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八、四
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電車からバスに乗り継ぎ、南マリン水族館に到着する。南マリンは現在進行形で広がっている埋め立て地で、この水族館も海に面していた。泰京ベイブリッジも見え、その先の海上遊園地も肉眼で確認できる。
南マリン活性化プロジェクトの一環で、水族館の当日チケットの半券があればその遊園地の入場チケットが割引されるのを俺は知っていた。松先輩にそれとなく提案してみたのだが、彼女は「あそこは悪運が立ち込めている」と額にしわを寄せて乗り気ではなかった。まだハードルが高いのだろう。
浮き輪を腹にはめて直立しているイルカの像が門前にあり、そこで記念撮影するカップルに松先輩は雉子のように前後左右と挙動不審。俺は気持ちをくみ取った。
「写真撮ります? デジカメあるんで」
「あのイルカにはスピリチュアルな空気が」
「はいはい。わかったっスから」
カップルが去ったのを見計らって松先輩の腕を引っ張る。彼女の腕はジャケットの上からでも細かった。撮った写真を確認すると、そこには頬を赤らめてはにかむ松先輩の姿。隣にいる実物は口をぽかんと開けて、陰険に眉間の溝を作って画像を見ていた。同一人物だとは思えなかった。
料金を支払い、淡いブルーの空間に足を踏み入れた。先輩の話によれば、数年前に大幅リニューアルしたらしい。
天井が高く、ぼんやりと聞き流せるヒーリング系の音楽が響いていた。このまま突っ立っていたら睡魔に襲われるかもしれない。
暗い通路にポツポツと明かりが埋め込まれていて、無邪気な子どもが魚に目もくれずにしゃがんでのぞき込んでいる。もうひとりの子どもは頭をコツンと床にぶつけて眠ってしまっている。睡魔の犠牲になってしまったようだ。
来客は多いはずなのに密度を感じない。こんなに広い水族館に来たのは、高校の修学旅行以来だと俺は思い出す。
松先輩は頭をグルグルと動かしている。
「どれ見てんスか?」
「あれ」
「どれっスか?」
「あれ」
指の先を探した。銀色のオーロラが渦を巻く。彼女が操っているように見えた。
巨大水槽ではこんなやり取りだった。全体を見渡しては一匹の魚に注目し続ける彼女。その一匹の魚がどれなのか当てる俺。地味なゲームだったのに、積極的に参加してしまったのはデイドリーマーの幻か、彼女の呪いか。
活動的な魚と静止している魚。稚魚と大魚。眩耀と暗躍。大群と孤独。プカリプカリと上昇する水泡。弾けている水面の外光。揺らめく鱗の色。生きている目。動かざる目。
この世界に時間の概念がないように思えた。もしくは極限に遅く流れているのかもしれなかった。外に一歩でも出たら、そこはもう数百年の時を流れていて、俺を知る者はいない。ただひとり彼女を除いて。
それとも、外光を浴びた瞬間に灰になるのだ。崩れ落ちて、崩れ落ちて。空に手を伸ばしながら叫んでしまう。ヒトリは嫌だと。これぞドラマだと思う。シアンブルーの毒の犯された妄想脳だと思う。性癖だと思う。
「可愛いっスね」
「どれが?」
「え? ああー……あの魚とかどうスか」
俺は正気づく。松先輩が完熟トマトになって壊れる姿を拝むチャンスを逃した。
「私はあれの方がいい」
「そうっスね」
川中島が彼女の想いを暴きさえしなければ、俺は無知のまま、あるいは多少なりとも気があるのではと怪しむ程度で、鈍感を演じてのらりくらりと過ごしていたのに。いや、奴が自分を天使だと知らしめる最終手段として飛翔を行ない、お粗末な展開になっていたか……。
どうなっていたにしろ、俺は一年生で彼女は三年生。つまらないパフォーマンスをし続けるだけで結末を迎えていたかもしれない。そう考えれば、川中島はナイスパフォーマンスをしたと言えようか。
水族館の王者、サメ。ムードメーカー、ゴマアザラシ。そのライバル、ペンギン。魔法の絨毯、マンタ。
そして見覚えのある男、ジョンス。デートでもしているのだろうと勘ぐったが、それらしい彼女はおらず、またお一人様らしい。どいつもこいつも俺の人生の行く手を邪魔しやがる。
奴に気づかれては小恥ずかしい。俺は松先輩の手を取った。彼女は「えべべべべ」とスピリチュアル語を発する。びっくりしたらしい。
