王国の飛行騎士

神田柊子

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第二部

メデスディスメ王国の城にて、イーノヴェ

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 メデスディスメ王国、先王アンザイ三世の第四王子イーノヴェは王の執務室に向かっていた。
 イーノヴェは現在、副宰相の職に就いている。いずれは宰相になる予定だ。
 マスモットも一応即位したが彼は反逆者。公式にはアンザイ三世の次の代がウェダ王となっている。
 イーノヴェはマスモットの同母弟だ。しかし、マスモットではなくウェダを支持した。
「サリヤが、自分は母を亡くし私は父を亡くした、と言ったんだ。彼女はアンザイ三世が父という実感はないらしい」
 先日ベールルーベ王国に旅立った末の妹王女について、ウェダがそう言った。
 マスモットもサリヤの感覚が理解できる。
 イーノヴェがこの王城で親族だと認識していたのは、第一側妃だった母とマスモット、頻繁にやってくる母方の祖父くらいだ。やはりアンザイ三世は身内に入らない。
 マスモットやウェダはアンザイ三世と親子の交流があったようだが、イーノヴェが幼いころは遠征で王都にいないことが多くかわいがってもらった記憶はない。
 その身内である母と祖父は、次期王の可能性があったマスモットを第一にしていた。イーノヴェは生まれたときから、マスモットの臣下の扱いだ。スペアですらない。
 これでマスモットがまともな人間ならイーノヴェも納得したが、彼は到底王にふさわしいとは思えなかった。
 何かあれば、いや何もなくても、マスモットはイーノヴェに暴力を振るった。母に訴えても改善されることはない。早々にイーノヴェは『家族』を見限った。
 マスモットの治世を補佐するためにと言って、祖父にたくさんの教師をつけてもらった。アンザイ三世は武王でマスモットも力を誇示するタイプだ。イーノヴェが宰相をめざすと言えばすんなり受け入れられた。
 イーノヴェは自分で王になるつもりはなかった。誰を支持するかは、ウェダに会ってすぐに決まった。
 ウェダを兄と思ったことはない。自分は彼の臣下になると即座に決めたからだ。
 ――ついにウェダが王になった。ここからが本番である。
 イーノヴェは執務室のドアを叩く。
 応えを待ってからドアを開くと、珍しくウェダは休憩中だった。ミュキと茶を飲んでいる。
「トバタ公爵夫人もいらしたのですか」
「ああ、領地に帰ると言うからな」
「さすがにあまり長く不在にはできないわ。子どもたちも残して来たから。ウェダ、旦那様も早めに帰してちょうだいよね」
「善処する」
 西地方の有力貴族トバタ公爵に嫁いだミュキは、ウェダと同年生まれの第一王女。イーノヴェは政変前は表立って他の王子王女と交流することができなかったから知らなかったが、ウェダとミュキはお互いに気負わず軽口を言い合う関係らしい。
 ウェダがきょうだいだと認識しているのは、ミュキとサリヤと、第二王女シャーサだけかもしれない。
 イーノヴェが味方についたときには、すでにウェダは実母の第一妃やその実家の公爵家を邪魔に思っていたようだ。表面上は従っておきながら、王位に就いたときに排除できるように整えていた。
 マスモットの反逆の情報を掴んだ際、公爵家には知らせず、そのままマスモットに討たせた。信頼できる従兄一人だけを匿い、彼はウェダ即位後に公爵を継いでいる。
 マスモットの襲撃対象外だった第一妃は現在は王太后になるが、夫の喪に服す名目で修道院に監禁状態だ。もちろんウェダの指示だ。
 ウェダの実妹の第三王女メーミアは、王太后に負けず劣らず高慢で悪質な人間で、同年生まれのイーノヴェは幼いころにいじめられた記憶がある。彼女は政変前にウェダの配下の貴族に嫁いだが、溺愛と独占欲を建前にして領地の離れに軟禁されているそうだ。もちろん結婚から軟禁までにはウェダの暗躍がある。
