王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

ラファエルの引っ越し

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『ミクラ! ラファエルが西基地から消えたそうです!』
 団長室にいたミクラにカーティスの焦った声が届いた。
「消えた? ロビンは?」
『ナガタからの報告です。――ラファエルが消えた。ロビンもいない。おそらく一緒だと思う。とのことです』
 一緒にいたルッボーが、
「ロビンが記憶を思い出した様子はあったのでしょうか?」
 西基地に確認する間がわずかにあり、そのあとカーティスは『思い出したようには見えなかった、だそうです』と答えた。
「今、サリヤはどこにいる?」
 ミクラが壁の勤務表に顔を向けると、ルッボーが「広域巡回です」と教えてくれた。
 以前にサリヤと話した通り、王都の基地の影響範囲と、国境基地の影響範囲の境界あたりを巡回する任務を新しく作った。広域巡回と名づけて、主にサリヤとベアトリクスが担当している。速度を出して飛ぶため、土属性の飛行機オリヴァーとマーナベーナではなく、風属性の飛行機キャロルとナルミネが同行していた。
「カーティス、ベアトリクスにもラファエルのことを知らせてくれ」
 カーティスの返事の前に、ベアトリクスの声が聞こえた。
『ミクラ、カーティス。ラファエルが王都に向かってるみたいなんだけれど、引っ越しすることになったの?』
「ベアトリクス! ラファエルの居場所がわかるのか?」
『ええ。もうそちらのコンソールでも把握できると思うわよ』
『はい、今、確認できました』
 カーティスもそう言う。
 ミクラはため息をついた。
「カーティス、ラファエルを基地に誘導してくれ。――それから、ベアトリクス。サリヤに、ラファエルがロビンと一緒に基地に来たから、一刻ほど時間をずらして戻るように伝えてくれ」
 それぞれが了解すると、ミクラは席を立つ。
「カーティス、ナガタにも伝えてください」
 ルッボーの言葉でミクラも思い出して、「ああ、すまない。抜けていた。ナガタにもよろしく頼む」とカーティスに言い添えた。
 ルッボーに目で謝意を伝えると、冷静な表情が返ってくる。それでミクラも少し落ち着いた。
 彼はいくつか書類を取り出し、
「私は、ロビンの部屋を用意させます。客室でいいですよね? 国軍から兵士を派遣してもらいますか?」
「そうだな、王城に行くついでに陛下にも報告してくれ。俺はラファエルを出迎えないとならない」
「高位すぎる飛行機も考えものですね……」
 ベアトリクスは案外話が通じますが、とルッボーが続けるのに、ミクラは苦笑する。
「ベアトリクスはサリヤの言うことは聞くからな」
 最初のころのベアトリクスは、サリヤに対しても少し尊大な態度を見せていた気がする。いつのまにか、サリヤの願いなら、ときちんと指示に従うようになった。
 ――べったり甘える妹のようでもあるが。
「サリヤはさすがに王族ですね」
「ロビンはなぁ。まだ本調子じゃないんだろうが……」
 絆の飛行機がエフ種じゃなければロビンの復調を待てたが、ラファエルが「飛びたい」「魔法の練習をしたい」と急かしてしまうのでどうしようもない。――ベアトリクスもそうだが、エフ種は騎士がいなくても勝手に厩舎から出てしまうし、自分の意思で飛んでしまう。待機している間に魔力も溜まっただろうから、これ以上待てと言うのも難しい。
「本調子になられても困るでしょうに」
 ルッボーが目をすがめる。
 ロビンはキータの可能性が非常に高いと、ミクラたちは考えている。
 ナガタの報告では、嘘をついていたころのジィーネが明るく装っていたときより思わず恨み言をこぼしたときに、何か思い出すような反応を示していたという。
 それから、下働きの女性のうち、黒髪の者を見かけたときにも反応があるらしい。
 思い出すのは嫌なことばかりなのか、必ず顔を歪ませているそうだ。
「思い出すときに頭が痛くなるだとか、そういう身体的な痛みがあって、ってわけではなさそうだな。あんまり幸せな過去がないのかもしれん」
