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2 経験がものをいう?
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「やっぱり、経験がものをいうと思うんですよね」
そう言って、週末の金曜日私の家に上がり込んでいる男は私の同僚であり脅迫者の悪魔、下中ヤヒロだ。
その右手には、先日借りて帰ったBL小説
左手には……大人のおもちゃ……
私は正座をしてその光景を目を細めて見ていた。
高身長、甘く優しい表情、物腰やわらかい物言いに鍛えている引き締まった身体。
モテ要素は沢山あるヤヒロは実はBL好きの変態ですっと叫びたい。
彼が主人公の小説を作り献上して終わりと思っていた私だったが、先日金曜日夜に本を返しに行くと言われ、会社でいいと断ったのだが押し掛けてきて、拒否しようとしたら玄関前でSNSでつぶやく宣言をされた。
これは完全に脅迫だ。
そして、いまこの状態である。
テーブルにはヤヒロが持ってきたお酒とおつまみが並び、その中で普通に並んでいる大人のおもちゃ……
小説や漫画情報でしか認識してなかったが、実物は私が想像していたものよりも、なんというか…
可愛いフォルムをしている。
色も淡い色味だし、丸っこく柔らそうなモノばかりだか、さすがに手に取る勇気はなかった。
「で……これをどうしようというのでしょうか?」
「使ってみたいんだけど」
「却下、そして殺す」
私の殺気にヤヒロは苦笑いを浮かべた
「俺に使いたいんだよーやり方よくわからないくて、結がやってくれてもいいんだけど」
「は?」
「じゃあ、だれか経験者紹介して」
「そんなのいるわけ……」
そんな知り合いいるわけないって言い切ろうとしたが、私の脳裏に一人の男が浮かんでしまった。
「いるんだ!ぜひ!」
「いや、でも…」
「お願いします!!!」
私はスマホの中に残っていた、連絡がとれるかどうかわからない古い連絡先の番号にショートメールを送ってみた。
すると意外にもすぐに返信があった
『珍しいな。どうした?』
『友人を紹介したくて。』
『わかった今からいく』
ん?今から?
こいつ私の家知らないはずでは……
10分後、なぜか私の家のチャイムが鳴った。
私は恐る恐るチェーンをつけたまま覗くとそこには気の強そうなイケメンが立っている。
「おい。あけろ」
「……いや、なんで私の家知ってるの?」
「事務所の奴に聞いた」
「え、めっちゃ個人情報ですよね」
「いいから、開けろ。騒ぐぞ」
ここにも脅迫やろうがいた……
私はしぶしぶチェーンを外すと勢いよくドアを開けてズケズケと部屋に入ってくる。
部屋の中ではヤヒロがBL漫画をのんきに読み漁っていた。
そして、存在感ある大人のおもちゃが転がっている。
「……で?」
「あ、結のお友達さんですか!はじめまして、下中ヤヒロです」
さわやかに挨拶をしているヤヒロに対して、男は目を細め不機嫌な様子だった。
この脅迫イケメンは私の元カレである。
稲森司(いなもりつかさ)28歳、職業はファッションモデル
2年前、3か月ぐらいお付き合いしたのち、司の浮気で別れた。
その浮気相手は男。
しかも、大人のおもちゃ好きだったらしく、司のカバンの中におもちゃを入れていたことで浮気発覚。
ぶっちゃけ、ろくでもない奴だ。
「こちら、稲森司さんです。こういった分野はお得意と思いまして。どうぞ二人でどこかに行ってください」
私はそこそこ冷静に「とっとと私の家から出ていけふたりとも」オーラを出していたつもりだったが、司はテーブルに置いてあった私の飲みかけのお酒を手に取りソファーに座った。
おいおい……
「こいつが俺と遊びたいって?」
「はい!これとかこれの使い方を教えてほしいんです」
「動画とかであるだろ?あれでいいじゃね?」
「あれだといまいちどこをポイントにしていいかわからないじゃないですか?たとえば、どのあたりを刺激したらいいとか、どのくらいの強さでとか……」
「あーそりゃ経験値だけど」
「ですよね?最初って肝心だと思うんですよ」
「まーそうだけど、おまえそっち系か」
「どちらでも、いけますよ!」
「結、酒」
「冷蔵庫に入ってますから取りますねービールでいいですか?」
「おう、なんでもいい」
私は半歩下がって顔を引きつらせていた。
このふたり……気が合うのか……
話に入りたくないというか、ここ私の家なのにめっちゃくつろぎ出したし!
