王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

ミクラとウェダ

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 ミクラはベールルーベ王国とメデスディスメ王国の間にかけられた橋のたもとにいた。
 メデスディスメ側だ。
 そこに飛行機用の滑走路が作られて、離着陸ができるようになっていた。
 ミクラはカーティスでメデスディスメに乗りつけた形だ。
 ――国交を結んだからできることだな。
 カーティスを所定の広場まで進ませて、ミクラは鞍から降りる。
 先に到着していたメデスディスメ王国の飛行機は、赤一色の火属性機だ。以前に領空侵犯されたのを追い出したことがある。
 その飛行機から降りてきたのは、メデスディスメの王ウェダだ。
 二機の間にミクラとウェダは立っている。
 飛行騎士は鞍に乗ったままだった。他に誰も連れていない極秘の面会だ。
 カーティスで来たからミクラがいるのは知られているだろうが、ウェダが来ているとは誰も思わないだろう。市民が近づかないように国境警備の兵士が一帯を守っていた。
「やあ、ミクラ殿。先日ぶり」
「ウェダ陛下、遠方までご足労ありがとうございます。必要なら、周囲に石壁を立てますが」
「いや。このままで構わない」
 ウェダは背後の飛行機を見上げる。
「サリヤの提案で二人乗りの鞍に変えたのだ。人の移動に使えるとは思っていなかった。こんなに短時間で国境まで来れるとは、驚いた」
 飛行機が褒められるのがうれしくて、ミクラは自然と笑顔になる。
 ――ラファエルが西基地にやって来た翌々日だ。
 メデスディスメから連絡があり、サリヤを狙う一派の詳細情報をもらえることになった。向こうから来るのがウェダだったため、こちらもミクラが来ざるを得なかった。
 ラファエルの騎士ロビンは、医者の診察を受けて薬を飲んで、熱は下がってきた。目が覚めている時間もあり、食べ物も少し口にできるようになったから、しばらくしたら回復するだろうと医者も請け負ってくれた。
 問題は記憶のほうだ。まだろくに話はできていないが、名前や住所などを聞いても首を振る。思い出せないらしい。
 身体がつらい中で、嘘をついているようには見えなかった。
 近隣の村や街で行方不明者がいないか、情報を集めているところだ。
 ロビンが西基地から動けないため、ラファエルも西基地で待機させている。迷った末にサリヤとベアトリクスも西基地で待機させた。
 ラファエルを一人にするのがなんとなく不安だったのだ。
 ――のほほんと無邪気に、とんでもない魔法を放ちそうな……。
 ベアトリクスに目付役を頼む日がくるとは、ミクラは思いもしなかった。しかし、ラファエルが弟でベアトリクスが姉というのは、納得がいく。
 ついでにサリヤには国境基地勤務の実習をさせている。ベテランのナガタがいるからちょうど良い。いろいろあってサリヤの実習はなかなか進まない。
 ミクラはウェダから情報を受け取って、王城に報告してからまた西基地に戻る予定だ。
「詳細はこちらを読んでくれ」
 銀髪の怜悧な容貌の王は、そう言って親書を差し出した。
「ざっと口頭で説明するが、サリヤを狙っているのは東地方の反乱を煽っていた組織の中心人物だ。前王に恨みがあって、王家を出し抜けるなら手段を選ばないような男だ。タールラル妃がフスチャットスフ王国の王女だと主張して、サリヤを旗頭に、今度は南地方で反乱を起こそうとしているのだ」
 なんて迷惑な、とミクラは眉間に皺を寄せる。
「実は今、そいつの居所がわからなくなっている」
「どんな姿ですか?」
 ミクラの頭に浮かんだのはロビンだ。
「黒髪の体格のいい男だ。二十八だ」
「なっ!」
 ミクラは息を呑む。
 それは、ロビンの風貌にぴたりと合う。年も二十代半ばくらいに見えた。
「心当たりがあるのか?」
 ミクラの様子にウェダも探るような視線を向ける。
「似たような男が保護されました。しかし海で遭難したらしく、寝込んでいてまだ話が聞けていません」
 記憶喪失は伏せておく。
「話ができたら教えてくれ」
「その遭難者が、こいつだったらどうしますか?」
 ミクラは親書を示す。
「こちらに引き渡してほしい」
「承知しました。――この件は我が国の王や首脳陣にも共有させてください」
「構わないが、できるだけ狭い範囲でとどめてほしい。サリヤの立場が悪くなるのは避けたい」
 そう言うウェダに、ミクラはうなずいた。
 サリヤの話の端々やシャーサの話から、メデスディスメの王家は家族としては破綻していると感じた。しかし、個人単位ではそうでもないようだ。
 ウェダがサリヤを慮ってくれることにほっとする。
 ミクラはそれで思い出した。
「そういえば、エリアンダリエ王国の船は今朝、うちの港を出発したそうです」
「ああ、そうか。この件も手間をとらせてしまった。申し訳ない」
「いいえ。シャーサ王妃殿下は飛行騎士だったのですね」
「なんだと?」
 驚くウェダに、ミクラも驚く。
「ご存知ありませんでしたか?」
「ああ、知らなかった。――手紙のやりとりもなかったからな」
 バツの悪い顔をするウェダに、ミクラは笑う。
「シャーサ王妃殿下がいきなりサリヤに手合わせを申し込んで、問答無用で魔法攻撃してきたので驚きました」
「あー、妹が迷惑をかけたな」
「サリヤも楽しそうでしたから問題ありませんよ」
 ミクラがそう言うと、ウェダは眉を寄せた。
「何か?」
「いや。ミクラ殿がサリヤを身内のように扱うのを聞くと、おかしな気分だと思って」
「ご不快ですか?」
「いや、不快ではないが……。君と私は同い年だそうだな」
 突然の話題にミクラは首をかしげながら肯定する。
「サリヤにお兄ちゃんと呼ばせているのか?」
「はぁ? まさか! 呼ばせてなどいない!」
 ミクラは飛び上がるほど驚いた。言葉が崩れるのも気づかず、全力で否定する。
「ああ、サリヤと結婚したら、私が君の義兄になるのか。お兄ちゃんと呼ぶか?」
「呼ぶわけないだろうが!」
「くっ、ははっ!」
 声に出して笑うウェダに、ミクラははっとする。
「申し訳ありません」
「いや。今度二人で会うときは気楽に話してくれ」
 ウェダは笑いながら、ミクラの肩を叩いたのだった。

