王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

メデスディスメ王国、王城にて

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「くそっ!」
 国王マスモットは悪態をついた。
 執務室の机の上を両腕で薙ぎ払う。大きな音を立てて、ガラスのランプが割れた。
「飛行騎士団を連れ戻せ!」
 国王補佐官に抜擢した従兄の伯爵は、真っ青な顔でおろおろと無意味に両手を彷徨わせた。
「それは……騎士全員が出動しているので、連絡手段がなく……」
「なんだと! なんでもいいから、どうにかしろ!」
 ガラスのかけらを蹴りつけると、ひっ、と悲鳴を上げて、伯爵は執務室から出て行った。
 一人になったマスモットは扉に飛びつくように鍵をかけ、うろうろと部屋を歩く。
「アガツマはどうしたんだ。様子を見に行くと言ったまま戻らん」
 ウェダが第一師団を引き連れて攻めてきたと報告があったのは、半刻ほど前だ。
 アガツマが慌てて確認に行き、戻って来ていない。気が付けば近衛騎士の姿もない。
 争いの声は段々近づいてきている気がする。
 このままでは危ういのではないか。
「どうしてこうなった」
 第一王子イトウを殺害し――あいつは自室で寝こけていたから簡単だった――、父王アンザイ三世を倒し――事前に毒を盛ったのが功を奏した――、王位についたまでは良かった。しかし、そのあとがどうにもうまくいかなかった。
 マスモットの協力者は第二師団の団長アガツマ。軍に伝手はあれど、政府にはない。
 宰相をはじめ主だった大臣は登城を拒否し、自宅に籠った。それに追従した文官も多い。要職につけた母方の親族連中も国政の経験などない。穴埋めに取り立てたアガツマの関係者も軍出身ばかり。
 政変の成功の高揚が落ち着いたときには、文官は半分以下に減り、政府は碌に機能していない状況になっていた。同時に王城の使用人もどんどん減っていた。
 軍も似たようなものだ。第一師団は将軍ササガキとともに、第三師団は第六王子エリーカワとともに消えた。第二師団だけでは捜索の手も足りない。
「そもそも暗殺が失敗したのはなぜだ?」
 そうだ。王位につく前から、ケチはついていたのだ。
 他の王子の暗殺計画が漏れていたとしか思えない。
「くそっ! やはりアガツマが裏切っていたのか?」
 分厚い扉を通して怒鳴り声が響く。
「どこかに隠し通路があったりしないか……?」
 本棚をがたがたと揺らしていたマスモットは、扉がガツガツと叩かれる音で振り返った。
 鍵が壊され、扉が蹴り破られる。
 最初に姿を現したのは、将軍ササガキだった。
「貴様! アンザイ三世をよくも!」
 ぎりぎりと歯を食いしばり、彼は叫ぶ。
 今にも飛びかかるササガキを「待て」と短い声が止めた。
「ウ、ウェダ……」
「久しぶりだね、兄上」
 マスモットはウェダに兄と呼ぶ許可など与えたことがない。彼は皮肉に皮肉を重ねる。
「いや、マスモット陛下と呼ぶべきかな。――今はまだ」
 先に動いたのはマスモットだった。
 鞘を投げ捨て、剣を振りかぶる。
「王は俺だ!」
 対するウェダは全く動かず、
「よし」
 それだけ口にした。
 ウェダに向けられていた剣をササガキが弾き飛ばし、返す刀でマスモットの腹を刺した。
 一瞬だった。
 剣が抜かれたとわかったのは自分の身体が崩れ落ちたあとだ。
 腹が熱い。
 マスモットは濡れた手を床についた。
 ササガキはマスモットを見ることもなく、ウェダの前に膝をついた。
「ありがとうございます」
 ササガキのかすれた声に、ウェダは彼の肩を叩いて労った。
 そのままササガキを回り込み、マスモットを見下ろす。
「王は私だ」
 くそっ!
 悪態は声にならず、睨みたくとも顔が上がらない。
 毒に倒れた父王アンザイ三世は剣を持って目の前に立ったマスモットに、「なんだお前か」とがっかりした顔をしたのだ。
 父は誰が来るのを期待した?
 ――母親の実家の爵位や生まれた順で次代を決めるつもりはない。
 そう宣言されたのはまだ一桁の年のころだ。イトウとウェダに挟まれて、父王の前に並んで聞いた。
 父は誰に決めた?
「王は私だ」
 アンザイ三世によく似た声が繰り返した。
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