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第40話 【ダイナス恐怖の10日間】~5日目午前の部~

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突然背後から現れた魔族の正規軍に急襲される形となったコルティナイトの兵の指揮系統は滅茶苦茶になった。魔族との戦いは過去に何度か有った。しかしそれはまだアーシュラが魔界に押し掛ける前の出来事であり、強行軍にも関わらず一糸乱れぬ動きをしてのけるのは彼女の教育の賜物(?)であった。

『5日程度の強行軍で音を上げていたら、後でアーシュラ様に居残り特訓させられるぞ!』

『10日間、水だけで走り続けるなんてもう2度と御免だ』

『気合と根性さえ有れば、数ヶ月飲まず食わずでも死なないって俺達は冬眠する熊じゃないんだ!?』

魔族の中の所々から聞こえてくる叫びを聞いて、ハジメ達はゾッとした。アーシュラさんはそんな鬼畜な訓練を魔族の皆さんにしてきたのか・・・。



「あらあら、無駄口叩ける余裕が有るって事はここまで手を抜いて走ってきたのかしら?これは後で再訓練の必要が有るみたいね」

アーシュラさんの目がキュピーン!と光った様に見えた、そして次の瞬間彼女の言葉を聞いた魔族の皆さんはジィさんも含め全員が修羅へと変貌する。

『ウオオオオオオ!!』

再訓練だけは絶対に御免だ! その気持ちが嫌でも伝わってくる、それを見ているアーシュラさんはケラケラと笑っていた。

「アーシュラさん、ジィさん達を苛めちゃダメでしょ?」

「良いのよ、本命と見せかけたこの陽動部隊は出来るだけ早く倒しておかないとならないから」

「陽動部隊?」

「騎馬が5000ほど少ないのでしょ?ならば、それが本命の伏兵、奇襲部隊って事よ。公爵自身で指揮している筈よ」

アーシュラさんの読み通り、奇襲部隊は公爵が自身で指揮していた。

「今頃、陽動部隊の連中の数に驚き守備兵の大多数を城壁側に移動させている筈だ。我らは手薄となった城門を破り王都を制圧する急げ!」

奇襲部隊が目指す先は西門、しかしその行く手を門全体を覆う光の結界が阻んでいた。

「あれは【聖なる壁】、まさかそこに居るのはセレスティーナか!?」

「やはりこちらに来ましたか、ここは通しませんよお父様。コルティナイトの名をこれ以上地に落とす訳にいきませんから」

「無双の槍」

セレスの父セドニスは娘の張った結界を破る為に己の力を解放した。

「セレスティーナ!何故、お前が王都を守る?王家にお前が守るべき者など1人も居ないだろう!?」

「確かに王家に生かしておく必要の有る者は居りませんわ、しかし王都には我らが守るべき民が居ります!この門を絶対に通す訳には参りません、私の結界を破れると思わないでください」

「よく言った!ではこの槍でお前の曇った目を元に戻してやるぞ」

セドニスの合図と共に奇襲部隊が一斉に突撃を開始した、南門で見ていたランとサリーネはすぐにでも応援に向かいたかったがサリーネは持ち場を離れる訳にいかずランも母親の言っていた挟撃のチャンスが本当に来るのか?と疑問に感じており言い付けを破り何時でも向かう準備を始めていた。



ギギギ・・・・! 突如、西門が開き始めた。セレスは内通者が居たのか慌てたが門からゆっくりと奇襲部隊に向け歩き始める男が居た、ハジメだ。

「ハジメ殿、なんでここに!?東門は誰が守っているのですか?」

「ああ、それなんだがちょっと予想外の奴が魔族軍に混ざっていてさ、陽動部隊の連中は既に壊滅状態になってる。魔族軍も何人か気も失っているが一応命に別状は無いぞ・・・・」


『ボェ~オェエ~~ギァ~!!』


バタバタバタ・・・。歌声(?)を聞いた兵士達が次々に倒れていく、今回の強行軍にあたりジィさんは決戦兵器として魔界からハジメが遭遇したセイレーンを呼び出していたのだ。

「ああ、こんな大勢の前で好きなだけ歌声を披露して良いだなんてもう最高!次の曲もノリノリでいくわよ♪」

聞かされるコルティナイトの兵にしては堪ったものではない、マンドラゴラが歌っている様なものだ。しかし不運だったのは魔族の兵士達もである、先頭付近に居た者は至近距離から歌を聞く羽目になり気絶した。

(アーシュラ様のしごきに耐えた精鋭を失神させる歌、恐るべし!)

