魔術師メイドの契約結婚

神田柊子

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ふれあい

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 婚姻を結んでもフィーナの生活はほとんど変わらなかった。メイド業務とブラッドの助手は今まで通りだ。
 ブラッドが言っていた通り、エイプリル伯爵家は社交を行わない。領地も持たない。
 客といえば、分家の者や前伯爵の弟子など、要するに魔術師ばかりなのだ。ブラッド不在の際に、彼らの話を代理で聞くのは執事の仕事だった。以前から客室メイドとして同じ部屋に控えていたフィーナだったが、結婚後はフィーナが主に話を聞き、執事が補佐につく形になった。
 ブラッドはフィーナに使用人部屋を出て、伯爵家の家族用の部屋を使うように勧めたけれど、フィーナは固辞した。もともと使用人部屋は十分な広さがあり、魔術の研究も許されていた。実家の自室よりも快適なのだ。年代物の豪華な家具に囲まれて眠るなど、逆に落ち着かない。
 ブラッドはフィーナの意志を尊重してくれた。

 書斎の時計がぽーんと軽い音を立てた。
 魔術院発行の最新の論文集を閉じ、ブラッドが大きく伸びをする。彼がカートに積んだ本の上に論文集を乗せると、フィーナは短い呪文でそれらを書棚に片付けた。
「今夜もお願いしていいかな」
 ブラッドはソファに移る。フィーナは彼の背後に回って、両肩に手を乗せた。
 結婚して一番変わったのは、この時間だった。
 ブラッドを癒すため、フィーナはこうやって毎晩彼の肩を揉んでいる。
 普通のマッサージとは違って、魔力をなじませて正常に整える作業だ。力はそれほど必要ではない。どこか触れているだけでもいいらしい。触ってもいない目の疲れも、肩こりと同時に治っているとブラッドは教えてくれた。
「あー、楽になったよ。ありがとう」
 ブラッドは首を回して、フィーナを振り返った。
「ジェシカは肩こりが治った礼に、ユーグ君に指輪の魔道具を贈ったって聞いてね。僕も君に何かお礼をしたいと思うんだ」
 ブラッドは肩越しにフィーナの手を取った。
「今度の休みに結婚指輪を見に行こう。うっかりしていて、忘れていて悪かったね」
「いいえ、結婚指輪なんて……」
「魔道具の方がいいかい? 君が持つなら防犯用の魔術を仕込むのがいいかな」
 具体的に考え出すブラッドにフィーナは慌てた。
「ブラッド様。お礼なんて必要ありません。私、もう十分よくしていただいていますから」
「うーん、僕も君に何かしたいんだよ。何か欲しい物はない?」
「困ります……」
 フィーナが首を振ると、ブラッドはフィーナをソファの隣りに座らせた。
「物が困るなら、同じように癒しで返そう」
 一人分空けて座ったフィーナにぐっと近寄ると、ブラッドは彼女の両足を持ち上げて自分の膝に乗せた。フィーナはバランスを崩して上体が斜めになり、ひじ置きに背中があたる。
「きゃっ」
「君は立ち仕事で疲れているだろうからね」
 楽にして、とブラッドはフィーナの靴を脱がせた。
 それから、フィーナの右足を両手でつかみ、足首から膝下までぐっと揉み上げる。
「あ……」
 予想以上の快感に、フィーナの口から吐息が零れた。
 物理的な力加減もちょうどよく、魔力のおかげで温まっていくのも気持ちいい。
 ブラッドは一瞬だけ手を止めて、フィーナを見下ろした。たいていの場合、座るブラッドの横でフィーナは立って仕事をする。彼に見下ろされたことはほとんど記憶にない。
 ブラッドはなぜか驚いたような顔をしていた。
「あの、私……」
 フィーナが起き上がろうすると、ブラッドははっとしたように笑顔を浮かべた。
「そのままでいなさい。……痛くはない?」
「はい。大丈夫です」
 薄い靴下越しにブラッドの大きな手のひらを感じる。伯爵家のお仕着せは足首丈のワンピースで、ブラッドの手はそのスカートの中に入っている。彼が手を動かすたびに蠢くスカートが怪しく、いけないことをしているようにしか思えなかった。
 両足を何度か往復されたところで、フィーナは「ありがとうございます。もう楽になりましたから」とブラッドを止めた。
 しかし彼は、今度はフィーナの足裏を両手で包み込む。
 じんわりと温められると、力が抜けるほど心地よかった。
「ふぅ……」
「どう? 気持ちいい?」
「はい」
 うっとりとつぶやくと、ブラッドは足裏を指で押した。
「あっ!」
 突然の刺激に足が跳ねる。スカートのすそが乱れたけれど、手が届かない。
「すまない、痛かったかな」
「いいえ。びっくりしただけです」
 ぐっと足裏を押されるのは、慣れるとずいぶん気持ちが良かった。
「気持ちいいです……」
 ささやくように口にする。
 無防備にブラッドの視線にさらされている状況が恥ずかしく、フィーナは涙目になった。
「君はかわいいな」
「え?」
 ぼんやりと見上げたフィーナに、ブラッドは優しく微笑んだ。
「僕以外の男にそんな顔を見せたらダメだよ」
「そんな顔って……?」
 首を傾げるフィーナにブラッドは困ったように笑った。
「もう少しいいかな」
「え……」
 ブラッドは再びフィーナのふくらはぎに触れた。先ほどと違って力をかけずに、そっと撫でるようにたどる。
「ブラッド様、くすぐったいです」
 身をよじると、ブラッドの瞳が熱を帯びたような気がした。スカートは膝までずれあがっている。彼の絡みつくような視線を感じて、フィーナの体の奥に甘い痺れが走る。
 フィーナが戸惑っている間に、ブラッドの手は膝を越えて太ももに至った。靴下の上の素肌にブラッドの指が触れた瞬間。
「ひゃっ、んっ……」
 自分でも驚くほど高い声が出た。
 両手で口を押える。
 恥ずかしさに頬を真っ赤にして、フィーナはブラッドを見上げた。
「フィーナ」
 ブラッドが名前を呼ぶ。それは甘くフィーナを溶かすような声だった。そんな呼び方をされたことは今までになく、フィーナは状況についていけない。
「驚かせたかな。すまない。年甲斐もなく先走ってしまった」
 フィーナを抱き起して座らせ、ブラッドは彼女のスカートを整えた。
 それからフィーナに向き直り、手を取った。
「不誠実なのはよくないから、はっきり伝えておくことにするよ」
 ブラッドは真剣な表情でフィーナを見つめた。
「今気づいたのだけれど、僕は君を女性としても愛している」
「はい?」
「性的な欲求を抱いている」
「は、い……?」
「僕を受け入れてほしい。君がその気になったときには、教えてくれないか」
 手の甲を撫でられると、ぞわぞわと背筋が震えた。
 ブラッドは微笑んで、そこに唇を落とす。少しかさついた唇が離れるとき、熱い吐息がかかった。
「僕の気持ちを覚えておいて」
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