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三、三

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 翌日にサンシンを誘った。花御堂の描いたシンプルな地図は役立たずで、電話のナビゲーションアプリを起動させるしかなかった。

 観光客気分が抜けていないサンシンはニコニコと繁華街を見渡している。長袖の上から重ね着しているのは、一体どこの土産屋で見つけたのか『久羅下くらげ』と達筆な白い字がプリントされた黒のTシャツ。ここまで徹底しているとクラゲ博士ではなくクラゲオタクと呼んでやりたくなる。

 ところで、こいつには花御堂と同居していることを明かしていない。家に遊びに来たがるのを防ぐため、奴とは道を尋ねた際に意気投合したということにしてある。

 アニメやゲームのキャラクターの恰好をした人が横切る。メイドとしてあるまじきミニスカートの女の子がティッシュ配りをし、怪獣の着ぐるみが看板を持って呼び込みをしている。ここに紫色の人間がいてもコスプレイヤーと思われるだけで済む。木の葉を隠すなら森の中という訳だ。が、雇用される前に面接する時はどうしていたのか新たに疑問が生じてしまっている。

 サンシンは赤い魔法使いのコスプレに鼻の穴を膨らませて唾を飛ばす。

「すげぇ! サリーちゃんだよサリーちゃん! 見た? 俺もっかいアニメ見たくなった、新しい方の!」
「いってぇよ!」

 肩をビシバシ叩かれた。運動部に所属し続けていただけに力は無駄にある。すれ違いざまにティッシュや割引券を女の子から受け取っては「ありがとお」とデレデレするこいつ。呆れ果てるしかない。

 ついでに教えてもらった住所は確実に近づいているはずだった。ところがナビゲーションの矢印が突然グルグルと回り始めるというバグが起きた。アプリケーションを再起動してもずっと回り続けている。そういえば花御堂から『住所を教えるのは一向に構わないんですが、入り組んでいる裏通りにありますからちゃんとその地図も見てくださいね』と怪訝に言われていたのだった。

「マジかよクッソ」

 俺は苛ついて頭をかく。サンシンはとぼけた顔で「描いてもらったやつ見れば?」と催促しやがるから「ほらよ」と役立た図を譲った。サンシンは真面目な顔で地図をぐるぐると回しては周囲の建物と比較して、意味深長に声を潜めた。

「扇ヶ谷隊長こっちに抜け道があります……」
「そうか、でかした真水二等兵……」

 自称地球人の絵心と波長が合ったサンシンの案内により、鉄筋コンクリート造の二階建てに『宇宙喫茶☆銀河団』という星型の看板を発見した。ドアには『店内撮影不可能』というネコ型のステッカーが貼られている。

 暗い店内をグルグル照らす照明。放出しているユーロビート。宇宙の壁紙は蛍光塗料で瞬き、惑星の模型がドーム状の天井からぶら下がって連なっている。プラネタリウムでディスコが開催されているかのようだった。

 円形の吹き抜けの中心には近未来的なスペースシャトルがそびえ立っている。中は厨房のようだ。二階にも席があり、スペースシャトルの一階と二階の自動扉が開いて従業員が行き来している。喫茶とうたっておきながら、SF映画のワンシーンを彷彿とさせる、こだわり抜かれた内装となっている。

 とにかくスペースシャトルが堂々と場所を取っているはずなのに開放感をもたらしているところに、俺は東京のおっさんの陰を感じてしまっていた。客層は幅広く、普通の装いをした人からコスプレをしている人まで様々いた。

「二名様ですか?」

 その低音ハスキーボイスおかっぱウェイトレスは銀色のスパンコールのミニスカートにブーツ、触覚付きのカチューシャという姿。銀色のリップがなまめかしく、むっつりとした表情は色情をそそるものがあった。

「二名様、入団でーす!」

 モデル歩きのむっつりウェイトレスに導かれて一階の席に腰かける。俺は背を向けた彼女の逆V字型のうなじに注目した。

「来ましたね、オーギガヤツ君」

 銀色のスーツの花御堂が水とメニューを持ってきた。自称地球人を隠すなら宇宙喫茶。照明が当たるごとに紫顔が黄色に緑と忙しく変色し、目玉が黄緑色に染まる。サンシンは好奇の目でそいつを見つめた。

「こっちはサンシン」
「ども、親友の真水良介でーす」
「花御堂地球です。ご注文がお決まりになりましたら、そちらの呼び出しブザーを押してください」

 花御堂は丁寧な動作で水とメニューを置き去った。人とのすれ違い方、頭の下げ方が滑らかで、ウェイター歴の長さを感じさせた。

「すっげぇ特殊メイク。まるでハリウッドに紛れこんだかのようだ」

 サンシンは騙されている。奴はリアル自称地球人だ。面接はどうしていたのか。催眠光線でも出したのか。そんな不公平なことがあっていいのか。しかし、サンシンは純粋に場を楽しみ、メニューをじっくり眺めている。それを見習って俺も舞台裏のことは深く考えないことにした。

