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四、七
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「おい、川中島どうすんだよ?」
俺は黙っている川中島の肩を揺らした。
「いい加減ハクトーさんと呼べ。肩を揺らすな」
「天使のあなたなら、これよりも凄いこと、できるんでしょ?」
松先輩はハードルを上げた。彼女は眉尻をぴくりと跳ね上げて勝ち誇っている。
「私は魔術なんかできないぞ。天使は万能ではない」
あ、ハードル下げた。
「じゃあ、何ができるっていうの?」
鉄面皮の川中島は弱腰になるどころか、スマートに起立する。
「マツアキラの最近の心境を当ててやろう」
「そんなことできんのか?」
川中島は「できる」と毅然な態度だ。ブラフなのか。こいつの妙な自信は読心術。その一点にあるらしい。
「コールド・リーディングのつもりかしら? わかった。やってみせて。無難な答えはナシだから」
松先輩は不可能だと高をくくっている。川中島はそんな彼女を見つめ、指差した。
「マツアキラ。オーギガヤツに一目惚れしたようだな」
……は?
俺たちはポカンと口を開けた。
「……え、はぁ!? お前何言っとれん!?」
「ハクトーさんだ」
松先輩はというと、見る見ると顔を真っ赤にしてぶるぶる震えだした。
「な、ななな、イタッ!」
彼女は激しく後ずさりして、黒板に後頭部をぶつけた。黒板消しが落ちて粉が舞う。
「旭さん、そうだったんですか!」
女子部員Bが言う。後輩二人は意外そうに、そして楽しそうに口元を緩ませていた。
「ななっ、な、何を言ってるのっ? わわわわわ私がいつ、ひひひひひひ一目惚れ、したっていうのかなぁ~っ? ウ~ン?」
後頭部を押さえながら変に声を上擦らせる松先輩はわたわたとウロチョロし始めた。先ほどまでのクールな彼女はそこにはいなかった。
「オーギガヤツにチラシを渡すよりも前だ」
「ななっな、なんだとぉっ?」
松先輩は鯉のように口を開閉させ、愕然と膝を落とす。
「ま……負けた……」
「ええっ」
俺はどうすればいいかわからず、立ち尽くす。
「さすが天使……すべてを知っているのね」
「なんでもかんでも知っている訳ではないぞ。だから人間を調査しているのだ」
「なんて正直な……」
松先輩は神々しいものを見る目で奴を見上げる。いつか変な宗教に騙されるんじゃないかって心配だ。
「認めるわ。あなたが天使だということも、私が彼に一目惚れしたということも」
彼女は俺をにらみ、俺は目を逸らした。え、どうすんのこれ? どう処理すんの?
「教えて。一体どういう経緯で二人は知り合ったの?」
「オーギガヤツが私たちの住んでいる家に来たのだ。今は三人で共同生活している」
「もう一人天使がいるの?」
「いや、地球人だ。最近手続きで地球人になれたのだ」
松先輩はまたポカンと口を開けた。
「おい、余計なこと教えんなよ」
俺のこの台詞が、逆に彼女を信じさせるものになった。いや、なぜ信じる?