セイレーンは魔界で自分の縄張りに入るとこうなると結果的にアピールした形となり、住処に近付こうとする者を事前に減らす事に成功した。

「・・・・ってな訳で陽動部隊は今、始とアーシュラさんが残敵の掃討をしている所だ」

「そうだったのですね」

セレスはフレイムキャノン等、始に匹敵する能力を持つハジメが増援で来た事に安堵したがそれは気が早すぎた。直後にセレスは気を抜いた自分を何度も後悔する羽目となる。

「じゃあ、近付いてくる騎馬の連中の数を減らすよ」

口を開けて大きく息を吸い込むハジメを見てセレスは顔面蒼白になった、まさか!?


「ボェ~オゥイエ~~ギョエ~!!」


セレスの結界は物理と魔法双方の攻撃を防ぐ、それは内側から外側に対する攻撃も同じで結界が弾き返す。ハジメの声は結界に弾き返されセレスはハジメの反響増幅された魅惑(殺人レベル)の歌声を聴いてしまい城壁の上で気を失い倒れてしまった。

バタッ! セレスが倒れた事で徐々に消えてゆく西門の結界、逆にセレスのお陰で命拾いした奇襲部隊はハジメのすぐ目と鼻の先にまで接近していた。ハジメはパニックとなり、とんでもない言葉を口にしてしまう。

「フェ、フェ、フェロモン散布!」

攻撃魔法が繰り出されたのかと思いきや、まさかの発情攻撃。あの皇太子でさえ我を忘れるハジメの燐粉に抗える者も無く幸か不幸かその情欲の矛先が主であるセドニスに向けられた。

「お、おい!お前ら、何を戻ってきているのだ?え、もう我慢出来ませんって駄目に決まっているだろ!誰か、誰かこいつらを止めろ~!!」

燐粉を浴びて発情した者達と浴びずに正気を保っている者で同士討ちが始まり、ハジメは何とか命拾いをした。

「た、助かった~!」

『これは予想出来なかった、あなたって本当に面白い人ね』

「えっ!?」

いつの間にか隣には3日目の夜に会ったアルラウネが立っていた。

「何でここに?」

『おしゃべりは後、今の内のあいつらを何とかしちゃいなさい』

アルラウネの指差した先では未だに同士討ちが続いていた。

「そ、そうだな。ありがとう教えてくれて」

その後冷静さを取り戻したハジメはフレイムキャノンやクリスタルブリザードなどを駆使して奇襲部隊のほとんどを撃退する事に成功した。

「君の助言のお陰で助かったよ」

『感謝する必要は無い、私は予知に従い私の食事の為に来た』

「食事?」

食事の意味をハジメは少し考えた、しかしその隙を窺っていたのかアルラウネの背後に1人の男が静かに近付くと光り輝く槍で突き通していた。

「アルラウネ!」

「ふふふ、我が無双の槍の鋭さを味わいながらあの世に行くが良い」

『残念、はずれ。それは私の根で偽装させた分身』

セドニスに襲われる事を予期していたのか既に対策を施してあったらしい、アルラウネは身体を蔦状に変化させるとセドニスに身体を巻きつけ唇を重ねた。

「うむぅ!、むぅ!!」

『あなたみたいに普段は善良ぶって裏では野心の塊みたいな男の精と生命力が好物なの、全部吸い尽くしてあげるから楽しい夢を見ながら死出の旅路を歩みなさい』

必死に抵抗していたセドニスの力が徐々に抜けて、顔も何やら愉悦に浸っているかの様だった。しかしそのセドニスに変化が訪れた、顔に小さな皺が現れたかと思うと髪の毛が見る見る内に白く変わり皺の数も増え溝も深くなる。

そして身体が急激に細くなると、半分ミイラに近い状態まで精と命を吸われてセドニスは息絶えていた。

『ごちそうさま、用が済んだからこれで失礼するけど今晩1人で墓地に来てくれないかしら?色々と話しておきたい事や頼みたい事が有るの』

「今晩墓地に1人で行けば良いんだな?」

『ええ、そうよ。それではごきげんよう』

挟撃の好機と見て南門から出てきたランの姿に目が行っている間に、アルラウネは姿を消していた。男の精と生命力を吸う事で生きているモンスターがハジメに話したい事とは一体何なのだろうか?

(いかん、まずは目の前の生き残りを何とかするのが先だ!どうせ、彼女とは今晩会えるんだ。その時に聞けば良いや)

ハジメはランと合流する為に走り出した、一方未だに気を失っているセレスは父親の惨めな死に様を見ずに済んである意味幸運だった・・・。
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