秋彦

鳥丸唯史(とりまるただし)

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「あんまりじゃない」

 私はこの上ない怒りで声も握り拳も震えた。悲しみに暮れた彼女の前にのうのうと倉田が現れたかと思うと、許せなかった。

 今更、誰も罪を問うことはできない。証拠はない。時効もとうに過ぎている。まとめて地獄に落ちて裁かれていればどんなにマシだろうか。

「あなたは優しい方ですね」
「え?」

 私は荒い鼻息を止めた。

「怒ってくれて」

 アキヒコはこの六十年で怒ることすら疲れたのか、影を落とした表情にはやわい笑みがこぼれていた。

 それからどうなったかというと。

 私は二日間、彼に会いたくても会おうとは思わなかった。とにかくこの状況が許せなくて、腹立たしくて、部屋の中をずしずしと歩き回って、暴飲暴食して、吐いた。

 みじめになって泣いた。ブヒブヒと泣いた。どうせ私は赤の他人のデブ女だから。

 それから。

 巨大台風が直撃した。アッパーカットのように狙い撃ちした。テレビ中継に映されるのは風の壁を必死に押す通行人と、風に引きずられる軽自動車。

 私を心配させたのは窓から見える街路樹の激しい揺れ様である。そのままドミノ倒しになり、根こそぎ飛んでいくのではないかと思わせるほどであった。風は延々と窓を叩いた。

 枝から葉が引きちぎられ、秋が奪われていく。秋の色が灰色に、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされていく。彼の痛みに耐え、呻き、苦悶の表情をしている。そんな悪夢を見た。
 寒さはへっちゃらのはずなのに、ぶるりと震えた。大切な何かが失われそうな焦り。かき乱される心をごまかすために、冷蔵庫の中をあさった。ニキビができようが構わなかった。

 翌朝の日曜には嘘のように猛威は消え失せ、静けさを取り戻していた。私は着の身着のまま外へ飛び出した。

 無残にも葉が赤黒く散りばめられていた。血痕のようであった。秋彦の最期の再現のようであった。

 彼は亡霊のように立ち尽くしていた。「消えてしまった」と今にも存在そのものが消滅しそうな弱弱しい声で言った。生命を感じられない瞳は、秋のなれの果てを映し出していた。

「秋の炎が、燃え盛る前に消えた……もう今年は駄目だ。約束は果たせそうにない……エツコさん……」

 その名前が私の胸をえぐろうとする。彼は秋彦ではない。勝手に意思を受け継ぎ、独り待っているだけにすぎないのだ。六十年も! 彼にとってその年月は痛くも痒くもないのだろう。でも人間は違う。一生に近い。

「諦めるんですか?」

 彼は寂しげに頷き、肯定した。来年の秋に持ち越す気なのだ。

 秋彦は死んだ。彼だって馬鹿ではない。江都子さんが二度と来ることはないと、本当は理解している。それでも待ち続けるのだろう。焼印のように刻み込まれた秋彦の思いだけは手放したくなくて。

「諦めることはないです。まだ大丈夫ですよ」
「この姿でいられるのは、ヒグラシが鳴き始めてから葉がすべて落ちるまでなんだよ。葉はほとんど散った。もう紅葉の季節は過ぎた」
「まだ!」

 私は声を荒げた。もう彼の待つ姿など、これ以上見たくはなかった。江都子さんの寂しそうな顔も、見ていられなかった。

「まだ、炎は燃えてる。あなたがいるじゃない!」

 まだ秋は息吹いている。その証拠に、髪は炎のように紅い。
ああ、あなたは秋の化身なのだ。

「会いに行きましょう。ただ待ってるだけの男は駄目。こっちから江都子さんに会いに行きましょう」
「だ、だけど。僕がこの姿で行ける範囲はこの自然公園の敷地内だけで」
「うっせぇ! そんなもん知るかァ! そんなもん根性で何とかなんの! 無理矢理にでも行くの! 会いたくないんか!? 私なら会いたい! 何が何でも会ってやるげん!」

 私はジタバタとみっともない形で待つことしか知らない木の精に活を入れてやった。彼は私の覇気に驚いたものの、決心の顔つきに変わった。彼は力強く頷いた。

「わかりました。では真夜中、もう一度ここへ来てください。協力してください!」
「当たり前でしょ! 友だちなんだから!」
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