっと、蛇がアタシを睨んでいた」

 真也は今まで蛇と同じ空間にいたと知り背筋がゾクリとした。

「……まだ宿での出来事は続いているってことですか?」


「山奥で蛇の地形……おそらく号蛇ごうじゃだ。それは昔、生き埋めにされた人を喰らうことで生きながらえ、ついに妖怪へと変化した。しかし現代人は倫理感だか何だかで、生き埋めを行わなくなっただろう? エサがなくなったのさ」

 茉美はニヤリと笑った。

「友人の『蛇の腹の中』という表現はまさにその通りだ。ヤツは自らの体内へ人間を誘い込み、じっくりと消化して寿命を吸っていたんだ。温泉宿とは考えたものだなぁ」

 感心している場合ではないと、真也はツッコミたくなるのをグッと堪える。


「彼らが触った黄色の液体が消化液だよ」

「でも深田さんたちは生きて宿を出られたじゃないですか?」


 茉美は首のストレッチに入った。

「だから運が良いと言ったんだ。号蛇はあの夜、確かに寿命を吸い取った。でも消化液に触れていない哲郎は別だ。

 首に巻き付く蛇は印だろう。エサが欲しくなった時、また宿に誘い込むためさ。生きて返しては、また呼び戻し、腹を満たす――。蛇の執念は寿命が尽きるまで続く。

 友人に会うと言っていたが、一人は死に、もう一人も残りわずかな時間しか残されていないだろう。同窓会なんて来られるはずがない。

 順当に行けば、風呂で蛇に見初められ、消化液に触れた上に女将に化けたヤツの眷属を最も近くで見た篤史。次に消化液に触れた裕一郎。哲郎の番は最後だ。哲郎は今日ここに来て、壺が号蛇の印を喰らった。

 ああいう強運の持ち主は長生きするよ」


 真也は同窓会を楽しみにする深田哲郎の温かい表情を思い出していた。


 ゴチソウサマ、ゴチソウサマ。
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