上 下
7 / 15

ヴールルでのお買い物

しおりを挟む
 朝食を食べ終えたミィは、メイドが洗濯してくれた制服に着替えた。意識しないと気づけないほど微かな花の香り、小さな気配りだがとても嬉しい。

「どうもありがとう、いってきます!」

「いってらっしゃいませ、ミースお嬢様」

 勢いよく部屋を飛び出して廊下を進む、すれ違うメイド達に挨拶をしながら玄関に到着すると、私服のアレクシスが待っていてくれた。

「よろしくお願いしますアレクシスさん……って、なんですかその顔は!?」

 アレクシスの表情が急に変わったので、驚いたミィは思わず声をあらげる。すると残念そうな顔で、彼はこう言う。

「もうお兄ちゃんとは呼んでくれないんだ?」

「あたりまえです、何を子どもみたいなことを言っているのですか!? エスコートをされるのは初めてなので、街の中ではカッコイイところを見せてくださいね」

 ミィの方から手を握ると、アレクシスは途端に顔を赤くする。女性の方から男性の手を掴むのは告白することに等しいとあとで聞かされ、ミィは顔から火が出る思いをしたが街に入るまでその手を離すことはしなかった……。

「うわあ、すごい! まるでテレビで見た、パリの町並みみたい」

「テレビ? パリ?」

「い、いいえ、なんでもないです。 ただの独り言」

 侯爵の屋敷からほど近い街ヴールル、パリを思わせる町並みにミィは興奮してつい元の世界での知識を口にする。なんとか誤魔化しながら、まず最初に旅の間に着る服を探しに向かう。

 制服を着続けるとさすがに傷んでしまうし、何よりも汗臭い。着替えも多いほうがありがたい、重くなったらなったでクロに保管してもらうつもりだ。好みの服を物色していると、ミィは店の隅のとある一角に吸い寄せられた。

「あ、あの……アレクシスさん。 すいませんが、少しの間で良いのでここで待っていてくれませんか?」

「ああ、それは別に構わないがいったいどうした?」

「ぜ、絶対にこっちには来ないでくださいね!」

 足早に店の奥にいくミィを、アレクシスは不審に思う。その後5~10分経っても戻ってくる様子がないので、彼女が向かった先に足を進める。薄暗い通路の先で微かに光が漏れている場所があった、そこは一枚のシーツに遮られ中の様子は見えない。

「ねえミィ、それくらいにしておいたら?」

「ちょっと待ってクロ。 あと1着、あと1着だけ試させて」

 どうやら中にはミィとクロが居るようだ、アレクシスはシーツに手を伸ばすと横にスライドさせた。

「おい、ミィ。 いつまで待たせるつもりだ?」

「えっ!?」

(えっ!?)

 彼の目に飛び込んできたのは、下着姿のミィ。服のサイズを確かめたくてどうやら試着していたらしい、すると硬直しているアレクシスの頬にミィの平手が飛んだ。

「アレクシスのエッチ、スケベ、変態。 さっさと出ていけバカァ!」



「なあミィ、そろそろ機嫌を直してくれないか?」

「ふんだ! スケベなアレクシスさんなんて知らない」

 頬を膨らませながら歩くミィの後ろを、顔に赤い手形をつけたアレクシスが続く。両手には一杯の箱、覗いてしまったお詫びに気に入った服を全部プレゼントする羽目になったのである。

 年頃の女の子の心はデリケートだと妹達と接していて知っているはずなのに、つい忘れてしまった。彼女に変なレッテルを貼られてしまうのはさすがにマズイ、機嫌が戻るような場所を探さないと……。

(おっ、あそこが丁度良さそうだ)

 そこにあったのはおしゃれな喫茶店、最近若い娘さん達の間で甘いデザートが人気のお店だ。入るのは初めてだが、この際四の五の言ってられない。

「ミィ、そこの喫茶店に入ろう。 甘いお菓子がたくさんあるぞ」

「私って、そんなに子どもっぽいですか? お菓子で釣られると思われては……」

 ……それから30分後。

「う~ん、ここのケーキとっても美味しい♪ あっ、今度はそこにあるミルフィーユを頼んでもいいですか?」

「あ、ああ。 好きなだけ食べるといい」

「ありがとうございます♪」

 満面の笑みで喜ぶミィ、どうやら機嫌も元に戻ったようだ。安心して飲むコーヒーの味は、いつもより少しだけ苦い味がした……。 デザートを腹一杯食べて満足したミィは、先日ふと思いついたことをアレクシスに話してみる。

「アレクシスさん、他の街もだいたい同じような町並みをしているのですか?」

「いや。 それぞれの街や村で異なった趣きをしているけど、それがなにか?」

「私が昔住んでいたところでは、こういう場所は観光地として栄えていたので。少しもったいないなと思いまして」

「観光地?」

 何やら聞き慣れない言葉だったらしく、不思議そうな顔をしている。ミィは観光地にありそうなものを、片っ端から言ってみた。

「まず街のいたるところに看板を立てて、眺めのよい場所を案内する。 次にこの街でしか買えないお土産品を店頭に並べて、街に来た記念にしてもらう。 また来たくなるような、街の風景が描かれた絵手紙あたりが喜ばれるかも」

「ミィ!」

「きゃっ!」

 今度はアレクシスの方からミィの手を掴んできた、真剣そうな顔で見つめられるので少し照れくさい。

「買い物の途中だがすぐに屋敷にもどろう、君のアイデアを父上に話すんだ」

「えっ、どうして?」

「その観光地というアイデアを活かせば、商人が通らない街道から離れた村や街にも人が来るようになる。 こんな画期的な方法を、他の者に聞かれるわけにいかない」

「えっ、ええっ、ええええっ!?」

 ずるずると引きずられるようにして、店をあとにするミィ。屋敷に戻った息子からの報告を聞いたレスターは、すぐに村長や町長に手紙を送ると集めた資料を基にして各町村の観光案内をヴールル内の宿を使って無料で配布。

 その後はミィから聞いた手作りの木の置物を販売させるなど、これまであまり人が通らなかった村や町へ観光目当てで向かう流れを作り出した。

 関所を通る際のお金がかからないことも大きな宣伝効果となって、ライティスだけでなく他の領地の住人にも口コミで広がり、ダスティン領は観光を主な産業に大きく発展する。

 ミース・ダスティンの名が領民の暮らしを豊かにした才女として、深く刻まれたのは言うまでもない……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

〈完結〉婚約破棄を駆り立てる謎のピンク頭! それは歴史の中に度々現れる謎の存在だった!

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ユグレナ・ラグドウィッジ男爵夫人は息子の学校の卒業パーティでの婚約破棄騒動の知らせを聞き、過去を振り返る。 彼女もまた、かつて王太子から婚約破棄された過去があった。その時に発端となったのはピンクに見まごう色の髪の男爵令嬢。だが彼女は廃太子が決定した時に何故か姿がかき消えてしまった。 元々自分の学校自体が理に合わない存在だと感じて調べていたユグレナは傷物令嬢ということで縁談も来ないまま、学校の歴史教授と共にピンク頭の存在についても調べていた。 やがてその教授にフィールドワークの相手として紹介された男爵家の次男坊と好き合い、彼女は結婚する。 その後男爵位が夫に入ってきたことでユグレナは男爵夫人となり、男子を三人儲ける。 その長男の卒業パーティで、再びまた…… 一体ピンク頭とはどういう存在なのか?

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...