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あなたが突き落としたのは金の聖女ですか? それとも銀の聖女ですか?

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「お嬢様! マリアンヌお嬢様!」
「ううーん……」
「もう朝ですよ! 起きてくださいませ」
「……あと少しだけ……」
 マリアンヌが布団に潜ろうとすると、侍女のサラは無情にも布団を取り上げた。
「寒っ……」
 マリアンヌはぶるりと震えながら、サラを見上げる。
「ひどいわ、サラ」
「お嬢様」
 サラは腰に両手をあてると、
「今日は大事な聖女の格付けの日ではないですか!? さっさと起きてお仕度しませんと」
「ああ、そうだったわ!」
 マリアンヌはやっと覚醒した。サラが驚くほど勢いよく起き上がる。
「今日でやっと家に帰れるのね!」
 格付けで上位に選ばれた者だけが教会に残って聖女の役職につき、それ以外の者は家に帰ることができるのだ。
「明日からは早起きしなくてもいいし、お茶の時間にケーキも食べられるわ! 新しいドレスを作って、オペラも見に行きましょう。ね、サラ、国立劇場では何が上演されているかしら。後で調べておいてちょうだいな」
 マリアンヌはくるくると小躍りしながらサラの手を握る。サラはさりげなく彼女をドレッサーの椅子に誘導して、髪を整え始めた。
「お嬢様はご自分が上位に選ばれるとは全然思っていらっしゃらないのですね……」
「当たり前よ。毎日毎日帰りたいって言っていた私が選ばれるわけがないでしょう?」
「格付けの基準は魔力容量ですよ?」
「あら? 修行の進度や意気込みじゃないの?」
 鏡越しにマリアンヌが首をかしげると、サラは彼女の首をまっすぐに戻しつつ、ため息をついた。
「違いますよ。その説明すら聞いてらっしゃらなかったんですね……」
 このノワール王国では、十六歳になる貴族の令嬢が教会に集められ、寮生活をしながら聖女の修行をする。三か月の修行のあと格付けが行われ、魔力容量が多い順に「金の聖女」「銀の聖女」「銅の聖女」がひとりずつ、さらに「鉄の聖女」が七人選ばれ、翌年の格付けまで任務につく。
 教会で神に祈ることが一番の務めだけれど、王都の祭りでパレードをしたり、国の公式行事で王族にエスコートされたりなど表立った活動も多い。聖女の任務が終われば、嫁ぎ先は引く手あまたといわれている。金に選ばれたら王子と結婚することも夢ではない。
 貴族令嬢がこぞって目指す聖女だけれど、マリアンヌは全く興味がなかった。
 修行は覚えることばかりで大変だし、毎日スケジュールがきっちり決まっており、外出もできない。食事も質素なものしか出てこなくて、甘いものなどもってのほか。
 キャスポット公爵家で甘やかされて育ったマリアンヌは、修行三日目で音を上げた。
「お父様もお母様も、聖女になれなくても問題ないっておっしゃったもの」
「お嬢様の場合は、聖女になってしまったときの方が問題ですよね……」
「さすが、サラ! 私のことわかっているわね」
 窮屈な生活とは今日でお別れだ、とマリアンヌは心晴れやかに格付けの会場となる聖堂に赴いたのだった。
 しかし……。
「368……?」
 手をのせた水晶から空中に映し出された数字をマリアンヌは読み上げる。
 マリアンヌより前に測定した令嬢たちはほとんど100台だったから、自分の魔力の多さがわかる。
 測定係の司祭も目を瞠った。
「なんと! 368!」
 司祭の声を受けて、会場はどよめきに包まれた。
「これは……王妃様以来の高数値ですぞ!」
「金はマリアンヌ嬢で間違いなしだろう」
「ええっ! そんな、まさか。何かの間違いですわ! もう一度測定しなおしましょう」
 マリアンヌは慌ててそう主張してみたけれど、測定係は「この水晶に間違いなんてあるわけがありません」と取り合わない。
 次が控えているから、と促されて席に戻ったマリアンヌは肩を落とした。
「ええぇぇ……。嘘よね……? どうしてこんなに魔力があるの? 修行は手抜きしていたのに……」
 次に名前が呼ばれた令嬢を見て、マリアンヌははっとする。
 席を立って前に歩いていったのは、ユーブユート公爵令嬢ヴァネッサだった。マリアンヌと同格の公爵令嬢なら、同じくらいの魔力があってもおかしくない。それに彼女はマリアンヌと違って聖女を目指しているらしく、修行にも力が入っていた。
 ところが、期待のヴァネッサは279だった。十分高数値なのだけれど、マリアンヌには及ばない。
 ――ヴァネッサ様以外にもまだ侯爵家など高位の方たちが残っているわ。
 マリアンヌは最後まで希望を捨てずに格付けを見守った。
 しかし……。というよりは、やはり、というべきか。
「今年の金の聖女は368の高数値を叩きだしたマリアンヌ・キャスポット嬢に決定しました!」
 わあぁっと歓声が響く中、マリアンヌはなんとか愛想笑いを浮かべて金のティアラを授与されたのだった。
 そして格付けの終了後、マリアンヌをはじめ選ばれた聖女たちは別室に連れてこられた。
 279のヴァネッサは銀の聖女。銅の聖女は214のティティーク侯爵令嬢フロランス。鉄の聖女に選ばれた七人も200前後だ。
 皆、輝かしい顔をしている。
 マリアンヌだけ浮かない顔をしているわけにもいかず、必死に笑顔を取り繕っていた。だが、それができたのも今後のスケジュールを渡されるまでだった。
 その紙を見てマリアンヌは絶望する。
 ――四時に起床? 四時って朝なの? 夜じゃないの? 暗い時間に祈ったって神様も起きていないわよ。それに午後が全部学習時間ってどういうこと?