「じゃ、やるか」
「はい!」
は?やるって……なにを……
司が上着を脱ぎ出したので私は全力で止めた。
「ちょーーーと!!!待て!!ここ私の家!」
「はぁ?なんだよ」
「なんだよ、じゃなーーい!!ふたりとも他行け!!てか、ホテルいけ!!」
「やだよ、めんどくせー」
私が司に怒鳴っている間に、ヤヒロは上半身の服を脱ぎ終えていた。
「なっ、服着ろ!」
「えー、汚れたら嫌だし」
「汚すな!てか、汚すようなことをここでしようとするな!!!」
私は司を掴み外につまみ出し、つぎにヤヒロを掴んで部屋の外に追い出した。
そして、ヤヒロがもってきた荷物をヤヒロのカバンにつめて投げつける。
「出ていけ!二度と来るな!!」
バンっと激しく扉を閉めて鍵をかけた。
なんて奴らだ、付き合ってられない。
私は頭が痛くなって、それから週末寝込むことになった。
週明け会社のお昼時間にヤヒロから声をかけられた。
「鈴木さん、まって」
「なんでしょうか」
「先週は司さんを紹介してくれて、ありがとう。すごく勉強になったよ」
「……それはよかったですね」
ヤヒロが満面の笑みで私に話しかけてくる姿を女子社員たちは見て、ひそひそ話をしている。
「今週末も会う約束をしているんだ。」
ははは。
私は乾いた笑いしかでない。それはよかったですね。
人様の趣味に口出しするつもりはありませんが、お体を大切にした方がいいと思いますよ。
と心で返事をしておいた。
「で、次回作なんだけど」
「次回作?」
ヤヒロは私の耳に顔を近づけて小声で囁いた
「3Pでお願いします」
「は?」
すぐさまヤヒロは私から離れて去って行ったが私は職場で聞くような単語ではない言葉に顔を赤くさせて引きつらせていた。
そんな私に遠くから見ていた女子社員たちが話しかけてきた。
「鈴木さん、最近下中くんと仲良さそうね」
「なんだか、こそこそしてるし。きも…」
ああ、ド定番の嫌がらせか……
そういえば、司と付き合っている時もこんなことあったなー
遠い昔の記憶を思い出し薄ら笑いを浮かべていると、女子社員のひとりが気に入らなかったのか私の肩を押してきた。
「ちょっと!調子にのらないでよね!」
「調子に?のるわけないじゃないですか。こんな私ですよ?」
真っ黒なゴワゴワ髪に前髪が厚く、眼鏡をかけて猫背で小さくなっている私。
現実の世界なんて、ろくなものではない。
その点、小説の世界はいい。
空想で想像でなんでもできる。
そして、みんな幸せにできる。
私はうっすらと笑っていたら、女子社員たちは気持ち悪がって去って行った。
それでいい。私に構わないで欲しい。
BL小説における3Pとは、だいたい攻め2に受け1が定番である。
受けは必然的に『ヤヒロ』になるから、攻めは『ゆい』ともうひとり……『司』だろうな……
あのルックスに俺様キャラが入っている。
ザ、王道攻め要員だ。
強いて言うなら、『ゆい』は退場させてもいいのではないだろうか?
『ヤヒロ』と『司』の絡み……
う……しっくりきすぎて吐き気が……リアルでもあれならある。
間違いなく、司はヤヒロを食える。
私は胸焼けをさせながら、それとなく3PがあるBL小説を書き上げた。
『結さん、構図が変です』
ヤヒロに出来上がった小説を見せると、
そうスマホにメッセージが入ってきた。
構図……?
