奥様はエリート文官

神田柊子

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第三章 「旦那様は……?」「辺境騎士団長!」

討伐の顛末

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 討伐作戦は早朝から開始された。
 フィリップは辺境騎士団の団長として指揮を取っている。
 洞窟の入り口が複数あるかもしれない、と言い出したのは、作戦前日に領地入りしたホドセール教授だった。洞窟監視に当たっていた騎士から、様子を聞いたらしい。
 確かにそう考えれば、盗賊被害が領地のあちこちで出ているのも納得がいく。
 教授のアドバイスに従って森を捜索すると、少し北にもうひとつ洞窟を見つけた。内部で繋がっている可能性があるということで、こちらも包囲することにした。アンドレがまとめている。
 盗賊被害が出ていた場所へも念のため騎士を派遣している。こちらは元辺境騎士団長のリオネル――今は副団長に任命した――が仕切っていた。
 また、マルゴが南のアレグロ王国への移住を考えていたというジャコブの証言から、隣領とも連携して、アレグロ王国との関所の審査を厳しくしてもらった。
 山脈のふもとの森の中、朝はまだ少し寒いくらいだ。しかし、作戦前の高揚でフィリップは寒さを感じない。
 目立たないように隊列を組み、近くまで登ってから洞窟を囲む。盗掘団が伐採したのか、洞窟前はちょっとした広場になっている。
 今までの監視から、朝に排泄のために洞窟から人が出てくることがわかっている。
(内部の状況は知れないからな。できるだけ外で捕えたい)
 待っているとひとり男が出てきた。すぐさま、声を立てられる前に気絶させる。
 その流れであとふたり捕まえたが、その後、敵がこちらに気づき、戦闘になった。
 統率はなく、実力もない。
 洞窟から出てきた男たちは、呆気なく捕えられた。
「治安悪化の初期の、酒場にたむろしていたガラの悪い連中がこいつらか? 盗掘団というより、街のゴロツキだな」
「どちらかというと、囚人のように働かされていた感じですね」
 フィリップについていたエリクがそう言う。監視していた騎士の報告でも、洞窟から自由に街に出かけていたのは数人だけだった。
 一分隊を慎重に内部に入らせて、フィリップは捕まえた男のひとりに問いかけた。
「指揮官は誰だ?」
「指揮官? けっ、お頭はもういねぇよ」
「逃げたのか?」
「逃げただと!?」
 立ち上がろうとする男を、騎士が両脇から押さえ込む。
「お頭は逃げちゃいねぇ! 俺らを守って死んだんだ!」
「死んだ? いつ?」
「半年前だよっ!」
「半年前?」
 フィリップは腕を組む。
「今、お前らをこき使っているのは誰だ?」
「お頭を殺したやつらだよ! 素性は知らねぇ。逃げたら殺すってさ。一年石掘ったら解放してやるっつーんだぜ。何様だよ!」
 男は縛られた足を地面に打ちつけた。
「石はオパールだな?」
「さあ、名前なんて知るかよ。宝石なんだろ。俺らが最初に見つけたのに、それを拾ったっつって横取りしたやつがいて、そいつが宝石だって言ってたな」
 マネジット伯爵領に原石を持ち込んだモーリスだろう。
「その男を黙らせてから俺らで売っぱらってやろうとしてたら、あいつらが現れたんだよ」
 それが真の盗掘団、というわけか。
「そういや、あの石。やつら、ミントがどうこうって、こないだから突然言い出したけど、あれ何なんだよ。俺ら、あの石飲まされたんだぜ?」
「飲まされた? それで?」
「何ともないかって聞かれて、別にって答えたら、それならいいってさ」
 アニエスがマルゴに話した嘘を思い出す。
 戦争中に宝飾品以外の目的に使われたから採掘しつくして、今は持ち主を管理するほど希少な石。
(戦時に使ったと言われたら、毒などを想像するかもしれない)
 この男たちは実験のように飲まされた。
 高く売るためならいいが、本当に毒として使いたくて検証したなら……?
 盗掘が、何かの悪だくみのための資金集めだったとしたら……?
 盗賊被害を繰り返したのは、騎士団の出方を見ていたからか? どの程度の被害で何人が派遣されるか、何日で往復するか。
 ――想像していたよりも大事になるかもしれない。
