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第二部
サリヤとハヤシ
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なんとなく眠れずにサリヤは厩舎に来た。
ベアトリクスの鞍に乗って、いつかのように歌っている。
『サリヤ』
ベアトリクスが揺れたことで、サリヤは意識を向ける。
鞍から見下ろすと、ハヤシが立っていた。
やはり彼は気配を消すのに長けている。
「よぉ、王女様」
彼は片手を上げた。
「歌、上手いんだな」
「ああ、母に習ったんだ」
そう言うとハヤシは眉を寄せた。
どうにも、サリヤよりもハヤシのほうが、現状に堪えているように思える。
「お互いに難しいだろうが、私が母の話題を出すことはあきらめてほしい」
「それはもちろんだが、あんたは本当に良かったのか?」
「ああ……。私も、自分で思っていたよりも王族の考えが身に馴染んでいたから、不思議な気分だな……」
個人の感情ではなく国の利益を優先する。そんな考えが、理解できてしまう。
「ハヤシも軍人の考えが馴染んでいるだろう? あなたは本当は仕事で殺した相手やその遺族に心を砕く人ではないんじゃないか?」
「それは……。ま、確かにな」
一瞬言いよどんだが、ハヤシは肯定した。
「あなたが私を気にするのは、ミクラやマーナベーナが、私の側にいるからではないのか?」
「よくわかってるな」
「私もミクラやマーナベーナが大事だからな。彼らはハヤシのことが好きだろう?」
「……そうだといいが……」
「自分のことが自信なさげにするのだな」
サリヤは少しおかしくなり、小さく笑う。
「あなたは、捕まる可能性も旧友に会う可能性もあったのに、わざわざ基地に忍び込んで、怪我した飛行機を治してほしいと言いに来た。そういう人だ。……飛行騎士にふさわしいと思う」
ハヤシは息をのんだ。
同じ厩舎にいるラファエルは反応がないが、寝ているのだろうか。カーティスのように気を利かせて黙っているなんてしなさそうだ。
「メデスディスメの飛行機に会いに行ったのか?」
「行ったよ。こっそり、ね。元気になっていた。……ベアトリクスにも感謝する」
『今度会ったらラファエルのことを謝らないとね』
「全くだな」
ラファエルに関してはベアトリクスもため息をつく。
「サリヤ殿下」
珍しく名前で呼ばれて、サリヤは鞍から見下ろす。ハヤシは片膝をついていた。彼が捧げているのは蔦が巻かれた短剣だ。――サリヤが彼に預けたカッラの短剣。
「俺にハヤシという名前を取り戻す機会を与えてくれたことに感謝する。俺はあなたの剣になることを誓う」
「剣……」
「忠誠を誓われても困るだろ?」
そう言ってハヤシは三日月のように目を細めて笑った。
「ずいぶんと上等な剣だな。私に使いこなせるか……」
「それはご心配なく。この剣は勝手に敵を排除するんだ」
サリヤは鞍から降りた。
梯子を降りる途中で、ハヤシが「受け止めるか?」と聞いたが、サリヤは「それはミクラの特権だな」と返すと、
「政略結婚だと聞いたが、意外に仲良くなってるんだな」
と、さらに笑みを深める。
サリヤはハヤシの前に立つと、彼から短剣を受け取った。
蔦はそのまま、短剣を彼の肩にあてると、
「あなたの大事な人たちを私も大事にすることを誓う」
そう宣言した。
短剣を返すと、ハヤシは立ち上がった。
「母が私に、『どこでもいいから行きなさい』と言ったのを聞いていたか?」
「うん? ああー。聞いた」
「あとからあれは『行け』ではなく『生きろ』だったかもしれないと思ったんだ」
「……なるほど……」
何とも言えない複雑な顔をしたハヤシに、サリヤは軽く首を傾げる。
「あの場には侍女も護衛もいたが、彼らにはこういう話はできなくてな。……あなたは謝らないから気が楽だ。また聞いてくれ」
「くっ、はははっ」
ハヤシは声に出して笑った。
