王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

飛行騎士見習い

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 薄曇りの色彩に乏しい空に黄色の機体が見える。マーナベーナと絆を結んだ飛行機オリヴァーだ。大きく旋回してベアトリクスの正面に来る。
 ベアトリクスとすれ違う手前で、オリヴァーの体躯を鮮やかな黄色の光が走り、緑色の塊が勢いよく放たれた。オリヴァーは一息で高度を上げ、ベアトリクスの上に逃げる。
「ベアトリクス、防御だ!」
『わかってるわ』
 塊はベアトリクスの目前で解け、空中に広がる。植物の蔓で編まれた網だ。
 オリヴァーはディー種。通常型のため使える魔法は一つの属性に限る。彼は土属性だった。
 空中で土属性魔法? と最初に魔法属性の説明を聞いたサリヤは疑問に思ったのだけれど、植物や鉱物を作り出す魔法も土属性だそうだ。ベアトリクスは全属性持ちのため、もちろん使える。
 同じ土属性魔法で迎え撃ったベアトリクスは、金属の刃を出現させて網にふるった。
『こんなのなんでもないわ!』
 ばっさりと二つに切れた網の真ん中を突っ切り、ベアトリクスは鼻で笑った。
「ベアトリクス!」
 サリヤは切られた植物がわさわさと蠢いているのを目に留めた。
「風を左右に向けて放て!」
『え! きゃっ!』
 悲鳴のあとに一瞬遅れてベアトリクスは風魔法を放つ。左右の翼に取りつこうとしていた植物の網が飛ばされていく。
「危なかった……」
『ええ、ごめんなさい』
「いや、そのための訓練だ」
 落ち込んだ様子のベアトリクスに、サリヤは鞍の前壁を軽く叩いた。
「惜しかったわ! もう少しでベアトリクスを捕まえられたのに」
 聞こえてきた弾んだ声はマーナベーナだ。飛行機に頼めば、乗っている者同士で会話ができるのだ。
『オリヴァー、魔法を重ねたの?』
『いいえ』
『それならどういう仕組みなのかしら?』
『植物を成長させ続けるコードです』
『まあ、そういうことなの。あの網はもっと細かく切らないとダメだったのね』
 ベアトリクスの言葉に対して、オリヴァーの返答は簡素だ。飛行機は進化するほど、会話が流暢になるようだ。
 ベアトリクスの身体を黄色の光が走る。ばっと上空に散った双葉は、サリヤの横を落ちていきながら茎を伸ばし葉を広げ、つぼみを付けた。
「おお……」
 つぼみの行方を見届けるため、ガラスの覆いに額をくっつけて見下ろすと、色とりどりの花が開いて、少しも経たずに散った。そのまま枯れてしまったのか、森に吸い込まれる前に風に消えていった。
「ベアトリクス、この下は騎士団の森だからいいけれど、それ以外の場所――特に街中では絶対に物を落とさないでね」
 綺麗だななどと感心していたサリヤにも、マーナベーナの小言は痛い。
『わかったわ』
「私も気を付ける」
 飛行機と騎士がしゅんとすると、マーナベーナは朗らかに笑った。
「あなたたちは、もっといろんな魔法を見た方がいいわよね」
「そうだな」
 サリヤは飛行機が使う魔法はどれも初見だ。単純におもしろく、訓練を越えて興味もあった。
『私も使ったことがない魔法がほとんどなの』
「副団長に相談してみるわ」
 旋回してきたオリヴァーが後ろからベアトリクスを追い越す。
「今日の訓練は終わりね。それじゃあ、北の国境を偵察して戻りましょう」
「ああ、承知した」
 サリヤはうなずくと、ベアトリクスにオリヴァーの後ろにつくように指示を出す。
 訓練用の騎士団の森は王国の北東にあった。ラルリッカ山の麓に広がっている針葉樹林の一部だ。飛行騎士団基地のある王都は王国の中央。訓練の終わりは北の国境に沿って飛び、ぐるりと国の北側を回るような航路で帰るのが定例になっていた。
 北の国境の先――メデスディスメ王国の様子をサリヤが見れるようにというミクラの配慮だった。政変で揺れる隣国を監視するのは王国軍と連携した偵察隊が組まれており、サリヤが訓練のついでに寄る必要など本来は全くないのだ。
 聖山ラルリッカ山は飛行機の高度よりも高い。今日は頂上に雲の傘を被っている。それを後目に国境近くを飛ぶ。森の中にくっきりと谷が見えていた。谷の向こうのルリカフィーリル領は聖山への巡礼で栄えているため、森は頻繁に途切れて村や町があった。