「次行きましょ」
俺は構わず奥へ進んだ。松先輩の手はひんやりしている。頭にばかり熱がこもっているせいなのかもしれない。
爪からはガラスのように繊細な危うさを感じる。どうやらラメ入りの透明なマニキュアを塗っているらしい。手に取らないと気づかなかった。
「もしかして冷え性だったりするんスか?」
「え、う、ウン」
「めっちゃひんやりしますね」
「オギの手があったかいから余計にそう感じてるだけじゃない……?」
「俺は冷たい心の持ち主なんでね」
「そんな迷信を信じてるの? 意外ね」
「意外っスか?」
「うん」
次のエリアにはドーム状の水槽が天井にあった。
「わぁ……」
松先輩はまつ毛を震わせて感嘆の声を漏らした。瞳はチカチカと青き光華に照らされ、小宇宙が煌めいた。彼女の手首から熱い脈を感じ取った。
俺は胸を押さえた。じんじんと、果物ナイフで刺されたかと錯覚してしまうほど痛くなった。体中の血がそこに集まったかのように熱い。血管が振動して、のたうち回っているようだ。
「すごいわ」
「はい」
クラゲのシャンデリアだ。プラネタリウムだ。個々が淡く光り、ひらひらと傘の部分を心臓が動くように開閉して優雅に動く。透明な体を持つ奴らは中身を見せびらかし、触手は流れに任せている。
俺はあのスカーフのような触手に刺されて痛いと感じているのではないか。クラゲの毒がシアンの毒を押しのけるようにして回ってきているのではないか。
「水槽の中にいるのに自由に見える」
「はい」
「クラゲにとって海も水槽も関係ないのかしら。広さっていう概念がないっていうか……」
「ええ」
「世界っていう概念がないのかもしれない。とにかく、自由があるだけなの」
先輩の声が心地よい。三半規管がぐにゃぐにゃだ。何もかも麻痺して、五感が支配されていくようだ。このまま胸に抱かれて死んでしまうかもしれない。それで魂は海へと……。
「サンシンが宇宙喫茶で言っていた。クラゲは宇宙の神秘」
はっと我に返る。俺にとってサンシンというワードは現実に押し戻す強烈な作用があるらしい。マジなんちゅう話を彼女にしとんじゃ、サンシン。
「宇宙ねぇ……」
火星人か金星人か。太古の昔に宇宙からやってきて、地球に対応した姿に進化していった……だったり、ありえる話なのか。水槽という名の宇宙で、エイリアンたちは人間に囲まれながら生かされている。
「俺たちの実家、海が近かったっスから。よくあいつ学校帰りに海水を汲みに行ってましたね」
「今は飼えないわね」
「だからここでバイトしたいんかな」
そもそも学生寮はペット禁止だし、サンシンはウハウハするだろう。そういえば、淡水に生息するクラゲなら、みたいなことを昔言っていたような記憶を持っているが、それはどうでもいい。
「今まで飼ってたのはどうしたの?」
「親には任せられないって言って、泣く泣く海に帰したって。そんでマジ泣きしたって。確か初めて飼ってたクラゲが脱走した時も一日中泣いたらしいっスね」
「脱走? どうやって脱走するの?」
「いや俺もそれにはツッコミ入れたんスよ。カメならわかるんスけど。帰った時にはいなくなってて、窓を開けたままだったからそこから逃げたんだ、って。小学生ん時だって言うからまぁ……そう思い込んだのも無理ないスけどね」
松先輩は考え込む。
「……クラゲも空を飛ぶのかしら」
ポツリと。そこで隣にいた女児が「イルカさん見たい!」と親の手を引っ張る。
「そういえばショーがあるんけ……」
「イルカ」
松先輩は目を見開いて俺を見上げる。
「見に行きましょっか」
俺はまだ繋がっていた彼女の手を引いた。
野外プールへ移動すると、俺は花御堂に気づいた。正式には二番目に気づいた。一番目はがっしりとした腕にぴちぴちの七分袖(元は長袖だったのかも)を着た図体のでかい丸坊主の男。厳つく四角い顔をして、下から生える二本の歯が牙のように口からはみ出している。額には左右対称の二つのこぶがあり、角が飛び出してきそうだ。
その隣に花御堂が座っていた。さらに隣には丸坊主の男ほどではなかったが、ハ虫類顔をしたひょろ長の大きな男がいた。
一見ヤクザに絡まれたオタクである。奴らの周りは不自然に空席で、それなのに松先輩はこれ幸いとばかりに一列飛ばした前席に座った。おいおい、危機管理能力がないぞ。
