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悪夢は続く
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ぴったり貼りついてしまっていたまぶたを無理やり開け、ヘルメットを脱いだ。冷え切った表情がそこに映っている。
腕時計は十七時五分を示していた。たった五分で既に頭皮からじっとり流汗している。
「脳死を確認した。解剖してくれ」
私は許可のサインをしながら勇者さまを一瞥し、バインダーを持つ白衣の彼に声をかけた。応じた彼が片手を上げると、待機していたチームが早々に動き、束の間の勇者だった男を固定したストレッチャーを運んでいく。あの男の一部はやがてどこかの患者に移植される。
「次で今日は終了です」
「わかった」
明日は定期的なカウンセリングがある。高額の歩合給だが、精神的拘束時間を考えれば割に合わないと感じざるをえない。
カウンセラーは美人だ。女魔王に似た風貌で、余計に顔を合わせづらくなった。残念だが、相手を変えてもらうしかない。罪悪感がつきまとってしまった。
死直前の夢の長さや力はそれぞれだ。薬を投与して夢が強制的に構築される瞬間に入り込む。脳死を認める前に脱してしまうと再侵入できない規則だ。薬を過剰に投与すれば本来期待されている効果とは裏腹に細胞が壊死する時間が急速に早まり、解剖の間もなく囚人はドナーから外される。死体が無駄になる。
だから常に夢の中で監視する必要がある。あわよくば夢の終わりに導いてやる。夢に飲み込まれ、自ら死刑執行の巻き添えを食らう可能性は十分にある。もちろん、それに同意してこの仕事を請け負っている。
「手洗いに行かせてくれ」
吐いておくことにした。さっき飲んだ錠剤が消化しきれずにあった。髭を剃る時以外は鏡を見ないようにしていたが、つい目が合ってしまった。
青い死神が貼りついている。酷い顔だ。感情がそぎ落とされている。
区切りのいい時刻になると新たな囚人が運ばれてくる。あらかじめ教誨師に教え諭されているだけあって、諦めと、どこか誇らしげな色を見せている。若く健康的な色だ。注射を見せつけてみるも、さっきの奴と違って微々たる怯えも見せなかった。
資料にこいつの経歴が載っている。重度のペドフィリアだ。ピーターパンを自称し、何人もの幼児を誘拐、監禁し、第二次成長期が始まったと認識すると殺してしまう。我が国では古代から十歳前後との結婚、性交渉は認められていると抜かしている。
そもそも、その国では同性愛……ましてや少年愛は禁じられているし、それ以前に殺害を認める地域があっていいはずがない。たとえ幼少期に父親から虐待を受けたことで性癖が歪んだのだとしても、同情の余地はない。
近頃こんな奴らばかり相手している。そのせいで、夢に同調し過ぎて女魔王の姿が彼女になってしまったのだろう。そうでなければ、私はこいつらと同類になってしまう。男として性的な願望は自然の摂理として当然あっても、きちんと手順を踏むべきだ。検閲地獄に負けたこんな下劣な奴らとは違う。けして。
更生できない、人間の風上にも置けないこいつらの一部が、心清らかな人の命を救うのだと思うと虫唾が走る。命を救う代わりに、穢れた細胞を寄生虫のように侵食させ生かすのだと思うと反吐が出る。
清らかな人間が、ふと思い出したかのように、一種の風邪であるかのように、こいつらがした行為を繰り返すのではないかと。そしていずれはここにやってくるのではないかと。
そう思うとはたして、いくら囚人の衣食住に莫大な税金がかかるからとはいえ、いくら健康的な身体がもったいないからといって、その分を無償で移植を提供するのは功利的なのだろうか。俗悪な菌が国中で蔓延し始めている気がしてならない。新しい銃器の威力を確かめるために射殺される不健康な囚人らの方が、まだ国の役に立っているように感じてしまう。
もし私が病に冒されて何らかの移植をしなければならなくなった時、こいつらの汚らわしい臓器が体内に埋め込まれるというなら、私は断固拒否して死を選ぶ。術後だったなら、知った途端に気が狂ってえぐり出すかもしれない。
早く明日になれ。カウンセリングを受けなければ。精神洗浄剤をもらわなければ。
「最後に、思い残したことはないか」
「心臓は可愛い子の体に移植してくれよ。えへへ」
そう言いそうな顔だと思っていたら案の定だ。教誨師に聞かせてやりたい。落胆するだろう。
「そんな夢を見られるように願っていろ」
性犯罪者は性的な夢を見ることは少ない。だがこいつらの欲望は死を超越しようと必死となる。淫楽な夢を見ることで潤沢に長らえようとする。
私はそれを許さない。容赦なく針をこいつの頭部にねじ込む。先ほどまでの疲れが嘘のように力が入った。これは安楽死ではないのだと、壊死してしまっただろう表情筋の代わりに右手の筋肉が嫌悪感で震える。
