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第一部
始まりの遺跡
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『サリヤ、カーティスから通信よ』
基地に帰る途中、ベアトリクスがそう告げた。
『ミクラからサリヤへ。――一緒に行ってほしい場所があるから、そのまま基地上空を大きく回って飛んでいてくれ』
「わかったと伝えてくれ」
『はぁい』
ベアトリクスはサリヤがまだ降りないのがうれしいのか、機嫌よく返事をする。
「マーナベーナ。私は団長に呼び出されたから、あなたは先に降りてくれ」
「ええ。オリヴァーにも通信が来たから、大丈夫よ」
機首を巡らせたベアトリクスに、基地に降りていくオリヴァーからマーナベーナが手を振った。サリヤも手を振り返し、カーティスを待つ。
オリヴァーが降りたのと入れ違いで、白い機体が空に上がってきた。
『ベアトリクス、ついてきてください』
カーティスに従ってたどり着いたのは、北西の森。
夕日に向かって飛ぶと、右手に国境の谷。その向こう、メデスディスメ王国側の森に火事に遭った離宮が見える。
『ベアトリクスが眠っていた遺跡に降ります』
『それなら、私が開けるわ』
ベアトリクスが答えてから、一拍後、木を乗せたままの森の地面が持ち上がった。塔が生えてきているようだった。
「すごいな……」
サリヤは遺跡が動くのを初めて見た。
感動していると今度は塔の横から金属が伸びてきた。
『滑走路よ。降りるわね』
「ああ、任せる」
ベアトリクスは旋回して滑走路に降り、そのまま走って遺跡の中に入って行った。
薄明るい内部は、以前に見たときと変わらない。
『カーティスも入れるわよ』
『ありがとうございます』
ベアトリクスは奥で止まり、鞍のガラスの覆いを開けた。
鞍に乗っていると遺跡の全容が一望できた。床以外の三面は彫刻が施された金属だ。天井は植物文様が敷き詰められていた。
「サリヤ!」
声をかけられて見下ろすと、ミクラが下で腕を広げて待っていた。
サリヤは少し迷ってから、鞍から飛び降りることにした。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
サリヤを受け止めたミクラが礼を言うのに、サリヤは首を傾げた。
『一旦閉じておくわ』
ベアトリクスがそう言うと、正面――湖に出られるのと逆側――の壁を光が走った。彫刻の模様をなぞるように、中央から外側へ。大きな花が咲いて、消えたときには滑走路は閉じていた。
「王城の遺跡と似ていますね」
「そうだな」
サリヤは、そういえば、と振り返る。
「あちらに湖があるんです」
「ああ、川と繋がっているという?」
ミクラにうなずいて、サリヤは壁の開口部を通る。
先ほどより暗い。自然の洞窟を加工した遺跡だ。
「神殿か?」
ミクラが感嘆の声を上げた。
「研究者が見たら狂喜乱舞だろうなぁ」
『ダメ。あなたたちだから入れたのよ』
ベアトリクスの声が響いた。
「わかった。大丈夫だ。他言はしない」
二人のやりとりを後目に、サリヤは湖に少し近づく。地底湖の奥は真っ暗で、今見ても恐ろしい。
「目が覚めたとき、私はここに倒れていました」
ミクラを振り返って、階段状の石でできた水際を指さす。
「今日はどうしてここに?」
首を傾げると、ミクラはサリヤの手を引いた。大人しく従って水際から離れる。
ミクラはサリヤの手を取ったまま、ひざまずいた。
「あの? 団長?」
「サリヤ。俺は君に結婚を申し込む」
「は?」
ぽかんと口を開けるサリヤを見て、ミクラはくしゃりと笑った。
「陛下が会いに行っただろう。親書の話を聞いたと思う」
「はい」
「君の存在はメデスディスメ王国にすでに知られている」
「隠せないとおっしゃっていました」
「だから、王女として君を祖国に返す。そして、俺の結婚相手としてベールルーベ王国に来てほしい」
「政略結婚、ですか?」
サリヤがつぶやくと、ミクラは彼女の手をぎゅっと握った。
