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第58話 町を襲う巨人の群れ(後編)

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トロールの視線が一斉にハジメ達に向けられた、ざっと見ただけで12体ほど居る。

「トロールが群れで行動する事は珍しいです、もしかするとトロール達を指揮している者が居るかもしれません」

ミリンダがこれまでの経験から1つの推察を出した。

「つまり先日ダイナスを襲ったオーク達の軍勢の頭にミノタウロスが居たみたいな感じか?」

「そうですね、しかしトロールの様な知恵の無いモンスターを率いるにはより強い力で抑えつけるしか有りません。トロールリーダーかトロルコマンドなら良いのですがそれよりも更に格上のトロールだとハジメ様でも厳しいかもしれません」

「それでもやるしかない、でないとこの町が蹂躙されちまうぞ」

この状況をひっくり返すには倒してすぐにこのトロールの肉を喰って能力を手に入れる必要が有る、生でもこの場合は仕方ないな。

「ミリンダ、済まないが1体おびき寄せてくれないか?トロールの肉を喰って能力を得たい」

「分かりました」

軽く頷くとミリンダは右手を軽く振った、するとキラリと光る糸状の物がすぐ手前に居たトロールの首に巻きついた。それは細い糸状に編み上げられた鋼線でありミリンダが最も得意としている暗器だった、ミリンダが右手を引くとトロールの首が鋼線によって切れ始めたが再生速度の方が速く鋼線は首の中に埋まってしまった。

「首を落とす前にやはり再生されてしまいますか、でも怒らせるにはこれで十分だったみたいですね」

「グォオオオオオオオ!!」

首を落とされかけたトロールが1体で突進してきた、それを確認したミリンダがハジメの背後に隠れる。

「あとは任せましたよハジメ様」

「ああ、任せておけ!」

ハジメはトロールの胸の中央、心臓の辺りを狙って右手を前に出した。

「フレイムキャノン」

ボゴォ! トロールの胸に大きな穴が空く、しかし心配された再生は始まらずトロールは胸に手を押し当てたまま倒れた。

「あれっ!?もしかしてトロールって心臓を潰せば楽に倒せるんじゃね?」

「それはあの分厚い胸の筋肉の層を撃ち破れるだけの威力が無いと駄目です、私には真似できない芸当ですよ」

ミリンダが半ば呆れながら答えるが何とかこれで残り11体を倒す目途が立った、安心したハジメを更に驚かせたのはこの直後のランの行動だった。



「何じゃ、あやつの心臓を破壊してしまえば良いのか?」

「そうだけどラン、お前攻撃手段有るのか?」

「見くびらないで欲しいものよハジメ様、これでも一応魔王の娘じゃぞ。キングブラウンスライムと比べれば大した事は無い」

(キングブラウンスライムってそんなに強いの?)

ハジメは一抹の不安を覚えた、すると目の前でランが軽くステップを踏みながらその場でスピンすると身体の周囲を黒い霧が覆い始めた。

「ハジメ様には本来の戦い方をお見せしておくべきだな、着替えさせてもらうぞ」

渦巻く黒い霧の中から出てきたのは、ノースリーブの黒のチャイナドレスの様な物を着たランだった。腰の辺りまで深く入ったスリットから見える太腿が艶かしい、またドレスにも金糸で蝶の刺繍が施されておりハジメの目を奪った。

「その様な目で見て、私に惚れ直したかハジメ様?」

コクコク!何度も首を振るハジメの姿に満足したランは上機嫌でトロールに向かっていった。

「ではそのご期待に添える働きも見せねばの、待っておれ!」

ランは右手の拳を握り締めると素手でトロールの胸に正拳突きを打ち込んだ、そして胸に深々と拳が刺さるとランは何事も無かったかの様に拳を抜いて戻ってくる。一方のトロールの方はすぐに胸が塞がっており何が起きたのか分からず首をキョロキョロさせていた。

「どうじゃハジメ様、驚いたか?」

「おいラン、トロールの方は何ともなさそうだぞ。大丈夫なのか?」

「そうかの?」

「グォオオ・・・・」

ハジメの目の前でランが攻撃したトロールが急に苦しみだして倒れ動かなくなる。ランはそれを見ながらハジメに右手の拳で握り締めたままの物を差し出した、それはパイナップル位の大きさのトロールの心臓だった。

「ハジメ様の手を煩わせるまでも無い、私1人でも十分ではないか」

そう言いながら心臓をそのまま口にしたランは急に顔をしかめた。

「なんじゃコイツは、オーベロンの時みたいな甘酸っぱい様な変な味をしておる!?」

(オーベロンみたいな変な味?)

