王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

メデスディスメ王国の城にて、ウェダ

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 ウェダが茶に誘うとシャーサはすんなりと応じた。特に疲れている様子も、沈んだ様子もなさそうだ。
 第二妃を幽閉している修道院に行って帰ってきたところだった。
 茶や菓子を並べた侍従が下がると、執務室には二人だけだ。
「執務室なの? 応接間は使っていないの?」
「あちらはわざと警備を少し緩めてあるからな。探られてもいい話しかできない」
「まあ、相変わらずね」
「相変わらず?」
 首をかしげると、「用意周到」とにこりと笑みを返された。
「いつか誰かを罠にかけるための布石?」
「人聞きが悪いな」
 ウェダがシャーサと会うのは十二年ぶりだ。
 最後に会ったとき、彼女は十四歳。
 定期的に行われていた妃たちの茶会に成長したウェダが参加しなくなり、元々滅多に参加しなかったシャーサも全然現れなくなった。ミュキは気にしていたが、彼女が誘っても断られるらしい。
 そんな中、偶然シャーサに会った。痩せていて、年齢の割に小さく、肌や髪は荒れていた。ウェダの同母妹メーミアに比べたらずいぶん質素なドレスなのに、やけに豪華なかんざしが目についた。
 王の執務室の場所を聞かれて、ミュキと一緒に案内したところ、その豪華なかんざしをアンザイ三世に向けたのには驚いた。
「第二妃はシャーサが手を下さなくてもいいのか?」
「ええ。自分で殺したいとは思わないわ」
「そういうものか? シャーサのために残しておいたんだが」
「今日ので気が済んだわ。ふふふ、あの悔しそうな顔……。私を思い出すたびに母は嫌な気持ちになるでしょう? あと数年は生かしておいてほしいくらいよ」
「なるほど。そういう復讐もあるか」
 シャーサは船が西岸の港につくなり、飛行機で王城にやってきた。荷物も持たずに共もつけずに、だ。
 ベールルーベ王国のミクラに聞いていなかったら、襲撃だと思って、飛行騎士団で迎え撃っていたかもしれない。
 シャーサは王城に着いた足で王家の墓場に行き、アンザイ三世とイトウの墓石を蹴り飛ばしていた。
 ――念のため壊されにくいように大きな墓石にしておいたから倒れずに済んだ。いや、蹴り飛ばしたらいい具合に倒れる仕様にしたほうが良かっただろうか。
 マスモットは墓がないため、シャーサはその分もイトウの墓石に当たっていた。
 第二妃にもすぐに会いに行くのかと聞いたら、荷物を載せた馬車が着くまで待つとシャーサは答えた。
 ウェダがその理由を理解したのは、修道院に行くシャーサが派手に着飾ってきたときだ。国宝並みの宝飾品まで着けていて、何か大きな式典か夜会に出るようだった。
 小柄なのは変わらないが、十二年前の面影はない。第二妃とよく似た色の髪はつややかに輝き、くっきりと目元を協調させた化粧がよく映えている。全盛期の第二妃よりも綺麗だとウェダは思った。
「ここまで派手なのは趣味じゃないけど、このくらいは見せつけてやらないと」
 夫から与えられる品は愛と比例すると母は思っているのよ、とシャーサは言った。その通りに、第二妃はシャーサに嫉妬の目を向けた。
 シャーサがやらないのなら、第二妃には頃合いを見て病死してもらうことにしよう、とウェダは決める。
「エリアンダリエ国王とは仲良くやっているのか?」
「ええ、それなりにね」
「それなり、なのか?」
 からかうつもりで聞くと、シャーサは真顔になる。
「夫婦愛や家族愛なんて、私には難しいわ。夫や子どもだから、優先する。気を配る。――そういうことはできるけれど、それが心底からの愛かと聞かれると自信がないわね」
「でも、それでもいいとラッカンは最初から言っていただろう?」
 ラッカンはシャーサの夫――エリアンダリエ国王だ。彼と知り合ったのはウェダが先だった。
「ええ。ラッカン様が許してくれているから成り立っているのよ」
 そう言うシャーサの笑顔は十分幸せそうに見える。
「愛されているのを理解できるなら、お前のほうにも愛があるんじゃないのか」
「そうかしら? ……そうだったらいいわね」
「政略結婚にしては上出来だろう?」
「それはそうね」
 ラッカン様を紹介してくれたウェダには感謝しているわ、とシャーサは微笑む。
「政略といえば、サリヤと会ったときに婚約者の王弟殿下にも会ったわ。仲が良さそうだったわよ」
「あれは、こちらがお膳立てした婚約ではなくて、サリヤが掴んできたものだからな」
「まあ、そうなの」
「ベールルーベ王国なら、王太子もサリヤと年が近い。国としては王太子に嫁がせるほうが良いんだろうが、サリヤはミクラ殿を選んだからな」
「優しいのね、ウェダ兄上は」
 からかうシャーサに、「まあな」と笑って返してから、
「そういえば、サリヤの周りで変わったことはなかったか?」
 思いついてウェダは尋ねる。
 ミクラから聞いた遭難者は、シャーサと会った前後に保護されたのではないだろうか。
 すると、シャーサは少し考えるようにしてから、
「あちらでも噂になっているようだし、すぐに判明するだろうから話すけれど……ベールルーベ王国に三機目の最高位の飛行機が現れたかもしれないわ」
「なに?」
 予想外の返答にウェダは目を瞠る。
「ちょうどサリヤと面会中に、飛行機に遭難信号が届いたのよ。飛行騎士団に大きな問題が発生したらしくて、面会は終了になったわ。その後、船員からベールルーベ王国の飛行機が行き来した様子を聞いたの。四機が海に出て、五機で陸に帰還したそうよ。増えたのは白い飛行機だった」
「遭難信号は新しい最高位機からだったということか?」
「たぶん、そうね」
 飛行機っているところにはいるのね、とシャーサは肩をすくめる。
 遺跡から飛行機が見つかったなら、その飛行機の騎士がいるのではないか?
