王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

エリアンダリエ王妃の飛行機

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「ベアトリクス! 氷の壁!」
『任せて、サリヤ!』
 ベアトリクスは氷の壁を出し、正面からの突風を防御しながら、上方に避ける。
 エリアンダリエ王妃の飛行機・・・・・・・・・・・・・ブライアンは、すぐに旋回して、ベアトリクスの後ろを追いかけてきた。
 ブライアンはイー種の風属性特化型だった。緑銀の機体は小さい。そのため、小回りが利いて速い。
 単純に直線で速さを競うならベアトリクスの方が勝つかもしれないが、戦いの場においてはブライアンの素早さは有利だった。
 それから――。
「ベアトリクス、もう少し高度をあげてくれ」
『わかっているわ』
 ブライアンは――というかシャーサは、周囲に構わずに魔法を放つから、サリヤは気が気ではない。
 ここはミュリースリーユの港の上空だ。
 ブライアンの起こす風が波を立て、港の船が大きく揺れているのが見える。街の方はミクラとカーティスが守ってくれているが、限度がある。
 サリヤとベアトリクスは今まで森の上でしか魔法を使ったことがなかった。
 ――街の上で絶対に物を落とすな、と注意されたが、本当にその通りだ。
 氷の壁は海に落ちる前に蒸発させて消す。
 海に何か落としても波が立つのだから、ここでは安易に土魔法など使えない。
 魔法で出したものは普通のものと同じ物質なので、氷を出せば溶けて水になっていずれは蒸発する。即座に消したいなら魔法で消すことになるが、自然現象を促進させて消すほうが完全に魔法に任せるよりも魔力消費が少ないそうだ。
『もうっ! ちょこまかと、うっとおしいわね!』
 ベアトリクスはいまいましげに声を荒げる。
 後ろをついてくるブライアンが風を放った。サリヤはガラス越しに振り返る。
「旋風か」
 ベアトリクスは逆の旋風を後ろに発射し、相手の風を押し返しつつ自分の速度を上げた。
『その程度で私が吹き飛ばされるわけないじゃない』
 ベアトリクスは鼻を鳴らした。
 ブライアンはとっさに下に避けたようだった。
 ――また高度を下げるのか。
 サリヤはベアトリクスが負けるとは思っていないから、そこは全く心配していない。気になるのは地上の無事だけだ。
 ブライアンもシャーサも気が済んだだろうか。
 サリヤはまだ下後方につけているブライアンを見る。
 ブライアンとベアトリクスには体格差がある。それなら、とサリヤは考える。
「ベアトリクス、蔦の網でブライアンを捕えられるか?」
『いいの?』
 できるか聞いたのに、やっていいのか、と返されてサリヤはくすりと笑う。
「ああ、捕えたら、上に向かって投げ飛ばしてくれ。誰もいない方だぞ? もし海に落ちそうになったら、また網で拾ってほしい」
『はぁい!』
 ベアトリクスは機嫌よく返事をすると、魔力を使って急停止した。滞空するベアトリクスの下をブライアンが通り過ぎる瞬間を狙って、蔦の網を投げる。
「よしっ!」
 広がった蔦は緑銀の機体を絡めとった。
 ブライアンを吊り下げた状態だ。
 手ごたえを感じた瞬間に、ベアトリクスは一気に加速した。船がない沖に向かって全力で飛ぶ。
『海のかなたに飛んでいけぇー!』
 ベアトリクスは止まると同時に蔦の網を手放し、さらに風魔法をブライアンにぶつけて後押しする。
 ブライアンはぽーんと毬のように飛んで行った。
『あー、すっきりしたわ!』
「うわっ! ベアトリクス、ちゃんと落ちないように追いかけてくれ!」
『わかってるわよー。サリヤは優しいんだから』
「いや、優しくはない」
 優しい人間は飛行機を投げ飛ばそうとしないだろう。
 ベアトリクスが追いかけると、飛んで行ったブライアンは海に落ちそうになっていて、サリヤは慌てて再び網をかけてもらった。
