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八、二

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 土曜の宇宙喫茶。休憩スペースにて。

 今までのアルバイトの経験からいうと休憩室といえばロッカーだのパイプ椅子だの、質素で面白味のない煙草臭い場所というイメージがかつてあったのだが、さすがヨハネス店長率いる宇宙喫茶。

 テーマは『オーロラの下でくつろぎタイム』であるらしく、床は淡いピンクのガラスのタイル、家具にはクリスタルの装飾。地下なのにはめ殺しの窓があり、ピンクとレモン色の空とレースのような白いオーロラ、銀色の砂丘が見える。空飛ぶ家と同じ原理なのかと思いきや、単なる映像らしい。ここはメルヘンチックな空間なのに廊下はSF映画にあるような宇宙ステーション風の造りという奇妙なこだわりだ。

 大きなため息が一つ。チューリップチェアに腰かけたアルファルドさんが悩ましげな様子である。
 まるでローマのカフェテラスでヒトリ待ちぼうけを食らっているかのようで。普段からナイフのようにクールでサバサバしている彼女だから、憂いでいる瞳は珍しい。声をかけようにも、近寄ると怪我するよと言わんばかりの雰囲気を作っていた。

「男ってどうしてこうなの……」

 前髪をかき上げて独り言まで発する始末で、わざととしか思えない。それが洋画の一幕みたいになっているからたまらない。

「何かあったんスか?」

 ちょうど隣に立ったアクベンスさんにこっそり聞くと、チョキチョキとダブルピースをしながら言った。

「元彼が寄り戻そうって連絡してきたらしいの」
「え? アルファルドさん、いたんスか彼氏?」

 なぜ意外に思ってしまったかというと、アルファルドさんといえばプライベートを明かさず、恋愛話に興味がなく、男をないがしろにしているヒトだからだ。典型的な女尊男卑で、それがマゾヒストの男性客に受けているが本人は納得していない。

 女性従業員のコスチュームがハレンチなのがそもそもの誤解の種なのだが、風俗の一種だと勝手に思い込んでセクハラをしてくる客がたまに出現する。だが様々な種族がいる『宇宙喫茶☆銀河団』は性的被害に対するマニュアルも徹底していて、特にアルファルドさんは厳しく被害者が増えないようにとやらかした客に指導を施しているという。
 とことん彼女の男に対する価値観が低いのだ。仕事仲間に対してもある程度の距離感を保ち、女性陣としか飲みに行こうとせず、レズビアンじゃないかと疑ってしまうほどであった。

「それがいたの。宇宙をまたにかけた義賊でね、彼女はお姫様であることを捨ててまで彼を愛していたの」
「お姫様スか……」

 あんまり驚きはないが。

「ロマンス映画みたいでしょ?」
「そうっスね……なにゆえ別れたんスか?」
「そりゃあ、彼が星ごとに愛人を作ってたからに決まってるじゃない」

 わぁ。地球の男に飽きても宇宙の男もおんなじなワケね。

「一夫多妻制の生まれだったとしてもショック大きいわ。あんたはメスならなんでもいけるんかーってね。わたしだったらポコチンを輪切りにしてアーンしてあげるところよ。イェイイェイ」

 イェイイェイじゃない。こえーよ。

 アクベンスさんは調子づいてべらべらしゃべる。

「地球でいうと五年ぶりらしいわ。彼はすべての愛人と別れてアルを選んだのよ」
「なんかそれ、都合よ過ぎやしませんか?」
「でっしょー? 何を勝手にトーナメントしてんのよって感じよね。優勝はアルファルドでーす、この愛を受け取ってぇーってなんでやねん! って感じよね。あ、ちなみに漫才見るのがマイブーム・ナウなのね」

 何言ってんだこのヒト。“大藤の母”の時のミステリアスは微塵もない。外見が良くてもアクベンスさんは無神経なところがあるからちょっぴり苦手だ。今もポコチン輪切りに戦慄して内股になっている仙人が見えているだろうし。

「また殴って追い返せばいいのよ。ま、ずっとアドレスを変えないでいた彼女も彼女だけど。どっか期待でもして」
「聞こえてるよ、アクベンス」

 いつの間にかアルファルドさんはこっちをにらんでいた。

「アドレスを変更してないのは、いつか役立つと思ってるから。奴は盗人なの。身も心を弄ぶ、カンタンに純潔を奪う最低な女の敵。宇宙のゴミよ。繋がりを保持しておけば、いつでも捕まえて牢屋にぶち込めるじゃない。そして賞金を手に入れる」
「おっしゃるとおりでっす!」

 アクベンスは安っぽいスライディング土下座をして、けろりと顔を上げる。

「でも一回殴った時そのまま突き出したんでしょ? どうせ脱獄して会いにくるっておも」
「アクべーンス!」
「すっいましぇーん!」

 アクベンスはまた額を床にこすりつけて尻を振った。ちょうどそこへ無神経代表のサンシンが休憩スペースのドアを笑顔で開け、尻を振っている彼女と険しい表情のアルファルドさんを交互に見るや、笑顔で無言のまま戸を閉めた。コメディである。

「男なんて……もううんざりよ。孤独を愛して酒を飲む方がクールだわ」

 冷ややかに脚を組み直し、頬杖を突くアルファルドさん。今までずっと自棄になっていたのだろうか。どんなに臭いセリフをかましても様になってしまう、ペーソス漂う大人の女性の美しさであった。
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