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十一、七

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 クラゲたちは左右に避け、ボスクラゲを家の間近まで通していく。

「で……でっ……か……」

 俺は息をのんだ。家ほどではなかったものの、ボスと呼ばれるだけあって宇宙の主にふさわしい巨体。宇宙のシャンデリアであった。何らかの病気か、奴の内臓がマグマのように赤く光っていて、異常であることが他と比べて納得できる。

 ボスクラゲの前に花御堂はバイオレットスワンをアイドリングさせた。だがあの巨体に体当たりされても触手に捕獲されてスイングされても呆気ないに違いない。

「すみません。ハッコウソラクラゲは星際連盟のシンボルなんです。いかなる場合でも殺傷処分が禁じられているんです」

 サンシンのクラゲ愛は奴も知っている。それでもシンボルでなければ容赦なく攻撃したと言わんばかりの、緊張感のある声に俺は身震いした。もし殺したらサンシンはショックで川蝉祭どころではなくなってしまう。

 ボスクラゲもルールを熟知しているのか、悠々とバイオレットスワンをスルーした。

「いま俺、クラゲに囲まれてチョー幸せ……」
「ヘロヘロなのに何言っとれん……」

 花御堂の言葉の意味を深く考える意欲もなかったのだろう、サンシンが紫の唇を吊り上げてニタニタと笑う。俺の非日常生活の犠牲者としてついにいかれてしまったのかと同情せざるを得ない。

 ボスクラゲは前のめりで俺たちを見た。といっても、目がどこにあるのやら。
 ゼリー状の巨大な傘の中で小宇宙のような流動が輝いている。これが“ハッコウソラクラゲ”の由来だろう。まるで銀河を一粒一粒飲み込みながら宇宙を横断してきたかのようだ。「きれぇ」とサンシンが呟いた。

「ひゆうううううううん……」

 傘の中の小宇宙が渦巻く。触手が数本動いた。狙いはサンシンかと思ったが、自身の脚の付け根、口の中に突っ込んだ。何がしたいのか予測できず、俺は身構えるしかなかった。

 口から取り出したのは手のひらサイズの石で、赤い光の正体であった。ボスクラゲは赤く光る石をサンシンに差し出した。俺たちの元に戻ってこられた安心感か、クラゲ天国の幸福感か、サンシンは体力が尽きていた。受け取ってくれず、ボスクラゲは悲し気な鳴き声を上げる。子クラゲ一号はまるで人形を操るように触手でサンシンの手を動かし、石を受け取らせようとした。

 俺が制しようとすると、サンシンは掠れた声で「ぼらう……」と言った。俺は困惑気味に花御堂に目配せする。言っても聞かないコイツの性格は誰よりも知っている。

「サンシンのペットなら信用すればいい」

 川中島の一言が決まり手になってしまい、サンシンの両手のひらに石が置かれた。ルビーとも違う、きらきらと輝く石に魅せられ、みるみると血色が良くなっていった。「俺もちょっと触ってみてもいい?」と、俺はボスクラゲに一言告げておいてから人差し指だけ触れてみる。人肌くらいの温かさだ。たちまち背中の痛みが引いていく。

「一体それは何でしょう?」

 花御堂がわからないものを俺たちが知るはずがない。

「ありがとう。クラちゃん」

 サンシンは感動と懐古の眼差しをボスクラゲに送って、吐息を出すように言った。

「クラちゃん?」
「だって“クラ”って書いてあるもん」

 サンシンはボスクラゲの傘を指差した。へにゃへにゃで汚い字だったが、膨らみきった風船に書かれたような薄い黒の模様は『クラ』と読めないこともない。まさかマジックインキでペットの名前を書いていたのか。純粋虐待! 俺は呆れて何も言えなかった。

「すっげーでかくなったなー。あの頃はこれくらいだったんだぜ?」

 と、サンシンは生き生きと俺に赤い石を見せる。

「でもなぜに石?」
「うーん……わかった!」

 サンシンは目を無邪気に輝かせる。

「俺あの頃セイレーンムーンにはまってたから! ほらこれ、変身アイテムに埋め込まれてる宝石みたいなのに似てね?」
「知らねーし!」
「俺ほしかってんけど、親が許してくれんくて。な、クラちゃん? いかしてるよな!」

 クラちゃんは触手をドレスのように翻しながらプルンプルンと回った。ペットは育ての親に似るというが、のん気な奴らめ。川中島が「せいれーんむーんってなんだ?」と聞いてきたが、説明が面倒で無視する。

「つまりクラちゃんは、群れの大移動中にサンシン君へそれらしい物をプレゼントしたかったということですね? いやー感動ですな。もしも例の改造コンポがなければ、たった二体ではなく一斉に地上に降りてきたかもしれませんね」

