王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

飛行騎士団の交流会

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 飛行騎士団の基地の上空には五機の飛行機が飛んでいた。
 赤、青、黄、緑、そして白。
 まず、赤い飛行機ルイーズが上空に向けて、火の玉を飛ばす。十分上がったところでぶわりと火は大きく燃え上がった。
 派手な炎に、地上の観客からは歓声や悲鳴が上がった。
 ルイーズが出した炎を、青い飛行機ナディアが霧で覆って消す。それからナディアは虹を作った。
 虹が消えないうちに、黄色の飛行機オリヴァーと白い飛行機ベアトリクスが色とりどりの小さな花を出す。
 その花を緑の飛行機マルヴィナが旋風で巻き上げてから、ふわりと散らした。
 花は観客の上に降り注いだ。
 わぁっと皆が沸き立ち、落ちてくる花を捕まえようとする者や飛行機に手を振る者もいる。
 五機の飛行機はぐるっと空を旋回してから、順番に滑走路に降りた。
『大成功ね!』
 ベアトリクスがうれしそうに身体を揺らす。
「そうだな。皆楽しんでくれたようで良かった」
 最初に提案したのはサリヤだが、どんな魔法を使うかを考えたのはベアトリクスだった。
 ベアトリクスは準備段階からはりきっていて、当日一緒に飛ぶ飛行機と予行練習をしたりもした。
 ――今日は飛行騎士団の交流会だ。
 年に一度のイベントで、運動場と滑走路を解放して市民を迎え、飛行機を騎士が紹介したり、宿舎の食堂の料理人が屋台を出したりする。
 ベールルーベ王国の国民であれば誰でも入れるため、王都以外からも人が集まるらしい。
 例年は飛行機が飛んだり魔法を披露したりすることはなかったそうだ。

 団長室で交流会の話を初めて聞いたとき、サリヤは驚きの声を上げた。
「え、飛行機は飛ばないのか? もったいないな。エリアンダリエ王国では式典で飛行機が空を飛んで魔法を披露するのだそうだ。そういうことをやってみたらどうだろうか?」
「ああ。夜会でもサリヤは言っていたな」
「人がいるところで魔法を使うことなんて滅多にないから、皆見たことがないわよね」
 マーナベーナも同意する。
 サリヤは団長補佐という役職に就いた。そして、マーナベーナはサリヤの副官となった。勝手に縁談などを進められないように、彼女の実家にも飛行騎士団長や国王の署名のある正式な辞令を送ってある。今のところ実家からの反応はないそうだ。
「いいんじゃないですか。今年はベアトリクスがいますから、人出が増えると思います。屋台の料理も増やしましょう。今年の売り上げは例年以上に期待できそうです」
 ルッボーも賛成したため、飛行機の魔法披露が決まった。
 ロビンの件が解決していないため、ミクラがサリヤの参加を渋ったのだが、ベアトリクスが彼に猛反対した。結局、マガリを側につけてベアトリクスから離れないことを条件にサリヤの参加は認められた。
 ラファエルはまだ西基地で待機している。
 ロビンがギィダスではないとミクラから聞いた後日、捕まったギィダスの聴取の結果をサリヤも教えてもらった。
「そのマニスって人もどうかと思うわ。友だちの恋人を盗ったわけでしょ」
 団長室で一緒に聞いていたマーナベーナが憤慨する。
「妻よりも素敵だとか、誰かと比較して褒められるほうがうれしいって人もいますからね」
 ルッボーがそう言って肩をすくめる。
 マーナベーナは「そうね」と納得したが、サリヤは「そんな人がいるのか」と驚く。
 同じく驚き顔のミクラを見たルッボーが、
「あなたがた二人はずっと理解できないままでいてください」
 と、珍しく目元を緩めた。
「カメイがキータの顔を知っている者を連れてきてくれるから、ロビンのことはそれからだな」
 そう言うミクラに、サリヤは尋ねる。
「もしロビンがキータだったら、どうするんだ?」
「メデスディスメ王国に引き渡すことになる」
「ラファエルは大人しく騎士を手放すだろうか……」
 サリヤが懸念を示すと、ミクラも腕を組んで唸った。
「あー、それがあったか……」
 結局、そのときになってみないとわからない、と棚上げしたのだ。

