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第二部
ノーファクター
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「おはよう。ベアトリクス」
『おはよう、サリヤ!』
厩舎に入ったサリヤはベアトリクスに挨拶をしてから、雨具を片付ける。王都に帰る予定の今日は雨だった。
「雨だが、王都まで飛ぶのは大丈夫か?」
飛行機は雨でも飛べる。訓練で雨天に飛んだこともあるが、サリヤは心配してしまう。
『もちろんよ! 任せてちょうだい!』
「よろしく頼む」
ミクラと一緒に帰るため、サリヤは彼が来るのを待つ。
「そういえば、ラファエル。ロビンの身内かもしれない人が訪ねて来たのは聞いたか?」
サリヤは遠ざけられているため会ってはいないが、ミクラから話は聞いている。
『あー、ちょっとだけ聞いたよー。まだはっきりとそうだって言えないんでしょ?』
「ああ、その通りだ」
『なんだっけ? ギィダス?』
「そう。森の民だそうだ」
王子時代に外交の勉強で読んだ本に出てきたため、森の民についての概要はサリヤも知っていた。詳細はまた妃教育で習うことになる。
『森の民って? えっーと、最新情報の中にあったっけ? そうそう、これだ』
『ラファエル、あなた、飛べなくて暇なんだから一通り目を通しておきなさいよ』
ベアトリクスもかなり自由なのにラファエルはその上を行くマイペースで、ベアトリクスのほうが注意しているのがおかしく、サリヤはくすりと笑う。
『あれ? 森の民ってノーファクターが先祖なの? ロビンは魔力があるよ?』
『あら? そうよね。カーティス、何か知ってる?』
『いいえ。私は森の民に会ったことがありません』
『私もないわ』
飛行機三機が首をかしげる。
「その『ノーファクター』だと魔力がないのか?」
サリヤが聞くと、ベアトリクスは、
『旧文明のころはね』
「森の民に魔力がないなら、ロビンはギィダスではないことになるな……」
『待って、他の二機にも聞いてみるわ』
ベアトリクスは、ナガタとヨリノールの飛行機にも声をかけた。そのやりとりはサリヤには聞こえなかったが、どうやら彼らも森の民に魔力があるか知らなかったようだ。
『ミクラに連絡します』
カーティスがそう言ってから少し待つと、ミクラが厩舎にやって来た。
「サリヤ、どういうことだ?」
「私も聞いただけですが、森の民は旧文明で魔力がなかった『ノーファクター』と呼ばれる人たちが祖先なのだそうです。でもロビンには魔力があるので、皆で戸惑っていたところです」
「ノーファクター? 初めて聞くな」
『魔法使いの因子がない人々です』
カーティスが説明する。
「その因子が魔力なのか?」
『はい。ですが、現代の人間は魔力があっても魔法は使えないので、旧文明と同じには分類できません』
サリヤたちが「なるほど」とうなずく横で、ラファエルが、
『ねえー、僕たちは誰も森の民に会ったことがないからわからないだけなんだよー。そのロビンの家族って人も森の民なんでしょ? その人ここに連れてきてよー』
『そうよね。そうしたら早いじゃない!』
ベアトリクスも賛同すると、ミクラは髪をかきあげる。
「だよなぁ。そうなるよな。――カーティス、ナガタに連絡してジィーネを厩舎に連れてきてもらってくれ。理由は、そうだなぁ、ロビンの飛行機を紹介するってことにしてくれ。ナガタにはあとで改めて説明する」
『承知しました』
「ジィーネと言うのがロビンの身内かもしれない人だ。彼女に魔力があってもなくても、ロビンにはまだ黙っているように。ジィーネの話は伝えたんだが、思い出すことはないようでな、無理に思い出すのも良くないらしいから、余計なことを言ってロビンに負担をかけないように! いいな?」
『はーい!』
『わかったわよ』
それから、ミクラはサリヤを持ち上げ、ベアトリクスの翼に乗せる。
「うわっ! 団長!」
「サリヤはベアトリクスの鞍に隠れているように。頭も下げておいてくれ」
真剣な表情にサリヤは抗議を呑み込んで、了承を返す。
ベアトリクスが鞍のガラスを閉めて、『ちょうどいい魔法があるわ』と、中からは見えるけれど外からは見えなくなる魔法をガラスにかけてくれた。土魔法の応用らしい。中にいるサリヤは普通のガラスに見えているが外にいるミクラからは鏡のように周囲が映って見えているそうだ。
ちょうど整ったところでナガタがジィーネを連れてやってきた。
ジィーネは黒髪を簡単に束ねて、騎士団の下働きのお仕着せを身につけていた。キョロキョロと中を見回し、飛行機に気づくとびくっと身をこわばらせた。
「ひっ、飛行機がこんなにたくさん……!」