 祖国メデスディスメ王国を捨ててベールルーベ王国の飛行騎士団を選んだサリヤは、ミクラに自分に関することだけ打ち明けた。
 第四側妃の子として生まれたが、後見人によって出生時に性別を偽られたこと。第三王子ウェダによって離宮に移されたこと。刺客に襲われて谷に落ちたこと。
 ウェダがこの政変を覆すつもりだろうという予測は話さなかった。
 離宮に移されてからウェダと連絡は取っておらず、王宮の情勢や政変については全くわからないとだけ、サリヤは話した。それはそれで本当のことだった。
「第四側妃――母が亡くなったのは確かだと思います。私を逃がすときに……背中を……」
 二人乗りしたカーティスの鞍で声を震わせるサリヤをミクラは後ろから抱きしめた。それに驚いてサリヤの涙は引っ込む。身じろぎする彼女にミクラは、
「泣いても構わないぞ」
「いえ。お気遣いありがとうございます」
 サリヤが首を振ると、ミクラの低い笑い声が密着した背中を通して響き、腕は離れていった。
「カッラ王子の訃報は……私にはわかりません。谷に落ちたことで死んだとされたのか、これを機に偽りの王子を清算したかったのか」
 ミクラは「うーむ」と唸る。
「サリヤをベールルーベ王国に迎えるのに、カッラ王子が亡命したとするのは問題があるか……」
「フスチャットスフ領の混乱で逃げてきた平民の娘としていただくわけにはいきませんか」
「平民なぁ……」
 声に笑いが混じる。
「サリヤを平民と言い張るには無理があるな」
「申し訳ない」
 謝るサリヤにミクラは「それだな」とさらに笑った。
 結果、騎士団員にはメデスディスメ王国の某貴族で通すことになった。政変の混乱で谷に落ちベアトリクスに見染められた流れは嘘ではない。
 ミクラの判断で、副団長ルッボーと国王にだけはサリヤの本当の身分が報告されることになった。

 こちらから見るメデスディスメ王国は静かだ。
 政変の中心である王都は見えないせいだろうか。たびたび反乱の起こっていた東地方も遠い。
 森は同じように広がっていて、国境の谷がなければ国が違うなんて全くわからない。
 ――政変から半月が経とうとしていた。
 ミクラやルッボーは王城に出かけ、政府や軍部との情報交換をしてくる。ミクラは可能な範囲でだろうが、祖国の情勢をサリヤに教えてくれた。
 第二王子マスモットは即位したそうだ。
 第三王子以下は変わらず行方不明のまま。
「どうなるんだろう」
 気にはなるがまるで他人事のようだった。
 サリヤにはどうにもならない。
 この気持ちは隣国の飛行騎士団を選んだから起こったものではない。
 あのまま離宮にいたところで、無力感は変わらなかったと思う。
 文官になりたいと思っていたけれど、国を変えたいなんて気概はなかったのだな、と自省する。
 ウェダと繋がりのあった護衛騎士マガリや侍女ヒルカを通して、積極的にウェダのために動く道だってあったはずだ。しかし、サリヤはウェダから何も言ってこないからと、自分から働きかけることはなかった。
 最初からあきらめて何もしなかった。
「ああ、ダメだな……」
 だんだんと気分が落ち込みため息が零れると、ベアトリクスが心配そうに声をかけてきた。
『サリヤ? どうかした?』
「いや、何でもない」
 ぼやけた曇り空を仰ぎ見て、サリヤは首を振った。
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