『ゆいはヤヒロの両手首を掴み、嫌がるヤヒロを抑え、司がおもちゃでいたぶるにしても、仰向けでは良いところに当たりません』
……
『この場合、ヤヒロはうつぶせでゆいに抱きつき、後ろから司におもちゃで遊ばれないと、あ!あと前の部分はゆいに責めてもらってー
……頭が痛い。
つらつらと長文が仕事中に送られてきて、私は立ちくらみがした。
そして、週末の金曜日嫌な予感は的中した。
ヤヒロと司が二人で家にやって着たのである。
勿論、相手をする気はさらさらなかったが……
「カプチーノさんの新しい小説、呟いちゃおうかな」
その脅迫に部屋の鍵を開けることになった。
「……ヤヒロ。あんた、なにがしたいの」
「ぞくぞくするような、BL小説が読みたいんです」
コイツの頭の中は腐女子の私よりも腐っている……
司も遠慮なく私の家に上がりこむと勝手にグラスを準備して買ってきたワインを注ぎ飲みだした。
「ヤヒロー、チーズどこだっけ?」
「こっちの袋ですよ」
もうすっかり仲良くなってるし。
深くため息をついて、反抗しても無駄だと諦め私も司が準備したワインを飲むことにした。
司は昔から、私好みのおいしいワインを選んでくる。
「で、今日の用事はなんでしょうか?」
「今回の小説について、やっぱりあのヤルところ変だって話になって」
「ほう、ヤヒロくん。ちょっと確認ですが、まさかあの小説、司に見せてないですよね?」
「……おもしろいし」
とぼけた顔をしているヤヒロを殺す勢いで睨んでいると、司は自分のスマホ画面にカプチーノの鍵付きページを表示して私に見せた。
「俺、小説とか読まないけど、べつにいいんじゃね?」
私の弱みを握っている人間が増えてるじゃないか。おい……
顔を赤くしてワラワラと怒りを抑えていると、司がぐいっと私の前髪を片手で上げた。
「てか、前の時も思ってたけど、なんでそんなダサい恰好してるわけ?」
「は?!」
私は司の手を叩き払った。
メガネがずれて前髪で隠していた瞳が動揺した。
私は急いで前髪を下し、俯いた。
「関係ないじゃない!私の自由でしょ!」
「……ふーん」
変な沈黙が続いていたが、それを破ったのはヤヒロだった。
「結さんの黒髪、きれいですよね」
「へ…」
顔をあげると、ヤヒロは持っていたチョコレートを私の口に押し込む。
「うぐ」
「これ、高級チョコなんですよー司さんが結さんチョコ好きだからって」
「おい。たまたま俺が食べたかっただけだって言っただろ!」
「ワインだってー」
「それ以上言ったら、もう相手してやらねー」
「そんなぁ~司さん」
そんなまるでバカップルのような二人のやり取りを聞いて、私は不覚にも笑っていた。
「さて、本題ですが、実際にヤっている構図を再現して結に納得してもらおうと思って。」
「はい?」
「あ、構図だけね!仰向けで出来るかどうかと、バックでするべきかどうかって話で」
「……結構です。司、このおバカをどうにかしろ」
「え、面白いじゃん」
「てめー……」
司はテーブルを押しのけて、ヤヒロを押し倒し両足を持ち上げると私に視線を向けた。
「『ゆい』がヤヒロの背後から両腕を拘束してるってことは、ヤヒロの上半身は起きているってことだろう?ほら、やれ」
「はあ?何言ってんの!いやよ!」
「脱ぐぞ」
「ぐ……やります」
この異常な状態でさらに司に脱がれては悪化する一方だ。
私はしぶしぶヤヒロの頭部分に回り上からのぞき込むと、頬をほんのり赤くして、ヤヒロの瞳にはハートマークが見える。
こいつ……
司はヤヒロの手を引いて起こし、私はその背後に回りヤヒロの両手首を掴んだ。
男の手首は太くて硬く、私の小さな手ではとても拘束出来ない。
まあ、小説の『ゆい』は男だからそこは問題ないだろう。
私の体にヤヒロは身を任せる形になり、確かに上半身はある程度起きている。
その状態から、下でおもちゃを使うのは……
「よっと。こうやってよっぽど足をお前の方にあげるか、最初から腰を浮かしておく何かが必要だな」
「い。いたい、いたたたたたた」
司がヤヒロの両足をグイッと上げるとヤヒロは痛がっていた。
私は、別の方法がないかを考える。
「体操選手ぐらい股関節が柔らかい人間なら出来そうだけど。じゃあ、『ゆい』が支えになってなければいけるかな?」
「床にはり付けるってことか?」
「うーん。それだと色気が……」
私と司が思案していると、ヤヒロがつぶやいた
「……床に両手押し付けてキスするってのは……どう?」
「……」
「……えろ」
