王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

隠れ家での報告会

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 父王はカッラ王子に会えないままだったな、とウェダは感傷を催し、すぐに頭を振った。
 応接室でウェダは一人掛けのソファに座った。直角に配置された二人掛けにイーノヴェが、ササガキはウェダの斜め後ろに立つ。
 正面に膝をついているのは、カッラの護衛につけたマガリと、侍女のヒルカだった。
「まずは報告を」
 イーノヴェが口火を切る。
「深夜、離宮の複数から火の手が上がり、屋外に避難。そこで使用人を装った刺客三人と応戦。そのさなかに、おそらくは別口の刺客が現れました。狙いはカッラ殿下でしたが、タールラル妃が身代わりになり、亡くなりました。殿下は森に逃走され、行方がわかりません」
 マガリが一気にそう言ったあと、「申し訳ございません」と頭を下げる。
「別口の刺客?」
「全身が真っ黒い衣装で、顔も布で隠しておりました」
「俊敏で、一撃が与えられず逃がしてしまいました。それよりは殿下の保護を優先したのですが……」
 ヒルカとマガリが続けて言うのに、ササガキが声を上げた。
「傭兵組織モルイワイルモに諜報専門の者がいると聞いたことがありますな。その者なら暗殺も可能では?」
「モルイワイルモ……」
 活動範囲は大陸全土だと聞く、少数精鋭の集団だ。
 アンザイ三世も何度か仕事を依頼したことがあるらしいが、ウェダは面識も伝手もない。
「将軍はモルイワイルモの者と会ったことがあるのですか?」
「ええ、西岸の反乱の制圧のときですな。もう三十年以上前です。今とは顔ぶれが変わっておるでしょう」
 そう話すイーノヴェとササガキに、ウェダは問いかける。
「依頼者は誰だと考える?」
「報酬は高額ですからな。それなりの家でなければ難しいでしょう」
「うーん、というかですね。そんな傭兵組織を使ってまでカッラを暗殺する理由はなんですかね」
 イーノヴェの疑問はもっともだった。
 王宮にいても忘れられた側妃と王子。離宮に移ってますます存在感は薄くなった。
 マスモットの立てた暗殺計画も、他の王子に比べて第七王子のそれは適当だった。
「マスモットの計画では、離宮に付け火をする予定なかったな」
 ウェダの言葉を受けたのはマガリだった。
「殿下。マスモット王子の計画の件、私の元には伝令が届いておりませんでした」
 それにはこちらの三人が三様に驚いた。
「なんだと?」
「もちろん、決行日時を把握した時点で離宮にも知らせましたよ」
「伝令も押さえられていたのか。付け火もモルイワイルモの仕業ですな……」
 マスモットよりよほど優秀だ。
「ベップ侯爵は現在どのように?」
 皆が発言したヒルカに目を向けた。
「カッラ殿下が生きていて困るのはベップ侯爵だけではないでしょうか」
「なるほど」
 ウェダはイーノヴェに目をやる。
「タールラル妃とカッラが離宮に移ってから、王宮から遠ざかっていたのですが、最近アガツマに近づいていたようです。マスモット王の元ではどこかの大臣に就任するらしいですね。ほら、あちらは軍門ばかりなので、書類仕事ができる面子が少ないのでしょうね。あとはまあ腐っても侯爵というわけですかね」
「それなら、マスモットと同時でいいだろう」
「いいえ! それでは、カッラ殿下は? 殿下はどうなりますか?」
 ヒルカが声を荒げた。
 彼女もウェダが長年信頼している侍女だ。こんな大きな声は数えるほどしか知らない。
 呆気にとられた三人をよそに、マガリが口を開いた。
「報告には続きがございます」
「聞こう」
「有事の際はカッラ殿下の死亡の情報を流す、と以前よりご指示いただいていた通り、カッラ殿下は死亡と領主に報告しました。タールラル妃は真実お亡くなりです。フスチャットスフ領の聖堂で葬儀が執り行われました。マスモットの手の者に暗殺されたと、中央への反感はマスモットへの反感に差し変わるように、情報を流しております」
「ああ」
 うなずきながら、ウェダはタールラル妃の死を悼んだ。彼女が亡くなったのはウェダの手落ちだ。
「カッラ殿下の捜索は現在も続けられております。逃走時、国境の谷川に向かったのではないかと思われます」
「川に落ちたか?」
「ええ。その可能性は高いと思います」
 マガリは一度言葉を切った。
「騒乱の翌朝、ベールルーベ王国の飛行機が一体、フスチャットスフ領の対岸の森に降りました。飛び立ったのは二体です。国境沿いにゆっくり飛んで去っていきました」
「偵察か。情報が早いな」
 密偵を送り合っているのはお互い様だが、ベールルーベ王国は国内の情報伝達の早さが違う。
 旧文明の遺物「飛行機」。ベールルーベ王国の飛行騎士団は大陸最大だ。実に気軽に飛行機を使う。
「ベールルーベ王国は森に暮らす民もいると聞きます。カッラ殿下がその飛行機に保護された可能性はないでしょうか」
「国交がないので当たり前ですが、ベールルーベ王国からは特に何の連絡もありませんね」
 イーノヴェが首を振った。
「私をベールルーベ王国に行かせてもらませんか」
 マガリが顔をあげた。
「まだ本当の名前を教えていただいていないのです」
 真剣なまなざしがウェダを見つめる。何を言っても実際に見て確認しないと納得しない顔だ。
 身勝手にもウェダは、三年も護衛についていてマガリは何をやっていたのだ、と内心呆れる。
 あんな子ども簡単に手なずけられるとウェダは考えていた。
「いいだろう。ただし、一年以内に戻るように」
「ありがとうございます」
 ウェダはヒルカに目を向ける。
「ヒルカ、お前はどうしたい?」
「私は、殿下のお帰りをお待ちします」
 他国に潜入するには足手まといですから、と彼女は続けた。
「何か言いたいことがあるなら、今言っておけ」
 そう促すと、ヒルカはウェダに非難の視線を向けた。
「カッラ殿下は大変聡明です。イーノヴェ殿下や他の王子殿下と同じように情報共有されなかったのは、なぜですか?」
「カッラは別だ」
「ええ。ウェダ殿下が即位後にカッラ殿下をどうされたかったのか、私はわかりました。カッラ殿下も察しておいででした。何も聞かずに、私が髪や爪を手入れするのを受け入れておられました」
 ウェダはカッラを王女として王宮に戻し、いずれどこかに嫁に出すつもりだった。彼女の他の王女はすでに皆、婚姻している。ウェダは未婚の自分自身以外で、政略結婚の駒にできるのはカッラしかいない。
「それならそれで全てを明らかにして、本来のお姿で過ごさせて差し上げるべきでした」
「…………」
「私も気づいていながら、楽にさせてあげられませんでした。マガリ卿はそもそも気づいておられません!」
 ウェダは胡乱な目をマガリに向けた。こいつはカッラを王子だとずっと思っているのか?
「あの夜、カッラ殿下は私の腕を振り払って、タールラル妃の言葉だけに従って、逃げてしまわれました。私は三年何をやっていたのかと……。全く信頼されていなかった。信頼していただけなかったのです……」
 うなだれていたヒルカはきっと顔を上げると、「絶対お連れしてくださいね!」とマガリの背中をばしんと叩いたのだ。
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