王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

披露目の夜会、社交

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 王太子が先に会場を後にし、国王夫妻が離れると、サリヤたちは貴族に囲まれた。
 王家の意向を把握している高位貴族や、ベアトリクスの価値を知っている軍関係者はサリヤに比較的好意的だった。
 それから、広い農地を持っている南部の貴族も、メデスディスメ王国との国交樹立を歓迎していた。――というのも、メデスディスメのほうが北に位置しているため、農作物はベールルーベのほうが多く収穫できる。今回の国交は貿易が中心で、輸出品はおそらく農産物になると予測できた。
 また、ミュリースリーユの港を擁する領地を持つ伯爵からも、サリヤは感謝された。エリアンダリエ王国との話し合いで、こちらも貿易協定が結ばれることがほぼ決まったからだ。エリアンダリエ王国との貿易はミュリースリーユ港を経由するため、さらなる発展が見込まれるというわけだ。
 シャーサ王妃を乗せたエリアンダリエ王国の船は、メデスディスメ王国からの帰路にまたミュリースリーユ港に寄港する予定だ。そのときに、再び会談が開かれることになっている。
 一方、サリヤを歓迎していない貴族は、北部の貴族に多かった。北部はメデスディスメの脅威にさらされてきた土地だから、当然といえば当然だ。
「降り続いていた雨が止んで残念でしたね」
 メデスディスメとベールルーベを結ぶ橋がある領地のモリノス伯爵がそう言った。彼の領地には、飛行騎士団の北基地もある。
「雨が止んで残念? せっかくの夜会だから降らなくて良かったと思うが?」
 サリヤが首をかしげると、モリノス伯爵は口元をゆがめて、
「メデスディスメと和平が成立したのですから、飛行機は災害救助くらいでしか活躍できないでしょう。長雨があれば、川の決壊や山崩れなどで活躍の場もありましたのに」
「国民が危険にさらされたときしか活躍の機会がないなら、飛行機はずっと活躍しないでいいと思う」
 サリヤはそう否定してから、雨が心配になった。
「長雨か……。確かに最近は続いていたな。危険な地域は事前に見回るべきだろうか。……団長、今はそういう任務はないのですか?」
 傍らのミクラを見上げると、彼は「今のところはない」と首を振った。
「国土省ではやっていると思うが、飛行騎士団は関わっていない。依頼があれば見回るが、現状は依頼がない」
「こちらから提案することは可能でしょうか?」
「そうだな、ルッボーも交えて今度素案をまとめるか。……サリヤ、ほら」
 ミクラはサリヤの肩に手を添えて、前に向きなおさせる。モリノス伯爵に気づいて、サリヤは慌てた。
「伯爵、話の途中ですまない」
「え、……いえ」
「ええと、飛行機の活躍の場だな。情勢が変わるなら騎士団の任務も合わせて変えていくのがいいと思う。メデスディスメでは飛行機の数が少なくて連絡手段にするのは難しかった。だから、鞍を二人乗りにして人の輸送を始めてはどうかと提案してきたんだ」
「殿下が提案を?」
 戸惑った様子の伯爵に、サリヤは「ああ。メデスディスメでは飛行騎士団が軽視されていたからな」と説明する。
「エリアンダリエでは式典で飛行機が空を飛ぶ、と彼の国の王妃殿下から聞いた。飛行機で雲を描いたり花を撒いたりするのは、素敵だと私も思う。ベアトリクス――エフ種最上位の飛行機はおそらくそういう魔法が好きだろうから、飛行機も喜ぶ」
「喜ぶ? 飛行機がですか?」
「それはもちろん。魔法の属性や得意不得意もあるが、好みも皆違うぞ」
 サリヤが胸を張ると、伯爵は「はあ……」と気の抜けた返事をした。ミクラが「くっ」と笑う。
「モリノス伯爵、サリヤは飛行騎士なんだ。飛行騎士に選ばれるのがどういう人間か、北基地を身近に知っている伯爵ならわかるだろう?」
「基地は身近ですが、私は飛行機の個性を見分けられるほどではありませんよ。……ただ、飛行機に選ばれる名誉は理解できます」
「飛行機は騎士を地位や肩書では選ばない」
「騎士になって得るのは名誉ではないと?」
 ミクラと伯爵のやりとりに、サリヤは口を開く。
「私はベアトリクスの騎士になって、友人や家族を得たと思う」
「俺は自信か? 居場所かもしれん」
 ミクラもそう言う。サリヤが彼を見上げると、笑顔が返ってきた。
 モリノス伯爵は、軽く肩をすくめた。
「飛行騎士と飛行機の関係性は私にはわかりませんが、王女殿下が単なるお姫様でないことは理解しました」
「ああ、この口調か? 申し訳ない。王子時代が長かったもので」
 サリヤが言い訳すると、伯爵は一瞬虚をつかれたような顔をした。そして、ふっと目元を緩めた。
「メデスディスメ王国と良い関係が続くことを祈ります」
「伯爵、祈るだけじゃなくて協力してくれ。私も努力する。よろしく頼む」
 サリヤが頭を下げると、伯爵は今度は声に出して笑った。
「承知いたしました」

