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ヴールルでのお買い物
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朝食を食べ終えたミィは、メイドが洗濯してくれた制服に着替えた。意識しないと気づけないほど微かな花の香り、小さな気配りだがとても嬉しい。
「どうもありがとう、いってきます!」
「いってらっしゃいませ、ミースお嬢様」
勢いよく部屋を飛び出して廊下を進む、すれ違うメイド達に挨拶をしながら玄関に到着すると、私服のアレクシスが待っていてくれた。
「よろしくお願いしますアレクシスさん……って、なんですかその顔は!?」
アレクシスの表情が急に変わったので、驚いたミィは思わず声をあらげる。すると残念そうな顔で、彼はこう言う。
「もうお兄ちゃんとは呼んでくれないんだ?」
「あたりまえです、何を子どもみたいなことを言っているのですか!? エスコートをされるのは初めてなので、街の中ではカッコイイところを見せてくださいね」
ミィの方から手を握ると、アレクシスは途端に顔を赤くする。女性の方から男性の手を掴むのは告白することに等しいとあとで聞かされ、ミィは顔から火が出る思いをしたが街に入るまでその手を離すことはしなかった……。
「うわあ、すごい! まるでテレビで見た、パリの町並みみたい」
「テレビ? パリ?」
「い、いいえ、なんでもないです。 ただの独り言」
侯爵の屋敷からほど近い街ヴールル、パリを思わせる町並みにミィは興奮してつい元の世界での知識を口にする。なんとか誤魔化しながら、まず最初に旅の間に着る服を探しに向かう。
制服を着続けるとさすがに傷んでしまうし、何よりも汗臭い。着替えも多いほうがありがたい、重くなったらなったでクロに保管してもらうつもりだ。好みの服を物色していると、ミィは店の隅のとある一角に吸い寄せられた。
「あ、あの……アレクシスさん。 すいませんが、少しの間で良いのでここで待っていてくれませんか?」
「ああ、それは別に構わないがいったいどうした?」
「ぜ、絶対にこっちには来ないでくださいね!」
足早に店の奥にいくミィを、アレクシスは不審に思う。その後5~10分経っても戻ってくる様子がないので、彼女が向かった先に足を進める。薄暗い通路の先で微かに光が漏れている場所があった、そこは一枚のシーツに遮られ中の様子は見えない。
「ねえミィ、それくらいにしておいたら?」
「ちょっと待ってクロ。 あと1着、あと1着だけ試させて」
どうやら中にはミィとクロが居るようだ、アレクシスはシーツに手を伸ばすと横にスライドさせた。
「おい、ミィ。 いつまで待たせるつもりだ?」
「えっ!?」
(えっ!?)
彼の目に飛び込んできたのは、下着姿のミィ。服のサイズを確かめたくてどうやら試着していたらしい、すると硬直しているアレクシスの頬にミィの平手が飛んだ。
「アレクシスのエッチ、スケベ、変態。 さっさと出ていけバカァ!」
「なあミィ、そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「ふんだ! スケベなアレクシスさんなんて知らない」
頬を膨らませながら歩くミィの後ろを、顔に赤い手形をつけたアレクシスが続く。両手には一杯の箱、覗いてしまったお詫びに気に入った服を全部プレゼントする羽目になったのである。
年頃の女の子の心はデリケートだと妹達と接していて知っているはずなのに、つい忘れてしまった。彼女に変なレッテルを貼られてしまうのはさすがにマズイ、機嫌が戻るような場所を探さないと……。
(おっ、あそこが丁度良さそうだ)
そこにあったのはおしゃれな喫茶店、最近若い娘さん達の間で甘いデザートが人気のお店だ。入るのは初めてだが、この際四の五の言ってられない。
「ミィ、そこの喫茶店に入ろう。 甘いお菓子がたくさんあるぞ」
「私って、そんなに子どもっぽいですか? お菓子で釣られると思われては……」
……それから30分後。
「う~ん、ここのケーキとっても美味しい♪ あっ、今度はそこにあるミルフィーユを頼んでもいいですか?」
「あ、ああ。 好きなだけ食べるといい」
「ありがとうございます♪」