 マスモットの――つまりはイーノヴェの――母方の親族はウェダ即位後に粛清されているため、マスモットが排除した第一王子イトウの母方の親族も含めて、アンザイ三世の時代に縁戚として幅を利かせていた貴族家はどこも見る影もない。
 一方でミュキの実母の第三妃とその実家は、以前から裏でウェダを支援していた。第三妃に息子がいないことも大きな理由だろうが、ミュキとウェダの仲の良さも関係しているとイーノヴェは思う。
 そして、もう一人。ウェダやミュキと仲が良かったのが、第二王女シャーサだ。
 シャーサは第一王子イトウの同母妹だ。第二妃が母になる。
 ウェダとミュキが現在二十八歳。イーノヴェとメーミヤが二十二歳。シャーサはその間、二十六歳だ。
 第二妃の『家族』もイトウ優先だったから、シャーサの境遇はイーノヴェに近いが、王女だったためよりひどい扱いだったらしい。
 らしい、というのも、彼女はほとんど宮から出してもらえなかったようで、イーノヴェもあまり顔を見たことがない。
 アンザイ三世が大陸南方のエリアンダリエ王国に嫁ぐことをシャーサに命じたのは、ウェダの後押しがあったからだと後から知った。
 そのエリアンダリエ王国から伝令が届いたのだ。
「お寛ぎのところ失礼します。エリアンダリエ王国から伝令が届きました」
「エリアンダリエ王国?」
「シャーサからの連絡なの?」
 イーノヴェが本題に入ると、ウェダもミュキも注目した。
「国葬の知らせの返事か?」
 ウェダの質問にイーノヴェはあいまいに首を振りつつ、ミュキにも説明する。
「遠方なので参加は無理とは思いましたが、国葬のお知らせを送ったのです。それが先ほど届いた伝令は、王妃殿下はすでに我が国に向かっているというものでした」
 エリアンダリエ王国の現王妃がシャーサだ。
「すでに向かっている? いつ出発したんだ?」
「え! まさか! ウェダ、あなた、即位したことを知らせたわよね?」
「それが国葬の知らせだ」
 指示されたのはイーノヴェなので、ウェダに目を向けられて大きくうなずく。実際に返事は届いてる。
「行き違いだろう。マスモット反逆という密偵の情報だけで先行して出国したんじゃないのか?」
「ああー、あの子なら……」
 ミュキが頭を抱える。
 イーノヴェはなぜ二人がそれほどまでに慌てるのかがわからない。
「弔問に訪れるということではないのですか?」
「あら、イーノヴェは知らないの?」
「何をでしょうか? 僕はシャーサ殿下とは話したことがないので……」
 首をかしげるミュキに答えると、ウェダが唸るように教えてくれた。
「あいつは、イトウやマスモットが王になったら、メデスディスメを攻め落とすと私に宣言して嫁いで行ったんだ」
「は?」
 イーノヴェは目が点になる。
「王子王女の中で最初にアンザイ三世を殺そうとしたのがシャーサだぞ?」
「え?」
「あっさり退けられたけれど、気迫があると褒められていたわね」
「命がけだっただろうからな」
「はぁ?」
 虐げられて育ったうえに、遠方の国に一人で嫁がされた悲劇の王女ではないのか。
 ウェダは立ち上がるとベルを鳴らして侍従を呼ぶ。
「トバタ公爵をここへ」
 夫の名前を出されたミュキが首を傾げると、
「エリアンダリエ王国からなら海路だろう。西の港の可能性が高い」
「そうね。……ねえ、いくらシャーサでも、いきなり攻め込んでくることはないわよね?」
「宣戦布告の使者くらいは立てるだろう? それ以前に、エリアンダリエ王国から船への連絡手段がないとは思えない」
 ウェダは大きくため息をつくと、イーノヴェに向き直る。
「イーノヴェ、念のため、即位したのはウェダだと王妃に連絡してほしいとエリアンダリエ王国にすぐに伝令を送ってくれ」
「はい。承知いたしました」
 イーノヴェは慌てて執務室を後にした。
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