「突然呼び出してすまない。森の民は飛行機に近づかないと聞いているが、ロビン――ギィダスの飛行機に紹介したくてな。大丈夫か?」
ミクラが言うと、ジィーネは「は、はい」と首を縦に振る。
サリヤから見てもかわいそうなくらい緊張しているようだ。
「飛行機に近寄っても、神の教えに背くとかではなかったよな?」
「はい、そういうことはありません。それにもう、私は森から出たので……」
「そうか、問題ないなら、こちらに来てくれ。この飛行機が、ロビンと絆を結んだラファエルだ」
『はじめましてー。ラファエルだよー』
ジィーネには聞こえないが、ラファエルは挨拶をした。同時にラファエルが身体を揺らして、ほんのり青く光らせると、ジィーネは「ひぃ……」と小さな悲鳴を上げた。
『魔力はあるわね』
『ええ、ありますね』
『うん。ジィーネにもあるよー』
大きな三機が一斉に揺れたから、ジィーネはまた悲鳴を上げた。
『ミクラ。かわいそうだから、帰してあげなさいよ』
ベアトリクスがため息をついた。
ミクラは「ありがとう。すまなかったな」と、ジィーネを解放する。ナガタはまた彼女に付き添って出て行った。
「あんなに怖がるなんて、どんな教えなんだろうか」
『私たちにはわからないわ』
ナガタはすぐに戻ってきた。サリヤも鞍から降りる。
ミクラがナガタに説明して、飛行機たちを見上げる。
「森の民にも魔力がある、でいいか?」
『全員見たわけじゃないから。正確には、ロビンとジィーネにはある、よ』
ベアトリクスが訂正する。
「魔力あるなしで、ロビンがギィダスか判断することはできないってわけだな」
そのナガタの言葉に、サリヤはラファエルを振り返った。
「ロビンと絆を結んだときや、顔を合わせたとき、彼は飛行機を怖がらなかったのか?」
『うん。別に。驚いてたけど、さっきのジィーネみたいじゃなかったよ』
ロビンが森の民だったら、記憶がないから飛行機が怖くなかった?
ジィーネとギィダスでは、始めから飛行機への恐怖心が違っていた?
それとも、ロビンは森の民じゃないから怖くなかった?
「そういえば聞いていなかったが、なんて言って絆を結んだんだ?」
ミクラが聞くとラファエルは、
『岩場に打ち上げられたロビンが、誰かいないか、助けてくれ、って言ってたから、僕の騎士になってくれたら助けられるかもしれないよーって言ったんだよ!』
無邪気な答えに騎士三人が顔を見合わせる。
「交換条件というか、ほとんど脅しだな……」
「さすがエフ種。サリヤの経緯もあれだが、ロビンもか……」
「私は絆を結んでもらわなかったら死んでいただろうから、不満はない」
「いや、そもそも、二人とも命の危機って時点でどうなんだ?」
「それは面目ない。問題なのはエフ種じゃなくてエフ種の騎士だな」
『聞こえてるんだからね! サリヤに問題なんてないわよ』
「わかっている。ありがとう、ベアトリクス」
話が逸れかけたところで、ミクラがまとめた。
「ナガタ、念のためロビンの意思確認をしてくれ」
――いろいろな問題を残し、サリヤたちは西基地を後にしたのだった。
『おはよう、サリヤ!』
厩舎に入ったサリヤはベアトリクスに挨拶をしてから、雨具を片付ける。王都に帰る予定の今日は雨だった。
「雨だが、王都まで飛ぶのは大丈夫か?」
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『あら? そうよね。カーティス、何か知ってる?』
『いいえ。私は森の民に会ったことがありません』
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飛行機三機が首をかしげる。
「その『ノーファクター』だと魔力がないのか?」
サリヤが聞くと、ベアトリクスは、
『旧文明のころはね』
「森の民に魔力がないなら、ロビンはギィダスではないことになるな……」
『待って、他の二機にも聞いてみるわ』
ベアトリクスは、ナガタとヨリノールの飛行機にも声をかけた。そのやりとりはサリヤには聞こえなかったが、どうやら彼らも森の民に魔力があるか知らなかったようだ。
『ミクラに連絡します』
カーティスがそう言ってから少し待つと、ミクラが厩舎にやって来た。
「サリヤ、どういうことだ?」
「私も聞いただけですが、森の民は旧文明で魔力がなかった『ノーファクター』と呼ばれる人たちが祖先なのだそうです。でもロビンには魔力があるので、皆で戸惑っていたところです」
「ノーファクター? 初めて聞くな」
『魔法使いの因子がない人々です』
カーティスが説明する。
「その因子が魔力なのか?」
『はい。ですが、現代の人間は魔力があっても魔法は使えないので、旧文明と同じには分類できません』
サリヤたちが「なるほど」とうなずく横で、ラファエルが、