「状況としてはそうだが、俺の感情としては違う。サリヤを大切に思っている。傍にいてほしい」
緑の瞳がサリヤを真摯に見つめていた。
「私は、……団長のことは尊敬していますが……」
「政略結婚の相手としては悪くないだろう?」
「それはむしろもったいないのでは? 私でなくとも団長なら」
「いない。サリヤ以外はありえない」
かぶせるように言われてサリヤは口を閉じる。
「ベアトリクスの騎士でいるために必要なことだと思ってくれないか」
ウェダはサリヤをどこかに嫁がせるつもりだった。
ベールルーベ王国と国交を結ぼうとしている今、ベールルーベ王国の王弟からサリヤに結婚の打診があればきっと受け入れるだろう。
そうすれば、サリヤは大手を振ってこの国に――ベアトリクスの元に戻って来れる。
ミクラに不満があるわけではない。尊敬しているし、感謝もしている。今となっては一番親しい異性だ。ただ、結婚相手とは考えたこともなかっただけ。
「今は政略結婚でいい。うなずいてくれないか」
「あ、……はい」
サリヤはおずおずと返事をした。
ミクラは「ありがとう」とサリヤの手に口づけをした。
王子として生きてきたサリヤには初めてのことだ。
びくりと肩を震わすと、ミクラは「すまない」と謝って立ち上がる。
「うれしくて、つい」
そう言って照れたように笑った顔は、サリヤの中にずっと残った。
ベアトリクスを説得するのは大変だった。
少し離れるだけだと、これから先ずっと一緒にいるために、と何度も繰り返して、サリヤは丸一日ベアトリクスに付き合った。
見習い騎士を卒業できないまま、サリヤは飛行騎士団基地を旅立った。
マガリが一緒のため、馬車で陸路だ。
サリヤたちが国境を目指す間に、メデスディスメ王国ガタエルタッカ領とベールルーベ王国の間の谷にかつてあった橋を簡易的に再建した。
サリヤはその橋を歩いて渡った。
『私が迎えに行くからね』
見送りにきたベアトリクスが上空を旋回している。
エフ種は魔力を蓄えられると聞いたがどれほどなのだろう。
サリヤは彼女に手を振って、ベールルーベ王国を後にしたのだ。
基地に帰る途中、ベアトリクスがそう告げた。
『ミクラからサリヤへ。――一緒に行ってほしい場所があるから、そのまま基地上空を大きく回って飛んでいてくれ』
「わかったと伝えてくれ」
『はぁい』
ベアトリクスはサリヤがまだ降りないのがうれしいのか、機嫌よく返事をする。
「マーナベーナ。私は団長に呼び出されたから、あなたは先に降りてくれ」
「ええ。オリヴァーにも通信が来たから、大丈夫よ」
機首を巡らせたベアトリクスに、基地に降りていくオリヴァーからマーナベーナが手を振った。サリヤも手を振り返し、カーティスを待つ。
オリヴァーが降りたのと入れ違いで、白い機体が空に上がってきた。
『ベアトリクス、ついてきてください』
カーティスに従ってたどり着いたのは、北西の森。
夕日に向かって飛ぶと、右手に国境の谷。その向こう、メデスディスメ王国側の森に火事に遭った離宮が見える。
『ベアトリクスが眠っていた遺跡に降ります』
『それなら、私が開けるわ』
ベアトリクスが答えてから、一拍後、木を乗せたままの森の地面が持ち上がった。塔が生えてきているようだった。
「すごいな……」
サリヤは遺跡が動くのを初めて見た。
感動していると今度は塔の横から金属が伸びてきた。
『滑走路よ。降りるわね』
「ああ、任せる」
ベアトリクスは旋回して滑走路に降り、そのまま走って遺跡の中に入って行った。
薄明るい内部は、以前に見たときと変わらない。
『カーティスも入れるわよ』
『ありがとうございます』
ベアトリクスは奥で止まり、鞍のガラスの覆いを開けた。
鞍に乗っていると遺跡の全容が一望できた。床以外の三面は彫刻が施された金属だ。天井は植物文様が敷き詰められていた。
「サリヤ!」
声をかけられて見下ろすと、ミクラが下で腕を広げて待っていた。
サリヤは少し迷ってから、鞍から飛び降りることにした。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう」