私は思わず手を放して、赤面してそっぽを向いていた。
そう、思わずにやけてしまったのだ。
そのシチュエーション腐女子脳的には、クリティカルヒットだ。
私はその場の空気に耐えきれず、話を切り替えることにした。
「わかった。私が悪かった。他の構図を考えよう」
「お、おう」
そう言って、週末の金曜日私の家に上がり込んでいる男は私の同僚であり脅迫者の悪魔、下中ヤヒロだ。
その右手には、先日借りて帰ったBL小説
左手には……大人のおもちゃ……
私は正座をしてその光景を目を細めて見ていた。
高身長、甘く優しい表情、物腰やわらかい物言いに鍛えている引き締まった身体。
モテ要素は沢山あるヤヒロは実はBL好きの変態ですっと叫びたい。
彼が主人公の小説を作り献上して終わりと思っていた私だったが、先日金曜日夜に本を返しに行くと言われ、会社でいいと断ったのだが押し掛けてきて、拒否しようとしたら玄関前でSNSでつぶやく宣言をされた。
これは完全に脅迫だ。
そして、いまこの状態である。
テーブルにはヤヒロが持ってきたお酒とおつまみが並び、その中で普通に並んでいる大人のおもちゃ……
小説や漫画情報でしか認識してなかったが、実物は私が想像していたものよりも、なんというか…
可愛いフォルムをしている。
色も淡い色味だし、丸っこく柔らそうなモノばかりだか、さすがに手に取る勇気はなかった。
「で……これをどうしようというのでしょうか?」
「使ってみたいんだけど」
「却下、そして殺す」
私の殺気にヤヒロは苦笑いを浮かべた
「俺に使いたいんだよーやり方よくわからないくて、結がやってくれてもいいんだけど」
「は?」
「じゃあ、だれか経験者紹介して」
「そんなのいるわけ……」
そんな知り合いいるわけないって言い切ろうとしたが、私の脳裏に一人の男が浮かんでしまった。
「いるんだ!ぜひ!」
「いや、でも…」
「お願いします!!!」
私はスマホの中に残っていた、連絡がとれるかどうかわからない古い連絡先の番号にショートメールを送ってみた。
すると意外にもすぐに返信があった
『珍しいな。どうした?』
『友人を紹介したくて。』
『わかった今からいく』
ん?今から?
こいつ私の家知らないはずでは……
10分後、なぜか私の家のチャイムが鳴った。
私は恐る恐るチェーンをつけたまま覗くとそこには気の強そうなイケメンが立っている。
「おい。あけろ」
「……いや、なんで私の家知ってるの?」
「事務所の奴に聞いた」
「え、めっちゃ個人情報ですよね」
「いいから、開けろ。騒ぐぞ」
ここにも脅迫やろうがいた……
私はしぶしぶチェーンを外すと勢いよくドアを開けてズケズケと部屋に入ってくる。
部屋の中ではヤヒロがBL漫画をのんきに読み漁っていた。
そして、存在感ある大人のおもちゃが転がっている。
「……で?」
「あ、結のお友達さんですか!はじめまして、下中ヤヒロです」
さわやかに挨拶をしているヤヒロに対して、男は目を細め不機嫌な様子だった。
この脅迫イケメンは私の元カレである。
稲森司(いなもりつかさ)28歳、職業はファッションモデル
2年前、3か月ぐらいお付き合いしたのち、司の浮気で別れた。
その浮気相手は男。
しかも、大人のおもちゃ好きだったらしく、司のカバンの中におもちゃを入れていたことで浮気発覚。
ぶっちゃけ、ろくでもない奴だ。
「こちら、稲森司さんです。こういった分野はお得意と思いまして。どうぞ二人でどこかに行ってください」
私はそこそこ冷静に「とっとと私の家から出ていけふたりとも」オーラを出していたつもりだったが、司はテーブルに置いてあった私の飲みかけのお酒を手に取りソファーに座った。
おいおい……
「こいつが俺と遊びたいって?」
「はい!これとかこれの使い方を教えてほしいんです」
「動画とかであるだろ?あれでいいじゃね?」
「あれだといまいちどこをポイントにしていいかわからないじゃないですか?たとえば、どのあたりを刺激したらいいとか、どのくらいの強さでとか……」
「あーそりゃ経験値だけど」
「ですよね?最初って肝心だと思うんですよ」
「まーそうだけど、おまえそっち系か」
「どちらでも、いけますよ!」
「結、酒」
「冷蔵庫に入ってますから取りますねービールでいいですか?」
「おう、なんでもいい」
私は半歩下がって顔を引きつらせていた。
このふたり……気が合うのか……
話に入りたくないというか、ここ私の家なのにめっちゃくつろぎ出したし!
