王国の飛行騎士

神田柊子

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第一部

再度の目覚め

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 誰かの声で目が覚めるとまたもや知らない場所だった。そうはいっても、洞窟の地底湖よりはよほど常識の範囲内だ。
 視界に入るのは年季の入った濃い色の木の天井。体の下はサリヤが暮らしていた離宮のもののようにふかふかではなかったけれど、きちんとしたベッドだ。
 身を起こすと腕や顔の切り傷が手当されているのに気づいた。ベッドは天井から吊るされたカーテンで仕切られている。その様子から、街の診療所にでも運ばれたのかとサリヤは考えた。
 そういえば、ベアトリクスが助けを呼ぶと言っていた気がするけれど……。
 サリヤはそっとカーテンをめくった。
 自分が寝ていたもの以外にも数台ベッドが並ぶ部屋には誰もいない。窓からの日差しは明るかった。
 どのくらい寝ていたのだろう。ここはどこだろうか。
「ベアトリクス?」
『サリヤ! 起きたの?』
 小声の呼びかけに、頭の中に声が響いた。
「ああ。ここはどこだろう? あなたはどこにいるんだ?」
『外よ、外!』
 靴が見当たらなかったため素足のままサリヤは窓に近づく。この部屋は一階のようで、目の前は広い空間だった。庭ではない。馬場か兵士の訓練場のような雰囲気だった。
『経験がなんだっていうのよ! 私が一番強いに決まっているじゃない!』
 ベアトリクスの大きな声が頭の中でわんわん響く。きっと目が覚めたのは彼女の声のせいだ。
 その彼女は自己申告の通り外にいた。日差しの元で見る白い躯体は輝いている。
 そして、ベアトリクスの前にも別の飛行機がいた。腹が赤で背が白の二色に分かれている、ベアトリクスよりは少し小柄な飛行機だ。
 サリヤは目を瞠る。
 ベアトリクスだけでも十分なのに、もう一機。
 もしやここは飛行騎士団の施設だろうか。
「いくら力があってもそれを使いこなせないと意味がないって言ってるんだ」
『アラーイ、もうそれくらいで……』
「フレドリック。お前を馬鹿にされて黙ってられるわけがないだろ」
 窓を開けると人の声も聞こえた。二色の飛行機に乗る自分と同じくらいの若い男だ。彼をなだめる声はその飛行機だろう。
『私は別に馬鹿になんてしていないわよ。イー種のあなたよりエフ種の私の方がスペックが高いって、言っただけじゃない』
「それが馬鹿にしてるんだろ」
『単なる事実よ』
 ベアトリクスは少し顔を上げた。人間ならつんっと顎をあげたところだろう。王宮で見た姉たちや高位貴族の令嬢がそんな感じだった。
 サリヤはため息をつく。
「ベアトリクス、何をやってる……」
『サリヤ!』
 声をかけると、ベアトリクスの体を緑の光の輪が走った。
 突然、背後から強い風が吹く。割れた窓ガラスと一緒に、サリヤは外に投げ出された。
「えっ? うわ!」
 風はサリヤを持ち上げる。高く飛ばされた彼女を拾ったのはベアトリクスだった。
 軽い衝撃のあと、サリヤはベアトリクスの背中の鞍に座っていた。
「ベアトリクス、何を……!」
 ぐっと体に圧力がかかり、ベアトリクスは空に浮かぶ。
『早く来なさいよ!』
「くそ、行くぞ、フレドリック!」
『待って、アラーイ。ダメだよ。怒られるよ』
「うるせー」
 おろおろする二色の飛行機――フレドリックに構わず、アラーイと呼ばれた男はフレドリックに指示を出す。彼は助走をつけて空に舞い上がった。
 サリヤは座っているだけで精一杯だ。何が起こっているのか全くわからない。
「ベアトリクス、落ち着いて。とにかく一度地面に降りてくれ」
 高いところは怖くないが、崖や塔などから見下ろす経験しかない。座っているとはいえ、足場がない状態で空に浮かぶなど初めてのことだ。
『サリヤ、行くわよ』
 聞く耳を持たないベアトリクスは、旋回しながら高度を上げる。風が顔に当たって痛い。速度は馬で駆ける比ではなかった。サリヤは身を低くして、鞍にしがみつく。
「行け!」
 アラーイの言葉にフレドリックが魔法を放った。火の玉が飛んでくるのがサリヤにも見えた。
『そんなものが私に当たると思っているの?』
 ベアトリクスは笑い、体を捻る。しかし、その急な動きにサリヤはついていけない。
「わあぁ!」
 鞍から体が浮き上がり、外に放り出される。
『サリヤ!』
 視界が回る。
 遠くの森。丘の下の街とその向こうの城壁と尖塔。
 青い空。急旋回してくるベアトリクスの白。
 時間がゆっくりになったようにいろいろなものが良く見えた。こんなときだと言うのに、それらはとても綺麗に目に写った。
 夜の崖から落ちたときとは大違いだ。
 離宮が襲われたことも、地底湖でのベアトリクスとの出会いも、今こうして空を落ちていることも、サリヤには何が何だか全くわからない。
 誰か説明してほしいと切実に思った。
 いや、このままだと全くわからないまま人生が終わってしまう。
 気を失いかけたとき、サリヤの体は衝撃に包まれた。
 しかし、思ったほど痛くはない。
「大丈夫か?」
 低い男の声に目を開ける。
 緑の瞳がサリヤを見つめていた。
「はっ……うっ……」
 止まっていた呼吸が戻り、サリヤは咳き込む。
 サリヤを抱きとめた男は、そのまま彼女を膝に抱えた。風が遮られ、音が戻る。
「カーティス、着陸だ。あいつらにも降りるように伝えてくれ」
『了解しました』
 フレドリックとも違う声の飛行機だ。
 顔を上げると緑の瞳と再度目が合った。
 彼はくしゃりと笑う。金に近い茶色の髪は短く、精悍な顔立ちはよく日に焼けていた。
「全く、災難だったなぁ」
 その親しみやすい笑顔にサリヤはほっと息をついたのだった。
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