王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

メデスディスメ王国、王都にて

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 王都の下町の宿の一室。
 メデスディスメ王国第三王子ウェダは、各方面からの報告を受けていた。
 さすがに酒はないが、テーブルには料理が並び、会議なのか食事なのかわからない状態だった。
 この宿は十年ほど前から王都の拠点としており、経営者はウェダの配下の者だ。平時は普通の宿として営業している。目の前の料理も宿の食堂から運ばせたものだった。
「エリーカワ、無事でなによりだ」
「ありがとうございます」
 第六王子エリーカワは、第三師団の団長を務める。マスモットの手を逃れ、第三師団ごと西地方に潜伏していたのが、合流したのだ。
 彼の母親の第三側妃は、アンザイ三世に攻め落とされた東地方の国の王女だった。マスモットはエリーカワと第五王子オータを探すために東地方に兵を差し向け、反乱組織を煽っていた。これにはウェダも頭が痛い。早急にどうにかしたいところだった。
「第三師団は王都の西の森に分隊ごと潜ませております。トバタ公爵が協力してくださって、潜伏中も訓練は欠かさなかったので士気も高いです」
 二十歳のエリーカワは師団長を任されるには若年だ。合わせて第三師団も年齢層が低い。外国との戦争がなくなって、近年は国内の反乱の平定が多かった。彼ら若い世代にとって、今回の政変は初めての大きな戦いと言えるかもしれない。
「トバタ公爵夫人がウェダ殿下にくれぐれもよろしくとおっしゃっていましたよ」
 エリーカワは苦笑した。
「マスモットを叩き潰せとでも言われたか」
 公爵夫人の様子を想像してウェダが指摘するとエリーカワは言葉を濁した。
 トバタ公爵夫人は第一王女だ。ウェダと同年生まれの異母妹だが、彼女はとにかく第一王子と第二王子を毛嫌いしていた。彼女とウェダは子どものころ、二人の兄から散々な目に遭わされたからだ。当然のように彼女はウェダの味方だった。
 大陸の南部の遠く離れた国に嫁いだ第二王女以外の王女は、それぞれ国内の嫁ぎ先で無事を確認している。婚家はどこもウェダを支持しているか、様子見かのどちらかだ。
 第七王子カッラだけが安否不明だった。
「第一師団は?」
 将軍ササガキに目を向けると、彼は力強くうなずいた。
「王都の南に待機させています」
 ウェダもうなずき返し、やはり久しぶりに顔を合わせた第五王子オータに声をかける。
「オータも無事でなによりだ。宰相はどうしている?」
 オータはエリーカワと同い年の二十歳。政変前は文官として勤めており、マスモットの暗殺をかわしたあと宰相に匿われていた。
 彼の母親も、エリーカワの母親とは別の、東地方にかつてあった国の王女だ。彼ら二人が王位を狙わず早々にウェダについたのは、母方の後ろ盾がなかったせいもある。一歩間違うと東地方の反乱の余波で投獄されるかもしれない危うい立場だった。
 オータは「それが……」と困った顔をした。
「静観をお願いしたのですが、アンザイ三世の敵討ちなら参戦したいと言われまして……」
「ご老体が? ペンの剣と紙挟みの盾じゃないでしょうね」
 イーノヴェが眉を寄せる。彼もまた文官で、宰相とは親しい。
「ああ、まさにそれでいいんじゃないか」
「はい?」
「政権を取ったあとは当然働いてもらうつもりだが、それより前に国民に向けて我々の正統性を説くことをやってもらいたい」
「なるほど。承知いたしました」
「私から伝えておきます」
 オータが請け負った。
 最後にイーノヴェが口を開く。ずっと以前から密かにウェダに従ってくれていた第四王子の彼は、マスモットの同母弟だ。政変前まではマスモットに従うふりをしていたイーノヴェは、マスモットから一番恨まれていることだろう。とはいえ、マスモットはイーノヴェにも暗殺者を差し向けていたから、弟を完全に信頼していたわけではないようだった。――ちなみに、ここにいる四人の王子は皆母親が違う。
 イーノヴェは王都に入ってからあちこちと連絡を取っていた。
「まず、王城に残った第二師団のうち、第五分隊の協力を取り付けました。彼らが王城内へ手引きしてくれる予定です。……いやぁ、第二師団長のアガツマがマスモットの協力者なので難しいかと思ったのですが、良かったです」
「第五分隊長は、東地方の反乱平定の際に戦功を上げた者だったか」
 ササガキの独白めいたつぶやきに、イーノヴェがうなずく。
「政府にも軍にもアンザイ三世の信奉者は多いですが、第五分隊長は将軍の信奉者のようですよ。元気にしていると伝えたら涙ぐんでましたね」
「そうですか……」
 ササガキは珍しく口籠った。