 見知った顔からも挨拶を受けた。
 ヤーロッテとタルマーキは、友人の令嬢を数人連れて現れた。
 見習いを卒業したことを祝われ、次回はぜひ騎士団の正装で参加してほしいと頼まれた。
 最終的には、ダンスの約束までしていた。
「また今度お茶会をいたしましょうね」
 楽しそうに去っていく令嬢たちを見送る。
 最初の挨拶以外はほとんど蚊帳の外だったミクラは、「サリヤは人気者だな」と笑っていた。
 それから、騎士団の貴族籍の団員もやってきた。
 西基地から戻ったばかりのナガタと、マーナベーナだ。
 ナガタはミクラと同じく騎士団の正装だったが、マーナベーナはドレス姿だった。
「サリヤ、そのドレス、よく似合っているわ」
「マーナベーナも、素敵だ」
 彼女のドレスは、青から群青のグラデーションに染められたスカートが美しい。
「マーナベーナはダンスはしないのか?」
「定番曲しか覚えていないわ。サリヤはどちらのパートも踊れるのね。驚いたわ、王妃殿下と……」
 そこで不自然にマーナベーナのセリフが途切れた。何があったのかと彼女の視線を辿ると、中年の男性がこちらにやってきたところだった。
「お父様……」
 マーナベーナがそうつぶやいた。
 男性は慇懃に礼をすると、
「閣下、ご無沙汰しております」
「オーバラ男爵、久しぶりだな」
「王女殿下、初めまして。オーバラと申します」
「初めまして。メデスディスメ王国王女のサリヤだ」
 オーバラ男爵は、マーナベーナに目をやってから、ミクラを見た。
「閣下はうちの娘と結婚してくださると、私は思っていたのですがね」
「お父様!?」
「男爵。その話はあとで改めて」
「オーバラ男爵、私も少し聞いている」
 サリヤがそう切り出すと、その場の皆がこちらに振り向いた。
「男爵には申し訳ないが、団長の婚約者の座は譲れない。マーナベーナがどうしてもというなら、飛行機で受けて立つ」
 ナガタが「そんな圧倒的な戦力差で」と吹き出す。
「まあ、反則に近いが、そのくらいしても守りたい地位だと思ってもらえれば」
「私は団長と結婚したいなんて思っていないわよ!」
「それは知ってるが、決意表明のようなものだ」
 サリヤが言い切ると、ナガタがまた「男前!」と笑う。
 少し照れた様子のミクラが、オーバラ男爵に、
「あー、サリヤが知っているなら、ここで話すが……。俺とマーナベーナの話はあくまで噂だ。彼女とは仕事上の付き合いしかない。夜会のエスコートすらしたことがない」
「そうよ。お父様。単なる噂なのよ」
 ミクラとマーナベーナに言われて、男爵は納得したのかしていないのか「ふんっ」と鼻息を吐く。
「だったら、マーナベーナ。お前は騎士をやめて家に帰って来い。嫁ぎ先はこちらで探してやる」
「それは困る」
 またサリヤが口を挟むと、男爵は顔を赤くしてこちらを見た。怒りたいけれど、身分を考えて怒れないというところか。
「マーナベーナは騎士団に必要な人だ。私にも必要だ。辞めてもらっては困る」
「団長の俺からも、マーナベーナは団に必要だと断言する」
 ミクラの援護もあったからか、男爵は反論せずにマーナベーナを睨んだ。
「私は飛行騎士を辞めないわ」
「今度の長期休みは帰ってくるように」
 それから、ミクラに礼をして踵を返した。
「団長、サリヤも、申し訳ありません。父が失礼をいたしました」
 マーナベーナが頭を下げた。サリヤは「あなたが謝ることじゃないだろう」と、彼女の腕に手を添えて起こす。
「お父上はマーナベーナの結婚がよほど気がかりなのだな」
「父は私が結婚しないことより、飛行騎士でいるのが気に入らないのよ。団長と結婚したところで、公爵夫人になるのだから騎士はやめろって言ったと思うわ。ハヤシさんと婚約したときも揉めたもの」
「そうなのか? 確か男爵の領地に西基地があるのだろう? 身内から飛行騎士が出るのは良いことではないのか?」
 サリヤが聞くと、マーナベーナは首を振った。
「父は飛行騎士になりたかったけれど、どの飛行機からも選ばれなかったの。……エドリーンのお兄様と逆なのよ。自分が手にできなかったものを娘が手にしているのが妬ましい。さっさと取り上げたい……そんな感じね」
 エドリーンの兄は、飛行騎士になったが体質的に続けられなくなり、妹のエドリーンに夢を託した。エドリーンにとっては、兄や家族の期待が重荷のようだが。
 マーナベーナの話はミクラもナガタも知らなかったのか、神妙な顔をしている。
「サリヤの副官にマーナベーナをつけたらどうだ? 役職がつけばまた違ってくるかもしれないぞ」
 ナガタがミクラに提案する。
「そうだな、考えてみる」
 ミクラもうなずいたのだった。
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