秋彦

鳥丸唯史(とりまるただし)

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「アキヒコさんは普段何をしているんですか?」

 私はたずねた。

「書生です」

 私は「はぁ」と相槌を打つ。書生って、古い響きだな。

「医師になるのが夢なんです。でも勉強ばかりでは肩が凝るので、こうやって本を読んだり、木を眺めたりしているんです」
「私も似たような感じ」
「そうなんですか?」
「私はバッグとか、デザイナーをしているんですけど、行き詰ったりした時とかいつもこの公園に来ます。夏はよく夜にぶらつきます。まぁちゃんと対策をしとかないと、蚊に噛まれまくりますけど」

 私はおどけながら腕をかきむしる仕草をした。よく言われるのだ。その体型でファッション系の仕事をしているのかと。だから澄まし顔で言い返してやるのだ。そうよ。そのバッグ、大層お気に召しているようで何よりざます。おほほ。

「僕は秋の間だけです」

 アキヒコさんは木を眺めながら言った。私はなぜだろうと考え、「あ、紅葉を見るためですか?」と問う。

「それもありますが……。実は待ち合わせをしていましてね」
「え、彼女いるんですか?」

 アキヒコさんは私の驚きように驚いたらしく、目を丸くした。

「いえ、彼女と表現していいものなのか……。あの、なぜそんな顔をするんですか?」
「いや、別に」

 私はどもらせる。何だか意外に思えた。まさかこの人に限って。

「でも待ち合わせって? いつ来るんですか?」
「紅葉の時にです」
「かなりアバウトですね……」
「遅くても十一月までですね」
「そんなんでいいんですか?」
「彼女はなかなか屋敷から抜け出せませんから」

 いわゆるお嬢様というやつだ。そんなもの昼メロだけの世界だと思っていた。違う時代を生きているかのようだ。アキヒコさんは随分と気の長い男だなあ。つい口元がゆるむ。

「自分から屋敷に行かないんですか?」
「箱入り娘なんです。エツコさんは」

 会いに行っても入れてもらえないのだろう。だからといってここで待つだけだなんて、私はどうかと思う。もっとできる行動があるはずだ。

「その、エツコさんが来たらどうするんですか?」

 アキヒコさんはぼんやりと頭を傾げた。

「どうするんでしょう……?」

 意外にもこの人、計画性がない。駆け落ちをするとか、何とでもできるだろうに。私はそんな間の抜けたアキヒコさんに大胆な質問をぶつけることにした。

「なかなか屋敷から出れないんですよね? もしも来れなかったらどうするんです?」
「その時はまた来年の秋に待てばいいだけの話ですから」

 ごく当たり前のように言った。本当に気の長い男だ。それでいいのかはなはだ疑問だ。

「別に秋じゃなくてもいいんじゃない? 春になったらサクラもきれいだし」

 この自然公園はモミジやイチョウだけでなくサクラも植えられている。お花見とモミジ狩り、二季楽しめる場所なのだ。

「いえ、これは約束ですから。勝手に変えることはできません」

 変なところで忠実な男だな、こりゃあ。

「ヒグラシが鳴き始めてからモミジが落葉するまで。それが期限です」

 真剣に言うものだから、私は苦笑いだ。
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