 もう嫌よ。
 そう思ったマリアンヌは憂いを帯びた顔を作り、
「金の聖女に選ばれるなんて思ってもいなかったので、少し心を落ち着かせる時間をいただけますか?」
 そう言って休憩時間をもらうと、そっと聖堂の裏口から外に出た。
 聖堂の裏は林になっている。修行のときにもさぼっていたため、こちら側に人が来ないのは実証済みだ。
「せっかく今日で解放されると思っていたのに。……このまま家に帰ったらだめかしら? 辞退ってできないの?」
 少し林の中に入ると泉があった。マリアンヌはその周りを歩きながら、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
 だから背後への注意がおろそかになっていたのだ。
 どんっ!
 突き飛ばされたと気づいたときには、もう泉に向かって落ちていた。
 首を捻って振り返ると、一瞬だけ犯人の姿が目に入る。
 ――あの髪の色はヴァネッサ様?
「っ!」
 冷たい水で息が止まる。
 もがく間もなく、マリアンヌは意識を失った。
 小さな泉なのに、深く、暗い。
 マリアンヌの身体は引き込まれるように沈んでいった。

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「お嬢様! マリアンヌお嬢様!」
「ううーん……」
「もう朝ですよ! 起きてくださいませ」
「……あと少しだけ……」
 マリアンヌが布団に潜ろうとすると、侍女のサラは無情にも布団を取り上げた。
「寒っ……」
 マリアンヌはぶるりと震えながら、サラを見上げる。
「ひどいわ、サラ」
「お嬢様」
 サラは腰に両手をあてると、
「今日は大事な聖女の格付けの日ではないですか!? さっさと起きてお仕度しませんと」
「えっ! 格付け?」
 マリアンヌはやっと覚醒した。サラが驚くほど勢いよく起き上がる。
「私、金の聖女になったのよね?」
「何をおっしゃってるんですか? 格付けはまだこれからですよ?」
「ええっ、でも……」
 マリアンヌの魔力は368とダントツで、金の聖女に選ばれた。
 ――それで泉に突き落とされて……。
 マリアンヌは両手を見つめる。
 泉に落ちて、意識を失った。死んだと思った。
 でも、生きている。
「あれは夢?」
 首をかしげるマリアンヌを、サラがドレッサーの椅子に座らせる。
「お嬢様、きちんと起きてらっしゃいますか?」
「ええ……起きているわ」
 ――金の聖女に選ばれたなんて悪夢よね?
「夢で金の聖女になったのよ。それで泉に……」
「泉、ですか?」
「いいえ、何でもないわ」
 マリアンヌは首を振る。
「あれは夢よ。私は今日の格付けが終わったら家に帰るんだもの」
 マリアンヌは不安を感じながら、鏡の中の自分に言い聞かせた。
 格付け会場の聖堂。マリアンヌは自分の順番を待っていた。
 きちんと覚えてはいないけれど、夢で見たのと同じに進んでいる気がする。自分より前に測定した令嬢たちの魔力容量、周りの反応など、既視感があった。
 順番が来て名前を呼ばれたマリアンヌは前に出て、恐る恐る水晶に手をのせた。
「268!? 100も減っているわ!」
 ここにきて夢と違いが出たことに、マリアンヌは大きな声を上げてしまう。
「えっ、なぜ違うの?」
 誰かの驚きの声が聞こえ、マリアンヌは振り返った。
 両手で口を押さえているのは夢で銀の聖女だったヴァネッサだ。
 マリアンヌとヴァネッサの目が合う。
 強い視線で睨まれて、マリアンヌはひるんだ。
 夢の中でマリアンヌを突き落としたのはヴァネッサだった。
 ――あれは夢じゃないの?
