奥様はエリート文官

神田柊子

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第四章 「政略結婚は……?」「熱愛の始まり!」

アニエスと宰相、再び

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 夜会の前々日。

 アニエスは宰相ドナルド・ブランベリー侯爵に会いに来た。
 監査の報告のためだ。真相がはっきりしたときに報告書は送っているが、直接の報告も必要だ。
 三か月ぶりくらいだろうか。
 毎日出勤していた中央棟は何も変わっていなかった。
 すれ違う文官が「あれ?」と振り返ったり、挨拶してくれたりする。
 面会予約をしていたため、宰相執務室に行くとすぐに奥の部屋に通された。ドナルドも変わらない。
「久しぶりだな。マネジット、いや、ペルトボール辺境伯夫人」
「お久しぶりです、閣下。お好きなようにお呼びください」
 ソファに向き合って座り、さっそく報告をする。
「書類でもお伝えしましたが、現状の調査も必要ではないかと思います」
「そうだな」
「管理官がいる場合は、管理官にも個別に話を聞いた方がいいかもしれません。負担を強いられている可能性もなくはないかと思います」
「ああ、監査官は権限が強いが、管理官はそこまでではないからな。身分を振りかざされると難しい場合もあるか……」
「ええ」
 ペルトボール辺境伯領の管理官ジャコブ・シェーシズの場合は、当時の辺境伯があまりにも非協力的だったうえ、異動の経緯や当人のプライドが原因で、他の文官に頼れなかった。それで状況が悪くなったのだ。
「それで、シェーシズはどうする?」
「領地に報告書の規格を行き渡らせたいので、そのまま管理官としておいてください。ジルさんも、監査官から管理官に異動をお願いします。どちらも本人からは承諾を得ました」
 アニエスは承諾書をドナルドに渡す。
「ああ、それは構わないが、処罰はなくていいか?」
「そうですね……。横領はなかったですが、書類不備のまま提出したのは間違いないので、何もないわけにはいかないですね。職務怠慢ということになりますか?」
「では、それに見合った処分にしよう」
 ドナルドはアニエスが渡した書類をテーブルの端に置いて、アニエスに向き直る。
「君はどうする?」
「え? 私ですか?」
 アニエスは何を言われたのかわからずに目を瞬いた。
「ああ、監査は終わっただろう?」
 ドナルドは笑う。
「君も管理官に異動するか?」
「いいえ、結構です。兼任じゃなくて、専任の辺境伯夫人になろうと思います」
 アニエスはドナルドの申し出を断る。
「家政だけじゃなくて、領地経営も自由にさせてもらっていますので」
「そうか、残念だな。ついでに近隣の領の監査をしてもらおうかと思っていたのに」
「それは、ペルトボールから日帰りじゃあできないですよね? ひとりで出張には行かせてもらえないと思うので、フィリップ様も一緒に行っていいのであれば可能かもしれません」
 アニエスが真面目に検討しようとすると、ドナルドは手を振った。
「冗談だ、冗談」
「そうなのですか? フィリップ様と一緒に出張監査なんて楽しそうだと思ったのですけれど……」
「普通に観光旅行をすればいいじゃないか」
 ドナルドは目を細めて、
「君が楽しそうなら良かった」
「ええ、楽しいです。閣下にはご心配おかけしました」
「ペルトボールに飽きたら相談してくれ。役職はいろいろあるからな」
「ありがとうございます。でも、領地ではやることがたくさんあるので毎日忙しいですわ。鉱山も見つかったので、申請の際はよろしくお願いいたします」
 アニエスは頭を下げる。
 鉱山は今、アカデミーのホドセール教授が調査中だ。時々晩餐に招くが、ほとんど採掘されていない新しい鉱山を調査するのが初めてらしく、熱心に話してくれる。彼の話の専門用語があまりにもわからなすぎるため、アニエスは今地質学を勉強中だ。――同盟国内最難関の教育研究機関の教授の教えを受けられる機会は逃せない。
 アニエスは「ああ、そうでした」と手を叩く。
「領地が落ち着いたら考えていることがあるので、そのときは相談させていただくかもしれません」
「ん? 辺境伯夫人を辞めるのか?」
「いいえ、違います」
 そうではなく、と前置いてからアニエスが説明すると、ドナルドは一度目を見開き、それから「それはぜひ協力しよう」と請け負ってくれた。

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