「隊長、サンシンはこの“宇宙のグリーンマーボー”気になるのであります」
「ぬ、真水二等兵、がっつりいくというのか」

 友人のテンションに合わせてやりつつ、俺は“地球ののの字チョコロールケーキ”というややこしいものを注文した。

 水を飲み駄弁だべっていると、巨漢のウェイターがのろりと来た。

「まぁはーずぅふぅはうちゆふぅーのグリィヒーンムァハーァボホォーでへすぅ(訳:まずは宇宙グリーンマーボーです)」

 暗いのでわかりにくいが、そのウェイターは顔(胴体?)に八つの目玉をつけた緑色のタコだった。梅入りゼリーのような頭部。丸っこい脳みそがツバメの巣のような白い繊維に包まれている。袖から出ているのは手ではなく吸盤のある足。足で器用にお盆から皿を取り、ぬるんと黒いテーブルの上に置き、ぬるんと足を引っ込めた。俺は度肝を抜かれた。まさかこいつもリアル宇宙人か! デデーン!

 サンシンは「どもー」と爽やかに会釈。タコも礼儀正しく頭を垂らす。そいつが去っていくとサンシンは「すっげぇ、着ぐるみ」とキャッキャとはしゃいでいる。

「すっげぇ、緑。何か豆腐入りのグリーンカレーみたいじゃね? めちゃくちゃいい匂い」

 呑気に料理の第一印象を述べるこいつはほっといて、俺は周囲をもう一度よく観察した。きっかりウェイターをこなす花御堂。先ほどのむっつりウェイトレスのむっちりした太ももの間から、青いウロコがある尾が揺れている。

「エロいよな、あのウェイトレス。絶対ドSだぜ?」

 サンシンは緑のマーボー豆腐をモグモグしながら首を曲げ、ウェイトレスの太ももに釘づけだ。

「オーギガヤツは太ももフェチか」
「ワ、びっくしたぁ! わ、てめーなんでおるがんや?」

 川中島が空席に座っていた。サンシンも目を丸くしている。

「てめーではない、ハクトーさんと呼べ」
「ハクトーさん、オギの親友の真水良介です。サンシンと呼ばれておりまっす!」

 サンシンは舌を緑色にして、ここぞとばかりに敬礼して自己紹介をした。この組み合わせはまずいと思う。

「サンシンか。覚えたぞ、サンシン」
「つうか勝手に俺のロールケーキ食うなや!」

 意地汚い川中島はテーブルに置かれる前に俺の“地球ののの字チョコロールケーキ”を奪い、先端から食べていた。

「昨日路上ライブしてましたよね? すごいっスね、その羽! 手作りっスか?」
「これは支給品だ」
「バンド仲間からもらったんスか?」
「上の天使からだ」
「ちょっと、あんまりそういう話は……」

 俺は言葉を挟む。川中島が余計なことを口にすることを恐れた。

「あ、知ってる! アークエンジェルってやつっスよね? そういう設定スか?」
「サンシン、あまり深く首突っ込まない方がいいぞ?」
「なーん、俺はおもしろいと思うぜ? あ、そうか。ロマンは大事だしな」
「そうだ。翼は人間の夢で具現化されている」

 川中島もトッピングのバニラアイスを食べながら話を合わせた。合わせたというより、翼は人間のためにつけてやっているという話なので、こいつは事実を述べているだけだ。

「つうか金払えや。こっちはまだバイトしてねぇんだぞ」
「ならここで働けばいい。ハナミドーに教えてもらえ」
「は? は? 俺がここで?」

 俺は川中島の提案に面食らった。

「いいじゃんそれ! 俺も面接したいでゲッツ!」

 一発ギャグを入れてから挙手したサンシン。

「お前水族館はどうすんだよ」
「夏休みにかけ持ちしようかな!」

 俺は嫌だ。泰大だけが普通の生活を送れる場所だなんて勘弁だ。俺の目に見えない仙人もサンシンを自重させようと必死だ。

「では私が聞いてきてやろう」
「おっおい、ちょっと待て!」

 俺と仙人の制止を振り払い、川中島は花御堂に近づいていって声をかけた。会話の内容はユーロビートで聞こえない。

 花御堂は眼鏡を光らせると足早に、二階にいたひとりのウェイトレスに声をかける。彼女だけ淡いピンクのフリルスカートで、この店の中心人物であることを臭わせていた。
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