「マリアンヌ嬢は十分上位を狙えますよ」
 マリアンヌの態度を訝しげに見ながらも、測定係の司祭はそう言って席に戻るように促した。
 マリアンヌは呆然と席に戻る。
 次に呼ばれたヴァネッサは、夢と同じ279だった。
 その結果、金の聖女にはヴァネッサが選ばれ、マリアンヌは銀の聖女になった。
 夢と違うのはマリアンヌの魔力容量とヴァネッサの反応だけ。
 控室に移動してからもずっとマリアンヌの頭には疑問が渦巻いていた。
 ヴァネッサもマリアンヌの数値が違うと驚いていた。
 ヴァネッサも同じ夢を見た?
 あれは夢ではなかったの? そんな、まさか。
 自分は泉に落ちて死んだのだろうか。
 魔力容量が減っていたのは時間を巻き戻した代償?
 ――わからないわ。
 考えすぎたマリアンヌは頭が痛くなってきた。
「申し訳ございません。少し気分が悪くて、心を落ち着かせる時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
 そう言って休憩時間をもらうと、マリアンヌは聖堂の裏口から外に出て泉に向かう。
「ここに落ちたのよね?」
 あれが夢だったのか、現実だったのか、マリアンヌにはまだ確信がない。
 背後で足音が聞こえ、マリアンヌはばっと振り返った。
「ヴァネッサ様?」
「マリアンヌ様……。あなたも前回を覚えていらっしゃるのね?」
「え? 前回?」
 ヴァネッサはマリアンヌよりも顔色が悪い。
「そう、前回よ。……私は金の聖女になるために、誰よりも修行に力を入れたわ。それなのに、選ばれたのはやる気のないマリアンヌ様」
「ごめんなさい……」
「私、悔しくて。思わずあなたを突き落としてしまったの」
「突き落とした……あなたが私を?」
「ええ、そうよ」
「あれはやっぱり現実なの? 夢じゃないの?」
「現実よ!」
 ヴァネッサはそう叫んで、頭を抱えた。
「服が汚れたり、濡れて風邪をひいたりすればいいと思ったのよ。この泉があんなに深いなんて知らなかった」
 それはマリアンヌも泉に落ちて初めて知った。ヴァネッサの口ぶりでは、彼女も泉の深さを知っているようでマリアンヌは不思議に思うが、それを問う隙はない。
 ヴァネッサは続けた。
「無様に濡れたマリアンヌ様を嘲笑ってやろうと思っていたのに、あなたは沈んで、浮かんでこなかった。……そして、あなたは失踪したことになったわ」
「失踪?」
「マリアンヌ様はいなくなったのに、金の聖女は欠番のまま。私は金には上がれなかった」
 ヴァネッサは泉に目をやる。
「いつあなたの死体が発見されるんじゃないかって、毎日不安だった。聖女の任期の間、私は何度もここにやってきたわ。眠れなくなって、食欲も失せて、……髪も肌もぼろぼろで、任務でも失敗を繰り返した……。王子殿下の目には止まらなかったし、両親からも叱責を受けた……。そんなだから、あなたの失踪に私が関係しているんじゃないかって疑われたわ。散々だったのよ」
「そんなこと言われても……」
 ヴァネッサの充血した目がマリアンヌを見つめる。
「聖女の任期が終わった日、泉にやってきたら、あなたが浮かんでいたわ」
「ひぃっ!」
 ヴァネッサが泉を指さしてそう言うから、マリアンヌは悲鳴を上げた。
 水死体を怖がればいいのか、それが自分だということを怖がればいいのか、ヴァネッサの異様な雰囲気を怖がればいいのか。
 とにかく、恐ろしい。
「もう一度沈めなくちゃと思って、泉に入ったら冷たくて、深くて……沈んで、息が苦しくて、気を失って……目が覚めたら、時間が巻き戻っていたの」
 マリアンヌは何と声を掛けたらいいのか全くわからない。
「やっと終わりになったと思ったのに、なぜ戻ってきてしまったの? またあの日々を続けないとならないの?」
 ヴァネッサはそう嘆きながら、泉に向かってふらふらと歩き出す。
「ヴァネッサ様っ!」
 マリアンヌはヴァネッサの腕をつかんで引き留めた。
「放して! もう嫌なの! あんな毎日は繰り返したくないわ!」
 振りほどこうとするヴァネッサと、なんとか泉から引き離そうとするマリアンヌ。
 もみあったふたりは、もつれ合う。
 ヴァネッサがバランスを崩して、マリアンヌに倒れかかる。マリアンヌも支えきれずに倒れてしまう。