「相変わらずかわいくないなぁ、王女様は」
ベアトリクスの鞍に乗って、いつかのように歌っている。
『サリヤ』
ベアトリクスが揺れたことで、サリヤは意識を向ける。
鞍から見下ろすと、ハヤシが立っていた。
やはり彼は気配を消すのに長けている。
「よぉ、王女様」
彼は片手を上げた。
「歌、上手いんだな」
「ああ、母に習ったんだ」
そう言うとハヤシは眉を寄せた。
どうにも、サリヤよりもハヤシのほうが、現状に堪えているように思える。
「お互いに難しいだろうが、私が母の話題を出すことはあきらめてほしい」
「それはもちろんだが、あんたは本当に良かったのか?」
「ああ……。私も、自分で思っていたよりも王族の考えが身に馴染んでいたから、不思議な気分だな……」
個人の感情ではなく国の利益を優先する。そんな考えが、理解できてしまう。
「ハヤシも軍人の考えが馴染んでいるだろう? あなたは本当は仕事で殺した相手やその遺族に心を砕く人ではないんじゃないか?」
「それは……。ま、確かにな」
一瞬言いよどんだが、ハヤシは肯定した。
「あなたが私を気にするのは、ミクラやマーナベーナが、私の側にいるからではないのか?」
「よくわかってるな」
「私もミクラやマーナベーナが大事だからな。彼らはハヤシのことが好きだろう?」
「……そうだといいが……」
「自分のことが自信なさげにするのだな」
サリヤは少しおかしくなり、小さく笑う。
「あなたは、捕まる可能性も旧友に会う可能性もあったのに、わざわざ基地に忍び込んで、怪我した飛行機を治してほしいと言いに来た。そういう人だ。……飛行騎士にふさわしいと思う」
ハヤシは息をのんだ。
同じ厩舎にいるラファエルは反応がないが、寝ているのだろうか。カーティスのように気を利かせて黙っているなんてしなさそうだ。
「メデスディスメの飛行機に会いに行ったのか?」
「行ったよ。こっそり、ね。元気になっていた。……ベアトリクスにも感謝する」
『今度会ったらラファエルのことを謝らないとね』
「全くだな」
ラファエルに関してはベアトリクスもため息をつく。
「サリヤ殿下」
珍しく名前で呼ばれて、サリヤは鞍から見下ろす。ハヤシは片膝をついていた。彼が捧げているのは蔦が巻かれた短剣だ。――サリヤが彼に預けたカッラの短剣。
「俺にハヤシという名前を取り戻す機会を与えてくれたことに感謝する。俺はあなたの剣になることを誓う」
「剣……」
「忠誠を誓われても困るだろ?」
そう言ってハヤシは三日月のように目を細めて笑った。
「ずいぶんと上等な剣だな。私に使いこなせるか……」
「それはご心配なく。この剣は勝手に敵を排除するんだ」
サリヤは鞍から降りた。
梯子を降りる途中で、ハヤシが「受け止めるか?」と聞いたが、サリヤは「それはミクラの特権だな」と返すと、
「政略結婚だと聞いたが、意外に仲良くなってるんだな」
と、さらに笑みを深める。
サリヤはハヤシの前に立つと、彼から短剣を受け取った。
蔦はそのまま、短剣を彼の肩にあてると、
「あなたの大事な人たちを私も大事にすることを誓う」
そう宣言した。
短剣を返すと、ハヤシは立ち上がった。
「母が私に、『どこでもいいから行きなさい』と言ったのを聞いていたか?」
「うん? ああー。聞いた」
「あとからあれは『行け』ではなく『生きろ』だったかもしれないと思ったんだ」
「……なるほど……」
何とも言えない複雑な顔をしたハヤシに、サリヤは軽く首を傾げる。
「あの場には侍女も護衛もいたが、彼らにはこういう話はできなくてな。……あなたは謝らないから気が楽だ。また聞いてくれ」
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ハヤシは声に出して笑った。
「相変わらずかわいくないなぁ、王女様は」
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