 ナガタはそう言っていた。
 思い出したことがあれば報告するように言ってあるが、ロビンは「はっきりと思い出したことはないです」「誰かが何かをしゃべっているということくらいしかわかりません」という程度だ。
 実際にそうなのだろう。
 ロビンは記憶を失ったままのほうがいいのかもしれないが、彼がキータならそうもいかない。記憶がなくてもメデスディスメ王国に引き渡すことになる。
 ラファエルとロビンと、どちらも悩ましいばかりだ。
「さて!」
 と、気合を入れて上着を羽織ると、ミクラは厩舎に向かった。

『ベアトリクスばっかりずるいよー。僕だってお祭りに参加したかったのにー』
 ラファエルはそう言って、身体を大きく揺らす。
 無事に基地に到着したラファエルとロビン。鞍から降りてきたロビンはぐったりしていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……。こんなに長く飛んだのは初めてだったので……」
 ロビンはへたり込むように、地面にかがみこんでしまう。
「閉所や高所は苦手ではなかったよな?」
「はい……」
「うーん、慣れていないだけか?」
 他の新人騎士でもあまりない反応に、ミクラは首をかしげる。
 ロビンの案内をしてほしくて呼んでいたハックサンが、「エフ種だから魔力の消費が多いんじゃないか?」と予想した。
「とりあえず医務室で診てもらってくれ」
 軍から派遣してもらった兵士二人がロビンの両側から支えて、ハックサンの案内で彼を連れて行った。
 ラファエルには厩舎に入ってもらったところで、ベアトリクスがサリヤと一緒に戻ってきた。
 彼女たちも厩舎に集まって、ラファエルの話を聞くことになったが、彼の言い分は「お祭りに参加したかった」だった。
「お祭りって交流会か?」
『そうだよ。空から花を撒いたんでしょ?』
 ナガタはロビンの指導係として西基地に継続勤務しているが、交流会のあとヨリノールを交代させたのだ。その騎士の飛行機が、ベアトリクスたちと魔法を披露していたルイーズだった。彼女から聞いたのだろう。
「ロビンはまだ体調がいまいちなんじゃないか? さっきだって、ぐったりしていたんだぞ」
『そうだけどさー。見るだけでも見たかったのにぃ』
『来年参加すればいいじゃない』
 ベアトリクスが言うとラファエルは、『本当に? 来年は参加できるの?』と疑うようなことを言う。
 ミクラとサリヤは顔を見合わせてしまった。
 ラファエルのために、ロビンがキータじゃなければいい、とミクラは願った。
 しかし、そこでカーティスが、
『ミクラ、北基地から通信です。――カメイが到着した。キータの顔を知っている者を連れてきた。その者は、キータをフスチャットスフ領の沖合で海に突き落としたと証言。――以上です』
「なんだとっ!」
「海に? では、キータは……」
 サリヤもはっとした顔で、ラファエルを見上げた。
『あのあたりは潮の流れが変わっていると現地の住人が言っていた、とカメイが補足しています』
「カーティス、カメイに伝えてくれ。――感謝する。明日、ロビンを連れて行くから、北基地で待っていてくれ」
 それから、北基地の当番騎士にも、カメイと彼の連れの滞在の準備を頼む、とカーティス経由で伝言する。
『ロビンがどうかしたのー?』
 ラファエルが聞くのに、ミクラは言葉を選ぶ。
「お前の遺跡よりもずっと離れた北で海に落とされた男がいるようだが、もしかしたら彼がロビンかもしれないんだ。それを明日、北基地に確認しに行きたい。いいか?」
『いいよ。わかったー。ロビンの記憶が戻るかもしれないんだね?』
 無邪気な答えに、ミクラは苦い気分になる。
 記憶に関わらず、ロビンがキータなら、ラファエルから引き離さなければならない。
 別人の可能性を示して希望を持ちたかったのか、サリヤが疑問を呈した。
「それにしても、フスチャットスフ領だとだいぶ遠くないか? 生きてあの島までたどり着けるものだろうか?」
「カメイが、潮の流れがどうとか言っていたな」
 ミクラも腕を組む。
