上 下
10 / 76

三、四

しおりを挟む
 川中島が戻ってきた。ただでさえ背が高いのにロンドンブーツのせいで見下す感じが。まさに感謝しろと言わんばかりに得意顔で胸を張っている。

「今来てくれるぞ」
「おいおいおい、マジかよぉ……」

 煩わしさにうなだれるしかなかった。サンシンは乗り気で、面接に挑むために残りのグリーンマーボーをかき込んでいる。

 花御堂がこっちを指さし「あそこです」と口が動いた。次の瞬間、ウェイトレスは姿を消した。
 いや、銀色のトレーと積み重ねられた空の食器を片手に、高々とジャンプしたのだ。磨き抜かれたピカピカの赤いローファーがきらめく。フリルがオーロラのように甘く照らし出される。白い脚とイチゴ柄のかぼちゃパンツが見え、客たちの感嘆の声が湧いた。

 傘をクルクルと回すようにスカートをひらめかせて、それでいて食器類は微動だせず、彼女は軽やかに俺たちの前に着地し、バレエダンサーのようにしなやかに腕を広げながら面を上げた。

 第一印象は劇団四季の『キャッツ』である。猫と人間のハーフみたいな、砂糖菓子のようにふんわりとした白い顔。桜の花びらを思わせる小さいピンクの鼻。聖子ちゃんカットが似合うショッキングオレンジの髪から突起した三角形のピンクの耳がぴくりと動く。

 アーモンドのような瞳孔を大きく開かせて、爛々としたエメラルドグリーンの目玉が俺たちを見据えてくる。サンシンがハ……と息をのむのを耳にした。

「宇宙喫茶☆銀河団イン地球日本支部の店長をやってまァす。ヨハネス・アルシャウカット・リンクスリンクスですゥ。アルバイトご希望ですかァー?」

 ぶりっ子のように甘ったるく舌足らずな語調が俺の耳の穴の毛をぞわりと逆立たせ、不快感で埋め尽くした。しかも名前が長い。ピカソほどでもないが長い。

「はい。希望したいです!」

 サンシンは人目を気にせず起立して、元気よく手を上げ答えた。小学生レベルだ。対し宇宙喫茶の店長は困った風にピンクの両耳をピコリンと動かして、瞳をきゅるるんと潤ませた。エメラルド色の小宇宙コスモである。ていうかこのヒト、サンシンよりも背がでけぇ。

「今のところォ、地球人の方は募集してないんですよォ」

 無知な一般人が聞くと、単に募集してないと捉えることができる言葉だ。ところがこの台詞が真なら、従業員全員がリアル宇宙人ということになるのだ……。

「地球の支部というならもう少し地球人がいてもいいではないか。地球人の少ない地球支部なんてまるでルウの少ないカレーだ。いっそだしを入れて肉じゃがカレー風味を作りたい勢いだ」

 なぜか川中島が話を進めようとしている。その例え方はあっているのか?

「そぉなんですよォ。日本支部には純粋な地球人はまだヒトリもいないんですゥー。日本ってェー、電化製品とかァー、アニメーション文化とかァー、アダルトビデオとかが著しく発展してェー、世界に影響与えてきたじゃないですかァー。でもォー、宇宙人を全面的に否定してる人とォー、あくまでもサイエンスフィクションとして楽しんでる人とォー、分かれてるじゃないですかァー。なのでェー、うちに引き込むタイミングがァー、つかめないっていうかァー」

 このヨハネスという女店長の趣旨がはっきりしない話は、俺のテーブルの下の貧乏揺すりを促進させる。
 そうとも知らず彼女は腰をくねらせながらしゃべり続ける。

「何よりィー、ワタシたちと相性ピッタリなのかが大問題なんですゥー。だってェー、憧れと現実ってェー、まるで愛しのハニーが画面から出てきてくれないのと似ているじゃないですかァー。だんだん隔たりにイライラしちゃってもォー、こちらの言い分としてはァー、努力しようがないものなんですよォー」

 これはわざと苛立たせてやる気を損ねさせる作戦か。こっちからやっぱいいですと言わせる寸法なのか。だとすれば効果は抜群といえよう。俺の目に見えない仙人も帰りたがっている。

「大丈夫です! 俺、根性あります!」

 サンシンには効果がなかったようだ。

「では接客の方は大丈夫ですかァ?」

 キャピキャピクルルンとわざとらしく頭をかしげるヨハネス店長。

「もちろん大丈夫です。な? オギ」
「いや、俺はム」
「そォですかァー!」

 ヨハネス店長はわざとらしく俺の言葉を遮る。

「では今回と・く・べ・つ・に、お二方採用しちゃいますゥー。ものすごォーくがんばったあかつきにはァ、正式な団員にステップアップする試験を受ける権利がもらえるという奇跡もありえるのでェ、がんばってくださァい! イッツ・ア・コンピテンシー!」

 採用された。何これ。

「これでロールケーキの代金払えるぞオーギガヤツ」
「川中島てめーッ」
「ハクトーさんだ」
「自分は真水です。こっちが扇ヶ谷です。よろしくお願いします!」

 サンシンは俺を引っ張り上げ、店長に頭を下げた。

「サミーに、オギー。よろしくゥ」

 彼女はお椀型のほどよい胸を寄せながら、「ワー」と猫なで声を上げて拍手をした。近くの客もタコも拍手をして祝福した。あのエロウェイトレスは店長の気まぐれに呆れて、肩をすくめて溜め息をついているように見えた。

 こんな辱めは久しぶりである。俺の日常ドラマは異常性に傾いていく一方だ。浮かれぽんちのサンシンをこれほど恨めしいと感じたことはない。

「コスプレだと思っとけばよろしいです」

 鮭とイクラの親子丼らしき真っ赤なものを運ぶ花御堂が、すれ違いざまフォローをかけてくれた。激烈にスパイシーな香りが鼻をかすめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。

蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。 「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」 王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。 形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。 お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。 しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。 純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

千物語

松田 かおる
ライト文芸
「1000文字固定」で書いた作品を公開しています。 ジャンルは特に定めていません。 実験作品みたいな側面もありますので、多少内容に不自然感があるかもしれません。 それにつきましてはご容赦のほど… あと、感想などいただけると、嬉しくて励みになります。 原則「毎週火曜日21:00」に更新します。

マホウのころも 〈短編集〉

Nagato Yuki
ライト文芸
マホウのころも――これこそマホウの最高傑作であり、楽園への切符だった……玉石混淆の短編集。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

いずれ最強の錬金術師?

小狐丸
ファンタジー
 テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。  女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。  けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。  はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。 **************  本編終了しました。  只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。  お暇でしたらどうぞ。  書籍版一巻〜七巻発売中です。  コミック版一巻〜二巻発売中です。  よろしくお願いします。 **************

Guys with the Dragon Tattoo

Coppélia
ライト文芸
それは「華胥の夢」。 美しき「彼」と聖なる光に祝福された、輝く時間をあなたと重ねて。 You may have looked of love. 「アルバム」をめくるように。 さあ、手に取って、一緒に開いて。

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

処理中です...