王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

カメイ来襲

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 団長室にやってきたエドリーンは、室内の面子を見て一歩後ずさった。面倒そうだと思ったに違いない。
「彼はサリヤの実家の使者で、客用の部屋に泊まることになりました。サリヤは場所を知らないので案内してもらえますか」
 ルッボーがいつもの冷たい表情で頼むと、エドリーンは若干青くなってうなずいた。
 そんな彼女の後ろをサリヤは歩く。マガリは離宮でそうしていたようにサリヤの後ろを歩く。
 団長室のある本部棟を出て、宿舎は隣りの建物だ。木々の上の西の空は微かに夕焼けの色が残るが、もう辺りは暗い。
 何もない広場を横目に、マガリがサリヤに声をかけた。
「殿下」
「その呼び方はやめてくれないか」
「しかし」
「サリヤでよい」
「サリヤ殿下」
「殿下はなしだ。……命令だ」
 サリヤは今度は実際にため息をつく。エドリーンは振り返らないけれど、こちらを気にしているだろう。
「サリヤ様、内密でお話が。黒衣の男の件です」
 サリヤはばっとマガリを振り返る。母を斬り、サリヤが谷に落ちる原因になった刺客だ。
 立ち止まるサリヤたちにエドリーンが声をかけた。
「ねぇ、ここで立ち話はやめてくれない? あたし、ご飯まだなんだけど」
 もう宿舎の前だった。出入り口はポーチがあり、彼女はその段差に足をかけたところ。宿舎の中から届く灯りがエドリーンの不機嫌な顔を照らしていた。
「すまない」
 サリヤはマガリに「後で聞く」と短く伝え、エドリーンに駆け寄ろうとした。
「きゃっ!」
 エドリーンの悲鳴が響く。
 ポーチの柱の影から伸びた手が、彼女の身体を縛めた。
「貴様!」
 マガリがサリヤの前に出る。
 エドリーンの首に短剣を突き付けているのは黒いぴたりとした上下の服を身につけた男だ。
 やはり布で覆った顔から細い目だけが見えている。
 マガリから聞いたばかりの刺客が目の前にいた。
「本当はこんなことしたくないんだけどさ」
 男はそう言った。
 エドリーンを押さえる腕に力を込めたのか、彼女が「ひっ」と息を飲んだ。
「剣を下ろしてくれるかなぁ」
 男は言うがマガリは従わない。マガリの中ではエドリーンの優先順位は低いはずだ。
 だからサリヤは命令した。
「マガリ、剣を下ろせ。控えろ」
 サリヤは前に出る。
「殿下!」
 マガリの抗議の声は無視する。呼び方が戻っているのも聞かなかったことにしてやる。
 サリヤは黒衣の男に対峙した。
「用があるのは私だろう? なんだ?」
「へぇー。殺されるかもって思わないのかい?」
「あなたが私を殺すつもりなら、人質なんて取らないはずだ。その前に殺せばいい」
 サリヤが言うと、男は「ふーん」とおもしろそうに鼻を鳴らす。目が笑みを描いた。
「話が早いのは悪くないね。――あんたを殺せって依頼は無効になった。依頼人が死んじゃったからさ」
 ベップ侯爵って知ってるよね? と男は笑った。
 後ろでマガリが身じろぎする。彼は男の話に心当たりがありそうだ。サリヤはこの男をマスモットからの刺客だと思っていたから、依頼だとかベップ侯爵だとか初めて聞く話だが、聞き流した。
 サリヤは肯定も否定もせずに、「それで?」と促す。
「動揺もしないの? かわいくないなぁ」
「………………」
 無言を返してやると男は短く舌打ちをした。
「そこの護衛騎士は王女様を連れ戻しにきたんだろ?」
「ああ」
「メデスディスメ王国にベアトリクスを連れて帰れ。修理魔法をかけてもらいたい飛行機がある」
「は?」
 予想外の要求にサリヤは目を丸くする。
「約束しろ。この子の命と引き換えだ。王女様が約束を守らない場合……」
 そこで、明るい声が割り込んだ。
「サリヤ、良かった。団長とは会えた? えっ?」
 宿舎から出てきたのはマーナベーナだ。サリヤにしか気づいていなかったようで、エドリーンと男を見て目を見開いた。
「……ハヤシさん? ハヤシさんでしょ?」
 マーナベーナの声にサリヤは再度目を丸くする。
 ハヤシという名前はミクラから聞いた。マーナベーナの婚約者でミクラの親友だった、あの人物だ。
 男は一瞬マーナベーナを見て、エドリーンを離した。サリヤは突き飛ばされた彼女を慌てて受け止める。
 男は身をひるがえす。
「ベアトリクス! 土魔法! 蔓植物で縛れ!」
『まかせて!』
 サリヤの指示にベアトリクスが魔法で植物を出し、男を縛り上げる。
 彼女はまた勝手に厩舎から出てきて、ずっと近くにいたのだった。男からは見えなかっただろう。
「サリヤ! 無事か?」
 背後からミクラの大きな声が聞こえた。
『ミクラは私が呼んでおいたわ』
 ベアトリクスが胸を張る。
「あたしが何したっていうの? もういや」
 サリヤの腕の中でエドリーンが声を上げて泣き出した。エドリーンには本当に申し訳なく思う。
 ポーチのタイルに落ちていた短剣は、サリヤがあの夜崖の上で自分の髪を切った短剣だった。
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