花御堂は彼女に話しかけようとはしなかった。奴も先輩に気づいていない……いや気づいている。俺を見て眼鏡を非科学的に光らせ、ニタァと笑った。あそこに変質者がいますよー。
俺はぎこちなく笑顔を返し、松先輩の隣に座る。後ろの三名が無性に気になる。
「チキュウさんチキュウさん。さっき連絡があったんですがねぃ」
独特の高い声。ハ虫類顔の男だろう。
「地球さん?」
松先輩がぴくりと反応して振り返ろうとした。俺は慌てて彼女の顔を両手で押さえた。
「あうあうあうあうあうあう」
公衆の面前でキスされると思ったのか、顔を完熟トマトにして上擦った声を発した。本日一番の真っ赤っかです。
「ち、ちがいますよ。知らない男衆を興味本位で見たら目ぇつけられますって」
俺は後列に聞こえないように弁解した。顔から火が出そうだ。
「で、でででも地キュキュサンって」
「気のせいです。それは、気のせい、です」
笑いをこらえた。湯気が毛穴から噴き出すのではないかと思うほど、先輩の頬は熱い。解放すると彼女は「ふううううーう」と顔を両手で隠してうなだれた。俺も一気に汗かいた。
このやり取りの間にも後ろでハ虫類顔の男はしゃべっていた。
「時期的にもうそろそろ、月を通過するらしいんでねぃ。軌道をちょくちょく見といた方がいいですぜぃ」
「そうですか、了解です」
花御堂が答える。語調から察するに、花御堂の方が立場は上なのだろう。
「あとちょいと気になるんが。変な電波をキャッチしたんですよ。ああいや、ほんとちっぽけなもんですよ。それがちょうど軌道上に」
「解析はできたんですか?」
「へい。メーカーはムラタニ楽器店だと思うんですがねぃ。音声の方は地球全言語と該当しない、と思っていると、途中で日本語? が、入ってましてねぃ」
「ほう」
「みなさま。大変長らくお待ちいたしました!」
女性アナウンスによってリアル宇宙人の会話は中断された。俺は続きが気になったが、松先輩が「イルカ! イルカが出た!」と無邪気にさすってきた二の腕に集中してしまった。リアル宇宙人らも水族館のアイドルの登場に「ウオーッ」と野太い歓声を上げ、子どもに負けず劣らず興奮していた。
南マリン活性化プロジェクトの一環で、水族館の当日チケットの半券があればその遊園地の入場チケットが割引されるのを俺は知っていた。松先輩にそれとなく提案してみたのだが、彼女は「あそこは悪運が立ち込めている」と額にしわを寄せて乗り気ではなかった。まだハードルが高いのだろう。
浮き輪を腹にはめて直立しているイルカの像が門前にあり、そこで記念撮影するカップルに松先輩は雉子のように前後左右と挙動不審。俺は気持ちをくみ取った。
「写真撮ります? デジカメあるんで」
「あのイルカにはスピリチュアルな空気が」
「はいはい。わかったっスから」
カップルが去ったのを見計らって松先輩の腕を引っ張る。彼女の腕はジャケットの上からでも細かった。撮った写真を確認すると、そこには頬を赤らめてはにかむ松先輩の姿。隣にいる実物は口をぽかんと開けて、陰険に眉間の溝を作って画像を見ていた。同一人物だとは思えなかった。
料金を支払い、淡いブルーの空間に足を踏み入れた。先輩の話によれば、数年前に大幅リニューアルしたらしい。
天井が高く、ぼんやりと聞き流せるヒーリング系の音楽が響いていた。このまま突っ立っていたら睡魔に襲われるかもしれない。
暗い通路にポツポツと明かりが埋め込まれていて、無邪気な子どもが魚に目もくれずにしゃがんでのぞき込んでいる。もうひとりの子どもは頭をコツンと床にぶつけて眠ってしまっている。睡魔の犠牲になってしまったようだ。
来客は多いはずなのに密度を感じない。こんなに広い水族館に来たのは、高校の修学旅行以来だと俺は思い出す。
松先輩は頭をグルグルと動かしている。
「どれ見てんスか?」
「あれ」
「どれっスか?」
「あれ」
指の先を探した。銀色のオーロラが渦を巻く。彼女が操っているように見えた。
巨大水槽ではこんなやり取りだった。全体を見渡しては一匹の魚に注目し続ける彼女。その一匹の魚がどれなのか当てる俺。地味なゲームだったのに、積極的に参加してしまったのはデイドリーマーの幻か、彼女の呪いか。