 花御堂はハンドルに寄りかかってしみじみしていた。こいつの言う通り、実家にサンシンがいないとわかれば手分けして世界中を探していたかもしれないのである。皮肉にも宇宙人研究会はクラゲパニックを最小限に食い止めたということになるのか。

「でもなんでクラちゃん自身が降りて来なかったんだ?」
「そりゃあ、ボスとしての使命もありますしね。まずは使いとして送ったんでしょう」
「そんで結局これ何? 隕石なん?」
「地上に落ちていませんから隕石ではないですよ」
「それもそうだ」
「店長か、アルファルドさんなら見てすぐわかるかもしれませんが……」

 傍目ではサンシンは石を宝石にうっとりする女の如く嬉々と眺めたり、クラちゃんの傘にぐりぐり押しつけたりしてじゃれ合っている。お前らはカップルか! 江井先輩に言ってやろ。

「ちょっと、失礼」

 少し気を抜いていた花御堂は瞬時に本業モードに切り替えてヘルメットの側面を押さえた。通信を聴いている。ややあってボスクラゲの発光色が異常だった原因について報告する。何やら深刻な雰囲気が漂い始めるのを感じる。川中島は「宇宙なのに海賊なのか?」と間の抜けたことを抜かしている。

「……アルファルドさんたちがミンパラの船を検挙したそうです」
「てことはあとナントカっていう」
「ヴァチイネです。ヴァチイネ率いる海賊団です」

 花御堂はヘルメット越しに俺を見据えた。

「クラちゃんは奴らが目当てだったその石を先に取っちゃったんでしょう」
「なにィ?」
「ヴァチイネはサルベージ……化石エネルギーの違法採掘もしばしばですからね。アルファルドさんたちも店長と合流に向かっているようなんですが。ちょっとやばい状況らしいですね」
「やばいって?」

 俺は店長たちの身の安全を増して危惧したが、心配すべきなのは彼女たちのことではなかった。花御堂は事態の重さに、わざとらしく肩をすくめた。

「かなりのスピードでこっちに向かっているみたいですよ。母船から離脱した船のうち五隻」

 沈黙する俺たちに対し、追い打ちをかけるように「母船の方はまだ検挙中。こっちの方は他の支部も時間的に間に合わないそうですよ」と花御堂は言う。

 クライマックスが近づいてきたようである。俺はサンシンに顔を向ける。

「……捨てよっか、その石」
「駄目ですよ! こんなとこで捨てたら!」

 花御堂に叱られてしまった。捨てたら重力によって地上に落下する。化石エネルギーとくくっても何が起こるかわかったものではない。大爆発して泰京市は巨大クレーターで失われるかもしれないし、ヤバイ病原菌が引っ付いているかもしれないし、実はこれは怪獣の卵で新たな物語が生まれるなんてことも……宇宙なだけに何でもあり得てしまう。

「かと言って、俺渡したくないぜ?」

 サンシンは臆面にも語気を強めて石を抱きしめた。渡してもヴァチイネとかいう海賊団が素直に退散してくれるとは限らない。俺たちを人質にして銀河団から逃げようする可能性だってある。

「ひとまず、中に避難しよう。サンシンは……子クラゲ一号ごと玄関から入るしかないな。もう少しだけ我慢してくれ」

 サンシンと花御堂は玄関から家の中に入った。俺は地下に向かって叫んだ。

「おっさぁーーん! 海賊船がこっちに向かってる! 早く家を移動しないと!」
「それは大変です!」

 返事が来るのと同時に下降し始めた。

「降りるのは待ってください! 石のエネルギーを探知されているかもしれません!」
「はぁい!」

 花御堂に言われて上昇する。

「地球に直接的な被害があってはマズいですからね……」
「じゃあ石を裏口から持って出てもアカンのか……」
「地球がパニックになろうが関係ないですからね、奴らにとって」

 石さえ手に入るのなら手段は選ばないということか。

「とにかく時間を稼ぐ必要がありま――」
「きゃっ!」

 旭さんの悲鳴に、何事かと頭を上げればクラちゃんが我もと言わんばかりに扉を開けて中に入ろうとしているではないか。

「おおおお、おいおいおい!」

 俺は押し返そうとしたがボインッと弾かれ、クラちゃんはぐりぐりと傘を押し込みへこませながら、ズルンッ! と、すっかり中にお邪魔してしまった。リビングは超満員。ツカサと旭さんは慌ただしく裏口から地上へ退散した。「む、鍵をかけ忘れていた」と二階の川中島の呟きが聞こえた。




――――――――――
2月16日の作者

前話について、落下したオーギガヤツが助かるところをちょっっとだけ加筆してます。
夜だから落ちてるとこが川中島に見えないよなぁって、公開したその日の就寝中に気づいたから、おっさんの魔法に頼った。
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