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第一部
マガリの目的
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団長室で、応接セットのソファにマガリと向き合って座る。サリヤの隣にはミクラが座った。ルッボーは自分の執務机についた。サリヤたちの背後になる。
マガリは国境の谷を超えて、ここまで歩いてきたらしい。雇いの護衛のような服装はだいぶくたびれていた。マガリは少し居心地悪そうに浅く腰かけている。護衛の彼が自分の前に座る姿を見るのは、そういえば初めてかもしれない。
席についてミクラに顔を向けると、逆に促された。
「サリヤから質問して構わない」
「ありがとうございます」
サリヤはマガリに向き直る。彼も姿勢を正した。
「マガリ、あなたは何のためにここに来たんだ?」
「殿下を探しに来ました。ご無事であれば国まで安全にお戻りいただけるように、お迎えに参りました」
マガリは一度言葉を切り、
「殿下のご身分を閣下と副団長殿はご存知なのですね?」
「ああ。……許せ。私の事情はだいたいお話してある」
サリヤは自分がミクラに話した内容をマガリに伝えた。――カッラ王子として育ち、ウェダの計らいで離宮に移り、政変で殺されかけた。
その方がマガリも話せることとそうでないことを決める際に都合がいいだろう。
「殿下が谷に落ちた可能性を考えました。その翌朝、ベールルーベ王国側で飛行機が森に降りたのが離宮から見えました。それでこちらの国に保護されたのではないかと……。私は王宮に伝手はありませんし、不法入国ということになりますから、まずは飛行騎士団にさぐりをいれようとこちらを訪れたところでした」
「だいたい予想通りだ」
サリヤはうなずく。
「一点だけ違う。私は谷に落ちて川に流されたとき、飛行機の騎士に選ばれたんだ」
「飛行機……? では殿下は……」
「ベールルーベ王国で飛行騎士になった」
「………………」
マガリは口を開けている。
「騎士の出身よりも飛行機が所属する群れが優先されるのは、知っているか?」
「ええ、軍属なので……」
「私を騎士に選んだ飛行機はベールルーベ王国の飛行機だ」
「それは……。それでは、殿下は! 殿下はメデスディスメ王国を捨てたと?」
マガリがサリヤを睨むように見つめる。
サリヤはそれ以上の強さで彼を見返した。
「先に私を捨てたのはそちらだろう!」
「っ!」
「カッラ王子は死んだと聞いた! それなら、私は誰だ? 私を国に連れ帰ってどうする? カッラが生き返るのか?」
立ち上がったサリヤを、横からミクラが宥め、座らせた。
「サリヤ。落ち着け」
「……申し訳ない」
肩を叩かれ息を整えるサリヤを見てから、ミクラがマガリに尋ねた。
「ウェダ陛下が貴殿を派遣したのか?」
「……いえ、探しに行かせてほしいと頼んだのは私です」
マガリはサリヤの剣幕に驚いていたようだった。離宮でのサリヤは大人しい王子だったと思う。
マガリははっとしたようにミクラに答え、
「しかし、ウェダ殿下も許してくださいました。カッラ殿下がお戻りになっても、殿下が不当に扱われることはないはずです」
少し迷うようにしたあと、マガリは「ウェダ殿下が即位されたというのは本当でしょうか」とミクラに聞いた。
ミクラはうなずく。
「四日前か。マスモット王を倒して即位されたそうだ」
「ああ! ついに……」
自身の膝を拳で打ったマガリに、サリヤは純粋に疑問に思った。
「マガリは陛下の乳兄弟だっただろう? 一生に一度の大事なときに、お傍にいなくてよかったのか?」
「それはもちろん考えましたが、私はカッラ殿下の護衛です。ウェダ陛下には将軍もイーノヴェ殿下もいらっしゃいますが、カッラ殿下には私だけだと……それなのに危険にさらしてしまって……」
「責任感も結構だが、本当にもう気に病まなくて良いからな」
