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第26話 アーシュラさん、鬼の屁理屈

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王都ダイナスは周囲を高さ20m近い城壁で囲まれた城塞都市である、王城を中心として半径2km圏内に王族の縁戚達が住む居住地区が在りその周囲を伯爵以下の貴族達の家が立ち並んでいる。公爵の様な上級貴族は基本的に自治領を与えられており王都に住む事はほとんど無いが、保有している私兵軍の規模は数万人を越えており迂闊に攻めると痛い目に遭う。

勇者佐藤 始の妻となったセレスティーナは数ある公爵家の令嬢の中でも皇太子に求婚される程の才女として名高かったが、ランの関わった一件で命を奪われそうになったのをキッカケに自分の意思で公爵家を離れ1人の女性として始に嫁いだ。しかし両親である公爵達がその結婚を一切認めていない為、今回ハジメ達がダイナスを訪れた目的の1つとして帰りがてらセレスの両親に縁切り状を手渡してくるという用件が加わっていた。

「そこの旅の者達、止まれ!」

ダイナスの四方の門を守る城門守備隊の1人がハジメ達に声を掛けてきた、荷馬車に乗った商人や旅人達の列にきちんと並んでいるのでルール違反という事は無い筈だ。

「俺達に何か用ですか?」

「いや、お前達の居る一角だけ明らかに空気が違うから一応念の為にダイナスに来た目的を先に問おうとしただけだ」

「空気が違う?」

「別格の相手というか、この場に居る守備隊全員で襲い掛かっても軽く蹴散らしそうな存在の気配が漂っているのだ。とはいえ、お前の他に居るのは皆女性だからな俺達の考えすぎなのかもしれないな」

(いえ、考えすぎでは有りません。むしろ気付けた事を皆に自慢しても良い位です、何せこの後ろに居るゴスロリ少女は文字通りの化け物なのですから・・・)

そんな事を考えていると後ろに居たアーシュラさんがニッコリと微笑み返してきた、ハジメの考える事位は全部筒抜けだったのだろうか?正直後で何をされるのか怖くて仕方なかった。



「失礼、私は冒険者ギルドルピナス支部のギルド長を務めておりますミリンダと申します。この度、こちらに居られるハジメ・サトウ様を本部所属にせよとの通達が来まして王都まで連れてきた次第です」

ミリンダが咄嗟にハジメの前に出て問い掛けてきた守備兵に答えた、答えに嘘偽りは無いのでこのまま何もしなければスムーズに王都の中に入れたかもしれなかったのだが余計な一言を言う奴はどこの世界にも存在する。こちらの世界で言えば隣に居るランが良い例だ。

「ハジメ様、本部の用件とやらを早く済ませてコルティナイトの家に向かおう。セレスからの頼み事とあっては私は断れぬ、父上の為だったとはいえ彼女の命を危険に晒してしもうたからの」

「コルティナイト?」

守備兵がランの言ったコルティナイトの名に反応した、コルティナイトこそセレスが育った公爵家の名でありセレスの本名はセレスティーナ・フォン・コルティナイトとなる。

「お前らは何者かの手によって奪われ今も逃亡中の死刑囚の居場所を知っているのか?では先程の答えも我らの目を欺き王都に潜入した上で何か良からぬ事をするつもりで吐いた嘘に違いない、このまま大人しく通す事は出来なくなった。お前ら全員憲兵に引き渡すから大人しくするんだ」

守備兵が胸元から笛を取り出して吹くと、周辺から守備兵達が集まりハジメ達を取り囲んだ。

「お、おいミリンダ!これはどういう事だ!?」

「どうやら、王都ではまだ魔族と停戦交渉を進めている話を公表していないみたいですね。セレスさんが冤罪だという事も伝わっていない様子、これは少し面倒な事になりそうですね」

困り始めたハジメに更に追い討ちを掛ける様に今度はアーシュラさんが前に出てきた。

「ところであなた、憲兵に引き渡すと言っていたけど私達が通るにはそこの憲兵用の通用口はかなり狭くなくて?」

「はあっ?」

「私が通り易い様に広げて差し上げますわ」

突如アーシュラさんの左手に光球が現れると、それを憲兵用の通用口に向かって投げた!すると大爆発や轟音と共に直径10m近い大穴が城壁に空き、運悪く城壁の上に居た兵士が崩れる石垣と一緒に地面に落ちていくのが見えた。

「婿殿、一応衝撃吸収の膜を張っておきましたから全身複雑骨折位で済みますわ」

(それは重傷じゃないのか?)