「ブライアンと通信できるか?」
『ええ』
 うなずいたベアトリクスは、
『私はベアトリクス。エリアナンバー351BR1568所属のエフ種最上位よ。搭乗している騎士はサリヤ。ブライアン、この勝負は私の勝ちでいいかしら?』
『…………』
『ブライアン? 起きてる?』
『こちらはブライアン……。目が……回った……』
『ええと……修理魔法が必要かしら?』
 少し不安げなベアトリクスの声に、サリヤは「港に降りて確認してからにしよう」と返す。
「シャーサ王妃の声は聞こえないのだよな?」
『そうね、群れが違うから無理よ』
 吊り下げられたブライアンを見下ろすと、ガラスの覆いの向こうで鞍に座ったシャーサと目が合った。彼女は、にこっと笑ってこちらに手を振る。
 サリヤも手を振り返した。
 あまり心配はしてなかったが、シャーサは元気そうでほっとした。

 ――どうしてベアトリクスとブライアンが戦うことになったのか。
 サリヤとミクラが港に到着したときのことだ。
 海軍の兵士と外務省の支局の職員が手配してくれたようで、倉庫が立ち並ぶあたりの道が空けられていた。もともと広い道で、海に沿って直線に走っているため、基地の滑走路と遜色ない。
 手旗を振る兵士に従って、まずカーティスが着陸する。
 そこで、通信が入った。
『こちらはブライアン。エリアナンバー371ED1974所属のイー種特化型。搭乗している騎士はシャーサ。騎士シャーサの希望を叶えるために通信しているよ』
 エリアンダリエ王国の飛行機と思われる。
 しかし、サリヤが驚いたのは騎士の名前だ。
 ――シャーサ王妃が飛行騎士なのか!?
 王妃が飛行機で移動するとしても、騎士と二人乗りなのだと思っていた。サリヤは自分も騎士のくせに、シャーサ本人が騎士だとは思ってもみなかった。
『こちらはカーティス。エリアナンバー351BR1568所属のイー種最上位。搭乗しているのは騎士のミクラです。騎士シャーサの希望とは何でしょうか?』
 ブライアンに答えたのはカーティスだ。
「サリヤたちは上空で待機」
「はっ!」
 ミクラの命令にサリヤは返答する。
 その脇で飛行機たちのやりとりは続いている。
『シャーサの妹王女サリヤも飛行騎士なんでしょ? 今、来てるの?』
 ブライアンは若い男の声だ。軽い口調で話す。
「カーティス、肯定していいぞ」
『ええ。サリヤも来ています』
『サリヤはエフ種の騎士なんだよね? じゃあ、そっちか。シャーサが手合わせをしましょうってさ』
「は?」
 サリヤが聞き返した瞬間、海の方から風の塊が飛んできた。
「ベアトリクス、弾き返すな! 地上に行かないように上空に受け流せるか?」
『わかったわ』
 ベアトリクスは即座に自分の下に風の流れを作り、飛んできた塊を包むようにして、その力を使って空の上で後退した。
 風を受けたプロペラが回る音がする。
 左右の揺れもなく、ベアトリクスは風の塊を受け止めた。
「サリヤ!」
「問題ありません」
 ミクラに答える。
『ブライアン、群れに対する攻撃とみなしますよ』
 カーティスが警告するのも無視して、すさまじい勢いで小型の飛行機が飛んできた。
 止まれと言って止まるとは思えない。
 サリヤはすぐに対応を決める。
「ベアトリクス。海の上に出て、なるべく高度を上げてくれ」
『いいわよ』
 ベアトリクスは速度を上げて街の上空から離れた。
「サリヤ、待て」
 ミクラの声が届く。
「向こうが止まらないなら、こちらから止めるしかありませんよね」
「いや、そうだが」
「大丈夫です。落とさないように注意しますから」
 その間もブライアンは止まらない。小さな、しかし威力の高い風の塊がいくつか飛んできて、ベアトリクスは風魔法でそれを打ち返していた。
「サリヤ、君の安全が第一だ」
「それはベアトリクスがいる以上、確実ですよ」