『ねぇ、サリヤ。エドリーンが揉めているわ』
 ベアトリクスに教えられて、サリヤは辺りを見回す。
「え? どこだ?」
『マルヴィナのところよ』
 滑走路に並んだ飛行機を騎士が紹介する時間だった。
 午前と午後で交代制になっていて、ベアトリクスとサリヤは午前の担当だ。
 予想はできたが、ベアトリクスは一番人気だ。人が押し寄せないように、客に列を作ってもらって一人一人対応していた。
 今もサリヤの前には、顔を輝かせてベアトリクスを見上げる少年がいる。
 マルヴィナは見つけたが、エドリーンの様子は隠れて見えない。
 駆け付けたいがここを離れるわけにはいかない、と思ったとき、午後の担当の騎士アラーイが走ってきた。
「サリヤ、急ぎってなんだ?」
「え? 急ぎ?」
「ベアトリクスで呼んだだろ」
 ベアトリクスが気を利かせてくれたようだ。
「あ! ああ、ありがとう、ベアトリクス。アラーイも」
『サリヤのためなら当然よ!』
 サリヤはアラーイに「ちょっとここでベアトリクスを紹介していてほしい」と押し付けると、彼の返答も聞かないまま、マルヴィナのもとへ駆けだした。
 近くに控えて護衛をしていたマガリが慌てて、「殿下!」と追いかけてくる。
 マルヴィナはベアトリクスとそれほど離れていなかったため、マガリに説明する前に着いた。
「だから、あたしはもう飛行騎士は辞めるって言ってるの!」
「なんでだよ!」
「仕立て屋になりたいからよ!」
「はぁ? 飛行騎士になれたのになんで仕立て屋になるんだよ?」
 エドリーンが言い争っている相手は、話の内容からすると彼女の兄だろう。
 サリヤは「エドリーン! どうした?」と声をかけるが、二人ともこちらを見もしない。
「飛行騎士になりたいのは兄さんでしょ!」
「俺はっ! 俺はもう飛行騎士にはなれないんだよ!」
「だからってなんで、あたしが飛行騎士にならないといけないのよ? おかしいじゃない!」
 サリヤは二人の間に割り込み、
「落ち着いてくれ」
 と、無理やり止めた。
「サリヤ……」
 エドリーンを振り返ってサリヤはうなずく。
 サリヤは彼女の横に立って、兄に相対した。
「はじめまして。私はサリヤと言う。エドリーンとは宿舎の同室なんだ」
「飛行機の女王の騎士の……?」
「ああ、そうだ」
 サリヤが肯定すると、兄の顔は複雑に歪んだ。
「エドリーンが騎士になった経緯は聞いている。彼女が仕立て屋になりたいことも」
「あんたは妹が騎士を辞めるのに賛成なのか?」
「もちろんだ」
「なんでだよ? せっかく飛行騎士になれたのに、どうして仕立て屋なんかになろうとするんだ」
「それは簡単なことだ。――エドリーンの夢が仕立て屋だからだ」
 隣でエドリーンが何度もうなずいた。
 サリヤは兄をまっすぐに見上げる。
「先ほどから彼女も言っているが、飛行騎士になりたいのはあなただろう? 幼いころのあなたが飛行騎士になる夢を語っていたとき、エドリーンは何になりたいと言っていた?」
「それは……」
「エドリーンは夢を叶えるべく、仕立て屋で見習いを始めた。そこで彼女の夢を取り上げたのは誰だ?」
「っ……」
「エドリーンはあなたの希望を優先して自分の夢を一度はあきらめたんだ。その彼女がもう一度仕立て屋になりたいと言っている。それを止める権利があなたにあるのか?」
「…………」
 黙ってしまった兄に、サリヤは少し口調を緩める。
「あなたは飛行機が好きなんだよな? 飛行騎士団には整備士や料理人など、騎士以外の職業もあるが、それを目指そうとは思わなかったのか?」
「俺は空が飛びたくて……」
「閉所がだめなら、整備士になって、ガラスの覆いを閉めなくても安全に飛べる鞍を開発すればいいのに。そうしたらまた飛べるだろう?」
「え……?」
 兄はぽかんとサリヤを見た。
「でも、ガラスがないと風が強いから……」
 彼は言い訳のようにそう言う。
「それは風魔法でどうにかなるのでは? 幸いマルヴィナは風属性だ」
 サリヤがマルヴィナを振り返ると、同時にエドリーンが回答を促す。
「マルヴィナ?」
『可能です』
 その返答は、いつもよりもきっぱりした口調に感じた。
 マルヴィナはディー種で、エフ種のベアトリクスやイー種のカーティスより感情表現は少ない。しかし、ベアトリクスの話では、マルヴィナは兄の代わりのようにエドリーンを選んでしまったことを負い目に感じているらしい。エドリーンが仕立て屋になるために騎士を辞めるのを、マルヴィナは承諾してくれると思う。
「マルヴィナは可能だって言ってるわ」
 エドリーンがそう伝えると、兄はマルヴィナを見上げた。
「マルヴィナ、俺はできることならまたお前に乗って空を飛びたいんだ」
『私もそうなればうれしいです』
 マルヴィナは身体を揺らし、ほわんと緑の光を放った。
「マルヴィナも、そうなればうれしいって」
 エドリーンが通訳する。
「マルヴィナ……! ありがとう!」
 兄はマルヴィナの鼻先に抱きついた。
 それを見たエドリーンがサリヤに耳打ちした。
「あのね、兄はマルヴィナに恋してる感じなのよ……。ちょっとあれだけど、気にしないで」
「なるほど……」
 なんとなくサリヤにもわかる。
「それじゃ、あたしは飛行騎士を辞めるけど、文句はないわね?」
 マルヴィナに抱きつく兄に、エドリーンが宣言する。
「あたしは着たまま飛行機に乗れるドレスを作るわ。だから、兄さんはドレスを着たまま乗れる鞍も作りなさいよ」
「ああ、それはいいな」
 サリヤも手を叩いた。

 こうして、エドリーンは飛行騎士を辞めることになった。
 エドリーンの兄は整備士になった。彼は鞍を開発しないと騎士に復帰できないため、エドリーンはマルヴィナの非常勤騎士になった。だから、ときどきは騎士団にやってくる。
 引き継ぎ期間を終えたあと、エドリーンが退団する日。
 サリヤはエドリーンから、衿に刺繍の入ったブラウスをもらった。
「ヒルカ様に、サリヤの普段着を見立ててほしいって頼まれてたのよ」
「ありがとう。大切にする」
 サリヤはブラウスを抱きしめた。
「ちゃんと着なさいよ。また作るから、今度は買ってよね」
「ああ、わかった」
 サリヤは苦笑しつつ、うなずいた。
「前に見習いをしていた仕立て屋でまた雇ってもらえることになったの」
「そうか! 良かったな」
「サリヤのおかげね! ありがと」
 エドリーンはサリヤの手を握る。
「着たまま飛行機に乗れるドレス、期待しててね」
 彼女の満面の笑みを、サリヤは初めて見たかもしれなかった。
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