王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

王城基地の茶会

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 王城の飛行騎士団の基地。
 その滑走路の脇でなぜか茶会が開かれていた。
 サリヤの前にメイドがケーキの皿を置く。
「こちらが王都で話題の果実のケーキですわ」
 そう紹介してくれるのは、主催のヤーロッテだ。国軍将軍の孫娘である。
 小さな円形のケーキの上には、黄味の強いオレンジ色をした薄く切られた果実が、薔薇の花びらのような形に巻かれて飾られている。
「南国の果物なのですけれど、船で輸送している間に熟成させるんですって」
 今度は、ヤーロッテの隣に座るタルマーキが説明してくれる。彼女は近衛騎士隊の隊長の娘だ。
「まあ、おいしそうですわね」
 飛行騎士団の職務中とは違って令嬢口調のマーナベーナが、サリヤの隣で歓声を上げる。
 本来ならこの時間は王城基地勤務の実習だが、ティーセットを持ったメイドたちを従えてやってきた二人に押し切られて、急遽茶会になってしまった。
 サリヤはまだ見習い騎士で、マーナベーナは指導役だ。
 正規の王城勤務の騎士たちも、ヤーロッテとタルマーキなら仕方ないと苦笑している。
 ヤーロッテとタルマーキは軍人の家系の令嬢で、職務ではなく厚意で、軍属の女性たちの取りまとめをしてくれている。定期的に軍関係の施設を回っているらしい。サリヤも、何かあれば彼女たちを頼るように、とマーナベーナからアドバイスされた。
 基地の茶会がよくあることなのは、テーブルセットが最初からそこにあったことでわかる。
 元々王城勤務は何もなければ暇なのだ。基地内にいる分には、茶会をしていても剣の稽古をしていても変わらない。二人が来なければ、サリヤはベアトリクスの話し相手になっていただろう。
 そのベアトリクスはテーブルのすぐそばにいる。サリヤたちの話を聞いているだけでも楽しいらしい。鼻先のプロペラをくるくると回して、機嫌が良さそうだ。
 マーナベーナの絆の飛行機オリヴァーは大人しく厩舎の中にいる。オリヴァーはディー種なのであまり感情表現がない。そういった種の違いもあるけれど、大半はベアトリクスの性格によるのだろう。サリヤとベアトリクスは姉妹か友人のような関係だ。
 ヤーロッテからケーキを勧められたサリヤは、果実の薔薇から花びらを一枚フォークで取る。濃厚な甘さが口の中に広がった。
「甘いな」
「本当に。これで生の果物なのですよね?」
「南国の産物は、色も味も濃いものが多いですわね」
「好き嫌いも分かれそうだな」
「ですから、こちらのケーキは、クリームをあっさりにしているそうですわ」
 サリヤの祖国は大陸の北端。北岸の港は冬には凍る寒さだ。祖国の隣国であるこの国も北から二番目だから、南国の果物が珍しいのは変わらない。
 ――街の菓子店で輸入品を扱えるくらい、この国は発展しているのだな。
 サリヤは戦争から内乱、政変と、ずっと落ち着かなかった祖国を思う。これからはきっと良くなるだろう。
 ケーキの感想が一段落ついてから、ヤーロッテがサリヤを見る。
「飛行騎士団の新人騎士様が、メデスディスメ王国の王女殿下だとうかがったときは驚きました」
 先日の謁見のとき、彼女たちの祖父や父は臨席していた。
 茶会の前にもっと恭しい態度で挨拶をされたが、サリヤは普通に接してほしいと頼んだのだ。代わりにサリヤも普段の口調で話すことを許してもらった。
「初対面のときは身分を偽ったままですまなかった」
「いいえ。政変から逃れていらしたんですもの、当然ですわ」
 タルマーキがそう言うと、サリヤが答えにくいのを察したのかマーナベーナが声を明るくする。
「まさか隣国の王女殿下が飛行騎士になっているとは、誰も想像できませんものね」
「ええ、本当に」
「飛行騎士団長様の婚約者だとうかがって、さらに驚きましたわ!」
 二人は笑顔を浮かべて、「おめでとうございます」と寿ぐ。
「ありがとう。元敵国からの輿入れだが、この国で受け入れてもらえるとうれしいと思う」
「まあ、そんな。当たり前ですわ」
 その言葉をそのまま本心と受け取るほどサリヤも考えなしではない。
 軍関係の家系なのだから、過去の小競り合いなどは記憶にあるだろう。彼女たちがメデスディスメ王国に対して持っている感情が良いものだけとは思えない。
 表面上でも仲良くしてもらえるならそれだけで十分だと思っている。しかし、実際のところ、メデスディスメ王国に対してはわからないが、サリヤ個人に対して彼女たちが悪感情を持っているようには感じなかった。
「夜会の招待状をいただきましたけれど、そこで婚約のお披露目をされるのでしょう?」
「ああ、その予定だ」
「ご衣装はどうなさいますの?」
「祖国で用意したドレスだが……何か特別な決まりでも?」
 荷物を載せた馬車はあと数日で到着する。その中に夜会にふさわしいドレスが何枚かあったはず。
 婚約披露の衣装に決まりでもあるのかと思って聞くと、タルマーキは首を振った。
「いいえ、決まりなんてありません」
「ないからこそ、お聞きしたのですわ」
「ええ。騎士団の正装はなさいませんの?」
 二人は両手を組んでサリヤを見つめる。期待のこもった瞳だ。
「私はまだ見習い騎士だから、正装の用意がないんだ」
「まあ、残念ですわ」
「サリヤ様の正装を楽しみにしておりましたのに」
 ため息をつく二人にマーナベーナが苦笑する。
