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小善寺防衛戦(前編)
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「ご、ごめん!」
陸はすぐに更衣室の外に出ると、中にいるクゥに謝罪する。それにしても何故この浴場を、彼女が利用出来るのだろうか? その答えは着替えを終えて、更衣室を出てきたクゥが説明してくれる。
「陸、ワタシも八百万防衛隊の一員。だから、ここのお風呂を利用出来る」
「そうだったんだ、てっきり俺一人だけかと思った」
「ところで陸、早く風呂を済ませないと夕食が遅くなるかも」
言われて壁にかけられた時計をみると、十八時を少し回っていた。これから身体の汗を流したりすれば十九時を過ぎるかもしれない、けれども自分の汗の臭いも気になる。陸は風呂を優先して、夕食をあとにすることを選んだ。
「そうだな。今日結構汗もかいたし、ゆっくりと風呂につかってから夕食を食べることにするよ。またあとでな、クゥ」
「……うん、またあとで」
クゥと別れてのれんを潜ると更衣室内にわずかに残されたシャンプーの香りが、脳裏に先程見た彼女の姿が描き出される。陸は抱いた邪念を払おうとサウナの隣にあった水風呂に飛び込むのだった……。
風呂を済ませた陸が食堂に向かうと、入り口に掲げられた大きな看板が目に飛び込む。
【学園長、ならびに月読先生の食堂利用をお断りします】
「なんじゃこりゃ!?」
思わず出てしまった陸の声で、先に食事をしていたクゥとウミが気がついた。
「リク~! こっちこっち! ワタシ達と一緒に食べるデス!」
「……陸。一緒に食べるのはイヤ?」
義妹二人に誘われて断れるはずもなく、陸は二人が座るテーブルに向かう。途中、周囲の男達の視線が集まったが、気付かないふりをして椅子に座った。
「なあ、クゥ、ウミ。入り口のあの看板は一体何なんだ? 何故二人が利用する事が出来ないのか、知っていたら教えてくれないか?」
「アハハ……。あの看板デスカ、それはデスね」
「あの二人が昔、私にとても酷いことをしたからなのよ!」
陸は割り込んできた声の方を振り向く。そこにはエプロンに白い三角巾を身に付けた、いかにも食堂のおばちゃんが立っていた。
「あんたが今日からこの学園に転入してきた、陸くんだね? 私はこの食堂を任されている、大気都(おおげつ) 姫(ひめ)。食物神や保食神とも呼ばれているがここでは気楽に、食堂のおばちゃんとでも呼んでおくれ」
「食物神? 保食神?」
不思議そうな目でおばちゃんを見る陸、するとおばちゃんはウミと小声で話し始める。
『ねぇ? 司令達はココのこと、彼にきちんと説明したの?』
『多分してない』
『やっぱりか~! 仕方ない、私から彼に説明しておこう』
おばちゃんは陸と反対側の椅子に座ると、急に真面目な顔をしながら語り始めた。
「いいかい? これから私が話すことはすべて真実だから、驚かないで聞いておくれよ。ここ高天原学園の学園長の国守 須佐之男の正体は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)。つまり八百万の神の一人なんだよ、かくいう私もその一人なんだけどさ……」
陸は開いた口が塞がらない。親父の友人が素戔嗚尊だということもそうだが、目の前にいるおばちゃんも自ら神様だと名乗っているからだ。すると胸元のペンダントを指差しながら、クゥがさらに驚くべき事実を明かす。
「陸、ワタシ達も付喪神の血を引いている。その力を使いデモンと戦っているの」
「……えっ!? 俺やクゥのご先祖様は神様だったってこと?」
陸の問いかけに、クゥは頷いた。っということは、親父も何かに姿を変えてデモンと戦ってきたことになる。
「あんたの父ちゃんはそりゃあもう勇敢な防人だったよ、その身を張ってデモンからみんなを守ってきたからね。あんたにもその男の血が流れている、きっと皆を守れる防人になれるはずだよ」
おばちゃんからエールを贈られ、陸は何だかこそばゆい気持ちになった。山盛りで出された夕食を気合いで食べきると、服の袖をクゥが引いてくる。
「陸、明日予定がないなら一緒に小善寺に行かない? 見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
頷くクゥに陸は驚きと同時に安堵もした。陸の不注意で下着姿を見てしまったことを、彼女は怒っていないらしい。怒っていたら夕食を一緒に食べようと言ってこないだろうし、陸の杞憂だったのだろう。待ち合わせの時間と場所を決めている二人を、少し離れたところからおばちゃんが温かい眼差しで見つめていた。