ハジメは思わず口に出そうになったが、『アーシュラの常識は僕らの非常識』だったのを思い出すとランみたいに余計な事を言わずに済んだ。



「な、な、何が起きたというのだ!?」

「ねえ、あなた」

「ひぃっ!?」

「私の名前はアーシュラと言うのだけど、聞き覚え無い?」

「アーシュラ?」

「覚えが無いと言うのなら思い出せる様にまた王城を全壊させちゃうけど?」

満面の笑みでとてつもなく物騒な事を言うアーシュラさん、守備兵は過去に王城を全壊させた最早伝説と化している元勇者本人が目の前に居る事に気付くと急に油汗が吹き出し始めた。

「ア、アーシュラってあの!?」

「どんな伝わり方をしているのか聞いてみたい気もするけど、そのアーシュラさんで間違い無いわよ。そうだ、王城に居る王様に伝言を頼まれてくれないかしら?」

「伝言ですか?」

今の王様とアーシュラさんは全く面識が無い筈だけど、一体どんな伝言を頼むのだろうか?

「『あなたのご先祖様から戴いた【魔王を倒すまでに国内で出た被害は国が全額負担する】という念書を私はまだ持っております、そして魔王は未だに健在なので念書の効力は有効の筈。なので、さっき私が壊した城壁は国で頑張って直してね』って伝えて頂戴」

何だか頭痛くなってきた、この国の王族は過去に有った出来事を子孫に伝えずすぐに忘れる体質なのか?アーシュラさんが王城を全壊させているのに次代の始でまた同じ様な誓約を結んで半壊されてちゃ話にならないだろうに・・・。そして今回城壁を破壊されて修復費用が更にかさむのは確定だ。

「この件を報告しに行けば王様の口から色々な事を教えて貰える筈よ。それでもまだ話そうとしないのなら、こちらから直接挨拶に寄らせてもらうと言っておいてね」

アーシュラさんの脅しとも取れる伝言を守備兵は涙目で聞いていた。スッキリした顔で戻ってきたアーシュラさんはハジメの手を握ると周囲をドン引きさせる一言を放った。

「ほら、お兄ちゃん。私があそこのオジチャンにお願いしたらすんなり通してくれたよ、身分証の確認も要らないそうだから早く王都に入ろうよ♪」

アーシュラの存在それ自体が何よりの身分証だと思えた・・・彼女を止められる者が居るとすれば多分、始あたりだけどそれでも確実に止められるかは疑問だ。俺ならどうかって?味見される程度には興味を持たれたかもしれないが、始ほど強くない自分に彼女を止める方法など有りはしない。そんな上手い方法が有るのなら教えて欲しいくらいだ。



ダイナスに入り今晩泊まる宿を決めるとハジメは全部で4つの部屋を借りた、内訳はハジメ・セシリアとラン・ミリンダ・アーシュラさんで分かれる感じだ。荷物を置いて準備を整えてから本部に向かおうとした時、ミリンダがハジメに話しかけてきた。

「あの、ハジメ様。ハジメ様が本部所属となられるのに合わせて私もルピナス支部のギルド長を降りて1人の冒険者に戻ろうかと思います」

「ミリンダが降りようとすれば皆から反対されない?」

「ハジメ様は私の異名を知らないからそんな事を言えるのです、いずれ知る時が来たらルピナスの冒険者達が何故自分に従っていたのか分かる筈です」

「?」

それから数日後、ミリンダのルピナス支部ギルド長の辞任申請が通った際に彼女の異名が【首狩狂の暗殺者ミリー】だと判明する。暗殺方面で活躍していた彼女が何故ルピナス支部のトップに就く事になったかも、いずれ知る時が訪れるだろう。

ミリンダの過去についてとやかく考えるのを止めようと別の事を考え始めたハジメはふと今回のダイナス旅行で大幅な予定変更可能策に気が付くと皆に聞いてみた。

「ねえ、アーシュラさん。こっちに転移する前に次の再転移まで1週間は掛かると言ってましたよね?」

「ええ、確かに言ったけどそれがどうしたの?」

「じゃあ、無理に急がなくても10日位王都でのんびりと過ごした後で購入した馬車に皆が乗った状態でルピナスに転移して貰えば馬車で移動しなくても大丈夫では?」

『・・・・・』

このハジメの案は即座に受け入れられ、ハジメ達5人は王都で9泊する事が決まった。後世の世に【ダイナス恐怖の10日間】と言われる事となったハジメ達のダイナス滞在の初日はまだ終わっていない・・・。
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