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第一部
離宮の主
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『ミクラ、サイラスが戻りました』
カーティスに声をかけられて、ミクラは現実に意識を戻す。
サリヤとベアトリクスをこの基地に運んだのは昨日の朝。サリヤは一日以上寝ていたことになる。
念のために基地に残ったミクラに代わり、王城に報告と情報収集に出かけていたのは副団長のルッボーだ。彼が基地に帰ってきた。
水属性特化型のサイラスは青銀の体を輝かせて、上空を旋回し、着陸した。彼はシー種だが、特化型のため水属性魔法に置いてはイー種ほど力があり、氷魔法も扱えた。
すっと静かにカーティスの隣りに並んだサイラスに、ミクラは感嘆する。
騎士の指示がないと動けないシー種は、騎士の力量がものを言う。正確に指示を出さないとこんなに繊細な動きはできないのだ。
「戻りました。――あなたは、まさか私の出迎えですか? お願いした事務仕事は全部終わったんでしょうね」
サイラスから降りてきたルッボーは、片手をあげるミクラに眉をひそめた。
上司に対しても冷たい表情を変えないルッボーは、この飛行機にしてこの騎士ありと言われている。
「いや、偶然だ」
先ほどの顛末を簡単に伝えると、ルッボーは大きなため息をついた。
「それはそうと、メデスディスメ王国の様子は?」
「詳細は不明ですが、第二王子マスモットが国王アンザイ三世と第一王子を弑して王宮を制圧したようです。今日明日にも即位を宣言するかと。……第三から第六までの王子は消息不明。第七王子は死亡。王女は全員嫁いでいます」
「あー、全部で何人いたんだったかな」
「十二人ですよ。あなたは王族でしょうに」
なぜ把握していないのだ、と長年の付き合いから彼の冷たい視線の意味がミクラにはわかる。
「うちは俺と兄の二人だけで気楽だな」
兄王の子どもも現在は王子一人だ。――それはそれで問題もあるのだけれど。
「妃の数も違いますからね」
側妃も入れて七人です、とルッボーは呆れた声で続けた。
メデスディスメ王国のアンザイ三世は、周辺の国を侵略して一代で領土を広げた王だ。国内貴族だけでなく侵略した国からも妃を迎えている。
「覇王の最期が子どもに討たれて、とはなぁ……」
メデスディスメ王国とベールルーベ王国は今でこそ隣国だが、二十年前は国境を接してはいなかった。現在の国境に沿うようにして小国が三つ並んでいたのだ。それをメデスディスメ王国が次々落とした。最後が十七年前のフスチャットスフ王国で、その後はベールルーベ王国にも手を伸ばしてくるのだろうと警戒していた。実際に小競り合いも何度かあったが、メデスディスメ王国内で反乱が相次ぎ、覇王も内政に目が離せなかったらしい。国境が高山と森と谷という地理的な事情もあるだろう。大きな戦にはならないまま、今に至っている。
両国間に正式な国交はない。政変の情報は密偵が持ち込んだものだ。
覇王を倒す第二王子が果たして穏やかな人物だろうか。先が思いやられてミクラは知らずに眉間に皺を寄せた。
「フスチャットスフ領の離宮ですが、第七王子の居城でした」
サリヤを迎えに行った帰りに国境付近を確認したところ、その離宮で煙が上がっていたのだ。こちらから見える範囲の戦火はそこだけだった。
「第七王子はなぜ狙われた? 重要人物だったのか?」
「いいえ、逆でしょうね。王宮の情報を得るのが困難だったのではないかと思います」
皆等しく狙われたが、他の王子たちは政変に備えることができた結果の消息不明か。――もちろん、どこかで討ち取られている可能性もある。
ミクラは一人唸る。
「第四側妃は唯一の平民出身の妃で、最年少の王子も軽んじられていたようです」
「それで離宮暮らしか」
「名目上は側妃の病気療養のためとされています。側妃は旧フスチャットスフ王国の出身だそうですから、親切だか嫌がらせだか判断に苦しむところですけれど」
そこでルッボーはわずかに声をひそめた。
「あなたはあの少女をどう見ます?」
「第七王子の影武者」
ミクラの言葉にルッボーが小さく息を飲む。
日常的に男装していた様子のサリヤ。
彼女と接した感覚では、王子の影武者説はしっくりくる。
だが、とミクラは腕を組んだ。
「だがなぁ、軽んじられていた王子に影武者がいるか?」
「何かありそうですね……おもしろい」
「お前なぁ。厄介ごとを増やさないでくれよ」