「じゃ、やるか」
「はい!」
は?やるって……なにを……
司が上着を脱ぎ出したので私は全力で止めた。
「ちょーーーと!!!待て!!ここ私の家!」
「はぁ?なんだよ」
「なんだよ、じゃなーーい!!ふたりとも他行け!!てか、ホテルいけ!!」
「やだよ、めんどくせー」
私が司に怒鳴っている間に、ヤヒロは上半身の服を脱ぎ終えていた。
「なっ、服着ろ!」
「えー、汚れたら嫌だし」
「汚すな!てか、汚すようなことをここでしようとするな!!!」
私は司を掴み外につまみ出し、つぎにヤヒロを掴んで部屋の外に追い出した。
そして、ヤヒロがもってきた荷物をヤヒロのカバンにつめて投げつける。
「出ていけ!二度と来るな!!」
バンっと激しく扉を閉めて鍵をかけた。
なんて奴らだ、付き合ってられない。
私は頭が痛くなって、それから週末寝込むことになった。
週明け会社のお昼時間にヤヒロから声をかけられた。
「鈴木さん、まって」
「なんでしょうか」
「先週は司さんを紹介してくれて、ありがとう。すごく勉強になったよ」
「……それはよかったですね」
ヤヒロが満面の笑みで私に話しかけてくる姿を女子社員たちは見て、ひそひそ話をしている。
「今週末も会う約束をしているんだ。」
ははは。
私は乾いた笑いしかでない。それはよかったですね。
人様の趣味に口出しするつもりはありませんが、お体を大切にした方がいいと思いますよ。
と心で返事をしておいた。
「で、次回作なんだけど」
「次回作?」
ヤヒロは私の耳に顔を近づけて小声で囁いた
「3Pでお願いします」
「は?」
すぐさまヤヒロは私から離れて去って行ったが私は職場で聞くような単語ではない言葉に顔を赤くさせて引きつらせていた。
そんな私に遠くから見ていた女子社員たちが話しかけてきた。
「鈴木さん、最近下中くんと仲良さそうね」
「なんだか、こそこそしてるし。きも…」
ああ、ド定番の嫌がらせか……
そういえば、司と付き合っている時もこんなことあったなー
遠い昔の記憶を思い出し薄ら笑いを浮かべていると、女子社員のひとりが気に入らなかったのか私の肩を押してきた。
「ちょっと!調子にのらないでよね!」
「調子に?のるわけないじゃないですか。こんな私ですよ?」
真っ黒なゴワゴワ髪に前髪が厚く、眼鏡をかけて猫背で小さくなっている私。
現実の世界なんて、ろくなものではない。
その点、小説の世界はいい。
空想で想像でなんでもできる。
そして、みんな幸せにできる。
私はうっすらと笑っていたら、女子社員たちは気持ち悪がって去って行った。
それでいい。私に構わないで欲しい。
BL小説における3Pとは、だいたい攻め2に受け1が定番である。
受けは必然的に『ヤヒロ』になるから、攻めは『ゆい』ともうひとり……『司』だろうな……
あのルックスに俺様キャラが入っている。
ザ、王道攻め要員だ。
強いて言うなら、『ゆい』は退場させてもいいのではないだろうか?
『ヤヒロ』と『司』の絡み……
う……しっくりきすぎて吐き気が……リアルでもあれならある。
間違いなく、司はヤヒロを食える。
私は胸焼けをさせながら、それとなく3PがあるBL小説を書き上げた。
『結さん、構図が変です』
ヤヒロに出来上がった小説を見せると、
そうスマホにメッセージが入ってきた。
構図……?