 ウェダと別れてから、ミクラは王城と騎士団基地に寄って、報告や相談を済ませた。
 西基地に到着したときにはもう日付が変わっていた。
 厩舎に白い機体が三機並ぶ様子は壮観だった。どれも大きな機体だから、厩舎が狭く見える。
 シャーサのブライアンは小さかったな、と思い出す。
 サリヤもベアトリクスも、彼は小回りが利いて素早かったと言っていた。ミクラは遠目にしか見れず残念だ。
「うちの王家も飛行騎士が出やすい家系だが、メデスディスメの王家もそうなのかもなぁ」
 カーティスの前の騎士は、ミクラの祖父の弟だ。前騎士団長でもある。
 メデスディスメの王家はサリヤとシャーサが飛行騎士だ。あの国にもっとたくさん飛行機がいれば、王族の騎士もたくさん出たかもしれない。
「覇王が飛行騎士になっていたら、大変だっただろうなぁ」
 なんとなく呟くと、思わぬところから返答があった。
『覇王ってサリヤのお父さんでしょ? 話にしか知らないけど、あの人は飛行騎士にはなれないと思うわ。少なくとも私は嫌』
 ベアトリクスだった。
「まだ起きていたのか」
『サリヤは寝てるわよ』
「ラファエルは?」
『ロビンの体調が戻るまで、魔力を温存するって』
 眠ってくれているなら、そのほうが都合がいい。
「それより、会ったことがないのに魔力の相性がわかるのか?」
『そうね。……うーん、魔力の相性っていろいろな要因が関わってくるの。結局、気に入るか気に入らないかなんだから』
 ミクラは腕を組む。
 戦争を仕掛けるような人間は気に入らないということか?
 いや、しかし、シャーサは父親を刺そうとしたと言うし。ミクラだって、カーティスで他の飛行機を落としている。
「ちなみにカメイは?」
『あの人はすでに騎士じゃないの! 私はサリヤのことがあるから絶対選ばないけど!』
「ん? カメイはまだ騎士なのか?」
 ミクラは驚く。
 カメイの絆の飛行機は尾が折れてしまっていて、先日ベアトリクスが修理魔法をかけた。
 ――その怪我の原因がミクラだった。
 てっきりもう絆は解消されたと思っていたが。
『せっかく修理魔法をかけてあげたんだから、カメイにあの飛行機に会いに行くように、ミクラから言ってよ』
「ああ、わかった」
『ずっと待っているなんて健気よね』
『騎士を鞍から落としてしまったことを気にしているんですよ』
 カーティスが言うと、ベアトリクスが口を尖らせる。
『私だってサリヤを落としてしまったことを気にしてるんだから!』
「俺だって、カメイの飛行機を落としたことを気にしてるんだぞ!」
 ベアトリクスに便乗してミクラが主張すると、カーティスが笑った。
『ミクラのそういうところを私は気に入っているんですよ』
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