「お前らを働かせていたやつらは今どこにいる? ここで捕まっているのはお前の仲間だけだろう?」
「洞窟ん中にいるんだろ。じゃなきゃ、別の出口から逃げたか」
「何人いた?」
「三人」
 ゴロツキ連中は七人いる。
「逃げようと思わなかったのか?」
「あぁ? 最初は抵抗したよ。あんときはあっちももっと人数がいたけど、こっちは丸腰で向こうは剣。お頭以外に四人殺されて、諦めた。ろくなもの食わしてくれねぇし、外にも出られねぇし、一日中石掘ってるしで、今はもうそんな気力ねぇよ」
 見ればわかるだろ、と男はその場に寝転がった。
 そこで洞窟に入っていった分隊がふたりの男を捕まえて戻ってきた。
 最初に捕らえたゴロツキとは全く違う。
 猟師のような服装だが、剣は騎士のものに遜色ない。どこかの貴族に仕えている者ではないだろうか。
 よくある濃茶の髪と瞳。目立つ特徴はない。
 しかし、この国で違和感がないなら、大洋の向こうの国々や、山脈の向こうのラルゴ王国の人間ではない可能性が高くなる。
(国内か、同盟国内か)
 アニエスに求婚する話をしたとき、王から聞いた懸念が頭をよぎる。
「こいつらの話では、あとひとりいるらしい」
 エリクが分隊長に説明する。
 フィリップはふたりの男に聞く。
「お前らはどこの誰だ?」
「……………」
 フィリップに敵意も見せない。いくら聞いても何も言わないだろう。
 すでに辺境騎士団の領分ではなくなっている。犯人はこのまま第三騎士団に引き取ってもらうことになる。
 エリクの話を聞いた分隊長がフィリップの指示を待っていた。フィリップは彼に尋ねる。
「掘り出した原石はあったか?」
「はい、洞窟の一か所に石が詰まった箱がたくさんありました」
 まだ売っていないのなら幸いだ。
「もう一度、洞窟内に入ってくれ。分岐があっても、戦力は分けずに進んでくれ。迷いそうなら戻って構わない。北の出口で捕まえているかもしれないからな」
 フィリップはそう指示して分隊を送り出した。
 分岐はあってもすぐに行き止まりになったそうで、分隊はほぼ一本道で北の出口に着いた。
 残るひとりはそれより前に北で捕えられていた。
 マルゴを街で避けた男と、その男に接触した男。そのふたりは、捕えられた中にいた。
 マルゴに面通しさせたところ、避けた男の方が彼女にオパールのブローチを贈った者だと言う。
 マルゴは、盗掘なんて知らない、騙されたとしきりに言っていたが、ジャコブを誑かして旧辺境伯家の遺産を横領させてから奪い取り、ブローチの男とアレグロ王国に逃げる計画だったというから、騙したのはどちらだか。
 そうは言っても、相手は盗掘団だったわけで、マルゴは確かに騙されていた。旧辺境伯家の遺産を得たら、彼女はブローチの男に殺されていたかもしれない。
 ジャコブがマルゴに求婚しつつも、彼女を全く信用していなかったのが、功を奏した。「金に惹かれて声をかけてきたなら持っているように見せておかないと、すぐに切られますからね」と笑っていたジャコブの闇は深そうだ。
 ひとまず盗掘団の討伐は終わった。しかし、盗掘を仕切っていた男たちは何も語らない。警戒していたアレグロ王国との関所でも何も異変はなかった。
 裏には貴族がいそうだが、実態はつかめていない。
 数日かけて森の中を徹底的に捜索したが、これ以上の痕跡は見つからなかった。
 ただ宝石を採掘するためだけにペルトボールに来ていたような印象だ。ゴロツキに一年で解放すると話していたように、十分な量を採掘したらさっさと撤退するつもりだったのかもしれない。
 マルゴやゴロツキも含めて、一連の犯人は全員第三騎士団に引き渡した。
 謎は残るものの、領地の治安悪化の問題は片付いたと言えた。

 森や洞窟の安全が確保されるやいなや、ホドセール教授は調査を始めた。彼の半年に及ぶ長い調査のあと、ペルトボール辺境伯領のオパール鉱山は国に登録された。
 好きなだけ調査して良い代わりに採掘計画に関わって欲しい、とアニエスが教授に交渉してくれたため、鉱山には最高のアドバイザーがついた。
 アニエスの嘘が巡り巡って、四百年前に流行ったデザインの再流行に繋がり、ペルトボールのコモンオパールとマネジットの職人に注目が集まるのだが、それはもうしばらくあとの話だ。
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