『ゆいはヤヒロの両手首を掴み、嫌がるヤヒロを抑え、司がおもちゃでいたぶるにしても、仰向けでは良いところに当たりません』
……
『この場合、ヤヒロはうつぶせでゆいに抱きつき、後ろから司におもちゃで遊ばれないと、あ!あと前の部分はゆいに責めてもらってー
……頭が痛い。
つらつらと長文が仕事中に送られてきて、私は立ちくらみがした。
そして、週末の金曜日嫌な予感は的中した。
ヤヒロと司が二人で家にやって着たのである。
勿論、相手をする気はさらさらなかったが……
「カプチーノさんの新しい小説、呟いちゃおうかな」
その脅迫に部屋の鍵を開けることになった。
「……ヤヒロ。あんた、なにがしたいの」
「ぞくぞくするような、BL小説が読みたいんです」
コイツの頭の中は腐女子の私よりも腐っている……
司も遠慮なく私の家に上がりこむと勝手にグラスを準備して買ってきたワインを注ぎ飲みだした。
「ヤヒロー、チーズどこだっけ?」
「こっちの袋ですよ」
もうすっかり仲良くなってるし。
深くため息をついて、反抗しても無駄だと諦め私も司が準備したワインを飲むことにした。
司は昔から、私好みのおいしいワインを選んでくる。
「で、今日の用事はなんでしょうか?」
「今回の小説について、やっぱりあのヤルところ変だって話になって」
「ほう、ヤヒロくん。ちょっと確認ですが、まさかあの小説、司に見せてないですよね?」
「……おもしろいし」
とぼけた顔をしているヤヒロを殺す勢いで睨んでいると、司は自分のスマホ画面にカプチーノの鍵付きページを表示して私に見せた。
「俺、小説とか読まないけど、べつにいいんじゃね?」
私の弱みを握っている人間が増えてるじゃないか。おい……
顔を赤くしてワラワラと怒りを抑えていると、司がぐいっと私の前髪を片手で上げた。
「てか、前の時も思ってたけど、なんでそんなダサい恰好してるわけ?」
「は?!」
私は司の手を叩き払った。
メガネがずれて前髪で隠していた瞳が動揺した。
私は急いで前髪を下し、俯いた。
「関係ないじゃない!私の自由でしょ!」
「……ふーん」
変な沈黙が続いていたが、それを破ったのはヤヒロだった。
「結さんの黒髪、きれいですよね」
「へ…」
顔をあげると、ヤヒロは持っていたチョコレートを私の口に押し込む。
「うぐ」
「これ、高級チョコなんですよー司さんが結さんチョコ好きだからって」
「おい。たまたま俺が食べたかっただけだって言っただろ!」
「ワインだってー」
「それ以上言ったら、もう相手してやらねー」
「そんなぁ~司さん」
そんなまるでバカップルのような二人のやり取りを聞いて、私は不覚にも笑っていた。
「さて、本題ですが、実際にヤっている構図を再現して結に納得してもらおうと思って。」
「はい?」
「あ、構図だけね!仰向けで出来るかどうかと、バックでするべきかどうかって話で」
「……結構です。司、このおバカをどうにかしろ」
「え、面白いじゃん」
「てめー……」
司はテーブルを押しのけて、ヤヒロを押し倒し両足を持ち上げると私に視線を向けた。
「『ゆい』がヤヒロの背後から両腕を拘束してるってことは、ヤヒロの上半身は起きているってことだろう?ほら、やれ」
「はあ?何言ってんの!いやよ!」
「脱ぐぞ」
「ぐ……やります」
この異常な状態でさらに司に脱がれては悪化する一方だ。
私はしぶしぶヤヒロの頭部分に回り上からのぞき込むと、頬をほんのり赤くして、ヤヒロの瞳にはハートマークが見える。
こいつ……
司はヤヒロの手を引いて起こし、私はその背後に回りヤヒロの両手首を掴んだ。
男の手首は太くて硬く、私の小さな手ではとても拘束出来ない。
まあ、小説の『ゆい』は男だからそこは問題ないだろう。
私の体にヤヒロは身を任せる形になり、確かに上半身はある程度起きている。
その状態から、下でおもちゃを使うのは……
「よっと。こうやってよっぽど足をお前の方にあげるか、最初から腰を浮かしておく何かが必要だな」
「い。いたい、いたたたたたた」
司がヤヒロの両足をグイッと上げるとヤヒロは痛がっていた。
私は、別の方法がないかを考える。
「体操選手ぐらい股関節が柔らかい人間なら出来そうだけど。じゃあ、『ゆい』が支えになってなければいけるかな?」
「床にはり付けるってことか?」
「うーん。それだと色気が……」
私と司が思案していると、ヤヒロがつぶやいた
「……床に両手押し付けてキスするってのは……どう?」
「……」
「……えろ」
私は思わず手を放して、赤面してそっぽを向いていた。
そう、思わずにやけてしまったのだ。
そのシチュエーション腐女子脳的には、クリティカルヒットだ。
私はその場の空気に耐えきれず、話を切り替えることにした。
「わかった。私が悪かった。他の構図を考えよう」
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