 マリアンヌの背後は泉だった。
「あっ!」
「きゃぁ!」
 ふたりで泉に落ちた。
 記憶にあったのと同じに、水は冷たい。マリアンヌの意識は暗転した。
 再び、マリアンヌは泉の底に沈んでいった。

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「お嬢様! マリアンヌお嬢様!」
「ううーん……」
「もう朝ですよ! 起きてくださいませ」
「……あと少しだけ……」
 マリアンヌが布団に潜ろうとすると、侍女のサラは無情にも布団を取り上げた。
「寒っ……」
 マリアンヌはぶるりと震えながら、サラを見上げる。
「ひどいわ、サラ」
「お嬢様」
 サラは腰に両手をあてると、
「今日は大事な聖女の格付けの日ではないですか!? さっさと起きてお仕度しませんと」
「ああっ! そうよ!」
 マリアンヌはやっと覚醒した。サラが驚くほど勢いよく起き上がる。
「ヴァネッサ様は?」
「ユーブユート公爵令嬢ですか? 何かお約束してらっしゃったのですか?」
「約束はしていないのだけれど……」
 そこでマリアンヌは支度を整えられている間に、サラに今までの格付けの話を聞かせた。
 幼少のころから、マリアンヌは愛され甘やかされて育ってきた。怒られたことはあっても否定されたことはなく、荒唐無稽な話だけれど、サラがマリアンヌの話を信じてくれないとは思わなかった。
 サラははじめは「そういう夢を見たんですね」という顔をしていたが、だんだんと話が進むうちに険しい顔をするようになった。
「お嬢様は二度、ユーブユート公爵令嬢に泉に突き落とされたのですか?」
「二度目は事故よ」
 マリアンヌはサラに「そんなことより、これからどうすればいいかしら?」と意見を求めた。
「このまま家に帰ったらだめ?」
「格付けは貴族令嬢の義務ですから、参加だけはしませんと。二度目のときは100減っていたのですよね? 今回も減っているなら、鉄の聖女にも選ばれないのではありませんか?」
「そうね。選ばれた人は一番低くても190以上だったわ! 私は今168のはずだもの」
 マリアンヌは手を叩く。
 ヴァネッサは金の聖女に選ばれるだろうから、彼女が説明を聞いている間に帰宅してしまえばいい。
 それにしても、ヴァネッサも前の記憶を持ったまま巻き戻っているのに、マリアンヌの魔力容量だけが減っているのはなぜなのだろう。
 考えようとしたけれど、マリアンヌは早々に思考を手放した。
 ――やっぱりやる気のない私に聖女は任せられないって、神様の思し召しね。
 そこでマリアンヌは、二度目のヴァネッサが思い詰めていたのを思い出した。
 彼女がまた記憶を持っているなら、今度こそ泉に飛び込むんじゃないだろうか。
 マリアンヌは慌てて部屋を出て、ヴァネッサの部屋の扉を叩いた。サラも後ろからついてくる。
「ヴァネッサ様? ヴァネッサ様、いらっしゃいます?」
 ドンドンと強く叩くと扉が開き、ヴァネッサが顔を出した。
 マリアンヌはほっとした。
「ヴァネッサ様は今回も記憶がありますか?」
「ええ。……中に入って」
 疲れた顔のヴァネッサはマリアンヌたちを室内に促す。彼女はまだ着替えていなかった。
「おひとりですか? 侍女は?」
 マリアンヌがサラを連れてきているように、皆、家から侍女やメイドを連れてきている。
「今、朝食を取りに行っているわ」
「そうですか」
 ヴァネッサは所在なさげにマリアンヌから目を逸らすと、「用件は?」と尋ねた。
「前回のヴァネッサ様が取り乱していらしたから、心配で……」
「そう……」
「ええと、あのですね……今のヴァネッサ様は私を突き落としてはいません。私は元気に生きています。だから、何も気にする必要はないのではないでしょうか」
「あなたがそれを言うの?」
「私以外に誰が言えるのですか?」
 マリアンヌが首をかしげると、ヴァネッサは「それもそうね」とため息をついた。
「二度目の格付けで私の魔力容量が減っていましたでしょう? 今回も減っていたら、私はもう聖女には選ばれません。金の聖女はヴァネッサ様に決定ですよ」
 ヴァネッサの気分を上げるつもりで茶化したけれど、不発に終わった。ヴァネッサはマリアンヌを睨む。