 サリヤが『飛行機の女王』復活のきっかけだったように。
 ミクラが話していた遭難者。それが騎士だろうか。
 ――手配者と容姿が共通すると言っていたが、まさか……。
「あなたが考えていた懸念って何なの?」
 ウェダが考え込んでしまったから、シャーサが突っ込んで聞いてきた。
 話しても問題ないだろうと判断して、ウェダは軽く説明する。
「東地方の反乱組織の者が、南地方に移動して、サリヤを旗頭にしようとしている」
「サリヤを?」
「タールラル妃がフスチャットスフ王国の王女だと主張しているんだ。南の正統な後継者はサリヤだと言っている」
「まあ……。呆れるわね」
 タールラルを知っている者からすれば、何をおかしなことを、と思うだろう。王城に来たときの彼女の振る舞いは、どう見ても平民のものだった。
 ――矜持の高さだけは王族に匹敵するが。
「サリヤはベアトリクスがいれば無敵よ」
「ベアトリクス? ああ、飛行機か」
「王弟殿下も人並みには戦えそうだったわね」
「そうだな、守りには強そうだ」
 しかし、とウェダは知らずに笑みが溢れる。
「サリヤも我が国の王子だったから、一通りの教育は受けている。メデスディスメの王子を舐めてもらっては困る」
「サリヤも戦えるの?」
「男相手では力では負けるだろうが、瞬発力はあるようだ。それに、敵意がある者に対してためらわないだろうと思う」
 アンザイ三世の御代、メデスディスメの王城は平和ではなかった。後継者争いから外れていたサリヤだって、全く何もなかったとは思えない。後継者争いに関係なくイトウやマスモットは横暴だった。会えば碌なことにならなかったはず。
「特にサリヤは、タールラル妃の命運を自分の存在や言動が握っている自覚があった。守りたいものがはっきりしていて、それを守れるのは自分しかいないことを知っている。覚悟が違う」
 だからこそ、政変時サリヤにタールラルを見捨てさせることになって、ウェダは後悔している。
「まあ、容赦がないのは確かね」
 と、シャーサは笑う。
「姉が乗っている飛行機を投げ飛ばすんだから」
「飛行機を? 投げる?」
 ウェダが首をかしげると、シャーサは「姉妹の交流よ」とにこりと笑った。
「それよりも、ウェダはずいぶんとサリヤを買っているのね」
「ああ、そうだな。王子だったら養子にしていたかもしれん」
「まあ。あなた、それ、サリヤに言ったの?」
 シャーサの咎める視線に戸惑う。
「いや? どうだろう。養子のことは話していないが、似たようなことは言ったか……?」
「あなたは褒めてるつもりかもしれないけど、王子じゃないのはサリヤの一番の悩みなんじゃない? それこそ子どものころからの。双子の兄と代われたらって思っていたかもしれないわよ。……どうにもならない『もしも』を前提に評価されても嬉しくないでしょう。あなたが『第一王子だったらすぐに王太子に決まったでしょうに』って言われるようなものよ」
 シャーサには公式の設定――サリヤは病弱な双子の兄カッラの身代わりをしていた――しか伝えていない。
「そうか……。そうだな。今度会ったら謝罪する」
 神妙な顔をしたウェダに、シャーサはついでとばかりに小言を続ける。
「気になっていたのだけれど、あなは妃を決めていないの? 本当なら、サリヤの縁談よりもあなたの縁談が先でしょう」
「ああ、皆から言われるが、どうにも気が進まない」
「あの第一妃とメーミアを身近に見ていたら、女性不信になるのはわかるけれどね」
 ため息をつくシャーサに、ウェダもつられる。
 情勢が落ち着いた最近は、娘を売り込むための面会希望が後を経たない。
「国内貴族から? それとも国外から?」
「国外のほうがいいかと、側近たちと話しているところだ」
「それなら、ラッカン様の妹王女はどう? 黒髪だから、ウェダも気に入るんじゃない?」
「黒髪? なぜ?」
「だって、ウェダの初恋ってタールラル様でしょう?」
「は?」
 ウェダは思ってもない言葉に固まる。
「わかるわ。あの戦勝の宴は素敵だったもの」
 シャーサはうっとりと頬に手をあてる。
 ウェダは腕を組んで唸る。
 ――自覚はなかったが、確かにそうかもしれない。
 母をはじめとした身近な女たちにげんなりしていたウェダが、タールラルだけは美しいと思ったのだから。
「あの恋歌をサリヤに歌ってもらう約束をしたのよ。楽しみだわ」
「それは私も聞きたいくらいだ」
 あの歌詞の『殺したいほど』の愛とは一体どんなものだろうか。
 理解できないし、別に理解したいとも思わない。
 自分の結婚は、他のきょうだいのそれよりもずっと政略的に考えているウェダだった。
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