「あなた、天使と宇宙人と暮らしているの?」
「いや、えーっと……」
俺は手を鳴らした。
「よし、川中島、帰ろう。お邪魔しました」
「ハクトーさんだ」
構わず俺は川中島の腕を引っ張り、早足で退散した。
「おいオーギガヤツ。マツアキラの質問に答えないのか?」
「アホ。ヘタにしゃべりすぎてみいや。あっという間に俺たちのウワサが広まって、マスコミとか家の前に来るやろ。そうしたら花御堂だって安心して住めんくなるがいや。外に出るとフラッシュ焚かれるんだぜ?」
俺は足を止めずに言った。
「なるほど。なかなか人のことを考えているじゃないか」
偉そうに川中島は言った。まずはこいつを外へ連れ出さなければ。誰かとすれ違うたびに視線を感じても、恥じらう暇はない。まあ、こいつは俺と違って年がら年中に羞恥心の欠片もないだろうが。羨ましい限りだ。
「待って」
あと一歩の所で構外へ出るという時、松先輩が髪を振り乱して追いかけてきた。エリマキトカゲの怨霊か何かに見えた。怖かった。
「待って。逃げるなんてひどい」
「えっとですね……」
息を切らす松先輩の上目づかいは迫力を取り戻した。さっきまで慌てふためいていたのが嘘のようだ。
「言いふらしたりしない。あのふたりにもそう言っておいた」
「あ、そう、スか。それはよかった」
「ハクトーさんが本当に天使だということも、宇宙人、いえ元宇宙人とも一緒に住んでいることも、私があなたに一目惚れしたことも、黙っといてくれるから」
「そうスか」
そんなに俺に一目惚れしたこと恥ずかしいんかい。ああ、今日は一段と調子が狂う。
「で、返事」
「へ?」
「返事。頂戴」
「えっと」
「愛好会入るかどうか」
「あ、そっち?」
俺は脱力した。
「でも俺はマジックとかできないんスけど」
隣で川中島が「あれは魔術じゃないのか?」と言っているが、俺は無視する。
「見るだけでいいから」
「は、はぁ」
「入らないと命に関わる」
また脅迫! 新入生を入れ、たった三人の愛好会の廃止を阻止しようとしているに違いない。
「まぁ、見るだけでいいんなら……? バイトある日は抜けさせてもらうんで」
「じゃあそういうことで」
返事を聞くや松先輩は踵を返し、ゆらゆらのそのそと足早に戻っていった。
ついにキャンパスライフにも致命的な支障をきたしてしまった。俺は呪われているのか? 呪われたのだ。
「なかなかの女だ。強い意志があると見たぞ。そして潔さもある。オーギガヤツには彼女がいるのか?」
「まさか付き合えって?」
川中島の問いに失笑した。
「距離によって見えるものもある。帰るぞオーギガヤツ」
「先に行けよ。俺は五分後についてく」
「身の程をわきまえているんだな」
「んな訳ねーし」
「照れる必要はない。こんな時はもったいないお言葉だと礼を言うものだ」
「照れてねーし、もったいなくもねぇ」
俺は黙っている川中島の肩を揺らした。
「いい加減ハクトーさんと呼べ。肩を揺らすな」
「天使のあなたなら、これよりも凄いこと、できるんでしょ?」
松先輩はハードルを上げた。彼女は眉尻をぴくりと跳ね上げて勝ち誇っている。
「私は魔術なんかできないぞ。天使は万能ではない」
あ、ハードル下げた。
「じゃあ、何ができるっていうの?」
鉄面皮の川中島は弱腰になるどころか、スマートに起立する。
「マツアキラの最近の心境を当ててやろう」
「そんなことできんのか?」
川中島は「できる」と毅然な態度だ。ブラフなのか。こいつの妙な自信は読心術。その一点にあるらしい。
「コールド・リーディングのつもりかしら? わかった。やってみせて。無難な答えはナシだから」
松先輩は不可能だと高をくくっている。川中島はそんな彼女を見つめ、指差した。
「マツアキラ。オーギガヤツに一目惚れしたようだな」
……は?
俺たちはポカンと口を開けた。
「……え、はぁ!? お前何言っとれん!?」
「ハクトーさんだ」
松先輩はというと、見る見ると顔を真っ赤にしてぶるぶる震えだした。
「な、ななな、イタッ!」
彼女は激しく後ずさりして、黒板に後頭部をぶつけた。黒板消しが落ちて粉が舞う。
「旭さん、そうだったんですか!」
女子部員Bが言う。後輩二人は意外そうに、そして楽しそうに口元を緩ませていた。
「ななっ、な、何を言ってるのっ? わわわわわ私がいつ、ひひひひひひ一目惚れ、したっていうのかなぁ~っ? ウ~ン?」
後頭部を押さえながら変に声を上擦らせる松先輩はわたわたとウロチョロし始めた。先ほどまでのクールな彼女はそこにはいなかった。
「オーギガヤツにチラシを渡すよりも前だ」
「ななっな、なんだとぉっ?」
松先輩は鯉のように口を開閉させ、愕然と膝を落とす。
「ま……負けた……」
「ええっ」
俺はどうすればいいかわからず、立ち尽くす。
「さすが天使……すべてを知っているのね」
「なんでもかんでも知っている訳ではないぞ。だから人間を調査しているのだ」
「なんて正直な……」
松先輩は神々しいものを見る目で奴を見上げる。いつか変な宗教に騙されるんじゃないかって心配だ。
「認めるわ。あなたが天使だということも、私が彼に一目惚れしたということも」
彼女は俺をにらみ、俺は目を逸らした。え、どうすんのこれ? どう処理すんの?
