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三、四
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川中島が戻ってきた。ただでさえ背が高いのにロンドンブーツのせいで見下す感じが。まさに感謝しろと言わんばかりに得意顔で胸を張っている。
「今来てくれるぞ」
「おいおいおい、マジかよぉ……」
煩わしさにうなだれるしかなかった。サンシンは乗り気で、面接に挑むために残りのグリーンマーボーをかき込んでいる。
花御堂がこっちを指さし「あそこです」と口が動いた。次の瞬間、ウェイトレスは姿を消した。
いや、銀色のトレーと積み重ねられた空の食器を片手に、高々とジャンプしたのだ。磨き抜かれたピカピカの赤いローファーがきらめく。フリルがオーロラのように甘く照らし出される。白い脚とイチゴ柄のかぼちゃパンツが見え、客たちの感嘆の声が湧いた。
傘をクルクルと回すようにスカートをひらめかせて、それでいて食器類は微動だせず、彼女は軽やかに俺たちの前に着地し、バレエダンサーのようにしなやかに腕を広げながら面を上げた。
第一印象は劇団四季の『キャッツ』である。猫と人間のハーフみたいな、砂糖菓子のようにふんわりとした白い顔。桜の花びらを思わせる小さいピンクの鼻。聖子ちゃんカットが似合うショッキングオレンジの髪から突起した三角形のピンクの耳がぴくりと動く。
アーモンドのような瞳孔を大きく開かせて、爛々としたエメラルドグリーンの目玉が俺たちを見据えてくる。サンシンがハ……と息をのむのを耳にした。
「宇宙喫茶☆銀河団イン地球日本支部の店長をやってまァす。ヨハネス・アルシャウカット・リンクスリンクスですゥ。アルバイトご希望ですかァー?」
ぶりっ子のように甘ったるく舌足らずな語調が俺の耳の穴の毛をぞわりと逆立たせ、不快感で埋め尽くした。しかも名前が長い。ピカソほどでもないが長い。
「はい。希望したいです!」
サンシンは人目を気にせず起立して、元気よく手を上げ答えた。小学生レベルだ。対し宇宙喫茶の店長は困った風にピンクの両耳をピコリンと動かして、瞳をきゅるるんと潤ませた。エメラルド色の小宇宙である。ていうかこのヒト、サンシンよりも背がでけぇ。
「今のところォ、地球人の方は募集してないんですよォ」
無知な一般人が聞くと、単に募集してないと捉えることができる言葉だ。ところがこの台詞が真なら、従業員全員がリアル宇宙人ということになるのだ……。
「地球の支部というならもう少し地球人がいてもいいではないか。地球人の少ない地球支部なんてまるでルウの少ないカレーだ。いっそだしを入れて肉じゃがカレー風味を作りたい勢いだ」
なぜか川中島が話を進めようとしている。その例え方はあっているのか?
「そぉなんですよォ。日本支部には純粋な地球人はまだヒトリもいないんですゥー。日本ってェー、電化製品とかァー、アニメーション文化とかァー、アダルトビデオとかが著しく発展してェー、世界に影響与えてきたじゃないですかァー。でもォー、宇宙人を全面的に否定してる人とォー、あくまでもサイエンスフィクションとして楽しんでる人とォー、分かれてるじゃないですかァー。なのでェー、うちに引き込むタイミングがァー、つかめないっていうかァー」
このヨハネスという女店長の趣旨がはっきりしない話は、俺のテーブルの下の貧乏揺すりを促進させる。
そうとも知らず彼女は腰をくねらせながらしゃべり続ける。
「何よりィー、ワタシたちと相性ピッタリなのかが大問題なんですゥー。だってェー、憧れと現実ってェー、まるで愛しのハニーが画面から出てきてくれないのと似ているじゃないですかァー。だんだん隔たりにイライラしちゃってもォー、こちらの言い分としてはァー、努力しようがないものなんですよォー」
これはわざと苛立たせてやる気を損ねさせる作戦か。こっちからやっぱいいですと言わせる寸法なのか。だとすれば効果は抜群といえよう。俺の目に見えない仙人も帰りたがっている。
「大丈夫です! 俺、根性あります!」
サンシンには効果がなかったようだ。
「では接客の方は大丈夫ですかァ?」
キャピキャピクルルンとわざとらしく頭をかしげるヨハネス店長。
「もちろん大丈夫です。な? オギ」
「いや、俺はム」
「そォですかァー!」
ヨハネス店長はわざとらしく俺の言葉を遮る。
「では今回と・く・べ・つ・に、お二方採用しちゃいますゥー。ものすごォーくがんばったあかつきにはァ、正式な団員にステップアップする試験を受ける権利がもらえるという奇跡もありえるのでェ、がんばってくださァい! イッツ・ア・コンピテンシー!」
採用された。何これ。
「これでロールケーキの代金払えるぞオーギガヤツ」
「川中島てめーッ」
「ハクトーさんだ」
「自分は真水です。こっちが扇ヶ谷です。よろしくお願いします!」
サンシンは俺を引っ張り上げ、店長に頭を下げた。
「サミーに、オギー。よろしくゥ」
彼女はお椀型のほどよい胸を寄せながら、「ワー」と猫なで声を上げて拍手をした。近くの客もタコも拍手をして祝福した。あのエロウェイトレスは店長の気まぐれに呆れて、肩をすくめて溜め息をついているように見えた。
こんな辱めは久しぶりである。俺の日常ドラマは異常性に傾いていく一方だ。浮かれぽんちのサンシンをこれほど恨めしいと感じたことはない。
「コスプレだと思っとけばよろしいです」