「まさか、そんなこと」
楽しそうに微笑むルッボーに、ミクラは胡乱な視線を向けるのだった。
カーティスに声をかけられて、ミクラは現実に意識を戻す。
サリヤとベアトリクスをこの基地に運んだのは昨日の朝。サリヤは一日以上寝ていたことになる。
念のために基地に残ったミクラに代わり、王城に報告と情報収集に出かけていたのは副団長のルッボーだ。彼が基地に帰ってきた。
水属性特化型のサイラスは青銀の体を輝かせて、上空を旋回し、着陸した。彼はシー種だが、特化型のため水属性魔法に置いてはイー種ほど力があり、氷魔法も扱えた。
すっと静かにカーティスの隣りに並んだサイラスに、ミクラは感嘆する。
騎士の指示がないと動けないシー種は、騎士の力量がものを言う。正確に指示を出さないとこんなに繊細な動きはできないのだ。
「戻りました。――あなたは、まさか私の出迎えですか? お願いした事務仕事は全部終わったんでしょうね」
サイラスから降りてきたルッボーは、片手をあげるミクラに眉をひそめた。
上司に対しても冷たい表情を変えないルッボーは、この飛行機にしてこの騎士ありと言われている。
「いや、偶然だ」
先ほどの顛末を簡単に伝えると、ルッボーは大きなため息をついた。
「それはそうと、メデスディスメ王国の様子は?」
「詳細は不明ですが、第二王子マスモットが国王アンザイ三世と第一王子を弑して王宮を制圧したようです。今日明日にも即位を宣言するかと。……第三から第六までの王子は消息不明。第七王子は死亡。王女は全員嫁いでいます」
「あー、全部で何人いたんだったかな」
「十二人ですよ。あなたは王族でしょうに」
なぜ把握していないのだ、と長年の付き合いから彼の冷たい視線の意味がミクラにはわかる。
「うちは俺と兄の二人だけで気楽だな」
兄王の子どもも現在は王子一人だ。――それはそれで問題もあるのだけれど。
「妃の数も違いますからね」
側妃も入れて七人です、とルッボーは呆れた声で続けた。
メデスディスメ王国のアンザイ三世は、周辺の国を侵略して一代で領土を広げた王だ。国内貴族だけでなく侵略した国からも妃を迎えている。
「覇王の最期が子どもに討たれて、とはなぁ……」
メデスディスメ王国とベールルーベ王国は今でこそ隣国だが、二十年前は国境を接してはいなかった。現在の国境に沿うようにして小国が三つ並んでいたのだ。それをメデスディスメ王国が次々落とした。最後が十七年前のフスチャットスフ王国で、その後はベールルーベ王国にも手を伸ばしてくるのだろうと警戒していた。実際に小競り合いも何度かあったが、メデスディスメ王国内で反乱が相次ぎ、覇王も内政に目が離せなかったらしい。国境が高山と森と谷という地理的な事情もあるだろう。大きな戦にはならないまま、今に至っている。
両国間に正式な国交はない。政変の情報は密偵が持ち込んだものだ。
覇王を倒す第二王子が果たして穏やかな人物だろうか。先が思いやられてミクラは知らずに眉間に皺を寄せた。
「フスチャットスフ領の離宮ですが、第七王子の居城でした」
サリヤを迎えに行った帰りに国境付近を確認したところ、その離宮で煙が上がっていたのだ。こちらから見える範囲の戦火はそこだけだった。
「第七王子はなぜ狙われた? 重要人物だったのか?」
「いいえ、逆でしょうね。王宮の情報を得るのが困難だったのではないかと思います」
皆等しく狙われたが、他の王子たちは政変に備えることができた結果の消息不明か。――もちろん、どこかで討ち取られている可能性もある。
ミクラは一人唸る。
「第四側妃は唯一の平民出身の妃で、最年少の王子も軽んじられていたようです」
「それで離宮暮らしか」
「名目上は側妃の病気療養のためとされています。側妃は旧フスチャットスフ王国の出身だそうですから、親切だか嫌がらせだか判断に苦しむところですけれど」
そこでルッボーはわずかに声をひそめた。
「あなたはあの少女をどう見ます?」
「第七王子の影武者」
ミクラの言葉にルッボーが小さく息を飲む。
日常的に男装していた様子のサリヤ。
彼女と接した感覚では、王子の影武者説はしっくりくる。
だが、とミクラは腕を組んだ。
「だがなぁ、軽んじられていた王子に影武者がいるか?」
「何かありそうですね……おもしろい」
「お前なぁ。厄介ごとを増やさないでくれよ」
「まさか、そんなこと」
楽しそうに微笑むルッボーに、ミクラは胡乱な視線を向けるのだった。
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