「教えて。一体どういう経緯で二人は知り合ったの?」
「オーギガヤツが私たちの住んでいる家に来たのだ。今は三人で共同生活している」
「もう一人天使がいるの?」
「いや、地球人だ。最近手続きで地球人になれたのだ」
松先輩はまたポカンと口を開けた。
「おい、余計なこと教えんなよ」
俺のこの台詞が、逆に彼女を信じさせるものになった。いや、なぜ信じる?
「あなた、天使と宇宙人と暮らしているの?」
「いや、えーっと……」
俺は手を鳴らした。
「よし、川中島、帰ろう。お邪魔しました」
「ハクトーさんだ」
構わず俺は川中島の腕を引っ張り、早足で退散した。
「おいオーギガヤツ。マツアキラの質問に答えないのか?」
「アホ。ヘタにしゃべりすぎてみいや。あっという間に俺たちのウワサが広まって、マスコミとか家の前に来るやろ。そうしたら花御堂だって安心して住めんくなるがいや。外に出るとフラッシュ焚かれるんだぜ?」
俺は足を止めずに言った。
「なるほど。なかなか人のことを考えているじゃないか」
偉そうに川中島は言った。まずはこいつを外へ連れ出さなければ。誰かとすれ違うたびに視線を感じても、恥じらう暇はない。まあ、こいつは俺と違って年がら年中に羞恥心の欠片もないだろうが。羨ましい限りだ。
「待って」
あと一歩の所で構外へ出るという時、松先輩が髪を振り乱して追いかけてきた。エリマキトカゲの怨霊か何かに見えた。怖かった。
「待って。逃げるなんてひどい」
「えっとですね……」
息を切らす松先輩の上目づかいは迫力を取り戻した。さっきまで慌てふためいていたのが嘘のようだ。
「言いふらしたりしない。あのふたりにもそう言っておいた」
「あ、そう、スか。それはよかった」
「ハクトーさんが本当に天使だということも、宇宙人、いえ元宇宙人とも一緒に住んでいることも、私があなたに一目惚れしたことも、黙っといてくれるから」
「そうスか」
そんなに俺に一目惚れしたこと恥ずかしいんかい。ああ、今日は一段と調子が狂う。
「で、返事」
「へ?」
「返事。頂戴」
「えっと」
「愛好会入るかどうか」
「あ、そっち?」
俺は脱力した。
「でも俺はマジックとかできないんスけど」
隣で川中島が「あれは魔術じゃないのか?」と言っているが、俺は無視する。
「見るだけでいいから」
「は、はぁ」
「入らないと命に関わる」
また脅迫! 新入生を入れ、たった三人の愛好会の廃止を阻止しようとしているに違いない。
「まぁ、見るだけでいいんなら……? バイトある日は抜けさせてもらうんで」
「じゃあそういうことで」
返事を聞くや松先輩は踵を返し、ゆらゆらのそのそと足早に戻っていった。
ついにキャンパスライフにも致命的な支障をきたしてしまった。俺は呪われているのか? 呪われたのだ。
「なかなかの女だ。強い意志があると見たぞ。そして潔さもある。オーギガヤツには彼女がいるのか?」
「まさか付き合えって?」
川中島の問いに失笑した。
「距離によって見えるものもある。帰るぞオーギガヤツ」
「先に行けよ。俺は五分後についてく」
「身の程をわきまえているんだな」
「んな訳ねーし」
「照れる必要はない。こんな時はもったいないお言葉だと礼を言うものだ」
「照れてねーし、もったいなくもねぇ」
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