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アツモリ、強敵と戦う

第32話 カローラ家の若き伯爵

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” トントン ”

「入れ!」

” ギィーーーーーーー・・・ ”

「おはようございます、おぼっちゃま」

 カローラ家の若き当主の朝は早い。他の貴族ならベッドの中で夢を堪能している時間に起きるのは日課なのだ。
 そんな時間に起きる当主に合わせる執事も大変なのだろうけど、カローラ家の執事は普通にやりこなす。
「・・・お坊ちゃま、お着替えをお持ちいたしました」
 ジイはそう言うとバスケットを所定のテーブルに置いたがアクシオ伯爵自身は早朝から室内で剣を振っていたから、もう汗だくの状態である。もっとも、室内で真剣を振り回すのは危険すぎるから練習用の剣だけど。
 そのアクシオが剣を置き、タオルを手に取った。
「・・・ところでジイ、アツモリ殿はどうだった?」
 アクシオの最初の一言がこれなのだから、余程敦盛の事が気になっているのだろうけど、そんなアクシオにジイは頭を下げた。
「・・・申し訳ございません。昨日の昼頃、管理組合の事務所を訪ねた事は分かりましたが、その後の足取りは掴めてません。一昨日に宿泊した宿は判明いたしましたが、昨夜、ジイが自らその宿を訪ねた時には宿におりませんでした」
「どういう意味だ?もしかして敦盛殿はマイヤーにいないのか?」
「それは無いと思われます。東・南・北の3つの門の門番に確認しましたが、少なくとも昨日はアツモリ殿たちを門番の誰も見ておりません。昨日は海が荒れていたから、夜中に船で街から出たとも思えません」
 ジイはそう言うと再びアクシオに頭を下げたが、アクシオは右手を軽く上げてジイに「ジイのせいではない」とだけ言って頭を上げさせた。
「・・・それにしてもお坊ちゃま、御母上様おははうえさまが逆に関心しておりましたぞ。外出禁止令を逆手に取ってアツモリ殿たちを屋敷に招待するなど、さすがの御母上様も反対出来ませんでした」
「当たり前だ。あのシエナ殿に試合で勝ったアツモリ殿を屋敷に招待するだけでも価値がある。それに反対したらアツモリ殿だけでなくシエナ殿にも失礼だからな」
「だからと言って、敷地内でのは許しませんぞ」
「あー、バレたあ?」
「当たり前です。御母上様もピンと来たようで、既にアルファード卿に釘を刺しております」
「勘弁してくれよなあ、はーー」
「ですが・・・」
「ですが?」
「アツモリ殿の方がお坊ちゃまに『試合をしたい』と申せば、さすがの御母上様といえども止める事は出来ません」
「ジイ、いい事を言ってくれるな」
「ジイはお坊ちゃまの執事で御座いますから」
「泣けるセリフを言ってくれるねえ」
「はい、そこは・・・」

 ジイは話の最中だったけど急に口を噤んだ。でも、アクシオはそれを咎めようとしなかった。いや、アクシオも異常に気付いたのだ!

 誰かが廊下をバタバタと走っている音が聞こえてきたのだ!

” ドンドンドンドン! ”

 足音が止まったと思ったら、誰かが伯爵の寝室の扉を激しく叩いた!その瞬間、アクシオの表情が険しくなった。どう考えも良い知らせとは思えないからだ!
 ジイが一礼をしてから扉を少しだけ開けたが、どうやら扉を叩いていたのは門番のようだ。
 門番は扉を開けたのがジイだったので、一瞬、驚いたのは事実だが、直ぐに冷静さを取り戻してジイの耳元で何かを言った。
 それを聞いたジイも驚愕の表情に変わった!

