王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

サリヤとタガミ

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 軍司令部に通信の内容を提出し、このあとの指示をもらったサリヤたちは、再び基地に戻るところだった。
 回廊を歩いていたところ、前方から王太子タガミがやってきたことに気づき、マーナベーナと共に脇に避け頭を下げる。
 タガミは剣の稽古でもしていたのか、動きやすい服装に皮の胸当てを着けている。近衛騎士が二人ついていた。
 そのまま通り過ぎるかと思ったが、タガミはサリヤを見て足を止めた。
「サリヤ殿、少しいいか?」
 そう聞かれて、サリヤは戸惑う。
 任務中だと断るべきか、マーナベーナを窺うとうなずいてくれた。
「殿下、私は先に失礼いたします」
 と、マーナベーナが去って行くのを見送って、サリヤはタガミに向き直る。
「そうか、飛行騎士団の所属だったか……。仕事中だよな。悪かった」
 彼はサリヤの服装を見て、すまなそうに謝った。
 顔合わせの場ではサリヤを歓迎している風ではなかったが、普通に話ができそうだ。いきなり喧嘩を吹っかけてくる様子ではない。
 むしろ、八歳にしてはずいぶん落ち着いている。
「いえ、私はまだ見習いなので、他に正規の担当騎士もいますから」
 そうは言っても先ほどの茶会のときとは違い、今は仕事がある。サリヤは先にタガミを促した。
「何かご用でしょうか?」
「ええっと、そうだな。話がしたかったというか……」
「はい?」
 サリヤは聞き返して、タガミを見つめた。
 彼のほうがサリヤよりも背が低い。
「サリヤ殿は何歳だ?」
「十六です」
「私は八歳なんだが、叔父上は二十八歳だ」
「はい。存じておりますが……」
 サリヤが見つめ続けるとタガミは視線を逸らす。
「殿下、お話というのは」
 急ぎじゃないなら後日にしてもらえないか、とサリヤが言いかけたところ、タガミは慌てて口を開く。
「サリヤ殿は嫌じゃないのか? 政略結婚」
「え? いいえ」
「王の命令だろう? 友好のためといっても人質みたいなものじゃないか」
 タガミに指摘されてサリヤは驚く。
 自分が人質だとは考えてもみなかった。
 しかし、言われてみれば納得がいく。
 過去の小競り合いは全てメデスディスメ王国からだ。ベールルーベ王国からすれば、王が変わったり国交樹立したりしたところで、簡単には信用できないに違いない。
 そこに嫁いでくるサリヤは、まさに人質だ。
 今メデスディスメ王国が攻めてきたら、サリヤは捕らえられるだろう。状況によっては命も危うい。
 そんな心配を全くしなかったのは、サリヤがウェダを信頼しているからだ。
 それから、何があってもベアトリクスやミクラが味方になってくれると思えるから。
「いいえ。嫌ではありません」
 サリヤはきっぱりと否定した。
「政略結婚ではありますが、これは私の希望通りです」
「希望通り?」
「はい。私は飛行騎士を――ベアトリクスの騎士を続けたかったのです」
「それがサリヤ殿の希望なのか? 叔父上と」
『サリヤ! すぐに戻って来れる?』
 ベアトリクスの声がタガミの言葉を遮った。――飛行機の声が聞こえないタガミの視点では、遮ったのはサリヤになるが。
「ベアトリクス、どうした?」
『さっきの通信の船が本当に現れたみたいよ。ミクラが王城に来るって』
「わかった。今から戻る」
 サリヤがベアトリクスと話す間、待ってくれていたタガミに、
「殿下、お話の途中で申し訳ありません。騎士団に戻らないとならなくなったので、失礼してよろしいでしょうか」
「構わない。任務中に悪かったな」
 礼をしてサリヤは足早に戻る。
 話は中途半端だったが、タガミは元敵国に嫁ぐサリヤの立場を心配してくれていたのだろうか。
 嫌われているわけではなさそうだった。
 いずれまた話す機会もあるだろう。
 サリヤはエリアンダリエ王国の船の件に思考を切り替えた。
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