活動的な魚と静止している魚。稚魚と大魚。眩耀と暗躍。大群と孤独。プカリプカリと上昇する水泡。弾けている水面の外光。揺らめく鱗の色。生きている目。動かざる目。
この世界に時間の概念がないように思えた。もしくは極限に遅く流れているのかもしれなかった。外に一歩でも出たら、そこはもう数百年の時を流れていて、俺を知る者はいない。ただひとり彼女を除いて。
それとも、外光を浴びた瞬間に灰になるのだ。崩れ落ちて、崩れ落ちて。空に手を伸ばしながら叫んでしまう。ヒトリは嫌だと。これぞドラマだと思う。シアンブルーの毒の犯された妄想脳だと思う。性癖だと思う。
「可愛いっスね」
「どれが?」
「え? ああー……あの魚とかどうスか」
俺は正気づく。松先輩が完熟トマトになって壊れる姿を拝むチャンスを逃した。
「私はあれの方がいい」
「そうっスね」
川中島が彼女の想いを暴きさえしなければ、俺は無知のまま、あるいは多少なりとも気があるのではと怪しむ程度で、鈍感を演じてのらりくらりと過ごしていたのに。いや、奴が自分を天使だと知らしめる最終手段として飛翔を行ない、お粗末な展開になっていたか……。
どうなっていたにしろ、俺は一年生で彼女は三年生。つまらないパフォーマンスをし続けるだけで結末を迎えていたかもしれない。そう考えれば、川中島はナイスパフォーマンスをしたと言えようか。
水族館の王者、サメ。ムードメーカー、ゴマアザラシ。そのライバル、ペンギン。魔法の絨毯、マンタ。
そして見覚えのある男、ジョンス。デートでもしているのだろうと勘ぐったが、それらしい彼女はおらず、またお一人様らしい。どいつもこいつも俺の人生の行く手を邪魔しやがる。
奴に気づかれては小恥ずかしい。俺は松先輩の手を取った。彼女は「えべべべべ」とスピリチュアル語を発する。びっくりしたらしい。
「次行きましょ」
俺は構わず奥へ進んだ。松先輩の手はひんやりしている。頭にばかり熱がこもっているせいなのかもしれない。
爪からはガラスのように繊細な危うさを感じる。どうやらラメ入りの透明なマニキュアを塗っているらしい。手に取らないと気づかなかった。
「もしかして冷え性だったりするんスか?」
「え、う、ウン」
「めっちゃひんやりしますね」
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「俺は冷たい心の持ち主なんでね」
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「意外っスか?」
「うん」
次のエリアにはドーム状の水槽が天井にあった。
「わぁ……」
松先輩はまつ毛を震わせて感嘆の声を漏らした。瞳はチカチカと青き光華に照らされ、小宇宙が煌めいた。彼女の手首から熱い脈を感じ取った。
俺は胸を押さえた。じんじんと、果物ナイフで刺されたかと錯覚してしまうほど痛くなった。体中の血がそこに集まったかのように熱い。血管が振動して、のたうち回っているようだ。
「すごいわ」
「はい」
クラゲのシャンデリアだ。プラネタリウムだ。個々が淡く光り、ひらひらと傘の部分を心臓が動くように開閉して優雅に動く。透明な体を持つ奴らは中身を見せびらかし、触手は流れに任せている。
俺はあのスカーフのような触手に刺されて痛いと感じているのではないか。クラゲの毒がシアンの毒を押しのけるようにして回ってきているのではないか。
「水槽の中にいるのに自由に見える」
「はい」
「クラゲにとって海も水槽も関係ないのかしら。広さっていう概念がないっていうか……」
「ええ」
「世界っていう概念がないのかもしれない。とにかく、自由があるだけなの」
先輩の声が心地よい。三半規管がぐにゃぐにゃだ。何もかも麻痺して、五感が支配されていくようだ。このまま胸に抱かれて死んでしまうかもしれない。それで魂は海へと……。
「サンシンが宇宙喫茶で言っていた。クラゲは宇宙の神秘」
はっと我に返る。俺にとってサンシンというワードは現実に押し戻す強烈な作用があるらしい。マジなんちゅう話を彼女にしとんじゃ、サンシン。
「宇宙ねぇ……」
火星人か金星人か。太古の昔に宇宙からやってきて、地球に対応した姿に進化していった……だったり、ありえる話なのか。水槽という名の宇宙で、エイリアンたちは人間に囲まれながら生かされている。