満面の笑みで喜ぶミィ、どうやら機嫌も元に戻ったようだ。安心して飲むコーヒーの味は、いつもより少しだけ苦い味がした……。 デザートを腹一杯食べて満足したミィは、先日ふと思いついたことをアレクシスに話してみる。
「アレクシスさん、他の街もだいたい同じような町並みをしているのですか?」
「いや。 それぞれの街や村で異なった趣きをしているけど、それがなにか?」
「私が昔住んでいたところでは、こういう場所は観光地として栄えていたので。少しもったいないなと思いまして」
「観光地?」
何やら聞き慣れない言葉だったらしく、不思議そうな顔をしている。ミィは観光地にありそうなものを、片っ端から言ってみた。
「まず街のいたるところに看板を立てて、眺めのよい場所を案内する。 次にこの街でしか買えないお土産品を店頭に並べて、街に来た記念にしてもらう。 また来たくなるような、街の風景が描かれた絵手紙あたりが喜ばれるかも」
「ミィ!」
「きゃっ!」
今度はアレクシスの方からミィの手を掴んできた、真剣そうな顔で見つめられるので少し照れくさい。
「買い物の途中だがすぐに屋敷にもどろう、君のアイデアを父上に話すんだ」
「えっ、どうして?」
「その観光地というアイデアを活かせば、商人が通らない街道から離れた村や街にも人が来るようになる。 こんな画期的な方法を、他の者に聞かれるわけにいかない」
「えっ、ええっ、ええええっ!?」
ずるずると引きずられるようにして、店をあとにするミィ。屋敷に戻った息子からの報告を聞いたレスターは、すぐに村長や町長に手紙を送ると集めた資料を基にして各町村の観光案内をヴールル内の宿を使って無料で配布。
その後はミィから聞いた手作りの木の置物を販売させるなど、これまであまり人が通らなかった村や町へ観光目当てで向かう流れを作り出した。
関所を通る際のお金がかからないことも大きな宣伝効果となって、ライティスだけでなく他の領地の住人にも口コミで広がり、ダスティン領は観光を主な産業に大きく発展する。
ミース・ダスティンの名が領民の暮らしを豊かにした才女として、深く刻まれたのは言うまでもない……。
「どうもありがとう、いってきます!」
「いってらっしゃいませ、ミースお嬢様」
勢いよく部屋を飛び出して廊下を進む、すれ違うメイド達に挨拶をしながら玄関に到着すると、私服のアレクシスが待っていてくれた。
「よろしくお願いしますアレクシスさん……って、なんですかその顔は!?」
アレクシスの表情が急に変わったので、驚いたミィは思わず声をあらげる。すると残念そうな顔で、彼はこう言う。
「もうお兄ちゃんとは呼んでくれないんだ?」
「あたりまえです、何を子どもみたいなことを言っているのですか!? エスコートをされるのは初めてなので、街の中ではカッコイイところを見せてくださいね」
ミィの方から手を握ると、アレクシスは途端に顔を赤くする。女性の方から男性の手を掴むのは告白することに等しいとあとで聞かされ、ミィは顔から火が出る思いをしたが街に入るまでその手を離すことはしなかった……。
「うわあ、すごい! まるでテレビで見た、パリの町並みみたい」
「テレビ? パリ?」
「い、いいえ、なんでもないです。 ただの独り言」
侯爵の屋敷からほど近い街ヴールル、パリを思わせる町並みにミィは興奮してつい元の世界での知識を口にする。なんとか誤魔化しながら、まず最初に旅の間に着る服を探しに向かう。
制服を着続けるとさすがに傷んでしまうし、何よりも汗臭い。着替えも多いほうがありがたい、重くなったらなったでクロに保管してもらうつもりだ。好みの服を物色していると、ミィは店の隅のとある一角に吸い寄せられた。
「あ、あの……アレクシスさん。 すいませんが、少しの間で良いのでここで待っていてくれませんか?」
「ああ、それは別に構わないがいったいどうした?」
「ぜ、絶対にこっちには来ないでくださいね!」
足早に店の奥にいくミィを、アレクシスは不審に思う。その後5~10分経っても戻ってくる様子がないので、彼女が向かった先に足を進める。薄暗い通路の先で微かに光が漏れている場所があった、そこは一枚のシーツに遮られ中の様子は見えない。
「ねえミィ、それくらいにしておいたら?」
「ちょっと待ってクロ。 あと1着、あと1着だけ試させて」
どうやら中にはミィとクロが居るようだ、アレクシスはシーツに手を伸ばすと横にスライドさせた。
「おい、ミィ。 いつまで待たせるつもりだ?」
「えっ!?」
(えっ!?)