「……若いって本当にいいねぇ」
小善寺は奈良時代に帰基という僧により創建され、本堂は国宝に指定されている。また本尊の薬師如来の手には一房のぶどうが載せられているが、これは帰基の夢の中に現れた薬師如来の姿を模したもの。近年では『突撃は勇敢だが役に立つ?』のロケで使われたことから、突勇詣でなるもので訪れる観光客が増えているそうだ。
本堂に向かう石段を登りながら、クゥはこの寺に残るある伝説を陸に説明する。
「その昔、この辺りには一匹の大蛇が住み着き人々を苦しめてきた。そこに役行者が偶然通りがかり、その大蛇を退治したという伝承が残されているの。それにちなんで毎年五月上旬には『藤斬り祭』という行事も開催されている」
「へぇ、役行者って修験の祖とされる役小角のことだよね? そんな言い伝えがここにはあるんだ」
「ちなみにこの近くでは、新政府軍率いる坂垣退助と旧幕府軍率いる遠藤勇が戦っている。甲州勝湖の戦いは覚えておいて損はない」
「そ、そんなことまでよく知っているねクゥ……」
どうやら彼女は、調べものが好きな性格らしい。そうこうしている内に石段を登り終えた二人は、本堂の前で無事を祈願すると近くにある御神木を眺める。
「あの御神木に大蛇を形どった藤蔓が吊され、落とされた大蛇を男達が奪い合うの。見事手に入れた人は一年間無病息災で過ごせるそうだから、来年陸も参加すると良い」
「ははは……一年間の期間限定なんだ」
乾いた笑い声をあげる陸、すると御神木の真上に黒い球体が突如出現した!
「これはまさかデモン? なんで急に!?」
「それはわからない、でも急いで倒さないとデモンが姿を現してしまう」
「でもここだと俺の主砲じゃ、角度が足りなくて撃てないよ」
「陸、安全なところに隠れていて。コイツはワタシが倒す」
そう言いながらクゥは胸元からペンダントを取り出す。彼女のペンダントはヘリの形をしていた……。
「変身」
クゥが声を出すと同時に、彼女の身体が光に包まれる。肌が見えない代わりに身体の線は丸見えなので、年頃の男の子には少々目に毒だ。その後一瞬だけ強く光り輝くと、クゥは本来の姿へと戻る。
「……ええと、クゥでいいのか?」
「うん。ワタシの戦うところ、見ていて」
クゥの本来の姿、それは旧ソ連で開発されたMiー24。ハインドと呼ばれている戦闘ヘリだった……。
陸はすぐに更衣室の外に出ると、中にいるクゥに謝罪する。それにしても何故この浴場を、彼女が利用出来るのだろうか? その答えは着替えを終えて、更衣室を出てきたクゥが説明してくれる。
「陸、ワタシも八百万防衛隊の一員。だから、ここのお風呂を利用出来る」
「そうだったんだ、てっきり俺一人だけかと思った」
「ところで陸、早く風呂を済ませないと夕食が遅くなるかも」
言われて壁にかけられた時計をみると、十八時を少し回っていた。これから身体の汗を流したりすれば十九時を過ぎるかもしれない、けれども自分の汗の臭いも気になる。陸は風呂を優先して、夕食をあとにすることを選んだ。
「そうだな。今日結構汗もかいたし、ゆっくりと風呂につかってから夕食を食べることにするよ。またあとでな、クゥ」
「……うん、またあとで」
クゥと別れてのれんを潜ると更衣室内にわずかに残されたシャンプーの香りが、脳裏に先程見た彼女の姿が描き出される。陸は抱いた邪念を払おうとサウナの隣にあった水風呂に飛び込むのだった……。
風呂を済ませた陸が食堂に向かうと、入り口に掲げられた大きな看板が目に飛び込む。
【学園長、ならびに月読先生の食堂利用をお断りします】
「なんじゃこりゃ!?」
思わず出てしまった陸の声で、先に食事をしていたクゥとウミが気がついた。
「リク~! こっちこっち! ワタシ達と一緒に食べるデス!」
「……陸。一緒に食べるのはイヤ?」
義妹二人に誘われて断れるはずもなく、陸は二人が座るテーブルに向かう。途中、周囲の男達の視線が集まったが、気付かないふりをして椅子に座った。
「なあ、クゥ、ウミ。入り口のあの看板は一体何なんだ? 何故二人が利用する事が出来ないのか、知っていたら教えてくれないか?」
「アハハ……。あの看板デスカ、それはデスね」
「あの二人が昔、私にとても酷いことをしたからなのよ!」
陸は割り込んできた声の方を振り向く。そこにはエプロンに白い三角巾を身に付けた、いかにも食堂のおばちゃんが立っていた。
「あんたが今日からこの学園に転入してきた、陸くんだね? 私はこの食堂を任されている、大気都(おおげつ) 姫(ひめ)。食物神や保食神とも呼ばれているがここでは気楽に、食堂のおばちゃんとでも呼んでおくれ」