『ねえー、僕たちは誰も森の民に会ったことがないからわからないだけなんだよー。そのロビンの家族って人も森の民なんでしょ? その人ここに連れてきてよー』
『そうよね。そうしたら早いじゃない!』
ベアトリクスも賛同すると、ミクラは髪をかきあげる。
「だよなぁ。そうなるよな。――カーティス、ナガタに連絡してジィーネを厩舎に連れてきてもらってくれ。理由は、そうだなぁ、ロビンの飛行機を紹介するってことにしてくれ。ナガタにはあとで改めて説明する」
『承知しました』
「ジィーネと言うのがロビンの身内かもしれない人だ。彼女に魔力があってもなくても、ロビンにはまだ黙っているように。ジィーネの話は伝えたんだが、思い出すことはないようでな、無理に思い出すのも良くないらしいから、余計なことを言ってロビンに負担をかけないように! いいな?」
『はーい!』
『わかったわよ』
それから、ミクラはサリヤを持ち上げ、ベアトリクスの翼に乗せる。
「うわっ! 団長!」
「サリヤはベアトリクスの鞍に隠れているように。頭も下げておいてくれ」
真剣な表情にサリヤは抗議を呑み込んで、了承を返す。
ベアトリクスが鞍のガラスを閉めて、『ちょうどいい魔法があるわ』と、中からは見えるけれど外からは見えなくなる魔法をガラスにかけてくれた。土魔法の応用らしい。中にいるサリヤは普通のガラスに見えているが外にいるミクラからは鏡のように周囲が映って見えているそうだ。
ちょうど整ったところでナガタがジィーネを連れてやってきた。
ジィーネは黒髪を簡単に束ねて、騎士団の下働きのお仕着せを身につけていた。キョロキョロと中を見回し、飛行機に気づくとびくっと身をこわばらせた。
「ひっ、飛行機がこんなにたくさん……!」
「突然呼び出してすまない。森の民は飛行機に近づかないと聞いているが、ロビン――ギィダスの飛行機に紹介したくてな。大丈夫か?」
ミクラが言うと、ジィーネは「は、はい」と首を縦に振る。
サリヤから見てもかわいそうなくらい緊張しているようだ。
「飛行機に近寄っても、神の教えに背くとかではなかったよな?」
「はい、そういうことはありません。それにもう、私は森から出たので……」
「そうか、問題ないなら、こちらに来てくれ。この飛行機が、ロビンと絆を結んだラファエルだ」
『はじめましてー。ラファエルだよー』
ジィーネには聞こえないが、ラファエルは挨拶をした。同時にラファエルが身体を揺らして、ほんのり青く光らせると、ジィーネは「ひぃ……」と小さな悲鳴を上げた。
『魔力はあるわね』
『ええ、ありますね』
『うん。ジィーネにもあるよー』
大きな三機が一斉に揺れたから、ジィーネはまた悲鳴を上げた。
『ミクラ。かわいそうだから、帰してあげなさいよ』
ベアトリクスがため息をついた。
ミクラは「ありがとう。すまなかったな」と、ジィーネを解放する。ナガタはまた彼女に付き添って出て行った。
「あんなに怖がるなんて、どんな教えなんだろうか」
『私たちにはわからないわ』
ナガタはすぐに戻ってきた。サリヤも鞍から降りる。
ミクラがナガタに説明して、飛行機たちを見上げる。
「森の民にも魔力がある、でいいか?」
『全員見たわけじゃないから。正確には、ロビンとジィーネにはある、よ』
ベアトリクスが訂正する。
「魔力あるなしで、ロビンがギィダスか判断することはできないってわけだな」
そのナガタの言葉に、サリヤはラファエルを振り返った。
「ロビンと絆を結んだときや、顔を合わせたとき、彼は飛行機を怖がらなかったのか?」
『うん。別に。驚いてたけど、さっきのジィーネみたいじゃなかったよ』
ロビンが森の民だったら、記憶がないから飛行機が怖くなかった?
ジィーネとギィダスでは、始めから飛行機への恐怖心が違っていた?
それとも、ロビンは森の民じゃないから怖くなかった?
「そういえば聞いていなかったが、なんて言って絆を結んだんだ?」
ミクラが聞くとラファエルは、
『岩場に打ち上げられたロビンが、誰かいないか、助けてくれ、って言ってたから、僕の騎士になってくれたら助けられるかもしれないよーって言ったんだよ!』
無邪気な答えに騎士三人が顔を見合わせる。
「交換条件というか、ほとんど脅しだな……」
「さすがエフ種。サリヤの経緯もあれだが、ロビンもか……」
「私は絆を結んでもらわなかったら死んでいただろうから、不満はない」
「いや、そもそも、二人とも命の危機って時点でどうなんだ?」
「それは面目ない。問題なのはエフ種じゃなくてエフ種の騎士だな」
『聞こえてるんだからね! サリヤに問題なんてないわよ』
「わかっている。ありがとう、ベアトリクス」
話が逸れかけたところで、ミクラがまとめた。
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