彼の目に飛び込んできたのは、下着姿のミィ。服のサイズを確かめたくてどうやら試着していたらしい、すると硬直しているアレクシスの頬にミィの平手が飛んだ。
「アレクシスのエッチ、スケベ、変態。 さっさと出ていけバカァ!」
「なあミィ、そろそろ機嫌を直してくれないか?」
「ふんだ! スケベなアレクシスさんなんて知らない」
頬を膨らませながら歩くミィの後ろを、顔に赤い手形をつけたアレクシスが続く。両手には一杯の箱、覗いてしまったお詫びに気に入った服を全部プレゼントする羽目になったのである。
年頃の女の子の心はデリケートだと妹達と接していて知っているはずなのに、つい忘れてしまった。彼女に変なレッテルを貼られてしまうのはさすがにマズイ、機嫌が戻るような場所を探さないと……。
(おっ、あそこが丁度良さそうだ)
そこにあったのはおしゃれな喫茶店、最近若い娘さん達の間で甘いデザートが人気のお店だ。入るのは初めてだが、この際四の五の言ってられない。
「ミィ、そこの喫茶店に入ろう。 甘いお菓子がたくさんあるぞ」
「私って、そんなに子どもっぽいですか? お菓子で釣られると思われては……」
……それから30分後。
「う~ん、ここのケーキとっても美味しい♪ あっ、今度はそこにあるミルフィーユを頼んでもいいですか?」
「あ、ああ。 好きなだけ食べるといい」
「ありがとうございます♪」
満面の笑みで喜ぶミィ、どうやら機嫌も元に戻ったようだ。安心して飲むコーヒーの味は、いつもより少しだけ苦い味がした……。 デザートを腹一杯食べて満足したミィは、先日ふと思いついたことをアレクシスに話してみる。
「アレクシスさん、他の街もだいたい同じような町並みをしているのですか?」
「いや。 それぞれの街や村で異なった趣きをしているけど、それがなにか?」
「私が昔住んでいたところでは、こういう場所は観光地として栄えていたので。少しもったいないなと思いまして」
「観光地?」
何やら聞き慣れない言葉だったらしく、不思議そうな顔をしている。ミィは観光地にありそうなものを、片っ端から言ってみた。
「まず街のいたるところに看板を立てて、眺めのよい場所を案内する。 次にこの街でしか買えないお土産品を店頭に並べて、街に来た記念にしてもらう。 また来たくなるような、街の風景が描かれた絵手紙あたりが喜ばれるかも」
「ミィ!」
「きゃっ!」
今度はアレクシスの方からミィの手を掴んできた、真剣そうな顔で見つめられるので少し照れくさい。
「買い物の途中だがすぐに屋敷にもどろう、君のアイデアを父上に話すんだ」
「えっ、どうして?」
「その観光地というアイデアを活かせば、商人が通らない街道から離れた村や街にも人が来るようになる。 こんな画期的な方法を、他の者に聞かれるわけにいかない」
「えっ、ええっ、ええええっ!?」
ずるずると引きずられるようにして、店をあとにするミィ。屋敷に戻った息子からの報告を聞いたレスターは、すぐに村長や町長に手紙を送ると集めた資料を基にして各町村の観光案内をヴールル内の宿を使って無料で配布。
その後はミィから聞いた手作りの木の置物を販売させるなど、これまであまり人が通らなかった村や町へ観光目当てで向かう流れを作り出した。
関所を通る際のお金がかからないことも大きな宣伝効果となって、ライティスだけでなく他の領地の住人にも口コミで広がり、ダスティン領は観光を主な産業に大きく発展する。
ミース・ダスティンの名が領民の暮らしを豊かにした才女として、深く刻まれたのは言うまでもない……。
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