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 俺には三人の兄がいた。長男の太陽たいようは俺が生まれる半年前に海水浴で死んだから、俺には二人の兄がいる。入れ代わりのように俺は生まれたから、両親には随分と甘やかされることとなった。

 三男の大地だいちはまだ幼かったこともあったから、太陽に関する記憶はほぼ薄れたと言っていいだろう。俺に対してずっと兄貴ぶった。兄だから当たり前だ。

 大地は当時丸刈りサッカー少年で、いつも付き合わされた。しかしその後は必ず駄菓子屋でおやつを買ってくれて、俺はそのためだけにサッカーに付き合っていた。大地はそれを知ってか知らずか、いつも下唇がめくれるほどの歯ぐきと笑顔を向けていた。青い鼻水を垂らせば昭和のクソガキのできあがりだ。

 あいつも俺には甘かったのだろう。ボールで怪我をしたら、転んだらどうするんだ、と母さんは叱ったが、大地は大地で、強い体になれば怪我をしにくくなるとか何とか、ませた反論をして母さんをキーキー言わせた。

 俺が一度近所のクソガキに泣かされたことがあったから、大地に頼んで金玉の蹴り方を親父と母さんに秘密でレクチャーを受けた。俺はクソガキに復讐した。クソガキの親から知らされて、大地は親父からげんこつをくらった。母さんは俺に向かって泣きじゃくった。俺は何も悪くなかったから誰にも謝らなかった。

 二男の海洋かいようは太陽と双子の兄弟だ。奴はいつも俺をにらんでいた。ゴミを見るような目で見下していた。俺は一時、自分が臭っているんじゃないかと思って入浴時間が増えた。お母さんに恥を忍んで香水をねだった。奴は余計に臭そうに見下していた。

 俺は勇気を出して言った。俺のことが嫌いなのか。奴は答えた。

「代役のくせに。全然おれに似てない。太陽さえ戻ってくれれば、お前なんか用済みなんだ」

 太陽が死ななければ俺はいなかった。奴はそう思い込んでいたのだ。俺は月でしかないらしい。太陽が沈んだことで海洋は暗くなった。月ごときの明かりで満足できないのだろう。
 俺は太陽じゃない。誰よりもそれをわかっていた。そのはずだった。しかしながら、どこかで俺は写真やビデオ映像でしか知りえない太陽の数少ない面影を探っていたのだろう。欠片を紡ぎ合わせようとしていたのだろう。

 海洋のためだったのか、自分の心を守るためだったのか、結果的に自尊心を反故するような結果となったわけであるからこの際どうでもいいだろう。出来上がったのは太陽とは違う、月とも違う、わけのわからない物体だった。月とすっぽんということわざがあるが、すっぽんですらない。比較するべきではなかった。母さんが泣いたのはそれで二度目だった。

 親父は太陽の遺品を隠そうとした。海洋は捨てられると思ったのだろう、暴れた。親父は奴の気持ちを考えず、目の前に現れた謎の物体への対策に焦っていた。親父は知らずと海洋を否定したのだ。

 海洋は衝動的に親父をハサミで刺した。死にはしなかったし、元々会社の重役だった親父も大事になることを避けるために日曜大工のヘマだと病院をごまかした。海洋はそれっきり死んだ魚のように目がうつろで、口もだらしなく半開き。放心状態が続いている。
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