王国の飛行騎士

神田柊子

文字の大きさ
上 下
56 / 69
第二部

ノーファクター

しおりを挟む
「おはよう。ベアトリクス」
『おはよう、サリヤ!』
 厩舎に入ったサリヤはベアトリクスに挨拶をしてから、雨具を片付ける。王都に帰る予定の今日は雨だった。
「雨だが、王都まで飛ぶのは大丈夫か?」
 飛行機は雨でも飛べる。訓練で雨天に飛んだこともあるが、サリヤは心配してしまう。
『もちろんよ! 任せてちょうだい!』
「よろしく頼む」
 ミクラと一緒に帰るため、サリヤは彼が来るのを待つ。
「そういえば、ラファエル。ロビンの身内かもしれない人が訪ねて来たのは聞いたか?」
 サリヤは遠ざけられているため会ってはいないが、ミクラから話は聞いている。
『あー、ちょっとだけ聞いたよー。まだはっきりとそうだって言えないんでしょ?』
「ああ、その通りだ」
『なんだっけ? ギィダス?』
「そう。森の民だそうだ」
 王子時代に外交の勉強で読んだ本に出てきたため、森の民についての概要はサリヤも知っていた。詳細はまた妃教育で習うことになる。
『森の民って? えっーと、最新情報の中にあったっけ? そうそう、これだ』
『ラファエル、あなた、飛べなくて暇なんだから一通り目を通しておきなさいよ』
 ベアトリクスもかなり自由なのにラファエルはその上を行くマイペースで、ベアトリクスのほうが注意しているのがおかしく、サリヤはくすりと笑う。
『あれ? 森の民ってノーファクターが先祖なの? ロビンは魔力があるよ?』
『あら? そうよね。カーティス、何か知ってる?』
『いいえ。私は森の民に会ったことがありません』
『私もないわ』
 飛行機三機が首をかしげる。
「その『ノーファクター』だと魔力がないのか?」
 サリヤが聞くと、ベアトリクスは、
『旧文明のころはね』
「森の民に魔力がないなら、ロビンはギィダスではないことになるな……」
『待って、他の二機にも聞いてみるわ』
 ベアトリクスは、ナガタとヨリノールの飛行機にも声をかけた。そのやりとりはサリヤには聞こえなかったが、どうやら彼らも森の民に魔力があるか知らなかったようだ。
『ミクラに連絡します』
 カーティスがそう言ってから少し待つと、ミクラが厩舎にやって来た。
「サリヤ、どういうことだ?」
「私も聞いただけですが、森の民は旧文明で魔力がなかった『ノーファクター』と呼ばれる人たちが祖先なのだそうです。でもロビンには魔力があるので、皆で戸惑っていたところです」
「ノーファクター? 初めて聞くな」
『魔法使いの因子がない人々です』
 カーティスが説明する。
「その因子が魔力なのか?」
『はい。ですが、現代の人間は魔力があっても魔法は使えないので、旧文明と同じには分類できません』
 サリヤたちが「なるほど」とうなずく横で、ラファエルが、
『ねえー、僕たちは誰も森の民に会ったことがないからわからないだけなんだよー。そのロビンの家族って人も森の民なんでしょ? その人ここに連れてきてよー』
『そうよね。そうしたら早いじゃない!』
 ベアトリクスも賛同すると、ミクラは髪をかきあげる。
「だよなぁ。そうなるよな。――カーティス、ナガタに連絡してジィーネを厩舎に連れてきてもらってくれ。理由は、そうだなぁ、ロビンの飛行機を紹介するってことにしてくれ。ナガタにはあとで改めて説明する」
『承知しました』
「ジィーネと言うのがロビンの身内かもしれない人だ。彼女に魔力があってもなくても、ロビンにはまだ黙っているように。ジィーネの話は伝えたんだが、思い出すことはないようでな、無理に思い出すのも良くないらしいから、余計なことを言ってロビンに負担をかけないように! いいな?」
『はーい!』
『わかったわよ』
 それから、ミクラはサリヤを持ち上げ、ベアトリクスの翼に乗せる。
「うわっ! 団長!」
「サリヤはベアトリクスの鞍に隠れているように。頭も下げておいてくれ」
 真剣な表情にサリヤは抗議を呑み込んで、了承を返す。
 ベアトリクスが鞍のガラスを閉めて、『ちょうどいい魔法があるわ』と、中からは見えるけれど外からは見えなくなる魔法をガラスにかけてくれた。土魔法の応用らしい。中にいるサリヤは普通のガラスに見えているが外にいるミクラからは鏡のように周囲が映って見えているそうだ。