サリヤはそう伝えてから、話を戻す。
「陛下はもともと私をどうするつもりだったんだ? 陛下は王太子争いに勝ったら、私を王宮に戻してどこかに嫁がせるつもりだろうと思っていたのだが」
「陛下の意図はわかりかねますが、有事の際にカッラ殿下を死亡と発表することは事前に決められていました」
申し訳ございません、とマガリは頭を下げる。
「なるほど。それなら、私は隠されていた王女として登場する予定だったのか」
王女を王子だと偽っていたよりも、王女を隠していただけの方がまだ心証がよさそうだ。
「その計画はまだ生きているというわけだな」
「そんな、計画などと! 陛下も殿下を心配して捜索の許可を出されたと思います」
「ああ、わかっている。気を配っていただけていないとは思わない。離宮に移していただいたことは本当に感謝しているんだ」
ただ、政治の駒と見なされている割合が大きいだけだとサリヤは考えている。
「マガリ、私はもうメデスディスメ王国に戻るつもりはない。今の私はベールルーベ王国の飛行騎士サリヤだ」
「殿下!」
そこでミクラが口を開いた。
「サリヤはこう言っているが、貴殿は納得してくれるのか」
「いいえ、できません。殿下には一緒にメデスディスメ王国にお戻りいただきたい」
「それは貴殿の考えか?」
「ええ」
「ウェダ陛下のお考えは? 貴殿が国と出たときと状況は変わっている。一度戻って、サリヤの無事を報告してはどうだろう」
「……それは……」
口ごもったマガリに、ミクラは笑った。
「もう遅い。今日は終わりにしよう」
そこで後ろを振り返る。
「ルッボー」
ずっと黙ったままだったルッボーは書記でもしていたのかもしれない。立ち上がり応接セットに回ってくる。
「マガリ卿には客用の部屋をご用意しました。食事は食堂になってしまいますが、それでもよろしければ」
「かたじけない。感謝する」
ミクラがカーティスを呼んだ。
「カーティス、近くに誰かいるか?」
『エドリーンがいます』
「団長室に呼んでくれ」
『承知しました』
サリヤが首を傾げると、ミクラは「案内だ」と彼女に笑顔を向けた。
「二人だけにするのはちょっとな」
マガリは国境の谷を超えて、ここまで歩いてきたらしい。雇いの護衛のような服装はだいぶくたびれていた。マガリは少し居心地悪そうに浅く腰かけている。護衛の彼が自分の前に座る姿を見るのは、そういえば初めてかもしれない。
席についてミクラに顔を向けると、逆に促された。
「サリヤから質問して構わない」
「ありがとうございます」
サリヤはマガリに向き直る。彼も姿勢を正した。
「マガリ、あなたは何のためにここに来たんだ?」
「殿下を探しに来ました。ご無事であれば国まで安全にお戻りいただけるように、お迎えに参りました」
マガリは一度言葉を切り、
「殿下のご身分を閣下と副団長殿はご存知なのですね?」
「ああ。……許せ。私の事情はだいたいお話してある」
サリヤは自分がミクラに話した内容をマガリに伝えた。――カッラ王子として育ち、ウェダの計らいで離宮に移り、政変で殺されかけた。
その方がマガリも話せることとそうでないことを決める際に都合がいいだろう。
「殿下が谷に落ちた可能性を考えました。その翌朝、ベールルーベ王国側で飛行機が森に降りたのが離宮から見えました。それでこちらの国に保護されたのではないかと……。私は王宮に伝手はありませんし、不法入国ということになりますから、まずは飛行騎士団にさぐりをいれようとこちらを訪れたところでした」
「だいたい予想通りだ」
サリヤはうなずく。
「一点だけ違う。私は谷に落ちて川に流されたとき、飛行機の騎士に選ばれたんだ」
「飛行機……? では殿下は……」
「ベールルーベ王国で飛行騎士になった」
「………………」
マガリは口を開けている。
「騎士の出身よりも飛行機が所属する群れが優先されるのは、知っているか?」
「ええ、軍属なので……」
「私を騎士に選んだ飛行機はベールルーベ王国の飛行機だ」