「お坊ちゃま!屋敷の門の前に石人形ストーンゴーレムが3体、現れたそうです!」

 それを聞いたアクシオは咄嗟に窓際に駆けて行って外を見た!
 たしかに塀の上から石人形ストーンゴーレムの頭を思われる物体が見える。どう考えても尋常ではない事態が起きたとしか思えない!
「正気かあ?33位とはいえ王位継承権を持ってる僕に戦争を吹っ掛けるとはいい度胸をしてる。恐らく石人形ストーンゴーレムを操っている奴がいる。そいつが僕を揶揄っているとしか思えぬぞ」
 アクシオはジイを振り返ってボヤいたけど、その表情はふざけてない。むしろ大真面目な表情だ
「そ、それがお坊ちゃま、石人形ストーンゴーレムと一緒に何人かいるそうですが、その中の一人はコンコルディア渓谷のドワーフ族のソリオ殿だそうです!」
「どういう事だ!ドワーフ族に魔術師はいないはずだ。そのドワーフが石人形ストーンゴーレムを引き連れてカローラ家に押し掛けてきたとは、本気で戦争でも吹っ掛ける気か?正気の沙汰とは思えぬ・・・」
「門番が言うには、若長殿はお坊ちゃま以外の者と話をする気は無いとの事で御座います!」
 ジイは興奮気味にアクシオに言ったが、その一言でアクシオは「はーー」とため息をついた。
「・・・話し合いに応じなければ、本気でカローラ家をぶっ潰すと宣言しているのと同じか・・・」
「コンコルディア渓谷のドワーフ族のソリオ若長といえば、シエナ殿も一目置く、エウロパ大陸最強のドワーフとまで噂されている人物です。その気になれば小国の騎士団程度なら一人で全滅させるほどの猛者もさなのに加え、石人形ストーンゴーレムまでいるからには、返答次第では、このドルチェガッバーナ王国を相手に戦争する覚悟があるとしか思えません!」
「となれば、おのずずと答えは出てくる。我がカローラ家の関係の誰か、いや、僕自身かもしれぬが、ドワーフ族の怒りを買ったから乗り込んできたとしか思えない。しかもドワーフ族に魔術師はいない。誰かがドワーフ族に手を貸している・・・」
「その事ですが、ジイの想像が正しければ、アツモリ殿が管理組合を訪ねた件と、若長がここに来たのは同じ理由です」
「どういう事だ!もしかして、昨日言いかけた事なのか?」
「はい、実は・・・」
 そう言うとジイは昨日話そうとしていた事を手短にアクシオに話した・・・
「クソッ!ボンゴの奴め!!僕に何も報告せずに冒険者ギルドに丸投げしていたとは、無責任にも程がある!この場にいたら大叔父の首を跳ねたい気分だ!!」
「お坊ちゃま、今はそれを言ってる場合ではありません!」
「仕方あるまい。僕も直ぐに着替えるから、すまぬがジイは先に行ってくれ!」
「承知いたしました。お坊ちゃまもお急ぎください」
「ああ」