「俺たちの実家、海が近かったっスから。よくあいつ学校帰りに海水を汲みに行ってましたね」
「今は飼えないわね」
「だからここでバイトしたいんかな」
そもそも学生寮はペット禁止だし、サンシンはウハウハするだろう。そういえば、淡水に生息するクラゲなら、みたいなことを昔言っていたような記憶を持っているが、それはどうでもいい。
「今まで飼ってたのはどうしたの?」
「親には任せられないって言って、泣く泣く海に帰したって。そんでマジ泣きしたって。確か初めて飼ってたクラゲが脱走した時も一日中泣いたらしいっスね」
「脱走? どうやって脱走するの?」
「いや俺もそれにはツッコミ入れたんスよ。カメならわかるんスけど。帰った時にはいなくなってて、窓を開けたままだったからそこから逃げたんだ、って。小学生ん時だって言うからまぁ……そう思い込んだのも無理ないスけどね」
松先輩は考え込む。
「……クラゲも空を飛ぶのかしら」
ポツリと。そこで隣にいた女児が「イルカさん見たい!」と親の手を引っ張る。
「そういえばショーがあるんけ……」
「イルカ」
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俺はまだ繋がっていた彼女の手を引いた。
野外プールへ移動すると、俺は花御堂に気づいた。正式には二番目に気づいた。一番目はがっしりとした腕にぴちぴちの七分袖(元は長袖だったのかも)を着た図体のでかい丸坊主の男。厳つく四角い顔をして、下から生える二本の歯が牙のように口からはみ出している。額には左右対称の二つのこぶがあり、角が飛び出してきそうだ。
その隣に花御堂が座っていた。さらに隣には丸坊主の男ほどではなかったが、ハ虫類顔をしたひょろ長の大きな男がいた。
一見ヤクザに絡まれたオタクである。奴らの周りは不自然に空席で、それなのに松先輩はこれ幸いとばかりに一列飛ばした前席に座った。おいおい、危機管理能力がないぞ。
花御堂は彼女に話しかけようとはしなかった。奴も先輩に気づいていない……いや気づいている。俺を見て眼鏡を非科学的に光らせ、ニタァと笑った。あそこに変質者がいますよー。
俺はぎこちなく笑顔を返し、松先輩の隣に座る。後ろの三名が無性に気になる。
「チキュウさんチキュウさん。さっき連絡があったんですがねぃ」
独特の高い声。ハ虫類顔の男だろう。
「地球さん?」
松先輩がぴくりと反応して振り返ろうとした。俺は慌てて彼女の顔を両手で押さえた。
「あうあうあうあうあうあう」
公衆の面前でキスされると思ったのか、顔を完熟トマトにして上擦った声を発した。本日一番の真っ赤っかです。
「ち、ちがいますよ。知らない男衆を興味本位で見たら目ぇつけられますって」
俺は後列に聞こえないように弁解した。顔から火が出そうだ。
「で、でででも地キュキュサンって」
「気のせいです。それは、気のせい、です」
笑いをこらえた。湯気が毛穴から噴き出すのではないかと思うほど、先輩の頬は熱い。解放すると彼女は「ふううううーう」と顔を両手で隠してうなだれた。俺も一気に汗かいた。
このやり取りの間にも後ろでハ虫類顔の男はしゃべっていた。
「時期的にもうそろそろ、月を通過するらしいんでねぃ。軌道をちょくちょく見といた方がいいですぜぃ」
「そうですか、了解です」
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「あとちょいと気になるんが。変な電波をキャッチしたんですよ。ああいや、ほんとちっぽけなもんですよ。それがちょうど軌道上に」
「解析はできたんですか?」
「へい。メーカーはムラタニ楽器店だと思うんですがねぃ。音声の方は地球全言語と該当しない、と思っていると、途中で日本語? が、入ってましてねぃ」
「ほう」
「みなさま。大変長らくお待ちいたしました!」
女性アナウンスによってリアル宇宙人の会話は中断された。俺は続きが気になったが、松先輩が「イルカ! イルカが出た!」と無邪気にさすってきた二の腕に集中してしまった。リアル宇宙人らも水族館のアイドルの登場に「ウオーッ」と野太い歓声を上げ、子どもに負けず劣らず興奮していた。
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