ハジメは凄く気になったので近くにあるトロールの死体の腕に齧り付いた。そしてこのモンスターは齧り付く食べ方ではいけない事を悟った。

「これ・・・都こ○ぶの味がする。肌が緑色っぽいからってこの太さの都こ○ぶは流石に噛み切れないだろ」

3m近い大きさの都こ○ぶの塊・・・遠足などには欠かせないかもしれないけど流石にこのボリュームはキツ過ぎる。

「この場は少しだけ喰わしてもらうか」

ナイフを取り出して腕の肉を薄く削るとハジメは少しずつ食べ始める、そして二口ほど食べて得た能力は【怪力】と【高速再生&回復】だった。



それから30分後、トロール12体の死体がハジメのマジックバッグの中に収まった。しかし【怪力】を使用してもハジメにはトロールの胸の筋肉を突き破る事が出来なかったので、ランの攻撃力が相当高い事がこれで証明された。

「なあミリンダ、さっきこのトロールの群れを指揮している奴が居るかもしれないと言っていたよな?」

「はい、確かにそう言いました」

「じゃあ、この近くで俺達の様子も見張っていると考えるべきか?」

ズズーン! ハジメがミリンダに問いかけた瞬間、周囲に大きな地響きが広がる。その振動は徐々に強くなり進路上の木々を倒しながら、その振動を起こす正体が目の前に現れた。

身長およそ4m、黒に近い茶色の肌を持つ双頭の巨人。更に異常だった所は左右の腕も2本ずつ有った事だ。

「おい!あのモンスターは一体何だ!?」

ハジメが問い掛けるがミリンダも動揺している。

「あんなモンスター見た事も聞いた事も有りません、新種です!」

叫ぶ様に返事を返してくるミリンダ、ハジメは【鑑定眼】を使いこのモンスターの詳細を確認した。


フュージョンエティン=女神システィナの手によって作り出された雌雄2体のエティンの融合体、前後に顔を持つので死角は存在せず背後から奇襲する事が出来ない。使命を終えた勇者を抹殺する為に放たれたが直後に姿を消したので存在理由を失い彷徨った末にトロールを配下に群れを形成していた。勇者からの攻撃を全て反射無効化するシスティナの加護が与えられている。雌雄同体なので1体でも繁殖可能、その結果他にも2体存在する。


(何だこれ!?)

ハジメは詳細を見て愕然とする、アーシュラさんはこの事に気付いていたのだろうか?魔界に行った理由を魔王や魔族軍を再訓練する為とランから聞いていたが、命の危険を感じての行動だとしたら一見非常識に見える言動も納得がいく。

(他にも2体存在するとある、もしも魔族と不可侵条約を結んで使命を終えた途端に襲い掛かってくるのならばサトウやアーシュラさんではひとたまりもないぞ。けれどハズレ勇者の俺の攻撃がコイツに通用するのか?)

ハジメが悩んでいるとランが先に動いた。

「ハジメ様、何を悩む必要が有る?また私が倒してくれようぞ」

「待て、ラン!アーシュラさんの血を引くお前では危険だ!!」

「えっ?」

ハジメの懸念は的中した、ランの拳はフュージョンエティンに当たる手前で透明の波紋の様な結界に阻まれ弾き返された。

「きゃあっ!?」

地面を転がるランを受け止めるハジメ、抱き上げるとランの右腕が折れていた。

「マズいな、俺の攻撃も反射される可能性が有るからまずは実験で・・・」

ハジメは久しぶりに【発火能力】でフュージョンエティンを火だるまにしようと試みた、だがハジメも例外では無かったらしく反射されハジメが火だるまになりそうになった。

「アチチチチ!」

半ば絶望的な状況に陥ったかと思われたが、何事にもイレギュラーな出来事が起こりうるもの。そのイレギュラーな存在がハジメの背後に迫っていた・・・。



「ハジメ、大丈夫ですか?」

「セシリア!?」

何時まで経っても戻ってこないのでセシリアが心配して様子を見に来たのだった。

「駄目じゃないですかハジメ、良い食材が居たらすぐに声を掛けてくれないと・・・」

「えっ!?」

スタスタとフュージョンエティンに向かって歩いていくセシリア、勇者の天敵がフュージョンエティンだとするならばモンスターの天敵が怪物料理人(モンスターコック)なのだ。