ベルトがきしみ、キャスターが跳ねようとする。私は少しでも苦痛を与えてやろうと、悪夢を構築させる材料にしてやろうと、強がっていた死刑囚の眼球が痙攣し始めるのをじっくり観察した。
〈了〉
腕時計は十七時五分を示していた。たった五分で既に頭皮からじっとり流汗している。
「脳死を確認した。解剖してくれ」
私は許可のサインをしながら勇者さまを一瞥し、バインダーを持つ白衣の彼に声をかけた。応じた彼が片手を上げると、待機していたチームが早々に動き、束の間の勇者だった男を固定したストレッチャーを運んでいく。あの男の一部はやがてどこかの患者に移植される。
「次で今日は終了です」
「わかった」
明日は定期的なカウンセリングがある。高額の歩合給だが、精神的拘束時間を考えれば割に合わないと感じざるをえない。
カウンセラーは美人だ。女魔王に似た風貌で、余計に顔を合わせづらくなった。残念だが、相手を変えてもらうしかない。罪悪感がつきまとってしまった。
死直前の夢の長さや力はそれぞれだ。薬を投与して夢が強制的に構築される瞬間に入り込む。脳死を認める前に脱してしまうと再侵入できない規則だ。薬を過剰に投与すれば本来期待されている効果とは裏腹に細胞が壊死する時間が急速に早まり、解剖の間もなく囚人はドナーから外される。死体が無駄になる。
だから常に夢の中で監視する必要がある。あわよくば夢の終わりに導いてやる。夢に飲み込まれ、自ら死刑執行の巻き添えを食らう可能性は十分にある。もちろん、それに同意してこの仕事を請け負っている。
「手洗いに行かせてくれ」
吐いておくことにした。さっき飲んだ錠剤が消化しきれずにあった。髭を剃る時以外は鏡を見ないようにしていたが、つい目が合ってしまった。
青い死神が貼りついている。酷い顔だ。感情がそぎ落とされている。
区切りのいい時刻になると新たな囚人が運ばれてくる。あらかじめ教誨師に教え諭されているだけあって、諦めと、どこか誇らしげな色を見せている。若く健康的な色だ。注射を見せつけてみるも、さっきの奴と違って微々たる怯えも見せなかった。
資料にこいつの経歴が載っている。重度のペドフィリアだ。ピーターパンを自称し、何人もの幼児を誘拐、監禁し、第二次成長期が始まったと認識すると殺してしまう。我が国では古代から十歳前後との結婚、性交渉は認められていると抜かしている。
そもそも、その国では同性愛……ましてや少年愛は禁じられているし、それ以前に殺害を認める地域があっていいはずがない。たとえ幼少期に父親から虐待を受けたことで性癖が歪んだのだとしても、同情の余地はない。
近頃こんな奴らばかり相手している。そのせいで、夢に同調し過ぎて女魔王の姿が彼女になってしまったのだろう。そうでなければ、私はこいつらと同類になってしまう。男として性的な願望は自然の摂理として当然あっても、きちんと手順を踏むべきだ。検閲地獄に負けたこんな下劣な奴らとは違う。けして。
更生できない、人間の風上にも置けないこいつらの一部が、心清らかな人の命を救うのだと思うと虫唾が走る。命を救う代わりに、穢れた細胞を寄生虫のように侵食させ生かすのだと思うと反吐が出る。
清らかな人間が、ふと思い出したかのように、一種の風邪であるかのように、こいつらがした行為を繰り返すのではないかと。そしていずれはここにやってくるのではないかと。
そう思うとはたして、いくら囚人の衣食住に莫大な税金がかかるからとはいえ、いくら健康的な身体がもったいないからといって、その分を無償で移植を提供するのは功利的なのだろうか。俗悪な菌が国中で蔓延し始めている気がしてならない。新しい銃器の威力を確かめるために射殺される不健康な囚人らの方が、まだ国の役に立っているように感じてしまう。
もし私が病に冒されて何らかの移植をしなければならなくなった時、こいつらの汚らわしい臓器が体内に埋め込まれるというなら、私は断固拒否して死を選ぶ。術後だったなら、知った途端に気が狂ってえぐり出すかもしれない。
早く明日になれ。カウンセリングを受けなければ。精神洗浄剤をもらわなければ。
「最後に、思い残したことはないか」
「心臓は可愛い子の体に移植してくれよ。えへへ」
そう言いそうな顔だと思っていたら案の定だ。教誨師に聞かせてやりたい。落胆するだろう。
「そんな夢を見られるように願っていろ」
性犯罪者は性的な夢を見ることは少ない。だがこいつらの欲望は死を超越しようと必死となる。淫楽な夢を見ることで潤沢に長らえようとする。
私はそれを許さない。容赦なく針をこいつの頭部にねじ込む。先ほどまでの疲れが嘘のように力が入った。これは安楽死ではないのだと、壊死してしまっただろう表情筋の代わりに右手の筋肉が嫌悪感で震える。
ベルトがきしみ、キャスターが跳ねようとする。私は少しでも苦痛を与えてやろうと、悪夢を構築させる材料にしてやろうと、強がっていた死刑囚の眼球が痙攣し始めるのをじっくり観察した。
〈了〉
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