「マリアンヌ様はそれで良いの? 本当ならあなたが金の聖女だったのに」
「全然問題ありません。私は聖女なんかになりたくないので」
 マリアンヌが言うと、ヴァネッサが声を荒げた。
「私はずっと聖女を目標にしてきたのよ! それを『聖女なんか』と貶すのはやめてちょうだい!」
 マリアンヌははっとした。
 前回、泉で会ったとき、マリアンヌのやる気のなさが気に障った、とヴァネッサは言っていた。
「ごめんなさい」
 皆は真剣なのに、マリアンヌはそれを馬鹿にするような態度だったのだ。
「修行をさぼったり手抜きしたりしたことは、心から反省していますわ。聖女を軽んじるつもりはなかったのです。ただ私には向かないって思っていただけで……」
 だって、とマリアンヌは言い募る。
「朝四時に起きるなんて無理よ。お茶の時間もなく、午後いっぱい勉強ですって! 自由時間もないのよ! この三か月でも辛かったのに、さらに一年なんて耐えられないわ!」
 マリアンヌの勢いに、今度はヴァネッサが引いて、とりなそうと口を開いた。
「でも、金の聖女なんて最高の栄誉じゃない? 王子殿下と結婚できるかもしれないし」
「殿下と結婚したら、ますます大変になるじゃない! どれだけ勉強しないとならないの? 公務もあるし、社交だってさぼれないでしょう? そんなの嫌よ」
 そこまで言ってから、マリアンヌはまたはっとして、慌てて弁解する。
「いいえ、あの、王子妃を否定するつもりはないのよ。私はなりたくないってだけで。ね? ライバルが減っていいでしょ?」
「もう、わかりましたわ」
 ヴァネッサは大きくため息をついた。
「マリアンヌ様はただ怠け者なだけですのね……」
「そうよ! わかってくださってうれしいわ」
 マリアンヌがうなずくと、ずっと横に控えていたサラが「うれしがるところじゃないですからね」と、やっぱりため息をついた。
「私の魔力容量が減ったのは、怠け者は聖女にさせられないという神の思し召しだと思うのです」
「神の思し召し?」
「だって、同じように巻き戻っているのに、ヴァネッサ様の魔力は変わらないではないですか!」
 マリアンヌがそう指摘すると、ヴァネッサは今気づいたように瞬きをした。
「それでヴァネッサ様は、どうなのかしら? まだ泉に飛び込みたいって思ってらっしゃるの?」
「いいえ。マリアンヌ様と話していたら、なんだかもうどうでも良くなってきましたわ」
「どうでも良くなったのは、とても良いことですわ」
 マリアンヌの表現にヴァネッサが少し頬を緩ませた。
「お互いに泉には近づかないということで、よろしいかしら?」
「ええ、そうですわね」
 そこで扉が叩かれる。ヴァネッサの返事を待って入ってきたのは朝食を持った侍女だった。
 侍女はマリアンヌとサラが部屋にいることに驚いた様子で、ヴァネッサを心配そうに見た。ヴァネッサ側から見たら、マリアンヌはライバルなのだろう。
 余計な気を使わせる前に退出することにした。
「それでは、失礼いたします。格付けを楽しみにしていますわ」
「ええ、私も」
 なんとかヴァネッサの飛び込みを回避できて、マリアンヌはほっとした。
 あとは格付けを終わらせて家に帰るだけ、と思っていた。
 しかし……。
「え? 218?」
 水晶から映し出された数字を見つめ、マリアンヌは混乱する。
 ――50しか減っていないわ!
 予想外の展開に内心慌てながら、席に戻る。
 マリアンヌの次はヴァネッサだ。
「ヴァネッサ・ユーブユート嬢は229です」
 ヴァネッサも50減っている。
 同時に泉に落ちたからだろうか。
 愕然とするマリアンヌの席の横をヴァネッサが苦笑しながら通っていった。
 結果、金の聖女はヴァネッサ。マリアンヌは銀の聖女になってしまった。
「四時起床……。一年間の規則正しい生活……。無理よ、耐えられないわ。……はっ、そうよ。また泉に落ちたら今度こそ100減って……」
 そう繰り返すマリアンヌは、聖女の任期満了まで泉に近づかないようにサラに監視されることになるのだった。


終わり



---
最後までありがとうございました。
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