 ちょうど整ったところでナガタがジィーネを連れてやってきた。
 ジィーネは黒髪を簡単に束ねて、騎士団の下働きのお仕着せを身につけていた。キョロキョロと中を見回し、飛行機に気づくとびくっと身をこわばらせた。
「ひっ、飛行機がこんなにたくさん……!」
「突然呼び出してすまない。森の民は飛行機に近づかないと聞いているが、ロビン――ギィダスの飛行機に紹介したくてな。大丈夫か?」
 ミクラが言うと、ジィーネは「は、はい」と首を縦に振る。
 サリヤから見てもかわいそうなくらい緊張しているようだ。
「飛行機に近寄っても、神の教えに背くとかではなかったよな?」
「はい、そういうことはありません。それにもう、私は森から出たので……」
「そうか、問題ないなら、こちらに来てくれ。この飛行機が、ロビンと絆を結んだラファエルだ」
『はじめましてー。ラファエルだよー』
 ジィーネには聞こえないが、ラファエルは挨拶をした。同時にラファエルが身体を揺らして、ほんのり青く光らせると、ジィーネは「ひぃ……」と小さな悲鳴を上げた。
『魔力はあるわね』
『ええ、ありますね』
『うん。ジィーネにもあるよー』
 大きな三機が一斉に揺れたから、ジィーネはまた悲鳴を上げた。
『ミクラ。かわいそうだから、帰してあげなさいよ』
 ベアトリクスがため息をついた。
 ミクラは「ありがとう。すまなかったな」と、ジィーネを解放する。ナガタはまた彼女に付き添って出て行った。
「あんなに怖がるなんて、どんな教えなんだろうか」
『私たちにはわからないわ』
 ナガタはすぐに戻ってきた。サリヤも鞍から降りる。
 ミクラがナガタに説明して、飛行機たちを見上げる。
「森の民にも魔力がある、でいいか?」
『全員見たわけじゃないから。正確には、ロビンとジィーネにはある、よ』
 ベアトリクスが訂正する。
「魔力あるなしで、ロビンがギィダスか判断することはできないってわけだな」
 そのナガタの言葉に、サリヤはラファエルを振り返った。
「ロビンと絆を結んだときや、顔を合わせたとき、彼は飛行機を怖がらなかったのか?」
『うん。別に。驚いてたけど、さっきのジィーネみたいじゃなかったよ』
 ロビンが森の民だったら、記憶がないから飛行機が怖くなかった?
 ジィーネとギィダスでは、始めから飛行機への恐怖心が違っていた?
 それとも、ロビンは森の民じゃないから怖くなかった?
「そういえば聞いていなかったが、なんて言って絆を結んだんだ?」
 ミクラが聞くとラファエルは、
『岩場に打ち上げられたロビンが、誰かいないか、助けてくれ、って言ってたから、僕の騎士になってくれたら助けられるかもしれないよーって言ったんだよ!』
 無邪気な答えに騎士三人が顔を見合わせる。
「交換条件というか、ほとんど脅しだな……」
「さすがエフ種。サリヤの経緯もあれだが、ロビンもか……」
「私は絆を結んでもらわなかったら死んでいただろうから、不満はない」
「いや、そもそも、二人とも命の危機って時点でどうなんだ?」
「それは面目ない。問題なのはエフ種じゃなくてエフ種の騎士だな」
『聞こえてるんだからね! サリヤに問題なんてないわよ』
「わかっている。ありがとう、ベアトリクス」
 話が逸れかけたところで、ミクラがまとめた。
「ナガタ、念のためロビンの意思確認をしてくれ」
 ――いろいろな問題を残し、サリヤたちは西基地を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)

たぬころまんじゅう
ファンタジー
 小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。  しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。  士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。  領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。 異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル! ☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...