「婚約披露で、騎士服のサリヤを団長がエスコートするのは、少し倒錯的ではありません?」
「倒錯的?」
「ほら、あなたって騎士服だと、男装の女性っていうよりも少年って感じだから。まだドレスのほうが年相応に見えるわ」
 マーナベーナがサリヤに説明してくれる。
「あら、その倒錯的な雰囲気が素敵なのですよ!」
「正騎士になった暁には、ぜひ騎士服で参加してくださいませ!」
「えっ。ああ、わかった」
 懇願されてサリアは思わずうなずいてしまう。
「団長様の正装も素敵ですから、サリヤ様と並んだらきっとお似合いですわね」
 うっとりと言うヤーロッテに、サリヤはふと疑問が浮かんだ。
「今まで思い至らなかったんだが、団長は私と婚約する前に婚約者はいなかったのか?」
 ミクラは二十八歳だ。王弟で、軍の要職にも就いている。すでに結婚していてもおかしくない。
「公式にはお相手はいらっしゃいませんでしたわ」
「公式には? 非公式では誰かいたのか?」
 サリヤが聞くと、ヤーロッテとタルマーキは目配せしあってから、マーナベーナを見る。
「マーナベーナ様が有力候補とされていましたわね」
 マーナベーナは男爵家の出身の貴族だ。
 サリヤは夜会に向けて、貴族家の情報、地理と歴史の基礎を本で勉強している。夜会で話しかけられたときに最低限の受け答えができるのが目標だ。――ウェダはサリヤを婚姻で他国に出すつもりだったから、彼が手配した教師は離宮暮らしの三年間でベールルーベ王国の情報も教えてくれたが、国内で得られるものには及ばない。
 マーナベーナの実家は西岸に領地を持っている。領地の中には飛行騎士団の西基地があるが、サリヤはまだ行ったことがない。
 注目されたマーナベーナは顔の前で両手を振る。
「ヤーロッテ様もタルマーキ様も、それが噂だけだってご存じでしょう?」
 それから、サリヤに向けて、
「ハヤシさんが行方不明になったことに団長は責任を感じていたのよ。婚約者が帰ってこないなら実家で嫁ぎ先を用意するから飛行騎士を辞めろ、と言う父に、団長との縁談が進む可能性があるって思わせておいてくれたの。私の飛行騎士を続けたい思いを汲んでくれたのね」
「そうなのか」
「私の身近な人たちは裏事情までご存知よ」
 その言葉にヤーロッテとタルマーキがうなずく。
「もしかして、私が婚約者になるとマーナベーナはお父上から何か言われるのではないか?」
「そうねぇ……。心配しないで、何を言われても飛行騎士を辞めるつもりはないから」
 行方不明だったハヤシは生きていたが、現在は別の名前で生活しており、平民どころか国籍があるかすら怪しい。マーナベーナは復縁しないと言っていたけれど……。
 ――マーナベーナが困ったときに力になることができたらいいが。
 サリヤがそう考えたとき、
『北基地から王城基地へ。――メデスディスメ王国の飛行機から北基地のコンソールに通信。エリアンダリエ王国の船がメデスディスメ王国にやって来る可能性あり。エリアンダリエ王国の船を見かけたら連絡が欲しい。以上です』
 正規勤務の飛行機が、王城基地にいる騎士全員に伝えた。
 突然顔色を変えたサリヤとマーナベーナに、飛行機の声が聞こえないヤーロッテたちも何かあったと気づいたようで、「緊急事態ですか?」と聞く。
「いいえ、緊急というわけではなさそうですわ」
 マーナベーナはそう答えてから、
「サリヤの正装のためにも、実習を優先してもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですわ」
「片付けはこちらで」
「途中ですまない。ケーキもお茶もおいしかった」
「今日はありがとうございました」
「ありがとう。また誘ってほしい」
 挨拶もそこそこに、サリヤたちは厩舎に駆け込んだ。騎士の作業や待機の場も厩舎の中にある。
 北基地への返答は、連絡を受けた飛行機の絆の騎士が対応済みだった。
 マーナベーナに見守られながら、サリヤは飛行機の言葉を定型の用紙に記入する。
 飛行機で届けられた通信はまず軍司令部に届ける決まりだ。
「それじゃあ、提出に行きましょう」
 引き続きテーブルについていたヤーロッテたちに軽く会釈して、その横で『気を付けてね』と身体を揺らすベアトリクスに手を振って、サリヤはマーナベーナと連れだって司令部に向かった。
「サリヤはエリアンダリエ王国について何か知っている? メデスディスメ王国に来るって何のためかしら?」
 歩きながらマーナベーナに聞かれる。
「私の姉、第二王女が嫁いだ国だな。今は王妃になっている。……ということは、もしかして王妃が来るのだろうか? アンザイ三世は王妃にとっては父親になるわけだから……」
「ああ、お父様が亡くなったから……。国葬に参列したかったでしょうに」
 マーナベーナは納得したが、自分で言い出しておいてサリヤは疑問に思う。
 ――アンザイ三世の死に遠方から駆け付ける子どもがいるのか?
 自分も含めて、そんな王子王女がいるとは思えないが……。
 第二王女シャーサはサリヤとは十歳差。話したことはないし、サリヤが幼いうちに他国に嫁いだため、顔もうろ覚えだ。第二妃の娘だから似たような茶髪だったか?
 今ここでサリヤが考察したところで、エリアンダリエ王国の船が向かうのはメデスディスメ王国だ。
 ベールルーベ王国にいるサリヤには関係ないだろう。
 シャーサと会うことはないとサリヤは思った。
 ――問題なのは、そういう予想は往々にして外れるものだ、ということだ。
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