「あー、それはなぁ! そうなんだよ! くそっ!」
 ミクラは悪態をつくと、「ブライアンは任せたぞ」とサリヤに言ってくれる。
「はっ! ありがとうございます!」
 サリヤは一人顔をほころばせてから、意識を正面の緑銀の飛行機に向けた。
「カーティス、離陸だ。俺たちは街を守る」
『はい。石壁が良いでしょうか?』
「広域だが、可能か?」
『ええ』
 そんなやりとりを背後に、ベアトリクスはブライアンと『手合わせ』を始めたのだった。

 ――そして、今。
 蔦の網で捕えたブライアンを、ベアトリクスがゆっくりと港に降ろした。
 カーティスも着陸している。石壁は魔法で消したようだ。
『ねぇ、ブライアン、修理魔法は必要?』
『いらないけど、かけてほしい! せっかくだから記念に!』
『まあ、いいけど』
 ベアトリクスはまんざらでもなさそうにそう言って、蔦を枯れさせてから修理魔法をかける。
 滞空するベアトリクスの体を金の光が走り、その光がブライアンに降り注いだ。
 ――この魔法が一番美しい。
 サリヤは感嘆する。
 ブライアンも感動の声を上げた。
『うおぉぉー! すげー! さすがエフ種! よっ、女王様!』
『ふふん、わかればいいのよ』
 ベアトリクスは胸を張る。
 ブライアンは調子がいいやつだな、とサリヤは苦笑する。上位だから個性が強いのはわかるが、なかなか他にいないタイプだ。
 隣にいるカーティスが呆れているようにサリヤには見える。
 そんなカーティスからミクラが降りて、サリヤに手で合図した。
 サリヤはベアトリクスに助走なしで静かに着陸してもらう。
 すると、ガラスの覆いが開くのを待たずに、ミクラがベアトリクスの翼に飛び乗った。機体が揺れる。
『ちょっと、ミクラ! 何するのよ!』
「悪い、ベアトリクス。サリヤ、無事か?」
 今日二度目の質問だ。
 サリヤは今度こそきっぱりうなずく。
「無事です」
 ミクラはサリヤを鞍から抱き上げると、悲鳴をあげるサリヤに構わず、さっと地面に飛び降りた。
「だからっ! 予告してくださいと!」
「時と場合によるな」
 サリヤとミクラが攻防しているところに、
「そちらが婚約者なの? 仲がいいのね」
 と声がかけられた。
 ブライアンの鞍から、レンガのような赤みがかった茶髪を一つに束ねた女性が顔を出している。
 にこっと笑ったシャーサは、ほとんど初対面の妹にいきなり手合わせを挑むような武闘派には見えない。
「初めまして、でいいかしら? カッラ王子とも話したことがないものね。私はエリアンダリエ王国の王妃シャーサです」
「初めまして。メデスディスメ王国、第六王女のサリヤです」
 シャーサはひらりと身軽にブライアンから飛び降りた。
 目の前に立つと、彼女はサリヤと同じくらいの背丈だ。サリヤはまだ成長途中で、おそらくもっと背が伸びるはずだ。一方のシャーサは成長期は終わっただろう。
 シャーサも絆の飛行機と同じに小柄なのだな、とサリヤは思う。
「あの男たちが死んだっていうのは本当かしら?」
 前置きもなく不穏なことを聞かれて、サリヤは眉をひそめる。
「あの男たち?」
「イトウとマスモットよ」
「ああ。はい。二人とも死にました」
 異母兄の死だが、サリヤは何の感慨もなく肯定できる。
 シャーサはそれを聞いて、にこっと笑った。うれしそうに両手をぱんっと打つと、高い位置で束ねた髪が大きく揺れる。
「まあ! それを聞いて安心したわ」
「安心」
 サリヤはそのまま繰り返し、
「メデスディスメ王国には弔問に行くのですか?」
「まさか! ざまあみろってあいつらのお墓に言ってやるためよ。それを弔問って言うなら弔問ね。一応はお墓参りだもの」
「ざまあみろ……。そうですか」
 見た目通りの人ではないのだな、とサリヤは思ったのだった。
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