王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

昼食会議

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 自分に与えられた棟に戻り、飛行騎士団の件をサリヤが伝えるならイーノヴェがいいだろうと彼に面会を申し込むと、早々に承諾の返事が来た。
「昼食会議だそうだ」
 ウェダや他の兄たちもいるらしい。
「まあ、着替えませんと」
 ヒルカに「このままでいいのに」と言うと、軽くため息をつかれた。
「お待たせするわけにはいかないから時間のかからないものにしてくれ」
「黒以外もご用意しているのですが」
「黒にしてくれ」
 先日会った姉たちはきらびやかな衣装だったが、サリヤは喪服に準じたドレスで通すことにしていた。話しかけたい者、嫌味を言いたい者へ、多少の牽制になっている気もしなくもない。
 レースをあしらった色は黒だがだいぶ豪華なドレスに着替え、サリヤは指定された部屋に向かった。
 扉を開けてもらい、中に入る。
 ウェダとイーノヴェ。宰相と将軍ササガキは会話をしたことがあったか覚えていない。兄であるオータは面識だけだが、エリーカワは少し話したことがあったと思う。あとは三十代半ばの男が一人。
「突然お邪魔して、失礼いたします」
 淑女の礼をなんとかこなし、案内された席についた。
「だいたいの顔はわかるか」
「オータとは話したことがないんだってな」
 ウェダにエリーカワ。名前を出されたオータに「もちろんお顔は存じ上げております」と会釈をする。
「私は初めてお会いします。トバタと申します」
「ミュキ殿下のご夫君の……。初めまして、サリヤだ」
 トバタ公爵は少し驚いたようだった。おそらくサリヤの口調にだろう。これを正すには一朝一夕では足りないと思う。
「とにかく忙しくて、会議の時間を個別に取るより、こうやって食事をしながら皆で話したほうが早くてな。即位からしばらくこうしている」
 ウェダが説明してくれた。
 ウェダの腹心の部下の面々というわけだ。
 ドレス姿のサリヤは浮いていた。
 離宮にいたころサリヤはウェダから何も知らされなかったが、彼にとっては当たり前だったのだなと納得できた。ウェダはサリヤを王女だと知っていたのだから。
 ウェダがサリヤの性別に気づかなければ、オータやエリーカワのように最初からここに座っていたかもしれない。
 料理は最初に全てテーブルに並べられていた。人払いされていて給仕もいない。
「飛行騎士団について何かあると聞きましたが」
 イーノヴェが最初にサリヤに話を振ってくれた。
「今、飛行騎士団は活躍の場がないと聞きました。これからはもっと減るでしょう。それで、人を輸送する仕事をしてはどうかと思いました」
 サリヤは説明を続ける。
 鞍を二人乗りに変えて、国内に滑走路を整備する。短時間で、王城から国のどこにでも行き来できるようになる。
「二人乗りができるのか?」
「専用の鞍があると聞きました」
「へー」
 感心するのはエリーカワだ。軍服の彼は第三師団の団長だ。
「私は悪くないと思いますね」
「そうだな……」
 イーノヴェとウェダのやりとりを横目に、サリヤはトバタ公爵を見た。
「トバタ公爵領の遺跡は基地になっているだろう? 王城と公爵領の間で試してみては?」
「よくご存じで」
 公爵はまた驚いた様子だった。
「それなら、試してみるか。当分は飛行機の出番もないしな。鞍を付け替えるのは一旦は二台だけにしよう」
「承知しました」
 ウェダの言葉にイーノヴェがかしこまる。エリーカワが騎士団側、公爵が政府側の実務を引き受けた。
 サリヤは「ありがとうございます」と頭を下げた。
 自分の提案がこれほどあっさり聞き届けられるとは思っていなかった。
「いや、飛行機には皆詳しくないからな」
 助かる、と労われて、サリヤは三年前を思い出した。
 いずれ役に立ってもらうから、とウェダはサリヤに言った。女だと気づかれたことで政略の駒として役に立つ道しかなくなったと思っていたが、こうして感謝されることになるとは考えもしなかった。
「ありがとうございます」
 サリヤは再び頭を下げた。
「東地方の問題が長引きそうです」
 飛行騎士団の話が終わったあと、次に口を開いたのはオータだった。彼とエリーカワの母親は東地方に元々あった国の王女だった。
「中央からの移住者と先住者との諍いを反乱組織が煽っているようで……」
「反乱組織の制圧が最善ではあるがなぁ」
 ササガキが大きな肉を切りながら、唸るように言う。
「市井に紛れてわかりにくいのですよ」
「もういっそ、移住者と先住者と住む場所をわけたらいいんじゃないかって思ってしまいますね」
 オータが言うのに、サリヤは「それはやめた方がいいのでは」と口を出してしまった。
 オータがサリヤを見る。少しおもしろそうに笑って首を傾げ、続きを促す。
「分断してしまったら、衝突もないですが、分かり合える機会もなくなりますから」
 ――関わりを絶ってしまったらそれまで。
 エドリーンについて、ミクラに言われたことだった。
「そうですね。……話してみないとわからない」
 オータがうなずく。ウェダが「しばらくはこのままで」とまとめた。
「反乱組織の摘発は方策を再検討だ」
「承知しました」
 ウェダがサリヤに目を向けた。
「惜しいな。お前が王子だったらな」
「もったいないお言葉です」
 サリヤは目を伏せた。
 サリヤにとってそれは、認められたような全て否定されたような、うれしくも悲しい言葉だった。

 部屋に戻ってから、飛行騎士団長に宛てて首尾を書いた手紙を出し、サリヤは一息つく。
 王子でも王女でも、サリヤの中身は変わっていない。
 少し何か発言するだけで驚かれるのは心外だ。
 ベールルーベ王国、特に飛行騎士団は性別を気にしないで過ごせる場所だったのだな、と改めて思う。
「カッラ王子のころの衣装はないか?」
「ありません」
 サリヤの前にティーカップを置いたヒルカが即座に否定する。
「だろうな。……近衛の女性騎士の衣装でもいいんだが」
「ダメです。もう男装は禁止ですよ。どんなに動きにくくてもドレスを着ていただかないと困ります」
「そうだな……」
 男装して認められようとするのは違うだろうな。
 サリヤもそう思った。
 女の面を自ら否定してはいけないのだ。
「いっそのこと、こちらはこちらで極めてみるべきか? 中途半端だから良くないのかもしれない」
 サリヤは身を起こすと、ヒルカに向き直った。
「ミュキ殿下をお茶会にお誘いしたい」
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