鮭とイクラの親子丼らしき真っ赤なものを運ぶ花御堂が、すれ違いざまフォローをかけてくれた。激烈にスパイシーな香りが鼻をかすめた。
「今来てくれるぞ」
「おいおいおい、マジかよぉ……」
煩わしさにうなだれるしかなかった。サンシンは乗り気で、面接に挑むために残りのグリーンマーボーをかき込んでいる。
花御堂がこっちを指さし「あそこです」と口が動いた。次の瞬間、ウェイトレスは姿を消した。
いや、銀色のトレーと積み重ねられた空の食器を片手に、高々とジャンプしたのだ。磨き抜かれたピカピカの赤いローファーがきらめく。フリルがオーロラのように甘く照らし出される。白い脚とイチゴ柄のかぼちゃパンツが見え、客たちの感嘆の声が湧いた。
傘をクルクルと回すようにスカートをひらめかせて、それでいて食器類は微動だせず、彼女は軽やかに俺たちの前に着地し、バレエダンサーのようにしなやかに腕を広げながら面を上げた。
第一印象は劇団四季の『キャッツ』である。猫と人間のハーフみたいな、砂糖菓子のようにふんわりとした白い顔。桜の花びらを思わせる小さいピンクの鼻。聖子ちゃんカットが似合うショッキングオレンジの髪から突起した三角形のピンクの耳がぴくりと動く。
アーモンドのような瞳孔を大きく開かせて、爛々としたエメラルドグリーンの目玉が俺たちを見据えてくる。サンシンがハ……と息をのむのを耳にした。
「宇宙喫茶☆銀河団イン地球日本支部の店長をやってまァす。ヨハネス・アルシャウカット・リンクスリンクスですゥ。アルバイトご希望ですかァー?」
ぶりっ子のように甘ったるく舌足らずな語調が俺の耳の穴の毛をぞわりと逆立たせ、不快感で埋め尽くした。しかも名前が長い。ピカソほどでもないが長い。
「はい。希望したいです!」
サンシンは人目を気にせず起立して、元気よく手を上げ答えた。小学生レベルだ。対し宇宙喫茶の店長は困った風にピンクの両耳をピコリンと動かして、瞳をきゅるるんと潤ませた。エメラルド色の小宇宙である。ていうかこのヒト、サンシンよりも背がでけぇ。
「今のところォ、地球人の方は募集してないんですよォ」
無知な一般人が聞くと、単に募集してないと捉えることができる言葉だ。ところがこの台詞が真なら、従業員全員がリアル宇宙人ということになるのだ……。
「地球の支部というならもう少し地球人がいてもいいではないか。地球人の少ない地球支部なんてまるでルウの少ないカレーだ。いっそだしを入れて肉じゃがカレー風味を作りたい勢いだ」
なぜか川中島が話を進めようとしている。その例え方はあっているのか?
「そぉなんですよォ。日本支部には純粋な地球人はまだヒトリもいないんですゥー。日本ってェー、電化製品とかァー、アニメーション文化とかァー、アダルトビデオとかが著しく発展してェー、世界に影響与えてきたじゃないですかァー。でもォー、宇宙人を全面的に否定してる人とォー、あくまでもサイエンスフィクションとして楽しんでる人とォー、分かれてるじゃないですかァー。なのでェー、うちに引き込むタイミングがァー、つかめないっていうかァー」
このヨハネスという女店長の趣旨がはっきりしない話は、俺のテーブルの下の貧乏揺すりを促進させる。
そうとも知らず彼女は腰をくねらせながらしゃべり続ける。
「何よりィー、ワタシたちと相性ピッタリなのかが大問題なんですゥー。だってェー、憧れと現実ってェー、まるで愛しのハニーが画面から出てきてくれないのと似ているじゃないですかァー。だんだん隔たりにイライラしちゃってもォー、こちらの言い分としてはァー、努力しようがないものなんですよォー」
これはわざと苛立たせてやる気を損ねさせる作戦か。こっちからやっぱいいですと言わせる寸法なのか。だとすれば効果は抜群といえよう。俺の目に見えない仙人も帰りたがっている。
「大丈夫です! 俺、根性あります!」
サンシンには効果がなかったようだ。
「では接客の方は大丈夫ですかァ?」
キャピキャピクルルンとわざとらしく頭をかしげるヨハネス店長。
「もちろん大丈夫です。な? オギ」
「いや、俺はム」
「そォですかァー!」
ヨハネス店長はわざとらしく俺の言葉を遮る。
「では今回と・く・べ・つ・に、お二方採用しちゃいますゥー。ものすごォーくがんばったあかつきにはァ、正式な団員にステップアップする試験を受ける権利がもらえるという奇跡もありえるのでェ、がんばってくださァい! イッツ・ア・コンピテンシー!」
採用された。何これ。
「これでロールケーキの代金払えるぞオーギガヤツ」
「川中島てめーッ」
「ハクトーさんだ」
「自分は真水です。こっちが扇ヶ谷です。よろしくお願いします!」
サンシンは俺を引っ張り上げ、店長に頭を下げた。
「サミーに、オギー。よろしくゥ」
彼女はお椀型のほどよい胸を寄せながら、「ワー」と猫なで声を上げて拍手をした。近くの客もタコも拍手をして祝福した。あのエロウェイトレスは店長の気まぐれに呆れて、肩をすくめて溜め息をついているように見えた。
こんな辱めは久しぶりである。俺の日常ドラマは異常性に傾いていく一方だ。浮かれぽんちのサンシンをこれほど恨めしいと感じたことはない。
「コスプレだと思っとけばよろしいです」
鮭とイクラの親子丼らしき真っ赤なものを運ぶ花御堂が、すれ違いざまフォローをかけてくれた。激烈にスパイシーな香りが鼻をかすめた。
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