 確かに、距離を考えるとキータとロビンが同一人物とは思えない。ギィダスが放置した小舟が多少北に流されたとしても、キータが小舟まで泳げるとは思えない。
 いや、キータがいつ海に落ちたのか聞いていないか。
『それ、たぶん遺跡のせいだよー』
「遺跡?」
 ラファエルの発言に、ミクラは我に返った。
『そうそう。ほら、川あるでしょ? 崖のとこ』
「国境の谷川か?」
「私が落ちた川だな」
『うん。あの河口の周りから南までのー、えっと、基地よりはちょっと北かなー? なんか、その辺ね。海底に遺跡があるんだよー』
「え? それはとても大きくないか?」
 サリヤも目を瞠った。
 ミクラは古文書から得た知識を思い出す。
「もしかして、その遺跡は『研究所』と呼ばれている施設か?」
 単語の解釈が何通りもあって場所が特定できていないが、『研究所』は古文書に頻繁に登場する重要施設だった。聖山ラルリッカ山を頂点とする東の山脈の地下だとか、その山脈より東にある砂漠に埋まっているとか、別の大陸だとか、いろいろな説があった。そのうちの一説に、ベールルーベ王国沿岸の海底、というのがあった。
『まあ! 研究所って残っていたの?』
『私も知りませんでした』
 ベアトリクスとカーティスも驚いたようだ。
『そうなの? 皆知らなかったの?』
『私は研究所がどうなったのか知っているから、探そうと思わなかったのよ』
 ベアトリクスが声を落とす。
「どうなった、とは?」
 サリヤが聞くと、『ごめんなさい。旧文明の滅亡の話だから』とベアトリクスは口をつぐんだ。
 飛行機は皆その話をしない。何十年も前のことだが、しつこく尋ねた研究者が魔法で凍らされた逸話もある。
「そうか。……それで、その遺跡が潮の流れに影響しているのか?」
 ミクラが何か言う前に、サリヤは懸命にも話題を変えてくれた。
『人間が近づけないようにする魔法がかかってるんだよー。だから生きたまま沈んだら、どっかに飛ばされちゃうと思う』
「は? 人を飛ばす?」
 ミクラは呆然と繰り返した。
 飛行機もそんな魔法は使わないし、他の遺跡でも聞いたことがない。
『オフィーリアは人嫌いだからさー。知らない人は近づけないようにしてたの。あの魔法、たぶんまだ残ってるよ』
「オフィーリア? その遺跡に眠る飛行機か?」
『違う違う。飛行機じゃないよ。オフィーリアは希代の魔法使いで、世紀の大発明『飛行機』を作った魔法機械工学博士だよ』
『その口上、懐かしいです』
『ふふふ、よく自分で言っていたわねぇ』
 ラファエルの説明に、カーティスやベアトリクスも雰囲気を柔らかくする。
「童話に出てくる『飛行機の魔女』……?」
「ああ!」
 サリヤのつぶやきに、ミクラも手を打つ。
 古文書に飛行機を作り出した魔法使いの話があり、それは子ども向けの童話になっている。独りぼっちの魔女が友だちがほしくて飛行機を作る話だ。
 ベアトリクスの復活から始まり、もう一機のエフ種ラファエル、海底の『研究所』、『飛行機の魔女』……と、ここに来て一気に旧文明の研究が進展しそうだ。研究者が狂喜乱舞するのが目に見える。
「オフィーリアのことは、禁忌ではないのか? 話してもいいなら、今度、研究者に教えてあげてほしい」
『オッケー!』
 ラファエルは快諾してくれた。他の二機も反対しないから、問題ないのだろう。
 ミクラはふと思い出す。
「もしかして、ジィーネが助かったのも、その遺跡の魔法のおかげか?」
『ジィーネってあのノーファクター、じゃなかった森の民の女の人?』
「そうだ。彼女も海に沈んでしまったが、浜に打ち上げられて助かったらしい」
『ふーん。それなら、遺跡のおかげかもねー』
『オフィーリアは人嫌いだけどお人よしだったから、結界に触れた人が『かろうじて生きてる』状態だったら、外に飛ばすついでに『具合が悪いけど死ぬほどではない』くらいまで回復するように魔法を組んであげてたと思うわ』
 ベアトリクスも肯定する。
 ――この一連のやりとりで、ロビンがキータである可能性が上がることになった。
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