「それは……。それでは、殿下は! 殿下はメデスディスメ王国を捨てたと?」
マガリがサリヤを睨むように見つめる。
サリヤはそれ以上の強さで彼を見返した。
「先に私を捨てたのはそちらだろう!」
「っ!」
「カッラ王子は死んだと聞いた! それなら、私は誰だ? 私を国に連れ帰ってどうする? カッラが生き返るのか?」
立ち上がったサリヤを、横からミクラが宥め、座らせた。
「サリヤ。落ち着け」
「……申し訳ない」
肩を叩かれ息を整えるサリヤを見てから、ミクラがマガリに尋ねた。
「ウェダ陛下が貴殿を派遣したのか?」
「……いえ、探しに行かせてほしいと頼んだのは私です」
マガリはサリヤの剣幕に驚いていたようだった。離宮でのサリヤは大人しい王子だったと思う。
マガリははっとしたようにミクラに答え、
「しかし、ウェダ殿下も許してくださいました。カッラ殿下がお戻りになっても、殿下が不当に扱われることはないはずです」
少し迷うようにしたあと、マガリは「ウェダ殿下が即位されたというのは本当でしょうか」とミクラに聞いた。
ミクラはうなずく。
「四日前か。マスモット王を倒して即位されたそうだ」
「ああ! ついに……」
自身の膝を拳で打ったマガリに、サリヤは純粋に疑問に思った。
「マガリは陛下の乳兄弟だっただろう? 一生に一度の大事なときに、お傍にいなくてよかったのか?」
「それはもちろん考えましたが、私はカッラ殿下の護衛です。ウェダ陛下には将軍もイーノヴェ殿下もいらっしゃいますが、カッラ殿下には私だけだと……それなのに危険にさらしてしまって……」
「責任感も結構だが、本当にもう気に病まなくて良いからな」
サリヤはそう伝えてから、話を戻す。
「陛下はもともと私をどうするつもりだったんだ? 陛下は王太子争いに勝ったら、私を王宮に戻してどこかに嫁がせるつもりだろうと思っていたのだが」
「陛下の意図はわかりかねますが、有事の際にカッラ殿下を死亡と発表することは事前に決められていました」
申し訳ございません、とマガリは頭を下げる。
「なるほど。それなら、私は隠されていた王女として登場する予定だったのか」
王女を王子だと偽っていたよりも、王女を隠していただけの方がまだ心証がよさそうだ。
「その計画はまだ生きているというわけだな」
「そんな、計画などと! 陛下も殿下を心配して捜索の許可を出されたと思います」
「ああ、わかっている。気を配っていただけていないとは思わない。離宮に移していただいたことは本当に感謝しているんだ」
ただ、政治の駒と見なされている割合が大きいだけだとサリヤは考えている。
「マガリ、私はもうメデスディスメ王国に戻るつもりはない。今の私はベールルーベ王国の飛行騎士サリヤだ」
「殿下!」
そこでミクラが口を開いた。
「サリヤはこう言っているが、貴殿は納得してくれるのか」
「いいえ、できません。殿下には一緒にメデスディスメ王国にお戻りいただきたい」
「それは貴殿の考えか?」
「ええ」
「ウェダ陛下のお考えは? 貴殿が国と出たときと状況は変わっている。一度戻って、サリヤの無事を報告してはどうだろう」
「……それは……」
口ごもったマガリに、ミクラは笑った。
「もう遅い。今日は終わりにしよう」
そこで後ろを振り返る。
「ルッボー」
ずっと黙ったままだったルッボーは書記でもしていたのかもしれない。立ち上がり応接セットに回ってくる。
「マガリ卿には客用の部屋をご用意しました。食事は食堂になってしまいますが、それでもよろしければ」
「かたじけない。感謝する」
ミクラがカーティスを呼んだ。
「カーティス、近くに誰かいるか?」
『エドリーンがいます』
「団長室に呼んでくれ」
『承知しました』
サリヤが首を傾げると、ミクラは「案内だ」と彼女に笑顔を向けた。
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