「うふふ、あなたは一体どんな味がするのでしょうね。ヒッポちゃん、私をあの食材の頭の所まで運んでくれないかしら?」

『ええっ!?あの巨人の頭の近くまでですか?危険です!』

「大丈夫よ、ただし時間制限が有るから急いで頂戴」

『は、はい!』

セシリアを乗せてフュージョンエティンの頭部まで運ぶヒッポちゃん、普通であれば既に攻撃されていても不思議ではないのだが蛇に睨まれた蛙の如くセシリアを前にした巨人は身動きする事が出来なかった。

「それじゃ、まずは血抜きしないとね♪」

スパスパと双頭の頚動脈を切るセシリア、更には4本の腕の手首と足首まで切る念の入れ様だ。頬杖をつきながら息絶えるのを笑顔で待つセシリアが一瞬悪魔に見えた、食に関すると人が変わる彼女の存在を女神システィナといえども予想は出来なかっただろう。フュージョンエティンの血抜きが終わったのはそれから1時間後の事だった、傷口が少しずつ塞がり始めるとセシリアがすぐに新たな場所を切る。そんなやり取りを数度繰り返し全ての血を出し尽くされたフュージョンエティンは地面に倒れ息絶える。セシリアは早速指先を切ると楽しそうに試食を始めた。

「いただきま~す!」

サクッ! セシリアが噛もうとした瞬間、そんな軽い食感がする音が聞こえた。そしてその後もサクサクとセシリアが噛む度に軽い音がした。ハジメは恐る恐る尋ねてみた。

「セシリア、どんな味がするんだ?」

「説明するよりも食べて方が早いと思います」

そう言いながらフュージョンエティンの腕を軽くへし折るセシリア、その光景にランやミリンダが仰天した。

「セセセ、セシリア!何時からそんな力持ちになったのじゃ!?」

「あら、これ位誰でも出来ますよ」

セシリアがミリンダにも試させるとミリンダもアッサリと腕をへし折った。

「何ですかコレ、シロアリに食われた後の木みたいにスカスカじゃないですか?」

「ほほ~今度は私の番だなどれどれ?」

続いてランが折れていない左手で試すと死んで加護が切れたのか、簡単に腕どころか胴体さえも軽く引き裂いてしまった。

「死んでしまうと加護は失われるみたいだなハジメ様」

「そうみたいだな、じゃあどんな能力を得られるのか食べてみるよ」

ハジメはセシリアから手渡されたフュージョンエティンの腕に齧り付いた。

ザクッ! 表面は甘いが中はほとんど味がしない、これは・・・?

(麩菓子だ、だから中がスカスカ状態だったのか)

駄菓子屋の王道的存在、麩菓子。ハジメも小さい頃よく学校帰りに買い食いをして親に叱られたのを懐かしく思い出していた。

フュージョンエティンはその巨体の割りに中がスカスカだったので胃にほとんど貯まらない、その結果あっという間にハジメ達の胃袋の中に納まってしまった。

(さて、勇者の天敵からどんな能力が得られる事やら)

のんびりとその時を待っていると、突然頭が割れそうな頭痛に襲われた。

「ぐっ・・・!」

頭を手で押さえながら痛みに耐えるハジメ、あまりの痛みで気を失いそうになった時とある言葉が頭に響くと痛みが引いていった。ハジメの脳裏に響いた言葉、それは・・・

『ハジメは特異能力【加護吸収】を得た。今回の特異能力により女神システィナの加護【勇者からの攻撃を全て反射無効化】を吸収変化、【女神システィナの加護を得た者の攻撃を全て反射無効化】となりました』

ハズレ勇者の筈のハジメは女神システィナに対抗出来る唯1人の存在へと変わろうとしていた・・・。
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