秋彦

鳥丸唯史(とりまるただし)

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「おお来たか。ひよこの抹茶サブレ買うてきたか?」

 給料の一部はおじいちゃんのお見舞い代へと消える。まったく、食べ物以外に思いつかないのか。デパートが近場だから別にいいのだけれど、探す方の身にもなってほしい。

「こんなに食べて、怒られない?」
「何を言うか。ランニングした後の抹茶サブレと牛乳はうまいぞぉ?」

 話が噛み合っていない。私は嘆息を漏らす。

「それに余ったら倉田さんにお裾分けする」
「ああ、あのおばあちゃんね。すっかり仲いいじゃない。カワイイおばあちゃんだもんね」
「へっへ。梅子の方がめっちゃめちゃ可愛いかった。特に笑顔がな、えくぼがきゅっと出てな、可愛いかった」

 数年前に亡くなったおばあちゃんを溺愛している。これが死してなお夫婦円満の秘訣。私はそういうおじいちゃんが大好きだ。でも倉田さんだってすごく可愛い。若い頃はもっと可愛いのだ。間違いない。

「またドラ焼きか? それがマイブームか」

 おじいちゃんは私の紙袋を指摘した。

「うん。ちょっとね」

 お見舞い帰りに彼に会う。それが日課となっていた。

「太るなよ」
「だからおじいちゃんは気にしなくていいって」
「何を言うか。今はアレがはやっとるんやぞ。とにかくアレだ」

 メタボリックシンドロームのことを言いたいのだろう。私だってそうならないように心掛けてはいる。テレビをつけるたびにメタボメタボ……はあぁ。

「おじいちゃんこそ糖尿病とかに気をつけてね。じゃないともう何も買ってきてあげない」

 いくらか会話を交わして退室した。おじいちゃんといるのも楽しいが、彼と話をするのも楽しい。待ち合わせしている彼女が現れない限りは通い続けたい。私は人目を気にして走りたい気持ちを抑えた。

 中庭のイチョウが色づいてきている。ベンチには倉田さんがひとりでちょこんと座っていた。私はアキヒコさんを後回しにした。自分が食べる予定だったドラ焼きを彼女に渡した。喜んで受け取ってくれたからとても嬉しかった。

 ぽかぽかと癒された心を大事にして彼の元へ向かった。

「また髪染めましたか?」

 以前よりもさらに色が変わっている。焦げ茶から栗色になっていた。アキヒコさんはとぼけた顔をする。

「いえ、染めていませんよ」
「本当ですかぁ? 明らかに変ですよ?」

 似合わないという意味ではない。また気候の変化のせいだと言い訳しようが、そこまで極端に変わるものでもないだろう。気温か何かでぱさぱさしたりくるくるになったり髪質が変わるというならともかく、色が変わるのは絶対に変だ。これはアキヒコさんの下手くそな嘘なのだ。だけれど、そんな嘘をついてどうする。私は理解に苦しんだ。

「生まれ持っての性質ですか?」
「ええ。どうやらそうです。この季節になるとだんだん色が変わるんです」

 冗談にも聞こえるし、彼が言うと本当のことのようにも聞こえる。

「まるでモミジみたい」

 彼は笑いながら「本当ですね」と答えた。

「あ、ドラ焼き持ってきました」
「本当ですか? ありがとうございます」

 ドラ焼きを一つ手に取るアキヒコさん。

「すっかり気に入ってしまいましてね。本当にすいません」
「いえいえ」

 そこまでお礼を言われる恐縮してしまう。こっちは毎回読書を邪魔しているのだから。アキヒコさんはドラ焼きを真っ二つに分けて食べる。

 心地良い風だ。それにつられて木々の枝もさわわと揺れて手を振っているみたい。

「今日もエツコさん、来ませんね」
「ええ」

 このやり取りは定番となっていた。

 十月になって、その後もアキヒコさんと顔を合わせ続けた。会いに行くたびに変わっていく髪の色。そんなことなど彼はおくびにも出さず新しい本を読んでいる。私も図書館で本を借りて、のんびり静かな時間をいっしょに楽しんだ。

 変わらないこと。それは彼の態度と袴姿。そしてエツコさんが一向に現れないという状況。おかげで私は彼といられたのだけれど。
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