「食物神? 保食神?」
不思議そうな目でおばちゃんを見る陸、するとおばちゃんはウミと小声で話し始める。
『ねぇ? 司令達はココのこと、彼にきちんと説明したの?』
『多分してない』
『やっぱりか~! 仕方ない、私から彼に説明しておこう』
おばちゃんは陸と反対側の椅子に座ると、急に真面目な顔をしながら語り始めた。
「いいかい? これから私が話すことはすべて真実だから、驚かないで聞いておくれよ。ここ高天原学園の学園長の国守 須佐之男の正体は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)。つまり八百万の神の一人なんだよ、かくいう私もその一人なんだけどさ……」
陸は開いた口が塞がらない。親父の友人が素戔嗚尊だということもそうだが、目の前にいるおばちゃんも自ら神様だと名乗っているからだ。すると胸元のペンダントを指差しながら、クゥがさらに驚くべき事実を明かす。
「陸、ワタシ達も付喪神の血を引いている。その力を使いデモンと戦っているの」
「……えっ!? 俺やクゥのご先祖様は神様だったってこと?」
陸の問いかけに、クゥは頷いた。っということは、親父も何かに姿を変えてデモンと戦ってきたことになる。
「あんたの父ちゃんはそりゃあもう勇敢な防人だったよ、その身を張ってデモンからみんなを守ってきたからね。あんたにもその男の血が流れている、きっと皆を守れる防人になれるはずだよ」
おばちゃんからエールを贈られ、陸は何だかこそばゆい気持ちになった。山盛りで出された夕食を気合いで食べきると、服の袖をクゥが引いてくる。
「陸、明日予定がないなら一緒に小善寺に行かない? 見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
頷くクゥに陸は驚きと同時に安堵もした。陸の不注意で下着姿を見てしまったことを、彼女は怒っていないらしい。怒っていたら夕食を一緒に食べようと言ってこないだろうし、陸の杞憂だったのだろう。待ち合わせの時間と場所を決めている二人を、少し離れたところからおばちゃんが温かい眼差しで見つめていた。
「……若いって本当にいいねぇ」
小善寺は奈良時代に帰基という僧により創建され、本堂は国宝に指定されている。また本尊の薬師如来の手には一房のぶどうが載せられているが、これは帰基の夢の中に現れた薬師如来の姿を模したもの。近年では『突撃は勇敢だが役に立つ?』のロケで使われたことから、突勇詣でなるもので訪れる観光客が増えているそうだ。
本堂に向かう石段を登りながら、クゥはこの寺に残るある伝説を陸に説明する。
「その昔、この辺りには一匹の大蛇が住み着き人々を苦しめてきた。そこに役行者が偶然通りがかり、その大蛇を退治したという伝承が残されているの。それにちなんで毎年五月上旬には『藤斬り祭』という行事も開催されている」
「へぇ、役行者って修験の祖とされる役小角のことだよね? そんな言い伝えがここにはあるんだ」
「ちなみにこの近くでは、新政府軍率いる坂垣退助と旧幕府軍率いる遠藤勇が戦っている。甲州勝湖の戦いは覚えておいて損はない」
「そ、そんなことまでよく知っているねクゥ……」
どうやら彼女は、調べものが好きな性格らしい。そうこうしている内に石段を登り終えた二人は、本堂の前で無事を祈願すると近くにある御神木を眺める。
「あの御神木に大蛇を形どった藤蔓が吊され、落とされた大蛇を男達が奪い合うの。見事手に入れた人は一年間無病息災で過ごせるそうだから、来年陸も参加すると良い」
「ははは……一年間の期間限定なんだ」
乾いた笑い声をあげる陸、すると御神木の真上に黒い球体が突如出現した!
「これはまさかデモン? なんで急に!?」
「それはわからない、でも急いで倒さないとデモンが姿を現してしまう」
「でもここだと俺の主砲じゃ、角度が足りなくて撃てないよ」
「陸、安全なところに隠れていて。コイツはワタシが倒す」
そう言いながらクゥは胸元からペンダントを取り出す。彼女のペンダントはヘリの形をしていた……。
「変身」
クゥが声を出すと同時に、彼女の身体が光に包まれる。肌が見えない代わりに身体の線は丸見えなので、年頃の男の子には少々目に毒だ。その後一瞬だけ強く光り輝くと、クゥは本来の姿へと戻る。
「……ええと、クゥでいいのか?」
「うん。ワタシの戦うところ、見ていて」
クゥの本来の姿、それは旧ソ連で開発されたMiー24。ハインドと呼ばれている戦闘ヘリだった……。
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