 イーノヴェは微笑んでからウェダに向き直る。
「それから、王都警備隊。アガツマ配下の第二師団連中が、政変以降、大きな顔で王都を練り歩いていて、中には狼藉を働く者もいたりで、だいぶ手を焼いていたようです」
「なんだと!」
「あー、まったく……」
 師団長二人が嘆く中、イーノヴェは「彼らは自ら穴を掘ってくれて、ずいぶん楽ですね」と笑った。
「王都警備隊には王都の民の安全確保を担ってもらえることになりました。王城の混乱には関知しないそうです」
「それはありがたいな」
 王都警備隊は、自然発生的にできた自警団を、大きな商会や地域の有力者、当時の政府が支援したことで発展した半官半民の組織だった。運営は民間主体であるため、軍と対立すると立場が弱い。しかし、軍の規程では王都警備隊も守るべき国民だ。以前も問題は起きなくはなかったがそれなりに軍の規律は保たれていた。しかし現在はそうではないらしい。第二師団を丸ごとやめさせるわけにはいかない以上、これも王位についたあとの課題になる。
「我々の思惑通り、マスモット側はベールルーベ王国の飛行機巡回に反応してくれた。動かすのは飛行騎士団だけで、地上からは乗り込まないから牽制程度だろうが、きっかけとしては悪くない」
 ウェダの言葉にそれぞれがうなずく。
 イーノヴェが「一つ追加で」と片手を上げた。
「飛行騎士団だけが活躍の機会を得たのをアガツマが気に入らず、不機嫌に当たり散らしているらしいです。第五以外の分隊長もアガツマに迎合し、その日は訓練をさぼって慰労会をするつもりだとか」
 伝聞口調だが、そう誘導したのは彼の間諜だろう。
「飛行騎士団の様子はご存知ですか?」
 ササガキがイーノヴェに尋ねた。飛行騎士団は軍の中でも特殊だ。騎士を選ぶのは飛行機だから、団長をはじめとしてほとんど平民なのだ。
「政変以降、飛行機の厩舎に籠もっていたようです。飛行機に乗っていれば最強でも、騎士本人は普通の人ですからね。危険だと思ったんでしょう」
「国王からの命令では出るしかないですな……」
「まあ、出てくれないとこちらが困りますから」
 ウェダは飛行騎士団の立場も改善しなくては、と心に止める。
「飛行騎士団が出発したあと、我々は王城に攻め込む。第一師団は城内の制圧。文官のうちの敵対勢力はイーノヴェがまとめている。他の人間は執務室などに留めておいてくれ。――第一分隊はマスモットとアガツマを倒すことを優先。私も第一分隊に同行する。――第三師団は軍部の制圧。どこかに閉じ込めておけるなら、戦わずとも良い」
「は!」
「承知しました!」
「オータは宰相の元で待機。――イーノヴェは、どうする?」
「ああ、僕はこちらで待機します。自分の身を守る自信もないですからね」
 同母兄の行く末が気になるかと尋ねたが、余計な世話だったようだ。
「ウェダ殿下、一つよろしいでしょうか」
 オータに聞かれウェダは促す。
「カッラが亡くなったというのは本当ですか? 第四側妃も」
「私も気になっていました」
 エリーカワも身を乗り出す。
「第四側妃が亡くなったのは事実だ。だが、カッラは安否不明だ。ベールルーベ王国との国境の川に落ちたと見られている」
「それでは海に?」
「いや、ベールルーベ王国に保護されている可能性がある」
 探りに行かせているところだ、と続けると、オータはほっと息をついた。それをエリーカワが見とがめる。
「なんだ、お前、カッラと親しかったのか?」
「いや、直接話したことはないな。若手の文官の中で、カッラは未来の大臣の有望株と見られていて有名だったんだ」
「俺は一度だけ話したことがあるぞ。第一王子の従弟だかの公爵令息に絡まれていて助けてやったら、『殿下はお強いのですね』と褒められた。小さい弟はかわいもんだなと思った」
 ウェダはヒルカの言葉を思い出した。
 カッラに事情を説明し、彼らと同様に仲間として扱っていたら、彼――いや彼女は今ここにいたのかもしれない。
 ウェダはオータとエリーカワに向き直った。
「お前たちに伝えておくことがある」
「は」
「はい」
「カッラは王女だ」
「はい?」
「王女?」
 目を丸くする二人にウェダはうなずく。
「アンザイ三世もご存知だった」
 後見のベップ侯爵が主犯だと、調べてわかった事情を説明する。
 エリーカワは「言われてみれば、まあ女にも見えましたかね」と首を捻り、オータは「それで離宮に移したのですね」と納得していた。
「王位についた暁には、ベールルーベ王国に彼女を保護していないか正式に問い合わせるつもりだ。もし無事に見つかった場合は、カッラの双子の妹王女として迎えるから、よろしく頼む」
 ウェダはそう決めた。
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