上 下
9 / 14

勝湖ぶどう祭りの夜(その1)

しおりを挟む
 大土肥海岸防衛戦から二ヶ月近くが過ぎたが、これまでのところ新たなデモンの襲撃は来ていない。数百体送り込んですべて殲滅されたのだから、デモン側でも警戒しているのだろうと須佐之男はみている。そして十月最初の土曜日の朝、陸はウミに叩き起こされると学園長室に呼ばれた。

「さて皆さん、本日は勝湖ぶどう祭りです。例年通り我々も露天を出店しますので、予算獲得のため売って売って売りまくってください」

「……状況がよくつかめないんだけど、俺達もその露天を手伝うのか?」

「当然です! 特に国守二等陸士、あなたが壊した中学校校舎の修繕費用など今年は予算が底を尽きかけています。この調子だと食事はしばらく、かけうどんのみですね」

 天照の言葉に絶句する陸。これまで食堂のおばちゃんの美味い飯を食べてきたが、それがシンプルなかけうどんに変わるほど予算を使いこんでいたとは……。するとクゥが大笑いしながらネタばらしをする。

「リク、心配しなくてもノープロブレムね。ワタシたちがするのは客のフリ、ようするにサクラよ。サ・ク・ラ♪」

「その通りです、未成年の子供達を働かせることは出来ません。国守二等陸士この予算を使い、我々の露天を周囲の人々にアピールするのです」

 そう言いながら天照が手渡したのは千円札二枚。予算にしては少ないような気もするが後が怖いのでとりあえず黙っておく。

「それだけの予算があれば、焼きそば、たこ焼き、わた菓子、リンゴ飴を買うことが可能です。四カ所の露天すべてを、必ず訪れるように。いいですね?」

『了解っ!!』

 ウミとクゥが敬礼しながら天照に返答した。ついていけない陸が無言でいると、天照が鼻先が触るくらいの距離まで顔を近づけて再確認をする。

「……国守二等陸士、いいですね?」

「りょ、了解……」

 笑顔で殺気を振り撒く天照に気圧された陸は、冷や汗を流しながらも何とか返答した。祭りの時間までは、かなりの余裕がある。顔でも洗ってこようと学園長室を出ようとした陸を、須佐之男が呼び止めた。

「おい、陸。おまえも勝湖の住人の一人になったんだから、今年の聖火ランナー。おまえも参加するんだぞ」

「聖火ランナー?」

 突然出てきた聖火ランナーという言葉に、陸は困惑する。須佐之男はやれやれと呆れたように頭を掻くと、この祭りの風物詩の説明を始めた。



「このぶどう祭りの風物詩が柏手山の斜面に鳥居型に置かれた松明へ、小善寺で採火した護摩の火を点火する鳥居焼きだ。勝湖中学校の生徒や町の有志などが集まり聖火ランナーとして、松明に点火しに向かう。本来なら走る年齢じゃないが、折角この町に住むことになったんだ。一度くらいは走っておけ」

 須佐之男からそこまで言われては断るに断れない、陸は走るのがあまり得意ではないが聖火ランナーを引き受けることにする。

「こういう機会はめったにないからね、俺も走るよ」

「よし! それじゃあ午後二時に勝湖小学校のグラウンドに集合な、服装は体操服に走りやすい靴を履いてくること。軍手と鉢巻きは町から支給されるから用意する必要は無い。あと途中でお茶も配られるが、念のためペットボトルでいいから水分も準備しておけよ」

 夕方に集まって走るものだと思っていた陸は、一抹の不安をおぼえた。そしてその不安は見事に的中したのである……。

「くそぉっ! 覚えてろよ、須佐之男。 勝湖の地区を一周するなんて聞いてないぞ!?」

 日も暮れ始めた十八時、陸は千福寺に通じる路上で休憩していた。この寺は聖徳痩子がこの地を訪れた際の馬のひづめの跡だと言われている、馬蹄石も遺されている。渡されたお茶を飲みながら流れる汗を拭っていると、ウミとクゥが応援に駆けつけてくれた。

「陸、大丈夫? 無理しないでね」

「ああ、大丈夫だよクゥ。まだまだいけるさ!」

 体力が残っていることをアピールする陸。するとこのやりとりを見ていた社会人の皆様が会話に割り込んできた。

「威勢が良いな坊主、それだけ元気ならおまえには最上段まで行ってもらうとするかな」

「最上段?」

 何かをやらかしてしまったことに気付いても、時すでに遅し。有志の一人が山の斜面の鳥居を指差しながら、最上段がどの位置なのか教えてくれた。

「最上段はもちろん、あの鳥居の一番上にある横の列だ。山の斜面には一応階段もあるが暗い道で滑りやすく、松明に点火されれば燃えている火の間を潜りながら下山しなければならない。こんな可愛い彼女の前で威勢の良いところを見せたんだ、かっこいいところもついでに見せてやれ」

(あっ……これ絶対に断れないやつだ)

 周りの男達から集まる視線が、有無を言わせぬプレッシャーを陸に与える。他にも彼女らしき女の子と会話している連中もいたが、全員少し離れた見つからない場所にいた。陸がガックリと肩を落とすと、これまで感じたことのない強い殺気を感じとる。

「リク、どうかしたの? 急に慌てたような顔をして」

「いや……何でもないよウミ。何故か急に、天照のおっかない顔が思い浮かんでさ」

「そうなんだ。じゃあ学園に戻ったら、このことをキチンと報告しないとネ」

 そのころ陸とウミがじゃれている様子を、千福寺の境内から観察している男がいた。男は陸の顔を確認すると、一言だけ呟く。

「……あれが国津 神の息子、陸か」

 男はその場から離れるが、男の存在に陸達は気付いていなかった……。
しおりを挟む

処理中です...