サリヤを受け止めたミクラが礼を言うのに、サリヤは首を傾げた。
『一旦閉じておくわ』
ベアトリクスがそう言うと、正面――湖に出られるのと逆側――の壁を光が走った。彫刻の模様をなぞるように、中央から外側へ。大きな花が咲いて、消えたときには滑走路は閉じていた。
「王城の遺跡と似ていますね」
「そうだな」
サリヤは、そういえば、と振り返る。
「あちらに湖があるんです」
「ああ、川と繋がっているという?」
ミクラにうなずいて、サリヤは壁の開口部を通る。
先ほどより暗い。自然の洞窟を加工した遺跡だ。
「神殿か?」
ミクラが感嘆の声を上げた。
「研究者が見たら狂喜乱舞だろうなぁ」
『ダメ。あなたたちだから入れたのよ』
ベアトリクスの声が響いた。
「わかった。大丈夫だ。他言はしない」
二人のやりとりを後目に、サリヤは湖に少し近づく。地底湖の奥は真っ暗で、今見ても恐ろしい。
「目が覚めたとき、私はここに倒れていました」
ミクラを振り返って、階段状の石でできた水際を指さす。
「今日はどうしてここに?」
首を傾げると、ミクラはサリヤの手を引いた。大人しく従って水際から離れる。
ミクラはサリヤの手を取ったまま、ひざまずいた。
「あの? 団長?」
「サリヤ。俺は君に結婚を申し込む」
「は?」
ぽかんと口を開けるサリヤを見て、ミクラはくしゃりと笑った。
「陛下が会いに行っただろう。親書の話を聞いたと思う」
「はい」
「君の存在はメデスディスメ王国にすでに知られている」
「隠せないとおっしゃっていました」
「だから、王女として君を祖国に返す。そして、俺の結婚相手としてベールルーベ王国に来てほしい」
「政略結婚、ですか?」
サリヤがつぶやくと、ミクラは彼女の手をぎゅっと握った。
「状況としてはそうだが、俺の感情としては違う。サリヤを大切に思っている。傍にいてほしい」
緑の瞳がサリヤを真摯に見つめていた。
「私は、……団長のことは尊敬していますが……」
「政略結婚の相手としては悪くないだろう?」
「それはむしろもったいないのでは? 私でなくとも団長なら」
「いない。サリヤ以外はありえない」
かぶせるように言われてサリヤは口を閉じる。
「ベアトリクスの騎士でいるために必要なことだと思ってくれないか」
ウェダはサリヤをどこかに嫁がせるつもりだった。
ベールルーベ王国と国交を結ぼうとしている今、ベールルーベ王国の王弟からサリヤに結婚の打診があればきっと受け入れるだろう。
そうすれば、サリヤは大手を振ってこの国に――ベアトリクスの元に戻って来れる。
ミクラに不満があるわけではない。尊敬しているし、感謝もしている。今となっては一番親しい異性だ。ただ、結婚相手とは考えたこともなかっただけ。
「今は政略結婚でいい。うなずいてくれないか」
「あ、……はい」
サリヤはおずおずと返事をした。
ミクラは「ありがとう」とサリヤの手に口づけをした。
王子として生きてきたサリヤには初めてのことだ。
びくりと肩を震わすと、ミクラは「すまない」と謝って立ち上がる。
「うれしくて、つい」
そう言って照れたように笑った顔は、サリヤの中にずっと残った。
ベアトリクスを説得するのは大変だった。
少し離れるだけだと、これから先ずっと一緒にいるために、と何度も繰り返して、サリヤは丸一日ベアトリクスに付き合った。
見習い騎士を卒業できないまま、サリヤは飛行騎士団基地を旅立った。
マガリが一緒のため、馬車で陸路だ。
サリヤたちが国境を目指す間に、メデスディスメ王国ガタエルタッカ領とベールルーベ王国の間の谷にかつてあった橋を簡易的に再建した。
サリヤはその橋を歩いて渡った。
『私が迎えに行くからね』
見送りにきたベアトリクスが上空を旋回している。
エフ種は魔力を蓄えられると聞いたがどれほどなのだろう。
サリヤは彼女に手を振って、ベールルーベ王国を後にしたのだ。
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