  ・
  ・
  ・
  ・

 早朝からホワイトハウスに押し掛けたのは全部で20人だ。
 だが、その中でのは6人しかいない!残る14人は、石人形ストーンゴーレムが抱えたり背中に括りつけられた状態でやってきたのだ。
 そう説明すれば誰なのか分かるだろう。敦盛とエミーナ、ルシーダ、それとソリオ若長にサニー、テラノだ!
 ソリオは相変わらず『ムスッ!』という表情のまま腕組みをして門の中の屋敷を睨んでいる。エミーナは両手を頭の後ろで組んでノホホンとしているけど、逆に他の4人はソワソワしているくらいだ。
「おーい、エミーナ。どうしてお前は呑気でいられるんだあ?」
 敦盛は沈黙が耐えられなくなってエミーナに声を掛けたが、エミーナはノホホン状態を崩そうとしない。
「今のカローラ家当主、アクシオ伯爵は誠実な人物だ。当主になってからは自分の領地内の税制改革や兵団の改革を独自に進めたけど、国王サファリ3世やティーダ宰相、他の貴族連中からは『ドルチェガッバーナ王国の恥さらし』『アホ当主』などと異端児扱いされてる。でも、カローラ家が統治するマイヤーの街を始めとしたカローラ家の領民からは『税負担が減った』とか『商売がやりやすくなった』などと高い評価を得ているのは事実さ。他の貴族は特権階級の上に胡坐あぐらをかいている連中ばかりで、一般市民の苦しみどころか魔王に恐怖しているというのを全然分かってない。普通の貴族なら石人形ストーンゴーレムを連れて屋敷を訪れたら『問答無用』とばかりに排除されるだろうけど、アクシオ伯爵なら絶対に話し合いに応じる。いや、話し合いに応じないとカローラ家の存亡に関わると分かっている筈だ」
「そんなモンなんですかねえ」
「それに、ルークス商会といえばGTRジーティーアールの一角だからな」
「GTR?車の名前か?」
「はあ?『クルマ』って何だあ?」
「あー、ゴメンゴメン。説明すると長くなるから忘れてくれ」
「はーー、ま、話を戻すけど、国王サファリ3世は世俗に殆ど興味がなく、絵画や芸術、演劇といった物にうつつを抜かしていて、政治はティーダ宰相に丸投げで、出された書類にサインするだけというホントの意味でのアホ国王だ。その息子のセドリック王太子も王宮や離宮の中しか知らないと言っても過言ではない奴だ。だいたい、魔王が出現したという報告をティーダ宰相から受けた時も、ホントか嘘かは知らないけど、親子そろって演劇を見ながら「お前に任せる」しか言わなかったらしい」
「マジかよ。ホントに腐ってるよな」
「だろ?ティーダ宰相はサファリ3世の実の弟にあたるグロリア大公にお伺いを立てて政策を実行してるけど、グロリア大公はルークス商会の利益になるような政策ばかり取り組んでるから、ルークス商会の売り上げは右肩上がりで、実際、ルークス商会はこの国どころかマックスマーラ王国やブルガリ王国、ボルサリーノ王国といった周辺の国にも支店を次々と開いてるし、海運や陸運だけでなく漁業のような分野にも次々と進出しているから、明らかに噂が事実としか思えない。だいたい、ティーダ宰相の娘がルークス商会の次期社長夫人なのだから、ティーダ宰相も何だかんだいってグロリア大公とグルになってるのは国民の誰もが知ってる事だ」
「ホント、この国は腐ってるよな」
「だろ?だからGroriaグロリアTeedaティーダRooksルークスの頭文字を取って市民はGTRと呼んで嫌ってるけど、王位継承権を持っている程の人物でありながら、サファリ3世だけでなく『影の国王』グロリア大公を堂々とアホ呼ばわりしているアクシオ伯爵は一般の市民から見たら英雄だし、伯爵の方が現実をよく理解してるとしか思えない。だから、絶対に伯爵は話し合いに応じる!」
「だといいんですけどね・・・」

 敦盛はそう言ったかと思ったらチラッと屋敷を見た。なぜなら、屋敷の玄関の扉が開き、一人の白髪混じりの人物が走って来るのが見えたからだ。服装だけを見れば執事のようだ。
 その執事はソリオのところへ駆けて行って何事か話をしている。ソリオは門番に対しては高圧的な態度で「伯爵を呼べ!」の一点張りだったけど、執事に対しては素直に話を聞いているところからも、ソリオが信頼を置いている人物だというのが容易に想像できる。
 その時、屋敷の玄関の扉が開き、一人の若者が出てきた。一目で高貴な身分の者だというのが分かる青年だが、腰には1本の剣を吊るしている。その青年が出てきた途端、執事が畏まって横に退いたから、敦盛はあの青年こそが、カローラ家当主のアクシオ伯爵だというのに気付いた。
 そのアクシオはソリオの前、2メートルくらいの所で足を止めたが、足を止めると同時に腰に吊るした剣を鞘ごと外し、それをサッとばかりに横に突き出した。それを執事は恭しく受け取るとアクシオの背後に控えた。つまり、アクシオは実力で排除する気が無いと態度で示した訳だ。

「伯爵、朝早くから押しかけた事は素直に詫びさせてもらう」
「若長、それには及ばぬ。朝早くから来るだけの事態が発生していると僕は理解している」
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